今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?

marupon_dou

文字の大きさ
17 / 94
第一部

第三章:04

しおりを挟む


・・・


「――シターテ・ル。まずいことになった」
陰気な声が内線から流れ、けだるげに身を起こす。
声の主――ヤソ・マはむしが好かないが、この気が滅入るような声音は、好みだ。
美しい夜の後のモーニング・コールとしては悪くない。

「なにかしら、ヤソ・マ? せっかくあの砂埃だらけの土地から、すごしやすい日本に
 きたというのに。少しはゆっくりさせてくれないかしらね」
「ヤー・トーが暴走した」
はぁ、とためいきをつく。

横で寝ている男を見る。痩せこけていながら猛禽のようにぎらついた目をした
その男は、適当な町で適当に浚ってきた恋人だ。どこぞの商社に
勤めていたらしいが。昨日までは愛おしかったが、今はもうどうでもいい。

その首筋につつ、と指をはわせ――その命を絶つ。
苦しむこともなく一瞬で死んだことだろう。

「……改人の暴走など、いつものことじゃない。いいのよ、ほっとけば」
「バカもの、ラタキアやダマスカスなどとはわけがちがうのだぞ。
 ここでの我らの行動は秘密裡に進めることが、総帥の意志だ」
改人部隊がシリアにて介入していた紛争地帯をあげ、指摘する。
はぁ、と再びため息をつく。この男は細かすぎる。どうでもいい、そんなこと。

「……ロシア軍も米軍も、私たち改人部隊に勝てるものはいなかったでしょ?
 今更、存在を隠してどうなるというのかしら?
 ――正面からやりあえばいいのよ」
「総合的に言えば我らの方が圧倒的に人員がいないのだぞ。地上戦力では
 まさっていても、補給の問題もある。航空戦力もない。
 土地も狭い日本では、迂闊に動けんだろう」
「あー、もう。いいじゃないそんなこと」

いらいらとしながら答える。
いや、実際のところヤソ・マの言うことももっともだ。確かに我々改人は
人間どころか、フェイスさえ圧倒する超人類だ。
正面から戦うなら、戦車中隊でさえ改人ひとりで殲滅できるだろう。

しかし戦闘というものはバカ正直に真正面からやるものではない。
拠点そのものを爆撃でもされれば大きな損害を被る。


そういった事情はシターテ・ルとてわかっている。わかってはいるのだが――





頭では理解していることも、自分の欲望が塗りつぶしてしまう。
これは改人の特徴でもある。のだ。

ヤー・トーの暴走がいつものこと、というのもそういうこと。中東では
日常茶飯事であり、まともな指揮系統があったとは言いがたい。
そのことはヤソ・マもわかっているはずだが――

「――総帥をないがしろにするつもりか?」
「そ、そんなわけないじゃない。バカねぇ」

流石にその言葉には動揺する。そんなつもりは毛頭ない。

このフェイスダウンという組織は、フェイスだらけだ。あの人形に囲まれていると
気が滅入る。だが、総帥がいるからこそこんな組織に属しているとも言える。

総帥は素晴らしいお方だ。この点において、全改人の意見は一致している。
なにしろ、彼のおかげで我々は人間より優れた新種へと進化したのだから――

「わ、わかったわよ。止めればいいんでしょ、止めれば」
「――もはや遅すぎるきらいはあるがな……」

嘆息する声が聞こえる。それに対してわざとらしく舌打ちを聞かせて答える。
そうも規律を重視するなら、そもそも改人など動かさずフェイスだけ
使っていればよいものを。

室外に待機させていたに命じて、
部屋の清掃をさせる。痩せこけていながら猛禽のように
ぎらついた目をしたその男は、今はひきつった顔でおびえている。


(ああ、次はどんな風に愛し合おうかしら?)


・・・


「――いささか、ステージをあげるのが早くはありませんかな」
どこかの地下空間。かつては洪水時のためにつくられた地下放水路だ。
今は閉鎖され、フェイスダウンの密会場所として利用している。

痩せこけていながら猛禽のようにぎらついた目をした男が、
気だるげな視線をむけてくる。

「"改人"はどうにも気まぐれで、制御不能でな。いつああいうことを
 やりはじめるか、私にもよくわからん」
「呼び寄せること自体が早すぎるのではないか、と言っているのですよ」

生身の人間で、ずいぶんと胆力のある態度だ。そこが気に入ってはいるが。

「もっともな話だ。――実のところ、少し早い」
「……離反者が原因ですかな」

痛いところをついてくる。

「そうだな。アレは邪魔だ。そちらで排除しておいてくれると、助かるのだが」
「それはもう少し早く言って欲しかったですな。今、迂闊に排すると、
 部下たちに不審がられます」

