今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?

marupon_dou

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第二部

第四章:最速の女王

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・・・


「――こうも立て続けにか!」

騒然とした作戦本部のただなかで、御厨は舌打ちしたい衝動を
なんとか押さえ込んでいた。

みんな、思っていることだ。長たる自分がそんな姿を
見せるわけにはいかない。


今、CETの面々は慌しく動いている。先日の原発ジャック事件の時と
負けず劣らず、緊張が走る。
一つだけ助かるのは、前回と違い今回のフェイスダウンの行動は
非常にわかりやすい、という点だ。


飛行能力を備えた大改人による、旅客機ハイジャック。
乗員を含め436名の人間が大型旅客機ごと、拉致されたのだ。
幸い、事前に火之夜の警告が入ったため事件発生直前にはすでに
危機管理チームの発足が間に合った。が、忙しくなるのはここからだ。


現在、ハイジャックされたのは成田空港を飛び立った大和空輸大空738便。
沖縄の那覇空港を目指してフライト中、貨物室から改人に侵入され
乗っ取られたらしい。以後通信は途絶している。

CETは内閣官房が持つ情報収集衛星を用いた衛星監視システムを使用し、
地上の捜査を開始。幸運にも一機の衛星が山梨の奥地で旋回する
同機の姿を捉えていた。


国民に対しては、この事件はフェイスダウンによるテロであると断言。
内閣の管理下におかれ、山梨県警を含めた広範囲の警察組織と
機動隊による連携で対応にあたると説明された。


――が、相手がフェイスダウンなら、主に動くのはCETだ。
そもそも、未だ着陸するそぶりさえ見せないため警察には手出しができない。


「――山梨には空港はない。が、航空学校があったはずだ。
 奴は、そこに着陸する気か?」
『いや、確証があるわけではないが――おそらく、そうではない。
 多分そちらでは確認できていないだろうが、すでにフェイスダウンが
 擁する隠密ヘリが数機、付近に待機している』


現地に向かい、地上から旅客機を監視しているノー・フェイスが答える。
通信機越しのその報告に御厨は思わず顔を手で覆う。

「……まさか、空中で運び出すつもりか?」
『そしてもぬけの殻になった旅客機は墜落させ、捜査をかく乱。
 警察や機動隊がそちらに気を取られている間に、
 連中はゆうゆうと感情を奪い取り逃走する――という算段だな』

通常のハイジャックなら実行不可能な案だが、フェイスダウンなら
旋回中の航空機に接触する技術もある、とノー・フェイスが続ける。


あらためて、恐るべき敵だ。


『……無駄がないといえば、無駄がない案だな。
 心底外道な案でもある』

通信機ごしでもわかるほど、火之夜が怒気をむき出しにする。
気持ちは御厨も同じだったが、立場上その怒りをおしこめ
冷静に判断しなければならない。

「ノー・フェイス、既に人質の連れ出しは始まっているのか?」
『まだだ。オレのデータベースにある情報からは、空中で
 高速移動中の航空機同士を接触させるため、大掛かりな
 停滞波動発生装置ステイシス・フィールドが必要だ。
 地上設置型の装置だが、現在は急ピッチで組み立てている
 真っ最中だろう』

わずかにではあるが、時間があるということだ。
ノー・フェイスによると最小で二時間、最大で四時間ほどで
準備は整うとのことだ。


『見える範囲でだが、連中のヘリで一度に輸送できるのは
 おそらく60人ほど。全員を連れ出すまでにも、二時間から
 三時間ほどかかると見ていい』
「……逆に、フェイスが乗り込んで機内でエモーショナル・データを
 奪っていく可能性は?」

検討された状況をノー・フェイスに尋ねる。さいわい、答えはノーだ。

『その場合、フェイス側も400体近くが出張らなければならない。
 離反したオレを追撃した時も、最大で100体程度だ。
 これだけ大規模な動きとはいえ、そこまで出撃はさせられまい』


