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第二部
第三章:05
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「――今回は、不可解だったな」
「……火之夜」
夜。
CETの整備工場で、自分が駆るI-I2に手を添え黄昏れていると
火之夜が話しかけてきた。
今は時間外であり、工場に誰も居ない。
「不可解なのは、今回だけではない。
そもそもが改人たちの行動は、あまりに無軌道すぎる」
「……そうだな」
もっと言えば、フェイスダウンに居たときも、改人の情報はまったくなかった。
といって、ノー・フェイスは大した情報を与えられていたわけでもないが。
「……少し、考えていた」
「今回の件をか?」
首肯すると火之夜がNX-6Lに寄りかかる。その背に向けて
自身の考えを話し出す。
「改人の動きは確かに不可解だ。が――奴らの基本的な行動は
変わらないはずだ」
「――人間から、感情を奪うことか」
「少し違う」
くい、と顔だけ振り向き先を促す火之夜。
「フェイスダウンの目的は、フェイスに感情を奪わせることだ。
実際にそれ自体は変わりがない。いまだに人間狩りは行われている」
「確かにそうだが――それが?」
「一方で、奴らの言うことを信じるなら……改人とは、
人間を元に改造された存在、ということになる。
――矛盾していないか」
火之夜が怪訝そうに眉をひそめる。
これは、まだ御厨たちにも話していない。話せるほど考えが
まとまっていないからだったが、火之夜に話しているうちに止まらなくなる。
「フェイスは人間を襲い、感情を奪って植物状態にする。
一方で、フェイスダウンは人間を改造し、進化させた存在として
地球に君臨させる、と宣言した。
――その二つは、両立しない」
「――確かに、奴らは襲った人間を回収したりしない。
かといって、襲う人間をえり好みしているようにも見えん」
そうだ。
奴らが人間を改造し、より優れた存在へ進化させるというなら、
フェイスの在り様はその目的を阻害するばかりではないのか?
改人という、より強力な戦力が現れたなら、フェイスに感情を与え
強化させるより、人間をさらい改人へと改造する方が、目的にもかない
好都合なのではないか。
「……改人とフェイス戦闘員は、目的そのものが相反している。
そこにヒントがある気がしてならない」
「……フェイスダウンの内部に、派閥があるとでもいうのか」
腕を組んでうなってしまう。自分が居たときはそんなものが
生まれる余地など、ないように思えた。
改人が現れてからのフェイスダウンは、わからないが――
「最初に現れた改人。アイツは、ただの考えなしに見えた。
事実として奴は粛清された。
だが、今回の改人は――」
トリックスターではあった。だが、極めて用意周到に
事をなそうとする知略家にも見えた。
事実、原発を抑えるまでは見事な手口だった。
だが、アルカーとノー・フェイスが乗り込んでからは
あまりにお粗末な顛末だ。
「……オレは、爆弾は本当に仕掛けられていたと思う」
「あの時も、そう言っていたな。それが奴の独断で、
それ故に粛清された、と」
「そうだ。だが、奴一人で爆弾をしかけるはずもない。
なら、それを実行するのはフェイスだったはずだ。
……つまり、組織的な行動を取っていた」
少なくとも、奴はそれが実行されることを疑っていなかった。
フェイスたちは自分に従うと、信じていたはずだ。
「――だがフェイスたちは従わなかった。原発確保までは
いつもどおり従順に行動していたというのに」
「……桜田も言っていたが。事前に確認されたフェイスの数と、
実際に倒されたフェイスの数が合わない、と」
それを聞き、何かがかみ合っていく。
「……フェイスは、撤退したんだ。改人より上位の存在の
命令を受けて。だが、奴は知らなかった」
「……たしかにおかしいな。奴一人の独断で、
フェイス部隊を動かせるものだろうか……」
火之夜がうつむきながら思索をめぐらす。
かまわず、その横顔に話を続ける。
「……もし、フェイスダウンの中に本当に派閥があるとしたなら。
