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第一部
第五章:be the Blue sky
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「――検査は終わりか?」
「おう、こっちはとりあえずな。ま、大したことは調べられねぇがよ」
「フィジカル面のチェックも終わりです。それこそ、私の方で調べられることは
そう、ありませんけど」
身体に着けられた検査器具を外されて、むくりと起き上がる。
「まさか、おまえに精霊が宿るとはな……」
そうしみじみと呟くのは御厨だ。やや複雑な面持ちを見せている。
返すノー・フェイスも訝しげに問い返す。
「……ホオリと精霊のこと、知っていたのか」
「……彼女に宿っている可能性については認知していた。
が、知っていたというと違うな。雷久保氏は我々にも秘密にしていた」
黙っていたことに後ろめたさもあるのだろう、少しだけ視線をずらして答える御厨。
ホオリには、雷の精霊"サンダーバード"が宿っていた。火之夜が宿す
炎の精霊"ファイアーバード"と対なす存在だという。
「――十二年前、雷久保氏は自分の体内に炎の精霊を宿し組織を抜け出した。
その後は知ってのとおり、適合者たる火之夜に移り、アルカーになった。
だがどうやら――ホオリの中にも、雷の精霊が宿っていたらしい」
「ホオリは――」
「彼女自身は知りませんでした。推測でしかありませんが――
フェイスダウンが、幼い頃になんらかの研究の一環で
彼女に宿らせたのではないかと――」
「人体実験だな」
慎重に言葉を選んだ小岩井医師に、はっきりと続ける。
ぎりっ、と交わしておろした手を握り締める。
「フェイスダウンは、俺たちは――どれほどアイツを苦しめてきたんだ……ッ!」
「お前ではない、ノー・フェイス。おまえはフェイスじゃない」
「……」
顔をあげると、その場にいる誰もが痛ましげな表情で俺を見つめている。
だが自分が所属していた組織が彼女にしてきたことを考えると忸怩たる思いがある。
「しっかしよぉ……こういっちゃなんだが、まさかノー・フェイスの奴が
精霊の適合者だったとはよぉ……」
「いや……適合者は一代に一人しかいない。ノー・フェイスは適合者ではない」
「だろうな……それならば何故、俺に宿ったんだ?」
そこが腑に落ちない。
精霊のことは、組織にいた時もトップシークレット扱いだった。戦闘員でしかない
ノー・フェイスが得られた情報もかなり限られている。アルカーが宿した
炎の精霊以外の存在さえ、知らなかったのだ。その行動原理など知るはずもない。
「現時点では不明だが――ただ、どうやら単に体内に宿っているだけではなく
アルカーとして完全に宿っているようだ。火之夜とおなじく、
もはや不可分の存在だとみていいだろう」
御厨が難しい顔をして口にする。
「アルカー・アテリス……」
「え?」
「――雷の精霊が、そう言っていた」
わかることはそれくらいのものだ。あとは戦い方か。
なぜ、雷の精霊が俺に宿ったのか――
「精霊自身が、選んだの」
その声にはっとなって振り向くと、入口にホオリが立っていた。
今はもう落ち着いた様子だ。
「怪我はなかったか?」
「それ、ノー・フェイスが言う台詞じゃないと思う」
無表情の中にやや怒ったものが含まれた声音で返してくる。
振り返ってみると相当な無茶をやった自覚はある。ばつが悪くなって
全身を見渡してみる。
「――うむ。その、なんだ。大丈夫だ」
「もう……あんなこと、しないで」
「……すまん」
自分よりずいぶんと小柄な少女にしかられて、縮こまる。
周囲も笑みを浮かべている。すこし、空気が和らぐ。
「しかしホオリ。おまえ自身はアレについて何か知っていたのか?」
「ううん。あの日、初めて知った。私の中に彼女がいたこと。
でも――ずっと私とともにいたんだってことも」
胸を抑えてとうとうと語る。愛おしさを感じさせる仕草だ。
「私から出て行くとき、精霊は私の心の一部を持って行った。
だから、私には少し精霊の気持ちが伝わってくる。
ノー・フェイスの戦いを見て、彼の力になりたいって、思ったの」
「――俺にもそう見えたな」
そう言って入ってきたのは火之夜だ。彼にも変化があり、別室で検査を
行っていたが、どうやらそちらも終わったらしい。
「俺の中に居る炎の精霊は雷の精霊と共鳴している。
雷の精霊自身が――ノー・フェイスを選んだのだと、そう伝えてきた」
「――なんかモテモテだね、ノーちゃん」
ひょこり、と桜田も顔を出す。……なぜかじとりとした視線を感じるが。
「いい男はモテるさ。そりゃあな」
