75 / 94
第三部
第四章:03
しおりを挟む・・・
シターテ・ルは自室でくさっていた。
もはや身体は癒えているのだが、いまだに出撃許可も作戦立案の許諾も
受けられないままなのだ。
(……変と言えば、変ね)
ヤク・サではないが、たしかに言い知れぬ違和感を覚えてはいた。
現在はこの、フェイスダウンの総本拠である"ヘブンワーズ・テラス"で待機している。
名目としてはアルカー、ノー・フェイス戦で負った怪我の療養のため、
そしてしばらくはエリニスにやらせるため……ということだった。
だが、本調子とはいえずとも既に傷は治っているのだ。前回の失態ゆえに
アルカー戦はエリニスに譲らざるをえないだろうが、通常の任務――
フェイス戦闘員に感情を奪わせる作戦には従事してもいいはずだ。
だが、実際はこうしてなにもすることがなくただ無為に過ごしているだけ。
総帥閣下は、何をお考えなのだろうか。
(たんなる謹慎……ということかしら?)
考えてみれば、前回、そして前々回と改人は派手に動きすぎた。
そのことがいささか不興をかったのかもしれない。
とはいえ、楽観的に考えてはいる。我ら改人こそはフェイスダウンの要。
そしてシターテ・ルたち三大幹部はその改人の頂点に立つものたち。
なればこそ、少々の無軌道さぐらいは許容されるというものだ。
とはいえ、暇だ。
三大幹部の直属の部下、というのも存在している。シターテ・ルの場合
副官としてだけでなく遊び相手として戯れに任命した改人もいた。
せめて彼女を呼び寄せ、話し相手にでもするか。
そう思い立ち部屋の外に出ると――
「ドチラヘ行カレマスカ」
「……なによ、フェイスじゃない。外にいたの?」
横手から話しかけてきたのは見慣れたフェイス戦闘員――無貌のアンドロイドだ。
どうやら、外でずっと待機していたらしい。
「ちょうどいいわ。レイテ・ルを呼んで頂戴。
今は作戦もないはずだから、向こうも暇してるでしょ」
「申シ訳アリマセン。現在、改人ノ拠点間移動ハ禁ジラレテオリマス」
抑揚なく伝えられたその言葉に驚く。移動できない?
苛立ちを隠すこともなく、フェイスにぶつける。
「なによ、それ。ジェネラルの奴がそんな命令でもだしたの?
私は大幹部。そんなもの、撤回よ」
「コノ命令ハ大幹部ヨリ上位ノ権限者カラ発令サレテオリマス」
「……総帥閣下が?」
意外に思いたずねるが、返ってきた答えはさらに予想外の答えだった。
「イイエ。総帥閣下デハアリマセン」
「――どういう、こと? 私たち大幹部の上には……総帥ただ一人のみ。
ほかに上位権限者なんて、いるはずないでしょう!?」
「オ答エデキマセン」
憤激するこちらとは対照的に、ただ機械的に返答するだけのフェイス。
よほど破壊してやりたい衝動をかろうじて抑え、押しのけようとする。
「どきなさい。なら、直接総帥閣下にお会いして尋ねるわ」
「許諾デキマセン」
ぐっ、と押しのけようとする手を無遠慮に掴まれる。
かっとなってはねのけると、フェイスは容易く破壊される。
「――いったいなんなのよ、こいつ!?
たかがフェイス風情が、無礼にもほどがあるでしょう!?」
憤懣やるかたない思いを抱えながら通路を進もうとすると――
「現在、改人ノ総帥閣下ヘノ謁見ハ許可サレテオリマセン」
「な……」
聞こえてきた無感情な声に慌ててふりむくと、通路の端から無数のフェイスたちが
わらわらと沸いて出てきている。気配を感じまた後ろを向くと、そちらからも
大量のフェイスたちが行く手を阻む。
「……な……
なによ、これ!?」
混乱して、わめく。
フェイスたちには悪意も敵意もない。感情を持っていない個体だけだ。
だからこそ、彼らの行動には不気味さが伴う。
「――どきなさい、フェイスども!
私はフェイスダウン最高幹部が一人、シターテ・ルよ!
