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第三部
第二章:02
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アルカー・エリニス――ホデリが身を捻ると頭部から生えた触角が
意思をもって襲い掛かる。ノー・フェイスは激痛をこらえながら
身をよじってかわすが、二本目の触角が左腕に巻きつく。
「……ッッッ!」
動かない左腕が引き寄せられる。が、そこにアルカーが飛び蹴りを
突き刺す。きわどいところで触覚が離れ、解放される。
そこにエリニスの本体が急接近。縦に回転すると蹴りでアルカーを
牽制し、さらに身をまわしこちらの左腕に蹴りを叩き込む。
「ぐあぁッ……!!」
耐えかねて呻くが、なんとか右腕でその脚を掴むことに成功する。
全力で振り回し――
「――いらないんだ、私なんて」
――ホオリと同じ声に、手が止まる。地面に叩きつける寸前でその身を留め、
静止してしまう。――その隙を逃さず、空いた脚でさらに左腕を踏みつけにする。
動揺と激痛によって手を離してしまう。目を奪われるほど華麗にふわりと宙を舞うと、
距離をとって着地するエリニス。
……執拗に傷ついた左腕を狙う戦い方だ。効率をもとめたものではなく、
相手にできる限りの苦痛を与えたいと言う悪意が透けて見える戦い方だった。
(……これが、ホオリの……妹、だと……?)
信じがたい話だ。ホオリからそんな話を聞いたことも、そのそぶりもない。
事実なら、彼女自身知らないことなのだろう。
「……まだ、信じられないかな。私のこと」
底意地の悪い声で、エリニスが嘲笑う。――そして、その装身を解く。
そこに現れたのは、まぎれもなくホオリと瓜二つの少女だった。
金髪の髪も、亜麻色の瞳も変わらない。……だが、決定的に違う。
その顔に張り付いた表情は――歪んでいた。
昏く、怒りとも嘲りともつかない悪意が張り付いている。
……ホオリと同い年であろうこの少女が、どうしたらこんな表情ができるのか。
ノー・フェイスが出会った人間などさほど多くはないが、これほどまでに
おぞましい表情を持った者など見たことはない。
――どんな人生を歩めば、こんな深い悪意を抱けるというのだ。
「――わかった? 私は、あの子の姉。
あなたのかわいいかわいいお姫様の――血をわけた姉妹」
凄絶な笑みを浮かべ、ふたたびアルカーに装身する。
咆哮するように天を仰ぐと、周囲の地面がひび割れ隆起し、壁となる!
「――クッ! 」
隆起はこちらへと広がっていく。残った足場を選び脚を運んでいくが――
「――マヌケ」
隆起に隠れ近づいてきたエリニスが、横なぎに手刀を繰り出す。
動かない左腕ではガードできず、とっさに左足を上げて防ぐ。
が、不安定になったその軸足を、大地から岩が盛り上がり取りこむ。
身動きできないところに触覚による鞭打が幾重にも打ち込まれる。
「……ノー・フェイスッ!」
隆起の向こうからアルカーが飛び上がり、エリニスを抑えようとするが――
その隆起した土くれが浮かび上がり、アルカーを打ち落とす。
(――まさか、"力ある言葉"を連続して発動できるのか!?)
それも、詠唱なしにだ。超常現象をなんの溜めもなしに次々と発生させる。
……これが、このアルカー・エリニスの力だと言うのか。
「……ッッッ!! 」
嵐にように吹き荒れる鞭打を見切り、右腕でまとめて掴みあげる。
力強く引き上げ、引きちぎろうとするが――脳裏に先ほどの彼女の顔が思い浮かぶ。
その顔が腕を止めてしまう。それ以上、力が入らない。
だが相手はそんなためらいと無縁だ。こちらが動きをとめれば、その分容赦のない
攻撃が叩き込まれていく。
「くっ……"ライトニング・ムーヴ"ッ!」
だめだ。戦えない。
とっさに後方へ飛び下がり、距離をとる。それにあわせてアルカーも下がってくる。
「……大丈夫か、ノー・フェイス」
「……ダメだな。どうも、手が動かん……」
先ほど見た彼女の本体は、紛れもなくホオリと同じものだ。
精査したかぎり、外面だけ似せた偽者、ということもない。
……その相手に、どうしても拳を振るうことができない。
ましてや、あのような恨み言を言われては。
「おまえは……本当に、ホオリの姉なのか」
「誰も知らなかったんでしょ? きっとお父さんもお母さんも、
私のことなんて忘れるようにしてたんだ。――あの子さえいればいいって」
くすくすと笑いながらエリニスが語る。愉快な笑いではない。
自身を含めた、この世の全てを嘲ける、冷笑だ。
「みんな、みんな……私なんて、いらない。そうなんでしょ?
