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第二部
第五章:04
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「――あいにくだが、仕留め損ねたらしいな」
地面に手をつき、ノー・フェイスが感慨もなくつぶやく。
シターテ・ルがいたはずの場所だ。あの蟷螂型大改人の姿はなく、
かわりに青い体液が転々と続いている。
その跡は、三筋。どうやら三対とも健在で、逃げ帰ったらしい。
見る限り、軽くはないが致命的でもない損傷のようだ。
「惜しいところだった……と、言うのは贅沢かな」
「いや。次もこう上手くいくとは限らん。
それを考えれば、今ここで一体でも仕留めておくのがベストではあった」
たちあがり、アルカーに答える。
警戒は解いていないが、付近にあやしげな動きは感知できない。
改人たちも、おそらくは既に戦線を離脱したはずだ。
「……手ごわい、相手だった」
「……ああ」
今回は一対二、次いで二対二という構図に持ち込めたからなんとかなった。
だがこれがもしも三体がかりで襲われたら、どうなることか。
「……。考えたくも無いな」
「だが、考えなければなるまい。備えるために」
やはり、戦力の差はいかんともしがたい。
特に前回や今回のように、守るべき対象がいる戦いは非常に辛い。
ただでさえ難敵にたいし状況まで不利だった。うまくいったからいいものの、
ひとたび失敗すれば大勢の命が失われる。
ぎり、と手を握り締める。フェイスダウンはほんとうに人々を省みない。
自身の目的の前には、どれだけの犠牲を払ってもまるで気にしない。
ホオリの姿が思い浮かぶ。彼女も、その犠牲者の最たるものだ。
生まれたときから彼女の人生のすべては、フェイスダウンに支配されていた。
両親の手によって施設から脱け出したあとも、ずっと。
「……許すものか」
決意をあらたにつぶやく。が、今夜はとにかく終戦だ。
CETに戻るためアルカーに声をかけようとふりむくと――
「がッ……あ、ぐぅ……ッッ!!」
「――アルカーッ!?」
突然、胸を抑えてうめきだす。あわててかけよりその背に手を添えるが、
そこから伝わる脈動の強さに驚く。
「どうした、アルカーッ! なにが起きた!」
「グッ……あ……っッッ!! せ、精霊が……
精霊が、騒いで……いる……ッッッ!!」
悶えのたうちまわり、アルカーが搾り出すように伝える。
押さえ込もうとするが、その強さと体温の高さに思わず手を離す。
「――精霊が? いったい、なぜ……」
『ノー・フェイスッ! どうした、何が起きた!?』
逼迫した御厨の声が通信機から聞こえる。アルカーの身を案じているのだろう。
なんとか安心させてやりたいものの、こちらでも何が起きているのか
わからない以上、言葉がでてこない。
「――とにかく、回収を頼む!
合流地点に向かうから、人員を待機させておいてくれ!」
『既にやらせている! とにかく、アルカーを……火之夜を、頼む……』
最後は消え入りそうな彼女の声に、気をひきしめアルカーを抱き上げる。
ほとんど熱にうなされたような状態だ。なにごとか、しきりにうめいている。
「――ない」
「……何?」
アルカーの言葉に耳を傾ける。
「精霊を……目覚めさせては、ならない。
もう、目覚める必要が――ないのだから。目覚めれば……
目覚めれば、世界が――リセット、される」
・・・
「あ……ッ、う、うぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「ホオリちゃん! ホオリちゃんッッッ!!」
小岩井は泣きそうになりながら、なんとかその身体に取りすがろうとする。
だが、ホオリ自身の身体から発せられる波動に阻まれて近づけない。
いや、それどころかあたりかまわず撒き散らされる雷に身を焼かれそうになる。
「小岩井さん! さがってください!」
技術班の一人が制止するが、かまわず近づこうとする。
が、それを金屋子が羽交い絞めにして圧しとどめる。
「おい小岩井! やめろ、今は近づくな!
