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第三部
第二章:04
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「――性能試験は上々なようだな」
ホデリは身体に合わない大型バイク――N800を巧みに操り、制動させる。
振り返ると、後部シートにはいつの間にか"処刑人"が無断乗車していた。
「……なぜ、止めた?」
「暴走されては困るからさ」
音もなくシートから降りると、流れるような動きでくるりと向き直る処刑人。
感情の読み取れない顔で、鼻で笑うような仕草をする。
「……お前は、"適合者"ではない。精霊に適合しない者に、無理矢理アルカーの力を
装身させる研究の産物だ。勝手にその力を解放されてもな」
「……」
身勝手なことを言う。そのために赤子の頃から自分を実験動物として扱い、
自由を奪ってきたフェイスダウン。その象徴のような相手に、憎しみが募る。
だが、逆らえない。改人と違い自壊装置は精霊と相性が悪いため備えられていないが、
反乱防止の呪縛は彼女を縛り付けている。
もっとも、それがなくてもこの"処刑人"が相手では一筋縄ではいかないだろう。
あのマヌケな三大幹部や、軟弱なアルカーどもとは、違う。
規格外の戦闘巧者だ。容易い相手ではない。
殺したいほど憎いのに、殺せない。
その鬱憤がホデリの心をより昏く落とし込んでいく。
「……ノー・フェイスを倒すために、私を目覚めさせたはず。
なら、その任務ぐらいは、好きにやらせてもらいたい」
「ふん。その陰湿なところは、嫌いではないがね」
話は終わりだと言うことだろう。踵を返して立ち去ろうとする。
そのまま見送ってもよかったのだが、一つ気になり声をかける。
「……おまえも、動くの?」
「そろそろな。用済みどもの処分を、まもなく始める」
首を傾げる。改人どものことだろう。だが、奴らの始末をつけるなら、
自壊装置を使えばよいではないか。
「奴らも、改造されているとはいえ人間の一種だ。
エモーショナル・データを無駄にしたくはないらしいよ」
フェイス戦闘員に感情を奪わせると言うことか。
改人どもも、哀れな連中だ。自分たちが選ばれた存在だと
信じて疑わないうちに、切り捨てられるとは。
「あいつは貧乏性なんだよ。自分が手をくわえたものは、
どうにか有効利用できないか考えるのが義務だと思っている節がある」
「……はた迷惑な、義理堅さね」
何もしない、というのが一番ありがたいのだが。
そんな自己満足のために、自分の運命は狂わされたのかと思うと、
愉快で愉快で仕方がない。
(いつか、殺してやる)
心の中でだけ呟く。できもしないことを考える自分自身さえ、愚かしい。
――この世界は、何もかもばかばかしいことばかりだ。
命令に唯々諾々と従うフェイス戦闘員も。
選民だと信じて使い捨てられる改人も。
最強の力を持ちながら、使い走りのようなことをする処刑人も。
節操なく手を出し、使い道がないか右往左往する総帥も。
――偽善者のノー・フェイスたちも。
そして、それらを冷笑するしかない己自身も、蒙昧なる愚者だ。
みんなみんな等しく、嘲笑う。
「――ふん。愉快そうだな」
「ええ。陰気な仕事しかできないあなたと違って、私は
楽しみで楽しみで仕方がないから」
くすり、と冷酷に笑う。
ノー・フェイスは自分の言葉に動揺していた。いまさらうろたえてみせても、
遅いと言うのに。いや、本当は大して気にしてもいないだろう。
所詮奴は人造人間、人形だ。アルカーを見続けたことで自分も
正義の味方と錯覚しただけの、玩具にすぎない。
きっとあの子と戯れて慰めてもらってるのだろう。
次はどうやって遊ぼうか。
玩具は壊れるまで、楽しみたい。
・・・
火之夜は、すっかり愛車となったNX-6Rを夜のハイウェイに走らせていた。
やり場のないわだかまりを振り切るように、スロットルを開く。
ほのかの容態は、なんとか安定した。だが血が足りずにまだ眠っている。
傍にいてやりたいが、そうもいかない。こうしている間にも
フェイスダウンは活動を続けているのだ。
今も、市街地にフェイスが現れた報告を受け出撃したところだ。
ノー・フェイスも向かっているが、火之夜がほのかの傍に居る間は
ずっと彼一人で戦っていたのだ。休ませてやらねばならない。
視界が揺れる。心の動揺が伝わるように、バイクの動きも安定しない。
どうにか落ち着かせようとするが、なかなか上手くいかないのが
人の心……というものでもある。
(集中しろ……)
叱咤する。定まらない心で戦いに挑めば、勝てる戦いにも勝てなくなる。
心を鎮める修練は長年積んできた。そうでなければ、精霊の炎を制御できずに
この身を焼いていただろう。
そうして心を落ち着かせていくと――気づく。
横に、誰かが併走している。
桜田が乗るのと同じ、大型バイクのXinobi650。
キャンディプラズマブルーの鮮烈な青色が、視界の端に煌く。
……桜田のそれでは、ない。
「――!?」
人間ですら、ない。
そのバイクに跨っているのは――青いアルカーだ。
自分とそっくりな、だが決定的に違うその姿。
――先日出あったエリニスとも違う。また別のアルカーだ。
「――アルカー・エンガだな」
短く問うと、そのアルカーはバイクをこちらにぶつけてくる。
「――くッ!!」
とっさに車体をアルカーの力で保護する。炎につつまれたバイクと、
水につつまれた相手のバイクがせめぎあい、力の奔流を撒き散らす。
「――貴様、何者だ!」
「アルカー・ヒュドール」
こちらの誰何の声に、短く答える青いアルカー……アルカー・ヒュドール。
そのまま腕を向け水の弾丸を発射する!