今回の件は――その両者による、争いだったんじゃないか」
「……奴らも、一枚岩じゃないってことか……?」
全て、憶測だ。
だが、これまでのフェイスダウンの活動に対し、
改人という存在は異物に思えて仕方がない。
だというのに、先日の放送では改人こそがフェイスダウンの
最終目的だという。
それに違和感をおぼえるのは、自分がフェイスの出だからだろうか。
「……ダメだなぁ」
突然、火之夜が伸びをしてバイクから離れた。
いぶかしく思うこちらに少し疲れたような笑みを見せる。
「すまん、ノー・フェイス。かっこつけて考えてるふりしてみたが。
やはり俺にはこういうことは向いてないな」
「……そうか?」
肩をほぐしながら、横に立つ火之夜。
「俺は桜田や御厨に考えることは任せてたからな。
どうも、身体を動かしていた方が楽らしい」
ガキの頃から変わらないんだよ、と笑う。
「むしろ驚いたぐらいだ。お前、意外とよく考えているんだな」
「……そうか?」
やや戸惑う。言うほどに火之夜が考えなしでもないし、
自分とて御厨たちの域に達するほど推論できているわけでもない。
「わかった気がするさ。俺は悩むのが苦手でな。
そういうのは周りに任せて、俺はただ動く。
お前は俺に似てるが、少し違う」
ポン、と肩を叩いて火之夜が歩いていく。
その背を目で追う。
「こないだもそうだが。きっと、お前は――悩むんだろう。
自分の生まれを。自分の生き方を。
悩んで悩んで――その末に、お前は今ここにいる道を選んだ。
なら、それでいいんだろうな」
一度だけ振り返り、力強い笑みを浮かべて火之夜は工場を出る。
「おまえの強さは、悩みぬいた末に生まれる強さだ。
だったら、悩めよ。悩んでも、お前はきっと答えが出せる。
だけど忘れるなよ? お前の側には、俺たちがいる。
支えてやるさ」
火之夜が去り、静かに暗闇に包まれた工場の中で、ノー・フェイスは
自分の掌をじっと見つめていた。
「……俺の強さ、か」
・・・
「悩む強さ、か……」
火之夜は昨日の話を思い出していた。
ノー・フェイスの話はすでに御厨に伝えてある。
その話も踏まえた今後の対策をいくつも練られている最中のはずだ。
昨日の言葉通り考えるのは彼女たちに任せ、今は外に出て
郊外にバイクを走らせている。
(……御厨たちに羨まれそうだな)
御厨もホオリも、先日の対応にも追われて今はまったく時間がない。
こうしてツーリングにも出れない彼女からすれば、
さぞやねたましいことだろう。
すけるような青空だ。街中よりも空気が澄んでいて抜けるように
高い青空だ。こんな空を見上げるとき、御厨たちがバイクを
好む気持ちが少しわかる気がする。
炎の精霊と融合した火之夜は、生身に見えても既に超人と化している。
空を飛ぶ鳥の羽毛もくっきりと見えるぐらいだ。
(……んん?)
一瞬、空に何か見える。ヘリか何かかと思ったが――
(――違う!)
バイクを急制動させ停止し、空を見上げる。アレは、見覚えがある。
前輪をめぐらしてUターンし、通信を入れる。
少し疲れた声音の御厨が出るが――火之夜の報告に緊張が走る。
「大改人だッ!! あの時みた、
大幹部改人が――上空を飛んでいるッッ!!!」
・・・
もはや、改人どもに任せてはおけない。
アルカーによる作戦妨害。
ヤク・サの部下の独断専行。
このあたりで失点を取り戻しておかねば、あまりに立場がない。
いくら改人が組織にとって重要だといえど、
これ以上失態を見せるわけにはいかないのだ。
(一山いくらのフェイスどもとは、違うのよ――
扱いも、使命の重さも!)
シターテ・ルは高度1万mを飛行していた。航空機の巡航高度だ。
狙いは――大型旅客機。400名以上の人間が乗るジェット機だ。
(陸でちまちま襲うなんて、かったるいこと必要ないのよ)
乗っ取って、集めたフェイスたちのもとに連れて行けばいい。
凡人どもが手をこまねいている間に、400人分の
エモーショナル・データを手に入れられるだろう。
(ああ、お待ちください総帥閣下。
今、あの雑魚どもにたっぷりとエサを与えてさしあげますわ――)
・・・
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