今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?

marupon_dou

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第一部

第四章:Lightning in Heart

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・・・


訓練室で、ひたすら鍛錬を続ける。
必要なのは、基礎能力の向上だ。もっともっと自分の末端まで神経を張り巡らせ、
身体の全てを掌握しなければならない。
もっともっと動体視力を向上させ――改人の動きを見切れなければ、未来はない。


・・・


「鬼気迫ってるわねー……」
「……火之夜も似たようなものだ」

そんなノー・フェイスの様子を壁際から見学して、桜田とささやきあう。
先ほどまで火之夜が鍛錬室を使用していたが、ノー・フェイスと負けず劣らず
苛烈な鍛錬だった。

確かに……改人、そして大改人と名乗る存在との戦いは鮮烈だった。
あの日のことを、思い出す。


・・・


「――ノー・フェイスッッッ……!」
帰還するなりその傷だらけの姿を見て、青ざめた顔でホオリが
ノー・フェイスに駆け寄る。

「……たいした傷ではない」
「そんなこと、ない……ッ!」

普段は無表情な顔に、わずかながら切迫した思いを張り付かせ
ノー・フェイスの手を引く。技術班のところで応急修理をさせるのだろう。

自分自身、少なからず血の気が引いていることを自覚しながらアルカーに
話しかける。

「――おまえは大丈夫か、火之夜」
「ああ。少し腕をやられたが、このままアルカーの姿でいればすぐ治る」

桜田が圧迫止血している方の腕からは、血が滴っている。アルカーとして戦ってきた
火之夜がこれほどの手傷を負うのは、初めてと言っていい。

「とりあえず、医務室に行こう。手当てが必要ないといっても、
 落ち着ける場所が必要だ」

ノー・フェイスはホオリにまかせ、火之夜を連れて歩き出す。

医務室に着くと小岩井医師がやはり青ざめた顔でガーゼを用意していた。
アルカーはノー・フェイスと同じく強力な再生能力を持つ。それでも傷を洗い、
消毒液を染みこませたガーゼで応急手当を施してもらう。

「ありがとう、大分楽になった」

実際には気休めでしかないのだが、火之夜は礼を言う。

「……映像データは見た。改人……大改人と名乗ったそうだな、アレは」
「ああ。フェイスダウンの大幹部、ともな」

ずいぶんな隠し玉がいたものだ。
作戦本部は今、騒然となっている。なにしろこれまで数では劣っていても、
アルカーの戦力はフェイスを上回っている、というのが
我々のよりどころでもあったのだ。それが崩された。

「――すまないが、もういかなければならない」
「ああ、わかってる。無理を言って来てくれたんでしょう?」

仮面の下に隠れた笑顔が見えるようで、気恥ずかしくぷいと視線をそらしてしまう。
実際作戦本部長としてはこんなところに来ている場合ではないのだが、
みんなこころよく送り出してくれた。気持ちのいい部下たちだ。

「悪いが桜田、火之夜についていてくれ。余裕があればでかまわんが、
 今回遭遇した敵のレポートも作成しておいてほしい」
「あいあい」

ノートパソコンを手渡し、医務室を立ち去る。
……廊下にでて誰もいないことを確認すると、早鐘のように脈打つ胸に手をあて、
ずりずりと崩れ落ちていく。

あの戦闘からずっと、心臓がはちきれそうだった。無事に帰ってきた
火之夜の姿をみて、ようやくはりつめた緊張の糸がほぐれる。

「火之夜……」


・・・


「――こりゃぁまた……手ひどくやられたなあ」
「表皮と筋肉繊維で止まっている。フレームまでやられていれば
 再生に時間がかかっただろうが、これならすぐ治る。問題ない」
「問題あるよ……!」

こともなげに言ってのけるノー・フェイスに、語気が荒らぶってしまう。
そんな私をまあまあ、となだめながら金屋子さんが保管庫からあれこれ
引っ張り出してくる。

「まあ、解析が進んだといっても修理には手がだせねぇがよぉ。
 この液体を塗布すれば、確か再生速度が速くなるんだったな」
「ああ。助かる」

白い液体の入ったビンを取り出し、ノー・フェイスの傷口に塗布していく。


ノー・フェイスは傷だらけだった。あちこちから、白い血を流している。


「――そう、泣きそうな顔をしてくれるな」
そんな顔をしていたのだろうか。ノー・フェイスが優しく頬をなでる。
その手をつかみ、すがるように見つめる。

「……だって……」
「確かに手傷は多いが、深い傷ではない。心配するな」
速度はすさまじかったが、重さはそうでもないか、とぼそりと呟くノー・フェイス。
痛々しい姿に胸の奥が痛む。

心の奥で、まるで自分のものではないかのように不安や悲しみといった感情が
荒れ狂う。もう失ってしまったかと思ったが、こんな感情も
まだ内に残っていたらしい。

(――)
(え?)