私の命令を覆せるのは、総帥閣下だけのはず!!」
「大幹部以上ノ権限者カラノ命令ニヨリ、受理デキマセン」
返ってくる答えはまたその内容だ。一体どういうことなのか。
「なによ、こいつら! 壊れでもしたの!?」
「――いいや、壊れていない。むしろ正常に動いている」
聞きなれた野太い声と、轟音が響くのはほぼ同時だった。
フェイスの群れが豪腕に吹き飛ばされ、ひしゃげてスクラップになる。
その向こうから現れたのは――
「ヤ……ヤク・サ!」
「地上に行くぞ、シターテ・ル。ここはマズい」
その鬼型大改人は手招きし、フェイスたちを蹴散らす。
次々と起こる事態に、頭がついていかない。真っ白になった頭で大人しくヤク・サに
ついていくが、はっとなって食いかかる。
「い、一体どういうことよヤク・サ! 何があったというの?
なんで、こいつら……」
「ここしばらく、改人たちが少しずつ始末されていた」
言い募るこちらに被せ、一方的に伝えるヤク・サ。その言葉の意味を図りかね、
口がまわらない。
「……なにが」
「俺の腹心が命がけで伝えてくれたおかげで、得られた情報だ。
一般の改人たちは、エリニスの戦闘訓練の相手をさせられ、次々と
殺されていった」
「な……」
彼の言うことが、理解できなかった。
アルカー・エリニス。地の精霊を宿した人間。
確かに、あれは組織にとって重要な存在なのだろう。
だからといって――たかがその訓練のために、重要な改人たちを
使い潰していると?
「……そ、そんなわけないでしょう!?
改人は、このフェイスダウンにとって……」
「必要な存在ではなかった。
――我々は、時がくれば排除される……そんな程度の存在でしか、
なかったということだ」
信じがたいことを、ヤク・サがさらりと言う。
その表情を見れば言った本人も認めがたいものがあるのだろう。だが、
はっきりとした確信を持って言い切る。
「……このままここにいれば、我々も始末される。
とにかく、この本拠地を出るぞ!」
先陣を切るその背中を眺めながら、シターテ・ルはいまだに事態を飲み込めない。
が、その行く手をさえぎるように次々と現れるフェイスの群れ――
いや、実際にこちらを捕縛しようと、不遜にも襲い掛かる彼らの姿を見ては、
ヤク・サの言葉に一抹の真実を認めざるを得ない。
(ど……どういう、ことなの……どうして、私たちがフェイスに襲われる!?
そ、総帥閣下……我々は……我々、は……)
きたるべき新世界。そこに君臨するは、優良種として生まれ変わった改人たち。
彼女たち改人は総帥よりその言葉を賜り、これまで尽力してきた。
フェイスダウンのすべては、改人を生み出し世界の覇者に据えるためにある。
そう聞かされて、いままで任務をこなしてきたのだ。
それが――時がくれば排除される? 我々が?
……信じられない。信じたく、ない。
だが、エリニスの言葉と態度が思い出される。
(――そう。おまえたちは、私のエサを集めるのが仕事だった。
それももう終わり。……あとは私が、やる)
アルカー・エリニス。地の精霊。
あんなものが存在するなど、聞かされていなかった。
そして自分たちを明確に見下す、あの少女――
あいつは、私たちより深くフェイスダウンを知っている。
慄然とする。この組織の最高幹部として、君臨していたつもりだった。
だが今更にして、その全貌のほとんどを知らないことに気づいたのだ。
改人や各種装備を作り出した、その超技術の出所は?
総帥は、一体何者なのか?
なぜ、精霊を保有していた?
そして――
――フェイスは誰が作っている?
(……)
シターテ・ルもそれ以上は無駄口を叩かなかった。
襲い来るフェイスを薙ぎ散らし、残る一人の三大幹部――
ヤソ・マのもとに向かう。
「……奴と合流したら、地上のアジトへ向かう」
「……ええ」
今度は口答えせず、従う。
たしかに、ここにいたらマズい。
だが。
(……私たちの中には――自壊装置が、ある)
もし、その装置を起動する"上位権限者"が現れたら。
なすすべもなく、滅ぼされることだろう。
ぶるり、と体が震える。
背筋を伝う恐怖は、改人となってから初めて味わう感触だった――。
・・・
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる