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第一部
第三章:Increasing Greed
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――あの運命の夜から、二週間が過ぎた。
ノー・フェイスはCETの作戦支部から作戦本部にうつされ、
そこで――暇をもてあましていた。
(…………暇だ)
贅沢な悩みだが、正直なところでもある。
フェイスダウンも流石に損害が大きかったのか、活動は確認されていない。
訓練室が開放されているため、むろん鍛錬は欠かさない。
が、"アルカーを倒す"という明確な目的がないと訓練もやりづらい。
組織の技術部によるメンテナンスが受けられないため
負荷を掛けすぎると再生まで時間がかかるのも、一因ではある。
幸い、修復のためのパーツは揃っている。これまでアルカーが倒してきた
フェイスの部品が保管されていたのだ。
「貴重な研究資料なんだが、おまえさんがくれた情報のおかげで
大分解析が進んできたからな。遠慮なく使ってくれなぁ」
――と言ったのはCETの技術解析班チーフ、金屋子大玄だ。
いささか場違いなほどレトロな容貌――技術屋というより鍛冶屋然とした姿――の
彼だが、その見た目と剛毅な性格に反して最先端の科学知識と技術を備えた
一流の研究者である。
……好んでタンクトップ姿で歩き回るのが、周囲からは不評のようだが。
「だいげんさんってアレだよね、ドワーフみたいだよねー」
「……オメーの言うドワーフってどれだよ、指輪か? 剣世界か?
異世界チートか?」
「……ほんと守備範囲広いですよね、まさひろさん……」
……という会話は桜田偵察員、金屋子技術長、小岩井医師によるものだ。
ノー・フェイスには半分ぐらい意味がわからなかったが、その様子を見つめていたら
桜田から「お、話が気になる? 気になっちゃいます?」と話しかけられ、
なにやら色々な書物を渡された。娯楽小説、という奴らしい。
再生に専念している間は特にやることもない。なんとなく、
ぺらぺらと読み進めてはいる。
フェイスとして活動してきた頃にはこんな娯楽などなかったし、そもそも
そんなものにかかわずらう発想すらなかった。だが、せっかくもらった以上
目を通しておかないとならないような気がした。
とりあえず最初はこの娯楽小説というものの法則性を分析し、その性質を
理解することに専念し、流し読みする。共通点をピックアップして記録し、
あとで照らし合わせることにする。
「……」
与えられた個室のベッド(これも組織にいたころはなかった)から身を起こし、
入口の方を見やる。常に解放されているドアのところにホオリが立っていた。
「……どうした?」
「ヒマなの?」
「…………まあ、そうだ」
どことなく居心地の悪さを感じるも、正直に答える。
何の隠し立てもしていないし、悪さもしていないのだがなぜこんな落ち着かない
気分になるのだろう?
「じゃ、見学に行こうよ」
「見学?」
「皆に、面通ししておいたほうがいいと思う」
思いつきもしなかったことを言われ、少し考えにふける。
確かに、まだこの施設にいる人員のことはほとんど知らない。今後のことを
かんがみれば、彼らと互いに情報交換しておく方がいいかもしれない。
「それに、私もヒマ」
「…………そうなのか」
無表情に言い放つ少女に、どうかえしたものか悩んでしまう。
結局口に出たのは間抜けな返答だけだった。
本を閉じ、立ち上がる。
彼女が望むなら、それもいいだろう。
・・・
「――こっちの施設は、居住区って言うんだって。
で、こっちの区画は娯楽関連の部屋」
前を軽やかに走る少女を目で追い、ついていく。
感情が希薄になってしまった彼女だが、いまは少しだけ歳相応に
はしゃいでいるようにも見える。
(……なら、いいか)
心の中でつぶやく。自分を案内することが彼女の感情を刺激するというなら、
この"ヒマつぶし"にも意義があるというものだ。
「……」
少女のあとにしたがい娯楽室とやらに入ると、じろりとした視線が集まる。
……一目で軍出身とわかる者たちがたむろしていた。
あきらかに、警戒した目つきだ。
「こんにちは」
「おう嬢ちゃん、こんにちは」
少女の挨拶に答える一瞬だけ顔がほぐれる。それを見れば彼らが悪人では
ないことがわかる。
(つまるところ、オレが信用されていないだけか)
特になにも思うことはない。彼らの警戒は当然のものだ。
「……邪魔したようだ。次を案内してくれ」
「おい、ちょっと待てよ」
余計な波風をたてることもない、そう判断してホオリを促すが、それに
軍人たちの待ったがかかる。
「その嬢ちゃんを連れまわして、どうしようっていうんだ?」
「……違う。私がノー・フェイスを……」
「嬢ちゃんはちょっと黙っててくれなあ」
がたっ、と立ち上がりこちらに近づいてくる。その所作からいきなり
