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第二部
第二章:04
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ジー、と駆動音が四方から響いてくる。
狭く、不快な場所だ。とはいえ大人しく横になっている。
「――はい、検査終わりました。起き上がっていいですよ」
ベッドが電動でスライドし、ようやく狭苦しい場所から出られる。
X線検査装置だ。ノー・フェイスはCETに来てからなんども、
この断層撮影装置で内部の検査を受けていた。
「貴重で大切な協力者を、分解するわけにもいきませんからね」
小岩井医師が茶目っ気を出してウインクする。
その横では難しい顔をして金屋子が写された画像とにらめっこしている。
「それに、いくら再生機能があるとはいっても、未詳の不具合や
損傷があってもいけませんから。ノー・フェイスさん、
普段から無茶な戦いばかりしますし」
「……すまん」
素直に謝る。基本的には自分の身体を直せるものはいない。
確かに、彼女のいうとおりあまり無理をさせすぎては
いざという時に問題がでるかもしれないのだが。
「どうにも、性分でな」
「……はぁ。まあ、この数ヶ月でそのことは、
じゅーーーーぶんに、わかってますけど、ね」
仰々しくため息をついて、ほほえむ小岩井。こうして笑うと、
彼女のふわふわした柔らかい髪と合わせて優しさがにじみ出る。
感じたことを、素直に伝える。
「優しいのだな、小岩井は」
「ふぇふぇッ!? ふへッ、そんな、その……優しいだなんて。
でへへへ……」
「ちょろい嬢ちゃんはおいといて。だ。
しっかしまあ、おめぇの腹ン中はわっかんねぇなあ……」
不思議な踊りを舞い始めた小岩井の横で、後頭部をがりがりと掻いて
金屋子がそばによってきた。
「中の構造はほとんど人間とかわらねぇ。というか、この写真だけ
見たら生身の人間とほとんど区別がつかねぇよ。
かろうじて、各部に点在している機械部品で区別できるだけだ」
おそらくは人類でもっともフェイスについて詳しい人間である
金屋子だが、それでも彼にすら手に余る代物なようだ。
フェイス戦闘員は、アンドロイドである。有機的機械生命体、
人造人間。さまざまな呼び方であるが、作られた存在だということに
かわりはない。
「ふっしぎなんだよなぁ。単に戦闘員が作りたいんなら、もっと
単純な機械でもよかったんじゃねぇか? わざわざ、
消化器官や呼吸器なんぞ模倣する必要は、ねぇはずだ」
「ちょっと、金屋子さん……そんな言い方は……」
「いいだろ、そういう意味でいってんじゃねぇよ。
ノー・フェイスならわかんだろ?」
「ああ。オレが作られた存在だということは、自分自身がよく知っている。
下手に気を使われるより、気になることは全部言ってほしい」
鷹揚にうなずく。実際、疑問ではあった。
「呼吸器官に、消化器官か。飲み食いもしないし、息も吸わない吐かない。
なのに、そんなものが?」
「正確に言えば、本来の器官としての役目は果たしてねぇ。
別の機能を有してるようだ。呼吸器官なら、音響スピーカーの役目とかな」
ぺたぺたと印刷した写真をライトボードにはりつけながら、説明する。
「この"肺"のおかげで、おまえさんはほとんど人間とかわらないような
抑揚つけたしゃべり方ができるってわけだ。
……でもよ。戦闘用のアンドロイドに、そんなもん必要か?」
不穏な物言いに、顎に手を当てて考え込んでしまう。
言われてみれば確かに、不可解だ。
「……考えたこともなかったが、確かにフェイスの機能は
オーバースペック気味だな。人間に潜入するにしても、
それならそれで専用の躯体を作ればよいだけの話。
オレのような戦闘員は、もっと単純かつ堅牢、戦闘に特化した
機能を与えればいいはずだ」
「だろぉ?」
機械というものは、単純なほど頑丈だ。そして目的に特化できる。
そもそもが、皮膚感覚などもこんなに鋭敏である必要があるのだろうか?