無理だ、どうにもできん!!」
「でも……ッ! 彼女が、あの娘が!!」
「何が起きてるかすらわからねぇんだ!
これが悪いものなのか、一時的なものなのかすらわからねぇ!
今はとにかく、離れろッッ!!」
口の端を噛み締めながらも、大の男の力には抗えない。
無理やりに医務室からひきずりだされる。
「――ホオリちゃん……ノー・フェイスさんッ!
たすけて……たすけて、あげて……」
雷光は、さらに激しさを増し。
部屋中が白い光に包まれて――
・・・
「ぐおッ……ぐぁ、ぁ、ぁあぁぁぁぁぁッッッ!!!」
天津が吼えたける。なんとか、人目のつかないところに隠れ潜むことはできたが
もう一歩も動けない。ただ、胸を抑えて呻くだけだ。
獣が、胸の内で暴れている。抑えきれない力をもてあまし、
天津の身体を引き裂かんばかりだ。
「……ッッッ……そ、そうだ。それで、いい……
め、目覚めろ……おまえもッッッ」
耐えかねてシャツのボタンを引きちぎる。
あらわになった胸からは、汗が怒涛のように噴出して――
否。文字通り、胸から怒涛があふれ出している。
苦痛の中で、笑いがとまらない。
抑圧された人生。奪われた夢。仕方がないと、諦め乾いた命――
まさか、それが覆せる日がくるとは。
・・・
びしぃッ、とシリンダーにヒビが入る。
ヒビから中の液体が噴出し、あたりを水浸しにしていく。
エモーショナル・データの高まりは最高潮に達しようとしている。
部屋全体が心臓のように鼓動し、明滅を繰り返す。
いよいよだ。
もう間もなく――"精霊"が目覚める。
びきり、とヒビが深くなる。蜘蛛の巣のように広がり、白くなる。
総帥フルフェイスはその光景をただ見つめる。何の感慨も感じさせない顔で。
「……久しぶりだな」
ただぽつりと漏らす。
その声にこたえるかのように、中にいる存在は――目覚めた。
シリンダーが轟音をたてて粉砕する。液体が撒き散らされるなか、
なかにいた少女はそっ、と地に足を下ろす。
閉じていた目が開くと、鈍い亜麻色の瞳が覗く。
長い金髪から水滴を垂らし、陶磁のような裸身をさらして、立ち尽くす。
「目覚めたか。――地の、精霊よ」
その少女の胸に、土くれが生まれる。土くれは巌となりて、全身をカビのように
覆っていく。あっという間にその姿は岩石で隠れ、まるで獣のような姿へと
変貌する。そして――
岩が、はじける。
あたりの機械を岩塊が破砕していく。もはや必要の無いものだ。
それよりも岩の下から現れた姿に目を奪われる。
「……それが、アルカーとしての姿か。
この星が終わるその時に現れるはずだった、"終末"のアルカーよ」
錆色のアルカー。
この星の生命に、"形"を与えたもの、"地の精霊"。
それが人に宿り、その力を顕現させた姿が今、目の前にたたずむ。
今、この時代に現れるはずのないアルカー。適合者以外の者に宿り、
無理やり目覚めさせられた。否、我々フェイスダウンが目覚めさせたのだ。
そのために十四年もの間、研究してきた。
「……なに、終わってみれば短いものだ」
悠久の時の流れに比せば、ごく一瞬のことだ。
もっとも、その素体となった少女からすれば、
人生のほとんどを費やしてきたのだが――。
「――名乗れ、私の手により歪んだアルカーよ。
アルカーとしての貴様は、なんという?」
虫の複眼のような目が、淡く光を放つ。
わずかに面をあげ、見た目にそぐわず鈴の鳴るような声で
雷久保番能の娘は、名乗った。
「私は、アルカー。アルカー……アルカー・エリニス。
地の精霊を飲み込んだ、暗き怨讐の――アルカー」
・・・
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