今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?

marupon_dou

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第二部

第二章:02

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・・・


暗い水の底。うすら寒いその暗闇に、淡く光る少女の姿があった。


――などと詩的なことを思い浮かべるのは、自分でも意外だった。
CETにやってきてからさまざまな本を読み漁った影響だろうか。

実際にはここは水底ではなく水族館の中で、彼女が光って見えるのは
巨大な水槽の反射光で照らされているためだ。


「――水族館に行きたい、って思えるだけ感情が刺激されてるって、
 いい傾向ですよね、彼女」
「……ああ」

黙々と水槽の中の魚を見つめる彼女を少し離れた場所から、
小岩井医師と共に見守っている。
ノー・フェイスもその姿に癒される思いだった。


先日許可されたホオリとノー・フェイスの外出。ホオリに
どこか行きたいかたずねたところ――この水族館をリクエストしたのだ。


彼女はノー・フェイスと二人できたかったらしいが流石にそうもいかない。
彼女のバイタルチェックのために小岩井が同行し、
さらに目に付くところにはいないが偵察員も複数警護にあたっている。

ノー・フェイス自身も警護の役割を兼ねている。
むろん、今回は擬態機能をオンにしている。とはいえその風貌は
組織に見られればすぐ露呈してしまうため、レイヤードスタイルと
目深なフードで体格を誤魔化してはいるが。


もちろん、ノー・フェイスはこういった娯楽施設にくるのは初めてだ。
その意義も、よく理解してはいない。が――

「……この静かな雰囲気は、きらいじゃない」
「あら、よかった。じゃあノー・フェイスさんがデートする時は
 水族館できまりですね」

ぽん、と手を打ち合わせた小岩井がすすす、と側によってくる。

「……デートとは、なんだ?」
「あ、知りません? デートっていうのは――」
「――今、私としていること」

いつのまに水槽から離れていたのか、小岩井とは反対側の脇にホオリが
たたずんでいた。ノー・フェイスの腕をつかみ、
どことなく不貞腐れたような顔をしている。

「……こぶつきで、ごめんなさいね」
「どっちがこぶ?」

なぜか妙につっかかるような口調でお互いに話す。とはいえ、
悪い雰囲気は感じないのでほうっておく。

「もう、ここはいいのか?」
「うん。次の展示にいこ」

ぐいぐいと腕をひっぱり、ホオリが先を急ぐ。

急ぐのは、いいことだ。
『次を早く見たい』という欲求が生まれているなら、
彼女に振り回される甲斐があるというものだ。


三時間ほども見て回っただろうか。さすがに疲れを覚えたか
フードコートにて休憩する。なにか食べたいものはあるか聞くも、
「なんでも」という答えだ。

(……まだ、味覚に由来する感情は……)
(……)

小岩井に見繕ってもらった食事をホオリの前に置いてやると、
嬉しそうな顔で礼を言う。

……味を楽しむ、ということがどういうことなのか、
ノー・フェイスにはわからない。だがそれを失ったことが
どれほど悲しいことなのか、想像にかたくない。


「……おとうさんがね、よく連れてきてくれたの」

ぽつり、とホオリがつぶやく。その言葉にノー・フェイスも小岩井も
彼女に視線が吸い寄せられる。

「私、フェイスから逃げていて――学校も、転々と移りわたっていたから
 友達もいなかった。だから、水族館に連れてきてくれてたの」

ここなら暗くて見つかりにくいから、と続ける。


……だから、なのだろうか。
彼女はそれ以上黙して語らないが。ようやく外出できた時、
ここを選んだのは……数少ない楽しかった時間を再現することで、
"楽しい"という感情を、取り戻したかったのだろうか。


