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第三部
第三章:03
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「殺される! アルカーとノー・フェイスのせいで殺されるんだ!」
……テレビの字幕には、そんな文字が表示されている。
昼のニュースの録画だ。緊急会議のために、プロジェクターで映し出されている。
刃物を持って暴れる犯人の姿がしばらくうつされた後スタジオにカメラがもどり、
アナウンサーがいかにも作ったような沈痛な表情で感想を述べる。
「――数日前から増えているこの通り魔事件、犯人はみないちように
このように叫んでいる、と言うのが共通点のようですね」
「はい、警察関係者からの情報ですと犯人はみな国際テロ組織
"フェイスダウン"の被害者で、みな"頭に爆弾を埋め込まれた"、と
証言している模様です」
スクリーンの片隅に、改人の写真が映し出される。もはや彼らの存在が
世間に浸透して久しい。
「話によりますと、彼らはフェイスダウン構成者に拉致され、"アルカーと
ノー・フェイスのせいで殺される""雷久保の娘を出せ"と言って暴れろ、
と命令されたと主張しているそうです。現在警視庁では……」
「……ちなみに、こちらで確認される限り特に脳に異常が確認されたものは
いないそうだ」
火之夜が映像をとめ、補足してくる。もっとも、襲われた側にすれば
真偽などわかるものではないのだろうが。
「……で、どう思う」
「十中八九……あの、エリニス……ホデリの仕業、だろうな。
これまでの改人たちの手口とは違う。合理性に欠けているのは同じだが、
陰湿な周到深さを感じる」
「……執念ぶかさともいえるな」
改人たちは合理的でない行動をよく取るが、そのほとんどは直情的かつ突発な
動きだ。こうやって、周囲を固めていくようなじわりとしたやり方はしない。
このやり方からは、エリニスの言動を思い出す。どこまでも粘りついてくる、
悪意の塊のような彼女の言葉を。
「……それに、アルカー・アテリスの力が発言して以降、奴らは
ホオリへの興味を失っているように見える。彼女に用があるのは――」
「"姉"である、ホデリというわけか」
ぎしり、と背もたれを軋ませてた竹屋が吐き捨てる。
二、三日前から街で危険物を持って暴れる通り魔が連続して発生した。
それだけなら警察の仕事だが――"アルカー"と"ノー・フェイス"という単語が
CETの偵察班の情報網に引っかかり、こうして緊急会議が開かれている。
今ここに集まったのは火之夜とノー・フェイス、それにPCPの竹屋。
それから司令部から三田という女性と、偵察班からは崎谷という男性が
出向してきている。未だ目覚めない御厨はともかく、桜田もいないのは珍しい。
「偵察班では現在敵の目的を推測中です。しかし、最大の目的は精神的な揺さぶり、
及び世論の誘導だろう……というのが目下の見解です」
桜田とは違っていかにも硬そうな情報部員、といった風情の崎谷が手元の資料を
見ながら報告する。三田も同意見のようだ。
「……先日のアルカー及びノー・フェイスの披露を潰したことといい、
両者の存在を好意的に世間に公開されることを防ぎたい、という意思を感じます。
そのうえで、その単語に対しネガティブなイメージを植えつけたい……
そんな意思が汲み取れます」
「確かにこれで、俺たちの公開は当分見送られるだろうな」
それに対しては特に思うところもなく答える火之夜。ノー・フェイスとしても、
世間にどう思われるかについては、興味がない。だが、この凶行からは
ホデリの悪意の深さがどれほどのものか、思い知らされる。
「……しかし、ホオリを引きずり出して、どうするつもりなんだろうな。
……ただ、会いたいのか。それとも……」
その先の言葉は火之夜は次がなかったが、その場にいた誰もが想像したことだろう。
妬み。ホデリの言葉からはあからさまなその思いが伝わってきた。
その彼女がホオリと出あったとき……何が起きるのか。
あまり麗しい姉妹愛は、期待できまい。
とはいえ幸い、ホオリはこのCETの施設内で厳重に保護されている。
わざわざCETが彼女を外に出すわけでなし、その危惧は必要ないもので……
……。
がたり、とノー・フェイスは立ち上がった。
こんなことを失念していた自分が、情けない
「……ホオリは、今どこにいる」
「あ? 保護者のおまえが知らないんじゃ、学校じゃねぇの」
興味なさげに竹屋。だが火之夜はぴんときたようだ。
「――迂闊だった。テレビでこんなものを放映しているなら……
彼女の目にも、入るかもしれない」
さすがに竹屋も態度を変えて立ち上がる。三田と崎谷も同様だ。
会議の前に、彼女をテレビから隔離しなければならない。
内線をとり、彼女の"学校"――CETに臨時設置された教育室へ
連絡を入れる。
「ええ、ホオリは今日どのように過ごして――自習?