何かの声が聞こえた気がして目をぱちくりさせる。
だが、空耳だったようだ。


・・・



――ワタシは貴女。アナタは私
アナタの悲しみは私のもの。ワタシの不安は貴女のもの――



・・・


「……あれは、衝撃的だったからな」
意識を現在に戻し、誰へとなくつぶやく。それに反応して
桜田がいつになく真剣な面持ちで報告する。

「映像解析を進めてはいますが。……あの女大改人、攻撃の瞬間には
 推定で秒速1500mほどのトップスピードがでています」
「……戦車砲弾APFSDS並の速度か。むしろよくあの程度の傷ですんだな」

軽いめまいを覚えて暗澹たる面持ちでつぶやく。
その速度では塑性流動を起こして装甲の防御力など無視して穿孔をあけるはずだ。

「アルカーにせよフェイスにせよ、その細胞は私たちの常識が通用しない
 オーバーテクノロジーですからね……少しはいい情報もありますよ。
 熱赤外線走査で、攻撃の際に瞬間的に体内の熱量が上昇し、放散するまで
 数秒かかっています」
「――攻撃時の速度で体温があがり、冷めるまで攻撃できない。
 連続攻撃はしてこないということか……」

気休め程度ではあるが、攻略の糸口が見えるかもしれない。


ノー・フェイスは傷が癒えたばかりの身体を押して、いまだ鍛錬に励んでいる。
すこし、心配になって強制的に訓練をやめさせることにした。

珍しく、ノー・フェイスが不満げな様子を見せる。気持ちはわかる。
アルカーはなんとか大改人の動きについていけたが、彼はほとんど
相手の動きが見えていない様子だった。

アルカーの足手まといになりたくないのだろう。

――それはきっと、CETにいる全員も、同じ思いを抱えている。


・・・


「……」
ヤソ・マを始めとした三大幹部は、総帥フルフェイスの眼前でかしずいていた。
正確に言えばその背だ。滅多に正対することはない。

(まったく……)

ヤソ・マは心の中で毒づいた。まったく、厄介なことをしでかしてくれた。
改人どもは、自制が効かない子供のような奴らばかりだ。

シリアなどで実戦に投入されていた頃からそうだ。まともな規律をもたず、
ただ敵を破壊するばかり。統制などとりようもない。

(なんとたるんどることか! 無性に、気に食わん)
ヤソ・マはもともと軍人だった人間がもとになっているらしい。
その頃の記憶はないが、それゆえだろうか他人が規則に則らない行動をとるのが
異様に気に食わなかった。

なんども部下の改人たちを殺したくなる衝動にかられるが、苦労して
抑えてきた。しかし、ここまでのことを起こすとは。ヤー・トーめ!


「――隠密行動が旨、と伝えてあったはずだが、な……」
その場にいる全員がびく! と震えるのを感じる。
まとまりのない改人たちだが、総帥に対する畏敬の念だけは別だ。
この方に逆らおうなどと思うはずもない。……ただ、感情が暴走するだけで。

「――も、もうしわけありませんフルフェイス様。
 厳しく伝達してはあったのですが……」
シターテ・ルが震え声で抗弁する。ヤー・トーは奴の部下だ。
ののしりたいところだが、実のところ自分の部下たちもそれほど
掌握できているわけではないため、やぶへびになる。

「――まあ、よい」
「は――?」
おもわず、マヌケな声がでる。
明らかにフェイスダウンの行動計画をぶちこわしにしたのだ。
それを、まあよいとは――?

「ことここにいたっては、過ぎたことを言っても仕方あるまい。
 これからの計画を変更し、大々的に行動するまでだ。
 ――その分の埋め合わせは、貴公らがしてくれるのだろうしな?」
「も――もちろんです!!」

その言葉に含まれた冷徹な意思に、慌てて平伏しなおして迎合する。
横目で見ると、シターテ・ルも似たようなものだがヤク・サは知らぬ顔だ。

(ちっ 戦闘バカめ……)

おそらく、こいつの頭の中では叱責されようがどうだろうが構わないのだろう。
むしろおおっぴらに戦えるとなれば、内心喜んでいるのだ。


(まったく、度し難い連中め……!)


・・・


都市部での戦闘の翌日。
日本政府は今回の事件を国内に入り込んだテロ組織によるものと発表。
政府の不手際に対するマスコミの追及が連日続いた。
だが、そんな折――


・・・


『――親愛なる日本国民……いや、地球人類の諸君。
 我々は"フェイスダウン"。この地球に、人類を生まれ変わらせる組織である』

PCPの隊長、竹屋は食堂で昼飯をとりながら茫然とその放送を見ていた。
電波ジャックされ、フェイスダウンの紋章が映るそのモニターを見て
ぽかんとマヌケに口を開いている。

「おいおい、マジかよ……」


・・・


『我々フェイスダウンは、改人と呼ばれる戦力を有する。
 彼らは君たち人類をもとにした、改造人間である』

「フェイスダウン……ッ!」
御厨は歯軋りをしながらモニターを見つめる。
……まさか、こんな手にでてくるとは。


・・・


『より優れた人間、より優れた生物に進化した者たちこそ、次代を担うに相応しい。
 ――我々は"改人計画"を掲げている』

「しらじらしい」

天津稚彦は、革張りのチェアに身をしずめ、そっけない口調で吐き捨てる。


・・・


『残念だが、諸君らの同意は求めない。
 我々は、我々が持つ力で君たちに強制する。
 ――服従か、死か、その選択を』

「……誰が、許すものか……!」
火之夜が、憤怒の形相で牙をむく。

ノー・フェイス自身も組んだ腕に力がはいり、みしりと音を立てる。
だが脇にいる少女が恐怖と不安にかられた顔をしているのをみて、
すこし力をやわらげ、抱き寄せてやる。

「――心配するな、ホオリ」
「ノー・フェイス……」
「選択肢は、まだある」

頭をなでてやり、もう一度モニターへ向く。



「服従か、死か。
 そして――抗って、勝利する。それが俺たちの選択だ」


・・・

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