「ほう、よく言うものだな。それは経験談か?」
「ボス、やっちゃいましょうぜこの男。やっちゃいましょうぜ!」
どす黒いオーラを放ちながら火之夜の両脇を固める御厨と桜田。
挟まれる火之夜はわけもわからず目を白黒させている。
「……時々見るが、アレはいったい何をしているんだ?」
「私、子供だからわかんない」
絶対わかっている。それだけは確信してホオリの後頭部を見つめる。
どうにも絶対的な経験不足から、人間の感情は中途半端に理解しづらい。
「――しっかしまあ、これでアルカーが二人かよぉ。
アルカー・エンガ。アルカー・アテリス。
……どっちがどっちだかわっかんねぇなあ」
金子屋が頭を掻きながらそんなことをぼやく。
……確かに、わかりづらい。
「――もともと、火之夜をアルカーと呼ぶのは身元を隠すのが目的だろう。
オレは隠すもなにもない。今までどおり、ノー・フェイスと呼べ」
「まあ、それがいいか」
御厨が火之夜の頬をつねりながら言う。
「ふぉ、ふぉにふぁふ、ふぉふぇふぇふぁふぃふぃんふぉふぉふぁふぁふぁふ
ふぇふぉふぁふぁっふぁ」
「とにかく、これで改人と戦う目処もたった、だそうです」
「――通訳するぐらいならやめろよな!?」
反対側からつねっていた桜田の手を振り払い、抗議する。
そんな二人を見て、周りに笑いが巻き起こる。
――こんなとき少し、笑う顔のない自分がさびしく思う。
ぐいっ、と顔がひっぱられる。
両頬を挟みこんで、じっとこちらを見つめるホオリ。ややしてぽつりと呟く。
「……ノー・フェイス、笑ってる」
「俺が?」
「わかるよ。アナタの心、私にも」
にこっ、と彼女の口角も少しだけあがる。その顔をほほえましく思うと同時に、
本当ならもっとはっきりと感情を示すことのできる顔なのだと考えれば、
胸の痛みが強くなる。
(ホオリ、オレは――おまえが心の底から笑えるようになって欲しい。
失った感情を、全て取り戻す日が来さえすれば、オレは――)
頬を掴む手に自分の手をそっと重ね、決意を強くする。
・・・
「――こいつは予定内かい?」
「いいや。想定外だ」
フェイスダウンの玉座。
そこに座る総帥フルフェイスは、柱の影に潜むものと語らっていた。
「雷の精霊がアルカーではなくフェイスに融合するなど――
まったく予想だにしていない」
「ほう。珍しいことだな」
くつくつと笑う声がする。
「まさか、フェイスの中に適合者がいたといはな。
だったら、わざわざアレに精霊を宿らせ、育て上げている必要は
なかったんじゃあないか?」
「違う。フェイスに適合者は現れない。
そもそも、そうであれば精霊を手に入れる必要性自体がなくなる」
「ごもっとも」
そうだ。そもそも組織で精霊を確保し、その研究を進めていたのは
フェイスダウンの最終目的を達するために精霊の力が必要だからだ。
フェイスが精霊に適合するというなら、もとより精霊など必要としない。
「――生来、炎の精霊と雷の精霊は対にして同一の存在。本来なら
アルカー・エンガと融合して真の力を発揮する。
それを、雷の精霊自身が無理やり自身の力を覆い被せたとしか考えられん」
「中途半端ってわけか」
気のないような声でつぶやく。奴にとってみれば、強敵となるはずの相手が
本領を発揮できないとなればつまらないのだろう。
「では、計画は頓挫か?」
「……狂いはしたが、修正は可能だ。
なに、単純な話ではある。精霊は不滅の存在だが、フェイスは死ぬ。
つまり――」
「ノー・フェイスを殺せばいい」
軽い口調で続きをとる。そう、結局やることはかわらない。
フェイスに人間を襲わせ、改人にノー・フェイスを始末させる。
「――いや、かえって雷の精霊を確保しなおさなくて良くなった分、
動きやすくはなったか」
「めずらしく負け惜しみかい? 総帥どの」
軽口だが、特に反論もない。言われたとおり、綺麗な負け惜しみだ。
「――オレが動こうか?」
「……いや、いい。せっかく作ったのだ。改人にやらせよう。
まだ改人はいくらでもいるし、三大幹部もいる。
いざとなれば、奴もいる」
その返答にはしばらく間があった。ややあってから渋い声で問い返してくる。
「……アレを実戦投入するのか? それが目的ではなかったはずだろう」
「元々そうなることも考慮してはきた。いざとなれば、の話だ」
かたり、と軽く音を立てて玉座から身を起こす。
この、フェイスダウン本部の奥深く。そこで研究されている
精霊を宿した人間を思い浮かべる。
「いざとなれば――アルカーには、アルカーをぶつける」
・・・
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