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第三部
第一章:05
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どるん、と右手のアクセルをひねりエンジンの回転数をあげる。
Tsuzaki社製 Xinobi I-I2。排気量998CCのモンスターバイクだが、
ノー・フェイスにはすっかり馴染み深い振動となっていた。
傍らには、同じくTsuzaki社製 Xinobi NX-6Lに跨った火之夜の姿がある。
彼の方は、未だに乗りなれない、とは本人の弁だ。傍から見る分には、
なかなか様になっていると思うのだが。
待ちに待たなかった、火力演習の
日がやってきた。今回の『お披露目会』は午後一時からだが、事前準備などもあり
早めについていなければならない。まだ日も上がりきっていない早朝ではあるが、
すでに二人とも出発の準備はできていた。
「……考えようによっては、悪いものではないかもな。
これでおまえが人々のために戦っていることが周知され、そのうち
素の姿もさらけ出せるようになれば――大手を振って、外を歩ける」
「……前向きに考えるものだな」
火之夜の言葉にやや呆れて嘆息する。
気の遠くなる話ではあると、思うのだが。
左足でギアを1速に入れ、クラッチをつなげる。すぐさまバイクは加速し
エンジンの回転数を維持しながらギアをあげていく。トップスピードまで
あっというまだ。このバイクは流石に、抱えたパワーが違う。
後方、わずかに遅れて火之夜が加速してくる。彼の乗るNX-6Lは傑作と呼ばれる
名バイクだ。とはいえ、排気量の差が純然としてあるため引き離さないよう
速度を抑える。
「――しかしだな! フェイスダウンの連中も、また大人しくなってしまったな!」
風が吹き流れていく中、火之夜が声を張り上げる。
それに対してノー・フェイスもスピーカーの音量を上げる。
「流石に、三大幹部全員が痛手を負ったからな! 動くに動けんのだろう!」
前回の激戦。あれはノー・フェイスたちにも辛い戦いだったが、終わってみれば
損害としてはフェイスダウンの側が大きかったはずだ。
大規模な出撃作戦をとったにもかかわらず、成果は0。そのうえ三大幹部は
全員が撤退を余儀なくされた。これでは新規の作戦を実行などできないだろう。
「……それより、桜田たちの方はどうなんだ!?」
ノー・フェイスが気になっているのはそこだった。
前回の作戦時、桜田たち偵察班はフェイスダウンの隠密ヘリを尾行した。
残念ながら途中で見失ったとのことだが、これまでと違い一定の成果を
あげている……との報告を受けている。
が、現在は推論中とのことで詳細は教えられていない。
彼女たちが全力で取り組んでいることはわかるのだが、気をやきもきさせてしまうのも
いたし方あるまい。
「駿河湾の方が! 怪しいという! 話ではあるがな!
今は、彼女たちに任せるしかないさ!!」
「……そうだな」
捜索することにかけては彼女たちはプロフェッショナルだ。自分らが
気を揉んだところで、何の一助にもならないだろう。
今は、やれることをやりつつ待てばいい。
……その『やれること』がこのような見世物と言うのは、いささか
力の抜けるものがあるには、あるが。
体重を傾けてバイクを高速道路へと乗り入れる。
到着までは――二、三時間というところか。
・・・
「――さがれさがれさがれッ! 全車後退ッッッ!!」
戦車小隊の指揮車が、檄を飛ばす。"陸戦の女王"と呼ばれる戦車だが、
無敵ではない。特に懐にもぐりこまれるというのは絶対に避けたいところだ。
通常の戦闘では、その露払い役は歩兵が担う。が、とうの昔に全滅させられていた。
アルカーによって。
アルカー・エンガではない。別のアルカーだ。
錆色のプロテクターが、胸部を覆う。細身のスーツは握れば折れるような
頼りなさだが、その細腕が戦車の砲塔を軽々と持ち上げ、投げ飛ばす。