もっと痛覚に鈍感である方が、戦闘時には都合がいい。
まして、フェイスは使い捨てなのだから。
「ま、おまえさんの話から人工細胞自体がひとつの機械として働いていることも
わかった。その制御に、俺らじゃわかンねぇ機能が
必要なのかも知れねぇがよ……」
「……そうは、思えないがな……」
二人して押し黙ってしまう。
フェイスは、謎だらけだ。
そういう意味では、人間をベースに兵器として改造されている改人の方が
よほどわかりやすい。
「一度その、改人って奴も見てみてぇもんだがなあ」
「いまのところ、期待は薄い。奴らは戦闘不能になると
灰になって消えてしまう」
うなるように声をあげてどっかりと座り込んでしまう金屋子。
そんな彼を横目に断層写真を見ていると、ふと気になった。
「……この、黒い部分はなんだ?」
「あ? ああ、そこはオマエらの"心臓"にあたる部分だな。
そこだけは、厳重に警戒されているらしく放射線を遠さねぇ。
しかも、機能停止すると溶けてなくなっちまうらしい」
「ここだけか?」
驚いて聞きなおす。そういえば、自身のデータベースの中にあった
設計図にも、この心臓部だけは記載がなかった気がする。
「……自壊装置があるなら、全身を破壊すればいいのではないか?
それこそ、改人のように」
「いんや、きちんと調べられてねぇからわかんねぇけどよ。
自壊装置とかそういうことじゃなく、単純に機能が停止すると
形が保てなくなる、ってだけなんじゃねぇかな、これ。
改人どもは灰になって一片ものこらねぇが、その心臓は
一応形を残してるんだよ。解析は不能だがなぁ」
さじをなげるように手をふって答える金屋子。
ほんとうに、謎ばかりだ。
「――金屋子さんのお仕事もわかりますし、
ノー・フェイスさんの性格も知ってますけど!」
ほんの少しだけ、不機嫌そうに口をとがらせた小岩井が
間に顔を挟む。
「なんだか、自分を突き放して見ているみたいで、好きじゃないです」
「……すまん」
小岩井の気持ちは理解しがたかったが、彼女が不快に思ったのなら
謝るべきだろう。そう思っての言葉だったが、彼女は少し呆れたような
笑みを浮かべて否定した。
「いーんですよ、これは私のわがまま。
でも、私はノー・フェイスさんのこと、人間だと思ってますから」
「……人間?」
面食らう。
「……オレは、人間ではない」
「でも、人間を守ってくれているし、人間と同じ優しさがあるじゃないですか。
――それとも、ノー・フェイスさんは人間扱いされるの、いやですか?」
「いや……」
わずかに不安げな表情をのぞかせて 小岩井がのぞきこんでくる。
人間。
想像もしなかった言葉に、戸惑いが隠せない。
自分は人間ではなく、フェイスだ。それはどうあがいても覆せない。
そもそも、人間になりたい、と願ったこともない。自分を
どう扱って欲しい、という欲求自体がなかったのだ。
だから、なんと答えていいのか逡巡する。
「オレは……フェイスじゃない。だけど、人間でもない。
ただ――」
小岩井の顔を見ながら、その気持ちにどう言葉を紡ぐか慎重に悩みながら、
かろうじて自分の心に答えを出す。
「――そうだな。人間でなくてもいいが、対等に扱ってくれるなら――
オレは、嬉しい」
「そりゃもちろんですよ!」
一転して小岩井が嬉しそうにはしゃいで手を握る。
「ノー・フェイスさんは大切な仲間です。
CETのメンバーって意味だけじゃないですよ? なんというか、
もっと大きなくくりで、仲間なんです。同胞って言ってもいいです」
「同胞、か……」
悪い気は、しない。
「で、ですから、そのぉ……もっと、ノー・フェイスさんと
仲良くなりたい、というか。もっとノー・フェイスさんのこと、
知りたいっていうか……」
「?」
急に歯切れが悪くなった彼女に首を傾げる。
と、トントン、と金屋子がファイルで机を叩く。なぜか少し
憮然とした顔をしている。
「――あー。甘酸っぱい青春劇場を特等席で見せてくれて
大変ありがたいんだがなぁ。ヒロイン役、もう一人きてるぜ」
促された方向をみると――入口に、ホオリが立っていた。
なぜか、すこし怒ったような顔をしている。
……なぜだろう。とても、居心地が悪い。
妙なうしろめたさを感じてしまう、不可解な雰囲気だった。
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