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第二部
第四章:02
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そのヘリのローターは、一切の音を立てず回転し続けていた。
下側に風すら、ほとんど起きていない。何も知らなければ
少し強いつむじ風を感じただけで終わるだろう。
CH-18NM"ゼブラ"。フェイスダウンが保有する隠密ヘリだ。
フェイスを20体まで運べる図体にも関わらず、その存在を
一切外に漏らさず行動できる、超技術の塊だ。
CETですら、このヘリの存在は認知できていなかったという。
ノー・フェイスが情報をもたらしたとき、作戦本部も技術班も
うなったまま沈黙してしまったという。
この機体に搭載されている光学迷彩は、人間社会で研究されているような
熱電素子を利用した映像投影方式ではない。
装甲表面から吸収した電磁波を、反対側の装甲から放散するという方式だ。
そのため、夜間でも全く問題なく使用できる。むろん、レーダーにも映らない。
まるで桜田に借りたファンタジー小説にでてくる魔法のような技術だ。
見つからないのも、無理はない。
が、知っていれば発見するコツはある。ローターだ。
高速回転するローターだけは、まるで空間の揺らぎのように違和感がある。
そうやって発見したヘリの近くで、ノー・フェイスは茂みに息を潜めていた。
こちらはこちらで雷の精霊の力を借り、姿を隠している。
(チートにはチートを、だ)
原理としては、CH-18NMと同じ迷彩だ。あるいは雷の精霊の研究成果の
副産物なのかもしれない。
確認できたヘリは、4機。地上でステイシス・フィールドの完成を待って
空中待機している。
その遥か上空では、738便が旋回を続けていた。
今、738便に対しては警察からなんども交渉のために通信で呼びかけているはずだ。
もちろん、大改人がそれに答えることはない。旅客機に乗る人間そのものが
奴らの目的だからだ。
400名以上の乗客、乗員。その中にはホオリと変わらない歳の子や、
それより幼い子も大勢いるはずだ。
(……どれほどの恐怖だろうな)
楽しい旅行、あるいは楽しくない旅行が恐怖と絶望に塗り替えられた。
おぞましい姿をした改人が現れ、死のフライトを続けさせているのだ。
彼らが植え付けられた恐怖を思うと、やりきれない。
不鮮明な情報ではあるが、搭乗していた航空機警乗警察官に
被害がでている。あるいは、乗客にも犠牲者もでているかもしれない。
ぎりぎりと握り締めた拳が軋む。
『ウルフ3からアルカー、ノー・フェイスへ。
フェイスの地上部隊を発見した』
ウルフとはPCPメンバーのコードネームだ。作戦中の通信で用いられる。
ちなみにキャットが偵察班である。
『オメェのいうとおり、なにやらごっつい機械を組み立てているな。
すでに資材の搬入は終わって、組み立て段階のようだ。
フェイスだけじゃなく、改人も三、四体見えるな』
「想定どおりか」
あたりはすでに闇に包まれている。完成まで、いくばくもないだろう。
『アルカーだ。今そちらに向かう』
『頼むぜ。仮面野郎、そっちの準備はどうだ?』
「準備はできている」
かがんだ脚に力を込め、力ある言葉を用意する。
なにはともあれ、一番最初のタイミングが肝要だ。
この作戦は、そこをしくじれば確度の低い次の作戦に
移行しなければならなくなる。
当初、地上のステイシス・フィールドを破壊する案もたてられた。
だがそれだとヤケになった大改人が乗客を皆殺しにする
可能性もある。改人たちには、その危険性があった。
だから、旅客機に乗り込み直接奪還する必要がある。
そのため――ヘリにとりつき、空へ連れて行ってもらうのだ。
その作戦にアルカーは同行できない。ノー・フェイスの
"ライトニング・ムーヴ"でギリギリ届く位置にヘリは待機している。
アルカーでは届かないのだ。
もちろん、ただ取り付けばその衝撃ですぐ露呈してしまう。
それゆえ、ステイシス・フィールドの完成を待たなければならなかった。
フィールドが発生する際、大きな衝撃が付近に発生する。