すばやく思考をめぐらす。地理。機体の燃料。時間。
今は、夕方の四時だ。逆算してタイムリミットを測る。


「――連中が動き出すのは、夜八時だ。夜陰に紛れれば行動も
 わかりづらい。都合がいいだろう。
 さらに、日付が変わるあたりで燃料が尽きる。タイミングとしては、
 ちょうどいい」
『タイムリミットは、二十時か』


実際にはもう少し猶予があるが、それを基準に作戦を立案する。
すでに部下たちは通信を聞きながらも地図を広げ、ノー・フェイスたちが
確認したヘリや装置の設置場所を推測し、記入している。


「アルカーとノー・フェイスはその場で待機。
 作戦が決まり次第、動いてもらう。
 ――それと、桜田」
『……連中の動きを、監視するんだね?』

それは、今回の事件を解決するためではない。
ヘリを出したということは、転移装置を使っていない。
なら……追跡が可能だ。


「連中ばかり、楽しむのもつまらん。
 ……たまには、こちらから仕掛けさせてもらいたいな」

猫科の猛獣のように、牙をむき出しにして笑う。
いいかげん、鬱憤がたまっている。ここらで逆襲の機会を
手に入れたいものだ。


「一時間以内に、作戦を決定する。それまでしばらく、待っていてくれ」


・・・


通信を切り、ノー・フェイスは組んだ腕の間に自身の頭を差し込んだ。

緊張している。
自分でも、それがわかる。

側に立つアルカーも似たようなものだ。複眼からは表情が覗えないが、
その所作から彼の緊張が伝わる。


無理もない。
今回の相手は、あのカマキリ型改人――だ。
まるで太刀打ちできなかった、強力な改人。

シターテ・ルと言ったか――あの改人と対峙した時、ノー・フェイスは
対抗するどころかその動きを見切ることすらできなかった。
なにひとつ、抵抗できなかったのだ。

あの時と比べ、アルカーの力を手に入れた自分たちは比べ物にならないほど
強化されている。あの時のような無様は晒さないはずだ。


だが、勝てるかはわからない。
なんといっても、相手はまだ手の内をほとんど晒していないのだ。

こちらにも利はある。前回の戦闘から、あの改人は全力機動を行った場合
2秒から3秒のインターバルが必要だと判明している。

奴の攻撃を耐え、その隙をついて仕留める。
それならば勝ち目は見えてくる。


だが、勝つことが目的ではない。
まずはなんといっても、400人以上もの人々を救わねばならないのだ。
果たして、あの大改人やフェイスたちの手をくぐって
そんなことが可能なのか――


「……心配するな」


ぽん、と肩にアルカーの手がおかれる。
彼にも重圧がかかってるだろうに、その手からは震え一つ感じない。

「必ず御厨たちが、最適な作戦を考えてくれる。
 俺たちが意識するのは、その作戦を完璧にこなすことだけだ。
 それだけでいい」
「火之……アルカー……」

アルカーの碧の複眼を見つめる。己の仲間たちを力強く信じる
頑なな意志まで見えるようだ。

「今は悩むな、ノー・フェイス。
 悩む時間は終わったんだ。ここからは、動く時間だ。
 考えるのは、他人に任せろ。――それが役割分担というものだ」
「……そうだな。そのとおりだ。
 彼女たちなら、かならずいい手を考えてくれる」


彼女だけではない。
展開中の竹屋たちPCP。
フェイスの動きをつぶさに観察し、動きがあればすぐに
追跡できるよう待機している桜田たち偵察班。

そのほか多くのチームがこの場で全力を尽くしている。


ノー・フェイスのやることは、上手くいく方法を考えることではない。
チームが出した結論を、完璧に実行できるよう準備することだ。


そうだ。奴と遭遇してからの間、何度も何度も対策を練ってきた。
頼れる仲間たちも、いる。無敵の相棒もいる。


なにも恐れることなどない。



「……救うべき人々がいるんだ。
 恐れてなど――いられるか」


組まれた指が握り締められる。
湧き出てくる不安を、握りつぶすように。


・・・

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