「――ちぃっ!」
つばぜり合いは諦め、バイクごとハイウェイから飛び降りる。
がつん、と大地に着地した勢いで車体を回し、急制動をかける。
「……少し、こいつを仕上げるために、貴様の力が必要でな。
悪いが、つきあってもらう」
どるん、と高架からバイクごと飛び降りてくるヒュドール。それを待ちうけ、
激突する直前にまわしげりをくらわすが――飛んでいったのは、バイクだけ。
ヒュドールは、背後にまわっていた。自身の周囲に九つの水球をまとわせ、
それを飛ばしてくる!
「くッ、おおぉ……ッ!」
きわどいところで、回避する。が、こちらとてそれだけではない。
身を捻ったその勢いで、"アタール・ヘイロー"……炎の光輪を投げ飛ばす。
相手もそれは軽々と回避する。が、間合いをつめるための隙が生まれた。
ひといきに距離を縮め、下腹を狙って足刀を繰り出す。
「ぬっ……!」
狙いたがわず、ヒットする。だが妙な感触だ。
見ると、足と相手の間に水球が生まれている。それが衝撃を吸収したのだ。
さらに水球が次々と生まれてくる。……こいつも、詠唱なしに"力ある言葉"を
連続発動できるようだ。
「フェイスダウンは……何体の精霊を用いている!?」
「生憎だが、私はフェイスダウンではない」
――何の気なしに吐いた気炎が、想定外の答えを引き出した。
フェイスダウンではない? 今、このヒュドールはそう言ったのか。
「――なら、なぜ俺を襲う!」
「言っただろう。こいつを仕上げるには、貴様の力が必要だと。
……"命"の精霊のその力、わずかばかりもらいうける」
ばしゃッ! と顔に水球が直撃する。
問答に気を取られ、油断した。いや、その前からアルカーの精神状態は
万全とは言いがたかったが……
だが、想像していたような衝撃は無かった。何かが、自分とつながったような感触。
そして離れていくような、静かな実感だ。
「――確かに、もらいうけた」
「……ッ! 待て、何をした! 何をもらったと!?」
問いかけながらも手刀を閃かせる。が、既に逃げの一手を決め込んだヒュドールは
ひらりと舞い下がり、ふたたびバイクに跨った。
「貴様が気にする必要はない。大したものをいただいたわけでなし、
そちらには大きな影響もないだろう。だが、そうだな――」
Xinobi650をぐるりとめぐらしながら、ヒュドールは最後に言い捨てていった。
「――"命"の精霊は、命なき物を命に変える。
私には、それが必要だった。――それだけだ」
追撃しようとするこちらに牽制の水球を放ち、それが濃霧となって爆散する。
その霧が晴れたときには――すでに、排気音は遥か遠くへ消えていた。
「……アルカー・ヒュドール……」
アルカーは茫然としながらそれを見送るしかない。
アルカー・エンガ。
アルカー・アテリス。
アルカー・エリニス。
そして四体目の――アルカー・ヒュドール。
("命"の精霊は……命なき物を命に変える?
それは一体、どういう意味を――)
あまりに多くのことがおきすぎて、わけがわからない。
それを取りまとめ類推し、導いてくれる女性は――いまだ目を覚ましていなかった。
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