その衝撃に紛れてとりつくのだ。タイミングとしては、ほんのわずかな
一瞬を狙わなければならない。
(だが、やらなければ。そこはまだ取っ掛かりに過ぎない)
なにしろ、本命は機内にいる大改人だ。ただでさえ凶悪な敵を、
一刻も早く人間たちから引き離さなければならない。
それも、ノー・フェイス一人でだ。
(いや……)
違う。アルカーは、地上でやることがある。必要なことだ。
彼がうまくこなしてくれれば、作戦はぐっと楽になる。
たとえ対峙するのが自分ひとりでも、戦っているのはひとりではないのだ。
『――完成したらしいぜ。なにやら制御盤らしきもので調整を行ってる』
竹屋の声に、思索を打ち切る。
そうだ、迷うのはじゅうぶんやった。ここからは目の前のことに集中すべきだ。
ぶぅ……ん、とモスキート音を聴覚センサーが拾う。ステイシス・フィールドが
稼動を開始したのだ。
竹屋に教えられた方角と狙いをつけたヘリに注視し、そのときを待つ。
『――発動するぞ!』
その声の一拍のち、不可視の衝撃波が飛んでくる。
すかさず全力で跳躍し、その頂点で"力ある言葉"を発動させる。
「"ライトニング・ムーヴ"ッ!!」
視界が歪む。眼下で風と衝撃波に揺られた木々が、極端に遅くなる。
正確に言えばまわりが遅くなったのではなく、超高速で移動する自分の速度に
意識もあわせられているのだ。
猛スピードで接近するヘリの着陸脚に、手を伸ばして掴む。
そのままひっくりかえるように床面にはりつき、身を伸ばす。
少しでも見つかりにくくなるようにだ。
タイミングは、完璧だった。
視界が元に戻ると、ヘリが衝撃波に襲われ大きく揺らぐ。
これなら接触したときの衝撃や音はばれなかっただろう。
はたして、ヘリは支障なく旅客機に向かった。
高度2500mのあたりに、停滞波動は発生しているようだ。
この空間に入ると、物体の動きは極めて緩慢になる。
詳しい原理はわからないが、それで墜落するということもないのだろう。
それによってヘリと旅客機がランデブーし、人間を浚うつもりだ。
「……あいにく、させるつもりはないがな」
738便が高度を落とし、ぐんぐん近づいてくる。
やがて停滞波動に侵入すると――まるで粘度の高い液体に
突入したようにゆっくりと動きがとまっていく。普通なら
空中分解するところだが、何の問題も無く静止する。
ヘリが、接近する。電子系統が乗っ取られているのだろう、貨物室の扉が
ゆっくりと開いていき、そこへヘリが近づいていく。
もう一度、タイミングを測る。ヘリから見えない位置で、飛び移れるように
計算しながら――
「アルカー!!!」
直後、地上に爆発が起きる。アルカーが地上のステイシス・フィールドを
急襲したのだ。
事前の打ち合わせでは、装置を稼動させるための電源ユニットを
一つ破壊することになっていた。それだけで装置は停止しないが、
アルカーの襲撃によって装置が破壊されることを危惧し、
ヘリが離れていく。
今だ。
ノー・フェイスはもう一度"ライトニング・ムーヴ"を発動し、
貨物室に飛び乗る。気づかれなかったはずだ。
貨物室の扉がゆっくりと閉じていく。ヘリは遠ざかり、
やはり、気づかれずに済んだようだ。
「第一段階は成功だ。侵入に成功した」
『よくやった、ノー・フェイス。こちらはアルカーに
フェイス地上部隊との戦闘を継続させる。
できるだけ引き伸ばさせる予定だが――』
『7分だ』
御厨の通信に、アルカーが割り込む。
『きっかり、420秒。その間ならもたせられる。
その間になんとか大改人を排除してくれ』
「じゅうぶんだ」
アルカーのことばに頼もしさを覚え、うなずく。
7分。
この間に、あの怪物を引き摺り下ろさなければない。
「チケットを、拝見させてもらうとしようじゃないか」
『……珍しい。おまえがジョークを言うとはな』
「キャット5の影響かもな」
のんびりしている暇はない。
事前に入手した機内見取り図をもとに、まずは内部の状況を
確認する。その後、迅速に改人を排斥する。
「……狙うは、不意打ちだな」
・・・
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