では、彼女の行動を見ていたものは、いないと?」
電話口から戸惑った声が聞こえてくる。教師役の手配がつかず、
自習になること事態はめずらしいことではない。こうして
問い詰められる理由もわからないのだろう。
だが、今日に限ってはタイミングがまずい。
大人しく勉強だけしていればいい。だがもしも、環境音としてでも
テレビをつけていたら――
「……悪いが、抜けさせてもらう」
「俺も行こう。ホオリを見つけたら、なんとか理由をつけて
小岩井医師のところに連れて行ってくれ」
火之夜と会議を抜け、手分けしてホオリの姿を探しに行く。
ホオリは、このCETで厳重に保護されている。
だが――監禁されているわけではない。その気になれば、
抜け出すことなど造作はないだろう。
普段はそんな心配などしない。ここから外に出ることの危険性は
彼女自身が誰よりも知っているからだ。
だが、もし彼女がこのニュースを見たら?
……そして、その危惧が当たっていたことを知るのに、そう時間はかからなかった。
・・・
久々の、外だった。
懐かしいようで、どうにも遠い世界な気もする。
考えてみれば、当然かもしれない。もともと彼女たち家族は隠れ潜みながら
暮らしてきたのだ。こんな雑踏の中に紛れて生きた記憶など、ほとんどない。
人々が歩き過ぎ去っていく。そのほとんどが、自分とは交わることなく
二度と会うこともない。感情がもっとはっきりしていたなら、それを
寂しいと感傷に浸ることもあったのだろうか。
昼のワイドニュース。退屈な自習の傍ら、なぐさみに見ていたテレビだ。
そこで……通り魔事件を知った。
アルカーと、ノー・フェイスのせいで殺される。
雷久保の娘を出せ。
普段なら、それだけを見たならこんな行動――CETを抜け出すなんてことは
しなかっただろう。いや、今でも何故こんなことをしたのか、わからない。
だが思い出されるのは先日盗み聞いた会話だ。
(ホオリの……たった一人の姉。彼女自身知らない、唯一の姉妹を
なんとか、救ってやりたい。両親は守れなかった分だけ……)
姉。自分にいるなどと、両親からすら聞かされていなかった。
だがあの時彼らははっきりと、そう言っていた。
何故、両親が姉について何も言わなかったのか。それを考えればすぐに
答えは出る。
姉はきっと、フェイスダウンにいるのだ。
そして――ホオリを、呼んでいる。
なぜ、飛び出してしまったのだろう。希薄になったはずの感情が自身を
突き動かす。
彼女の脳裏に浮かぶのは呆けた顔で身動き一つしない両親の姿だ。
彼女にとって唯一の肉親。それが、失われた。
そう思っていた。
だけど、まだ自分には家族がいた。その事実が、彼女の中のなにかを
駆り立ててしまったのだろう。
(……ごめん、ノー・フェイス。ごめん、みんな……)
とはいえ、自分とてあまり無理をする気はない。
ただ――どうにか、自分の姉を見た人を見つけ、その相手から
聞き出したいのだ。
自分の姉が、どういう人物なのかを。
雑踏に紛れ、極力目立たないよう身を隠す。
恐ろしい仮面たちに見つからないよう――。
・・・
「――動いたね。ホオリ。私の妹……」
心の奥から伝わってくる、遺伝子をわけたたった一人の相手。
その彼女の情動から、自身の策にとらえられたことを察する。
「待っていて、ホオリ。私は貴女に出会って――
思い知らせてやるから」
自分が、どれほど愛された存在なのか。
どれほど恵まれた存在なのか――そしてその愛の反動で生まれた
歪みが、誰に押し付けられてきたのか。
存分に思い知らせてやる。
・・・
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