殴りかかってくることはないと判断するが、どのみち殴られても
黙って受け止めれば済む話だろう。
「アカギや部長はおめーを受け入れたようだがよ、俺たちはまだ
アンタのことを信用したわけじゃないんだぜ。
……はっきり言うぜ、ここでは迂闊に歩き回るんじゃねぇ」
「……わかった」
大人しく頷くこちらにやや面食らった様子だが、オレにはこの男の神経を
逆撫でする理由もない。彼らがここでどのような役割をもっているのか
知らないが、おそらくはオレたちフェイスに苦々しい思いがあることは
間違いない。
「ダメッ!」
びりびり、とガラスが振動するほどの音声に度肝を抜かれる。それは目の前の
男も同じだったようだ。
振り向くと、怒りをあらわに――と、言えるほどはっきりした表情ではないのが
哀しいことなのだが――したホオリが、こちらをにらみつけている。
「せっかく、ノー・フェイスが仲間になったんだもの。みんな、仲良くしないと。
だから、私は――」
「いや、しかしなぁ……嬢ちゃん、そうは言ってもだなあ……」
軍人風の男がしどろもどろにどう答えたものかきめあぐねている。
……そのあわてふためた姿から、彼がその剣呑な雰囲気に反して誠実な男なのだろう、
とうかがえる。
「……ホオリ。彼らがオレを警戒するのは、当然だ。
それでいい。無理強いすることはない」
「んがッ!」
少女をなだめるつもりで言ったのだが、なぜか男が過剰に反応する。
先ほどまでのぎらぎらした目つきとはまた少し違う、敵意はあるのだが
なにか色合いが違う視線でこちらを睨みつける。
「くのッ……そ、そんなものわかり良い言い方されると、
こっちが悪人みたいじゃねぇか……ッ……くぅぅ……」
ぎりぎりと歯軋りしながらぶつぶつとつぶやく。小声のつもりなのだろうが、
フェイスの聴覚センサーにはまるきこえだ。もっとも内容はよくわからない。
後ろにたむろしていた男たちも、予想外の展開にうろたえているようだ。
(…………どうすればいいんだ)
こんな展開は、ノー・フェイス自身にも予想外だった。
ただ少し、ホオリを満足させる散歩のつもりだったのに、まさか職員と
衝突するハメになるとは。
「……じゃあ、ゲームして。ボウリングでもビリヤードでも、
ここには揃ってるんでしょ? それで勝負して、竹屋さんたちが
勝ったらノー・フェイスには部屋でじっとしててもらう。
ノー・フェイスが勝ったら仲良くして」
「うッ……し、しかし……そのだな……」
竹屋と呼ばれた男がさらにうろたえる。ホオリに悪気はないのだろうが、
フェイスと人間とではスポーツにおいても歴然とした差がある。
酷な提案というものだ。
「……それは不公平な提案だ、ホオリ」
「んなッ!? テッ、テメェ、言うにことかいてこの野郎……ッ!」
……なぜかまた逆上させてしまったようだ。
「……へっ! 確かにな、作り物のテメェとオレたちとじゃ勝負にならねぇな。
ならよ、こいつで勝負といこうじゃねぇか」
ダンッ! とテーブルに何かを叩きつける。
「……それはなんだ?」
「あ? カードだよカード。知らねぇのか」
「……カード、トランプ。それがそうなのか」
知識としては知っていたが、見るのは初めてだ。
「ポーカーなら、腕力は関係ねぇな。こいつなら公平な勝負ができるだろ、
フェイスさんよぉ?」
「……ノー・フェイス」
少しだけ、ほんの少しだけひっかかるものがあり、訂正する。
そこで初めて竹屋がにやり、と笑みを浮かべる。
「へぇ、そうかい、フェイスさん? じゃ、こうしようじゃねぇか。
ポーカー勝負でメダルを取り合う。テメェが勝ったらノー・フェイスと呼んでやる。
オレが勝ったら、オマエはフェイスだ。……やる気はあるかい?」
「……」
なにか――少しだけ、胸の奥にふつふつとくるものがある。
がしっ、とイスを掴んで引き寄せ座る。
「ルールを知らん。教えてくれ」
「へっ! 白紙で受けて立つたぁなかなかいい度胸じゃねぇか。
いいだろう、きちんと教えてやるぜ。公平にな」
先ほどいった不公平という言葉がよほど気に障ったのか、ことさらに強調してくる。
――彼の説明を聞きながら、視界の端でホオリが無表情に満足げだったことは、
妙に気になったが。
・・・
「2ペアだ」
「んんんなにぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!?!?」
こちらの強気におされオリてしまった竹屋が頭を抱えてわめく。
「テテテテテテメェ!? あんだけ強気に挑発しておいて、
2ペアだと!? そんだけメダル積んだら、テメェも後がないだろ!?」
「そちらはストレートだから、勝っていたな」
挑発するつもりではないのだが、その言葉になおさら悔しがる。
「竹屋隊長、いい加減あきらめなって!」
「そいつ、文字通りのポーカーフェイスっすよ! 勝てるわけないって!」
「おいこの木偶野朗! もっと上手く勝ちやがれよ!