いけしゃあしゃあと言う。もともと、抱え込むはらづもりだったはずだ。
この男は抜け目ない。コチラに対する抑えとして、確保しておきたいのだろう。
その気になれば強引にノー・フェイスを引き渡させることもできる。

が、それはあまりやりたくない。

できれば、事をなしたいのだ。
飛び道具は、控えたい。

「あなたも一組織を率いるものならば、わかっていただけますかな?
 ――フェイスダウン総帥、フルフェイスどの」
「ああ、わかるとも。超常集団取締部隊を総括する刑事局長、天津稚彦」

牽制しあうように、お互いの名を呼びあう。
彼との付き合いも、それなりに長くなった。

「――いずれにせよ、だ。今回呼び出したのは……
 もうフェイスダウンの存在を隠蔽する必要はない、と伝えるためだ」
「ほう。それはなにより。そろそろ工作活動も大変になってきまして」

言葉とは裏腹に無感動にかえしてくる。
実のところ、話はこれで終わりだ。わざわざ呼び出す必要もない。

だが、彼には働いてもらっている褒美エサも、与えなければ。


「――そうそう。中東に派遣していた三大幹部だが――
 、日本に呼び寄せた」
「――そうですか」

ほんの僅かな間をのぞけば、まるで動揺した様子をみせず、今までどおり
無感動に一言返すだけだ。

その心の中ではどんな情念が渦巻いているか知らないが、それを表に出さず
理性で蓋をすることに完璧に成功している。素晴らしい男だ。


全ての人間がこうなら――


――そんなことを考えたところで、離反者……ノー・フェイスのことに思い至り、
やや渋い思いになる。
そういえば、アレも感情や衝動に行動を左右されたものだった。


「……やはり、邪魔だな」


改人が始末してくれれば、都合がよいのだが。


・・・


「――これが周辺地域の地図だよ。頭に叩き込んで!」
「すまん」

桜田が投げてよこした地図を、アルカーが受け取る。
ノー・フェイスには直接脳内にダウンロードしてもらえるよう、調整済みだ。

「オレらは付近を捜索して逃走経路の把握と、逃げ遅れた人たちを救出する。
 こっちの展開状況はノー・フェイスにリンクしておくから、
 オメェがアルカーに随時伝えてくれ」
「頼む」

竹屋が部下に指示をだしながら、部隊の行動を伝える。
こちらの答えにふん、と鼻をならしながらも、肩をたたいて激励してくる。
ずいぶんと態度も軟化したものだ。いやな気分はしない。

「俺がまず正面から攻めてみる。ノー・フェイスは隙をうかがって
 しとめられるようなら、しとめてくれ」
「わかった。……しかし、隙か……」

ビルの屋上から、まだ遠目に見える敵の姿をみやる。
蛇の特徴をもったその人間……人間? は、全身からミサイルのようなものを
生やしている。弾切れという概念がないのか、とにかくあたりかまわず
打ち放ち、爆炎につつまれている。
あれだけ派手にばら撒かれると、近づくのも容易ではない。

「しかし――ノー・フェイス。本当にアレがなんなのか、わからないのか?」
「ああ。おそらく組織のネットワークに繋げば、判明するだろうが……」

当然それは逆ハッキングをしかけられるリスクがある。位置情報も知られるし、
もう二度と繋げることはないだろう。


あれはなんなのだろうか。
フェイスダウンは、隠密行動が旨だったはずだ。それがこの白昼堂々、
派手に暴れている。テレビでもこの事件で話題騒然だ。


『――天津刑事局長からは、ことここに至ってはフェイスダウンの存在を
 隠しておくことに意味がない、との判断がくだっている。
 カメラは気にするな、存分にやっていい』
「了解」

御厨からの通信にアルカーが返答する。
事態が、どんどん急変していく。

(オレが原因なのか?)

心の中でひとりごちる。思い当たるのはそれぐらいだ。
フェイスダウンも、変革が求められているというのか――


「すこし戸惑ってしまったが、問題ない。そうだろう?」

アルカーが、困惑しているオレの肩に手をおき、落ち着かせてくる。

「……傷ついた人たちがいる。傷つけている奴がいる。
 なら、俺たちの役目はきまっている」
「――そうだったな」



その力強い言葉に、目を覚ます。
そうだ、考えるのは今じゃない。


今は、戦う時だ。


「――いくぞ、ノー・フェイス!」
「ああ、はじめるか、アルカー!」

拳をうちつけあい、互いに頼れるにまかせて
戦場に走り出す。


そうとも、恐れる必要はない。
オレの背には、最強の英雄ヒーロー、アルカー・エンガがついているのだから。


・・・

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...