「……でも、やっぱりよくわからなかった。
 泳いでる魚は、ただの魚。なにか感じてたはずなのに、
 何も感じない――」

手をひざに置いてうつむく少女の姿を見ると、胸が痛む。
フェイスダウンが奪ったものの大きさがいまさらながら
実感させられる。


「……でも」
「――ホオリ?」
「でも……今日、ここにきたことは、楽しかったよ」


ぎこちなくホオリが笑う。
笑い方を忘れた、悲しい顔だ。

それでも――自身のうちに芽生えたわずかな感情を、
それを生み出させてくれた人たちに伝えようとする顔でも、ある。


「ノー・フェイスと一緒に、ここに来れて。
 小岩井さんも、いて……楽しかったよ」
「……ホオリ」

何か言おうとして、胸がつかえる。ノー・フェイスのスピーカーは
空気を吸って出すわけではないはずなのに。
心がつかえて何も言えない。


だからノー・フェイスは、そっとその頭に手をのせる。
言葉にならない何かを、その掌から伝えようとして。


「……伝わるよ、ノー・フェイス」

のせられた手に、優しく小さな手を添えてホオリが笑う。


――どちらが勇気付けられているのか、わからない。
この少女の優しげな顔に、声に、悲痛な叫びに。
どれほどの力を与えられたのだろう。


「……かならず、守る」
「ええ。私たちも……必ず、救ってみせます」

小岩井だけではない。CETの全員が、同じ気持ちだ。
この思いを共有するものがこんなに多くもいるというのは、
これほど頼もしいことはない。


「おとうさんおかあさーん、いま親子連れですとイルカショーで
 エサをあげられるんですよ! ぜひいらしてくださいねー」
「お、お、お、おかあしゃん!?」


通りすがりの飼育員が親子連れと勘違いして宣伝していく。
それをうけて小岩井がすっとんきょうな声をだす。

「あの、その、おかあさ……お、おかあさんだなんて!
 そんな、その、うへへ……」
「……おかあさん、気持ち悪い」

顔をなでまわしてぐねぐねと不思議な踊りを舞う小岩井に、
このうえなく冷たい目つきで見上げるホオリ。


何故だか無性にため息がつきたくなった。
呼吸器官がないことが、悔やまれるほどに。


・・・


「さあ次は足立峠を攻めてみようか」
「イエイエーイ! あそこの起伏は激しいから、情熱的な
 グラインドで楽しめますよみくりっち!
 ああ、Xinobi650の疾走するようなペイントマークが流れていくのを、
 外から観察できないのが悩ましい……!」
「もう帰して?」

火之夜はいろいろ限界いっぱいの笑顔で懇願するが、猛獣二匹は
獲物を掴んだまま引きずり離さない。


やっぱり、無理をいってでもホオリとノー・フェイスに
同行させてもらった方がよかった気がしてならない。

「さあ、行くぞ火之夜! おまえはカーブでの体重移動がまだまだ
 甘いのだ! 何度も何度も攻めて攻めて攻めまくるぞ!」
「ヒューッ! さっすが御厨サマ、話がわかるぅ!」
「たすけてノー・フェイスー」


ここにはいない頼れる相棒ヒーローに救いを求めるが、
当然応えるものはない。


赤いマシンNX-6Lは黙して語らず、その鋭い眼光のようなライトが
すこしだけ同情するようにすら、錯覚してしまうのであった――。


・・・


「――今日は、楽しかったか?」


夕暮れ。
人がまばらに散っていく水族館の出入り口。帰路につきながら
ノー・フェイスは手を繋いだ少女にたずねる。

「うん。ノー・フェイスと一緒だったから」
「……そうか。小岩井は――」
「……ええ。私も――ノー・フェイスさんとホオリちゃんと
 一緒にこれて、本当に楽しかったです」