もっと隊長からメダルひっぱれるようによお!」
外野の男たちがやんややんやと囃し立てる。
実のところ、十分前にすでに勝負はついており、竹屋のメダルを全て奪っていた。
だがそれに納得しない彼は「後ろの男たちからメダルを現金で買い、それを使う」
というルールを持ち出してきたのだ。代わりにメダルが尽きたらこの場にいる
全員がノー・フェイスを認める、という条件で。
特に受ける理由もなかったのだが「それでいい」とホオリが勝手に受けてしまった。
……この少女、けっこうふてぶてしい。
――が、ノー・フェイス自身も妙な高揚感を見出していた。
このポーカーというゲームは、相手の心理を読むゲームだと理解した。
互いに配られた手札の上下を競うのだが、こちらの態度しだいで今のように
格上の役を負かすこともできる。
「――なるほど、これはなかなか面白い」
「アッ――!? この野朗テメェ! 言うにことかいてクソッ!
おい疋田! お前もメダルだせ!」
「毎度♪」
取り巻きたちは思いがけない臨時収入にほくほく顔だ。
「これで隊長が負けても別に俺らの腹いたまないしなあ」
「いやこれ、坊主まるもうけだよまるもうけ」
「いよっ、ノー・フェイスさん! 愛してるぅ!」
……さっきまでの敵意むき出しの視線はどこへやら、アルコール飲料を片手に
勝負の行方をみまもっている。どころか、既にメダルを売ったもの同士で
「何人目で竹屋が諦めるか」……という賭けまで始めている。
(何回目で勝てるか、ではないのか……)
すこし、哀れに見えてくる。
「アッ! テメェ、今はわかるぞ! 今、見下してやがる!
オレのこと哀れんでやがるなぁ!?」
「…………………………………………いや」
ほんの少し、嘘をついた。ほんの少し。
・・・
「――楽しかったね」
「……そうなのか?」
竹屋はついには勝負の最中に酒を煽りはじめ、酔いつぶれてしまった。
「財布が空になるまで諦めない」に賭けていた男たち(一番多かった)は
予想外の事態になげき、敬愛する隊長どのをさんざんになじりラクガキして
ウサを晴らしていたようだ。収拾がつかないと判断し、こっそりと抜け出す。
……これは、楽しかったというのだろうか。
「楽しかったんだよ」
「……………………………………そうか」
まったく釈然としないながら、あえて反論はせずにおく。
話の中でわかったが、、彼らは先行活動小隊PCPの
メンバーらしい。偵察兵の護衛や、フェイスがごく少数の場合に対応するなど
アルカーが動く前段階で露払いするのが役割だそうだ。
……当然、フェイスの手にかかったものたちも多くいるのだろう。
そう考えれば、当初の彼らの態度にも得心がいく。
むしろ、なぜ最後の方にはあれだけあけすけない態度にかわっていたのだろう?
「……どうした?」
「ううん。なんでも」
少女はかわらず無表情だ。だがなぜか、妙に嬉しそうな気配を感じた。
深くはたずねない。なんであれ、この少女に「嬉しい」という感情が
生じているなら、それは受け入れればそれでいい。
「じゃ、次のところに案内するね」
「……………………………………………………………………ああ」
まだ、今のようなことが続くのだろうか。
少しだけ辟易する心と――なぜか、期待する心とが同時に芽生える。
不思議な感覚だった。
まあ、いいだろう。
どちらにしても、彼女が楽しそうな姿を見ると――胸が暖かくなる。
・・・
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