と、頭の両脇から垂れ下がった触角のようなパーツがぴくりと動く。
本体とは別の意思を持つかのように揺れ、一瞬その姿が掻き消える。
秒速1.5km超の速度で飛んできたAPFSDSを、切り裂いたのだ。
千切れた飛翔体がでたらめな方向へ吹き飛んでいく。
数十km離れた場所から、自走砲の205mm榴弾砲が飛来する。
現在地上で扱われる火砲としては最大級の火力をもつその一撃だが、
アルカーは避けるそぶりすらみせない。
榴弾砲が炸裂し、爆炎の中にその姿が消える。
が、その炎の中から光条がきらめく。一瞬の後、後退中の戦車が擱座する。
見ると、その履帯に破片が突き刺さっている。
……榴弾の破片を正確に跳ね返し、破壊したのだ。
「す、すっげぇ……」
火力演習――その実対フェイスダウン特殊部隊のお披露目会――に集められた
カメラマンの一人である高田は、興奮しながらカメラを回し続けていた。
午後に控えた火力演習。そのための準備に各自取り掛かっていたその時――
突然、空から何かが降ってきた。
それが何なのか、すぐに気づけた者はいなかっただろう。
いや、眼鏡をかけた長身の黒髪女性だけが、青ざめた顔でなにごとか
叫んでいた。が、直後に発生した爆発に聞き取ることはかなわない。
その降ってきた何者かは、事前に配布されていた資料にでてきた
『アルカー』に良く似ていた。が、決定的に違う。
資料の中のアルカーは、赤いプロテクターのものと金のプロテクターの二種。
だが、目の前で傍若無人に暴れているのは錆色のアルカーだ。
その造詣もかなり異なる。
司令部が混乱していたのは、せいぜい二、三分だろうか。おどろくほどの早さで
態勢を立て直し、反撃に出た。
だが、アルカーは恐るべき力を誇った。
時速80kmで周囲をまわり、正確無比に粘着榴弾を何発も叩き込む制式戦車部隊。
後方からは自走砲が地形が変わるほど榴弾砲を叩き込んだ。この日本で、
こんな本気の戦闘が見られるなど、思いもしなかった。
だがアルカーは健在だった。
回避さえしない。全身に土くれのようなものを纏い、直撃したHESH弾にさえ
まるで怯まない。悠々と歩き始めると、戦車に随伴していた歩兵から
ゆっくりと始末していった。
歩兵が、倒れた味方を運び出す。その援護のために戦車部隊が前進し
盾となるも――そこでようやく、アルカーが動き出した。
目にも留まらない超スピード。陳腐な表現だが、それ以外にあれを
どう言い表したらいいのだろう?
戦車六台による同時強調射撃。最新鋭の射撃管制装置が
完璧にアルカーを照準に収めるも、砲口から放たれた弾丸は
相手をとらえることなくむなしく通り過ぎた。
十字砲火をすり抜け、まずは一番突出していた一機に狙いを定める。
その長い砲身を掴みあげると――砲塔ごと、引っこ抜いた。
その状態のまま軽く車体を足蹴にすると、簡単にひっくりかえる。
信じがたい膂力だ。いくら現世代戦車が軽いとはいえ、全備重量で40t前後はある。
それを、簡単になぎ倒すとは。
いや、異常なのは速度や腕力だけではない。防御力も際立っている。
何発も何発もHESHの直撃を受けていると言うのに、微動だにしていない。
まるで痛手になっていないのだ。当たり前だが、人間なら一発でも受ければ
ミンチではすまされない。いや、戦車だってあそこまで喰らえば
行動不能になってもおかしくはないはずだ。
つまり、あのアルカーと言う人間大の化け物は。
戦車の装甲を遥かに越える防御力に反応速度、装甲をものともしない
腕力とを保有していると言うことになる。
「嘘だろ……マジモンの、化け物じゃねぇか」
その後もアルカーは暴れ続け――今にいたる。
もはや、アルカーの周囲は死屍累々というべき惨状だ。
戦車から投げ出された乗員が、うめきながら悶えている。
何億もする戦車が、スクラップとなって転がっている。
――大スクープだ。
高田は我を忘れてカメラを回し続けた。
