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第三部
第一章:04
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ノー・フェイスは通された一室でじっと座って待っていた。
横には、火之夜と御厨も居る。どちらもやや緊張した風情だ。
しかしノー・フェイスと言えば、どちらかというと困惑の度合いが強い。
今日は、本庁の一室にやってきていた。
アルカー及びノー・フェイスの存在を公表するにあたり、上層部との
面通しが必要とのことでここに連れてこられたのだ。
(……勝手といえば、勝手な話か)
こちらが散々戦っているときは知らぬ存ぜぬで過ごし、体面が
悪くなってくると呼び出してご機嫌とりとは。
もっとも、言うほどノー・フェイスも思うところがあるわけではない。
彼にしてみれば不可解というだけの話で、どうでもいいといえば
どうでもいいことだ。
音響センサーに反応があり、ぴくりと肩が動く。
数名の足音。どうやら、お偉方が到着したようだ。
とりもなおさず扉が開き、何人かの制服組が部屋にはいってくる。
御厨と火之夜が立ち上がり、それに倣う。
「楽にしてくれていい。君たちはあくまで、独立した組織だ。
我々警察官の序列とは、無縁だ」
痩せこけていながら猛禽のようにぎらついた目をしたその男は
鷹揚に手で座るよう促す。御厨が一礼して座り、火之夜とアルカーも
同様に従う。
「御厨警視と赤城くんには面識があるが、君とは初対面だったな。
――私が刑事局長を務める、天津稚彦だ」
どかりと革張りの椅子にすわり、事務的な口調で告げる。
傲慢さもないが、愛想もない男だ。それ自体はノー・フェイスにとって
きらいではないが、どこか品定めされているような視線は、居心地が悪い。
(ノー・フェイス、おまえも自己紹介だ)
(む……)
人間の礼儀などなじみがないが、なんとか推測して頭を下げる。
「……ノー・フェイスだ」
とりあえず精一杯の礼を示したつもりだったが、取り巻きの機嫌は
損ねたようだ。流石に露骨に態度に示すような愚は犯さないが、
視線がやや冷たい。
が、天津と名乗った男は変わらない。親愛の情があるのではなく、
最初から乾燥した視線なのだ。そこには他人を馬鹿にした目つきもなく、
かといって親しみもない。虫が触角をはわせるような、言い知れない
不快感がある。
「……話は聞いているよ。君がフェイスダウンを離れ、我々に
力を貸してくれているそうだね。あらためて、礼を言わせてもらう」
取り巻きの一人が愛想笑いを浮かべながらそんなことを口にする。
内心がどうかは――知らないが。
どうにも、居心地が悪い。言葉は綺麗なのだが、ホオリやCETの
メンバーから感じるような、心底からの信頼はどうしても
感じられないのだ。うわべだけ取り繕い、内心ではノー・フェイスの
本質を見極めようと、反応を窺う。そんな計算高さを感じ取る。
(……それが、人間社会と言うものか)
仕方ないといえば、仕方ないのだろう。フェイスダウンに居たころには
無縁のものだった。全員が組織の目的のため、一丸となって動いていたのだから。
もっともそれがいいのかと問われれば、頷けないところだ。
個性があるからこそ疑念と言うものは生まれるのだ。
……ノー・フェイスがフェイスダウンを裏切ったように。
その後の話は、益体もないと言えば益体もない話だった。
つまらないおべんちゃらとこちらの反応を試すような問いかけ、
それからは近日中に控えた火力演習の打ち合わせだ。
ついでに二、三フェイスダウンとの戦いについて。
「……では、その三大幹部と直接対決したと?」
その話に思いのほか食いついたのは、天津だった。
身を乗り出して、目をぎらつかせて――などという露骨な態度ではないが、
ノー・フェイスのセンサーには体温の変動などで彼の興味を
引いたことを理解する。
「――ああ。相当な強敵だった。数の不利を抑えられたからいいものの、
もし三対二に持ち込まれていたらどうなっていたかは、わからない」
「そんな弱気なことでは困るのだがね」
難色を示したのは取り巻きの一人だ。眼鏡をかけた神経質そうなその男は、
ぎろりと見上げるようにねめつけてくる。
「現在、フェイスダウンに対する最大戦力は、君たちだ。
――勝てない、では困るのだよ」
「……戦力の不足は否めません。しかし、現に彼らは奮闘し、
三大幹部の迎撃に成功したのです」
御厨が口を挟む。が、それも取り巻きの気分を害したようではあった。
「……CETには多大な資金援助を行っている。予算不足に苦しむ
警察庁が羨むほどにな。それで「勝てるかわからない」などと不確かな
言葉が出るようでは、援助の意味がないのだよ」
「それは承知しております。ですが……」
「それに、一般用の対フェイスダウン装備も一向に進まないそうじゃないか。
そのあたりも、どうなっているのかね」
……ねちねちした言い方が、どうにも気に食わない。
特に御厨たちは日夜血のにじむ思いで努力しているのだ。それをこうも
ばっさりと切り捨てられては、浮かばれないと言うものだ。
「……無論、我々の力不足は承知しております。CETのサポートは万全ですが、
アルカーの力を未だに使いこなせていない私に問題があるのでしょう」
おそらくは自身も憤懣やるかたない思いはあるだろうにそれを隠し、
火之夜がフォローに入る。この男に怒りをぶつけても仕方がないのだ。
ノー・フェイスも彼らにならい、押し黙る。
「そういうことを言っているのでは……」
「まあ、いいではないか。この場は糾弾するために設けられたものではない。
それに、結果は出しているのだ。現状、足りぬものがあるのは事実とは言え
今しばらく彼らに任せておけばよい」
なおも言い募ろうとする取巻きを天津がおさえる。そして、目をぎょろりとまわし
たずねてきた。
「では、その三大幹部は全員無事に逃げおおせたということかね?
所感でかまわないが、再起不能な損害を与えたと言うことは、ないのか」
(……?)
妙な違和感があった。
敵を仕留め損ねたことを責めると言うよりは、むしろ
相手の心配をしているような――
「……確認できたわけではありませんが、相応のダメージは与えたと思われます。
が、フェイスダウンの技術力と改人の再生力を考えれば、そう遠くない将来
ふたたび出撃してくることは、間違いないでしょう」
火之夜が答えると、天津はわずかにソファへと体重を預けたようだ。
まるで安堵でもしたかのような――
「……そうか。では敵の戦力を削れたわけでは、ないということだな。
残念だ。いや、君たちの奮闘を無視するわけではないがね」
……やはり見当違いだったのだろう。単に仕留め損ねたのを残念がっていたようだ。
天津は湯のみの茶を飲み干すと、席を立つ。
「有意義な会談だった。
これから激化するであろうフェイスダウンとの戦いの前に、君たちと
あらためて面通しができたのは、僥倖だった。現在のところ、奴らに
対抗できるのは、君たちだけだ。これからも強力は惜しまない」
御厨が扉をあけ、天津とその取巻きが退室する。その姿が充分遠くへ
言ったのを見届けてから、御厨と火之夜は大きくため息をついた。
「……すまんな、火之夜、ノー・フェイス。くだらない場に
つきあわせて」
「貴女が謝ることではありませんよ。むしろ普段の貴女の苦労が
しのばれて、いい経験だった」
「……それは、同感だな」
人間の政治とは、実に疲れるものだ。それを知れただけ、いい経験に
なったと言うものだ。
「……面倒なものなのだな」
「ああ。まったくだな」
げんなりとした声音で火之夜が同意する。そんな二人を見て御厨は
なんと言ったらいいのかわからないぎこちない笑顔で答えるしかないようだ。
「……申し訳ないが、火力演習の当日にも似たような会合はもたれるだろう。
もうしばらくだけ、我慢してくれ」
「うへぇ」
火之夜がまるで竹屋のような声をあげ、天を仰ぐのであった。
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