二人ともが、ふわりと笑って応える。
その笑顔が見られるなら、ここに来た甲斐も――


「……ノー・フェイスは?」
「なに?」


さきほどまでの喜びのトーンからうってかわって、なにか
さびしげな空気をともないホオリがぽつりと呟く。

「ノー・フェイスは――楽しかった?」
「オレ、が……?」

予想だにしていなかった質問に戸惑う。
が、すぐに応える。

「……オマエたちが楽しかった。それだけで、
 オレは充分満足した」
「――そうじゃ、ないよ」


本心を語ったつもりなのだが、その答えが気に入らなかったらしい。
深くうつむいて、とぼとぼと歩く。

「ノー・フェイスがさ。私――たちと、一緒に居て。
 私たちが喜んで、それで満足ってのはいい。嬉しい。
 でも――それじゃ、私がもらってばかりだよ」


繋いだ手を離し、数歩先行するホオリ。
そこで立ち止まって言葉を続ける。


「私はさ。私だって――ノー・フェイスに楽しい、って思うこと
 見つけてほしい。私を楽しませることばかりじゃなくて」
「……オレは」


どう返答したものか逡巡する。が、結局は正直に答えようと思う。


「……オレは、戦うために……使い捨てられるために生み出された、
 悪の組織の戦闘員だ。もともと娯楽だとか、余暇だとか、
 そういうことには無縁の存在だ」


ぽつりぽつりと韜晦するように言葉を紡ぐ。
そう、ノー・フェイスは戦闘員だ。戦い以外のことに注意をむけず
自身の全てを任務のために消費していく存在。


それを考えれば、ここでこうして人の暖かさに囲まれて
いられること自体が、奇跡のようなものではないか。


「だから、オレは……オマエたちが楽しければ、それがオレの
 楽しみになるのだと思っている」
「……そうじゃ、ないよ」





やはり、ホオリは納得しない。悔しげなものを口調にかもしだす。


「それはね? そのこと自体は……すごく、いいことだと思う。
 でもね、私は――ノー・フェイスに、ノー・フェイス自身が
 楽しいって、思えることを見つけて欲しいの」

ホオリが振り向く。

「私はね? 私は――辛かった。苦しかった。寂しかった。
 でも……楽しいこともね、いっぱいあったんだよ。
 そんなに長く生きてきてないけど、おとうさんからも
 おかあさんからも、色んな楽しいことを、教わってきた」
「ホオリちゃん……」

小岩井も傷ましげな表情で、少女を見つめ言葉につまる。

「いまの私には――そういうこと、あんまりわかんなくなっちゃったけど。
 でも、それをノー・フェイスに教えたいの。いろんな、いろんな
 楽しさがこの世界にはあるんだって――知ってもらいたいの」

でなければ、と続ける。でなければ。

「ノー・フェイスが、どれほど尊いものを守ってきてるのか……
 どれだけ、私が感謝してるのか、きっとわからないよ。
 わからないから――ノー・フェイスは、いつまでも
 "枷"につながれているんだと思う」
「――枷?」


小岩井は意味がわからず首をかしげるが、ノー・フェイスはギクリとした。
思わず、手首の腕輪をひねる。


ノー・フェイスには"枷"がある。
それは、自身が"悪の組織の戦闘員として生まれた"という
覆らない枷だ。


彼は、見過ごしてきた。見逃してきた。
自分の仲間たちがどれほどの悪をなしてきたか。
どれほどの人々を、苦しめてきたか。
そのことを、短い間とはいえ知らぬふりをしてきたのだ。


その事実が、ノー・フェイスには重石に感じられる。
腕をつないで離さない、手枷だ。
その枷があるから、ノー・フェイスは彼女たちを救わねばならない。
そんな強迫観念さえ、感じることがある。

ホオリには、胸の内にいる精霊を通して伝わってしまっているのかもしれない。


「――私は、私のヒーローノー・フェイスにそんなこと思って欲しくない」


きびすを返して、出口に向かっていくホオリ。
ノー・フェイスは手首をひねりながら、その後姿をみやるしかない。


(枷――枷、か)


彼女の気持ちも、わかる気がする。
だけど、どうしても――その枷は外せない気がする。



これだけ人の暖かみにふれていても。



少女の優しさに、悔しさを見つめていても。




――ノー・フェイスには、枷がある。


・・・

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