こんな現実が、ありえるだろうか? とても信じられない。
きっと、この映像を見た全員が同じことを言う。
つまりは――世紀の大映像というわけだ。
「おい、何をしている! 一般人は避難しないか!」
先ほどみかけた長身の黒髪女性が怒鳴ってくる。つい、その様子に
舌打ちをし、なんとか愛想笑いを作って答える。
「いやぁ、ここなら大丈夫でしょう。もう少し、もう少しですから。
ね?」
「何がもう少しだ! いいから早く離れるんだ」
もう一度舌打ちをする。そんなことに従っていられるか。
こちとら、下請けの下請けのさらに下請けなのだ。こんな一大チャンス、
見逃せるわけがない。
大体、戦場からはそれなりに距離もあるし、注意も向いていない。
少しぐらいなら大丈夫だろう。
「まあ、まあ。もう少しだけ撮ったら逃げますから。
やばくなったらちゃんと離れますので、私のことは気にせず……」
「バカか貴様は! そういうわけにいくか!」
言い訳は通じないらしい。
ぐいぐいと腕をひっぱり、強制的に退出させようとする。
「あ、ちょ、何するんですか! こちらには真実を報道する義務があるんですよ。
それともこんな不祥事、撮らせるわけにはいかないとでも……」
「危険だと言っているのだ! わからないのか!!」
幸い、本来高田を引きずっていくだろう兵士はみな出払っている。
しかしこの女性も意外な力だ。少しずつ、引っ張られてしまう。
「おい、アンタ、いい加減にしろよ! 俺のことなんか置いといて
自分がやるべきことをやったらどうなんだ!!」
「我々がやるべき第一は民間人の安全確保、つまり貴様を逃がすことだ!
バカはいい加減にして大人しく――!?」
――と。
轟音が鳴り響く戦場に、二大のバイクが突入してきた。
(自分を棚において)無謀なものだという思いが一瞬よぎるが、そこに乗った
シルエットを見て意見を変える。――アルカーだ。
警察と自衛隊が協力して作り上げた――こうなるとそれも怪しいが――、
対フェイスダウン用特殊部隊。その戦力が、とうとう到着したらしい。
「こりゃすげぇ絵がとれるぞ……!」
フェイスダウン対、アルカー。こんな映像をはっきりと撮ったのは
おそらく自分が初のはずだ。一躍有名人入りと言うものだ。
「……ッ!! いい加減、バカな事を言うな!
これ以上は実力行使で――!?」
突然、女性がこちらに覆いかぶさってくる。慌ててカメラを引き離し
抗議するが――視界の端に、錆色のアルカーが目に入る。
そのアルカーは自分に向け発射されたHESH弾をやさしく、信管が
作動しないようやさしく受け流すと――こちらに、投げつけてきた。
その虫の複眼のような面が、にやりと笑った気がする。
・・・
「なんということだ……!」
火之夜が到着したときには、自衛隊はほぼ壊滅していた。
たった一体の敵により、自衛隊が誇る精鋭部隊が言いようにやられていたのだ。
バイクをアルカーの力で保護し、突入させる。
そのまま戦闘に移ろうとしたが――
「まて、アルカー! あそこに民間人と、御厨がいる!」
「なんだと!?」
慌てて目をやると、確かに御厨の姿だ。どうやら、民間人の避難誘導に手こずり
逃げ損ねたらしい。
アルカーや改人たちの戦闘半径からすると、危険地帯の真っ只中だ。
まずは彼女たちを遠ざけなければ――
「……ッ!?」
一瞬、敵がこちらを見る。その姿は――自分にそっくりな、スーツ。
見慣れた、アルカーの姿だった。
だが、火之夜がおののいたのはその姿ではない。感情を見せないその顔が――
いやらしく、嘲笑った気がしたのだ。
どこからか榴弾が飛来してくる。狙いは錆色のアルカーだ。
相手はその榴弾をなめらかに受け流し――
「……よ……よせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」
――御厨たちのいる場所へ、投げ飛ばした。
・・・
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