あの子も……あなたも!!」
「それは……」
なにを答えたらいいのかわからない。
こんな悪意を身に受けたことなど、ないのだ。
フェイスや、改人たちの敵意ならいくらでも受けてきた。
だがそれらとはまるで違う。
深い、深い悲しみ。何かから捨てられ、それゆえに何もかも
信じられなくなった恨みつらみ。――そんな思いを感じさせる絶望が、
この悪意を生み出しているのではないか。
エリニスの蔑視を受けながら、ノー・フェイスはそんな錯覚さえ
抱いていた。彼女の一挙手一挙動が、ノー・フェイスの心と身体を
縛り上げていくようだ。
「……くだらない」
つ、と隆起した地割れに手をはわせてエリニスが止まる。
「なぜ、戦わない? 邪魔なんでしょう、私が。
あなただって……私のことが、邪魔なんでしょう!
だったら、消せばいいのに。そんなに自分の手を汚すのが、きらい?」
「……なぜだ」
茫然として、問う。
なぜこの少女は、自分をここまで憎むのだ。
「なぜ……おまえは、俺に悪意を抱くのだ。俺が、おまえに……何かをしたのか」
「何もしなかった」
底冷えのする声で、エリニスが答える。
その複眼を片手でなでおろし、怒りと絶望をまぜこぜにした声音で、ののしる。
「おまえが……おまえが、フェイスダウンにいた時。
私はすぐ近くにいた。
精霊の研究のため……おまえがいた施設に、一時的に運び込まれていた」
――。
彼女が……ホデリが、あのアジトに?
「でも、おまえは私を助けなかった。
あの子は助けたのに」
足元が揺らぐ。
意識が混濁し、両脚に力が入らない。平衡感覚が失われる。
彼女は――あの時、自分の手が届く場所に、いたというのか?
それを知らずに――ただひたすらアルカーを倒すための訓練ばかり、続けていたと?
「おまえは、偽善者だ。自分に必要なものだけ助けて、要らないものは
知らんふり。
私は――要らない子なんだ!」
「――あまり勝手をぬかすな」
静かな怒りをたたえてアルカーがさえぎる。
ぎりぎりと拳を握り、ノー・フェイスの前にたちはだかる。
「……救えぬものと、救えないものがいる。それは仕方がない。
その時のノー・フェイスに君を救えなかったのはどうしようもないことだ。
だが救いを求めるなら、いつだってオレたちは手を伸ばす。
それなのに――なぜ、人を傷つけようとするんだ!」
「誰が貴様らに助けてもらおうなどと!!」
エリニスが激昂する。
その激情に呼応し、身体から霊気――そうとしか呼びようがない――が立ち昇り、
土くれが浮き上がっていく。
「誰がッ! 誰が、今更――今更、貴様らに助けを乞うものか!
この世界に、私を拒んだこの世界に……なぜ許されなければならない!!!」
支離滅裂なことを叫ぶ。彼女自身、何を言っているのかわからないのかもしれない。
自身の感情をただ、言葉にしているかのように。
「要らないッ! おまえらが私をいらないなら、私だって――おまえらなんて、
必要ない! みんなみんな……憎みあえばいいッッ!! ――私のように」
びしり、と大地が割れていく。エリニスの激情に耐えかねるように。
いや、割れていくのは大地だけではない。エリニスの装甲自体もひび割れるように
光条が走り、そこから陽炎がたちのぼる。まるで、暴走だ。
これが、真の"精霊"の力だと言うのか。
「滅べ……!!!」
シンプルな、怨嗟の声。その声とともに、溜め込まれた力が爆発を――
ドルン!!
……爆発する直前、大型バイクのエンジン音が響く。
N800。Tsuzaki社製のネイキッドタイプ、800CCの大型バイクだ。
スパークブラックのメタリックな質感が、日の光を照り返し
戦場に割り込む。
エンジンがむき出しの、緑のラインが走った黒い車体には――
フェイス戦闘員が乗っている。
こんな破滅的な光景にもまるで怯むことなく、バイクでエリニスの傍まで
難なく近づいていく。
(……? なんだ、アイツは……?)
なんの変哲もない、フェイス戦闘員だ。だが大型バイクを巧みに操り、
エネルギーを無差別に放出するエリニスの傍までたどりつくとは。
――いや、少しだけデザインが違うような……。
そのフェイス戦闘員は一言二言、エリニスに話したようだ。
すこしの間があき、、エリニスはそのバイクに乗り換える。
「――どうやら、ストップがかかった。
残念だけど、今日はここまで」
一方的に宣言する。そして前輪をめぐらせるとアクセルを絞り込む。
「――私はまだ、目覚めたばかり。まだまだ楽しみたい。
……私のこの悪意で、おまえたちが苦しむさまを」
壮絶な宣言をのこし、彼女はバイクを走らせるとあっというまに姿が
見えなくなった。追いかけることもできたが――体が、動いてくれなかった。
見れば、先ほどの戦闘員もいつの間にか姿を消している。
周囲には、破壊された戦車や装甲車。荒れ果てた大地。
その中心でノー・フェイスは、いままでに味わったことのない感情を
もてあましながら、ただ立ち尽くすしかなかった――。
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