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第2章 東陸堂での挑戦
純の壁
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前半1-1で折り返した1軍と2軍の壮行試合、落ち着きを多少は取り戻したものの、純をはじめとする特待生には、遠藤というキーパーと三騎士の恐ろしさを感じていた。
「後半がまもなく開始いたします。皆さま、後半もとくとお楽しみくださいませ。
ここで、1軍の選手交代をお知らせいたします。
CB海道リア2年に変わって庄司 悠人2年
CB海道 ロア2年に変わって山崎 健斗2年、LSB田中 穣3年に変わって西 陸3年、RSB中野 睦3年に変わって吉田 力2年、DMF鼓 幹太2年に変わって井上 貴2年義、OMF重永 駿介3年に変わって神田 はじめ2年、OMF谷川 大3年に変わって橘田 弘人2年以上7名の選手の入れ替えとなります。
続きまして2軍の選手の交代をお知らせします。
GK若林 健2年に変わって土井 守特待生、CB赤木 四郎3年に変わって後藤 優特待生以上2名の選手の入れ替えとなります。
後半開始まで今しばらくお待ちください。」
純はハーフタイム中もイメージトレーニングをしていた。
どうしたら遠藤から点を取れるか…
しかし答えは見つからなかった。
見つからないまま後半に進むことは初めてだった。
イメージが実体化できるようになってからは、だ。
そして2軍のメンバーは7人全員がピッチに立つ事になる。
後半から入る二人は日本代表の下のカテゴリー、ナショナルトレセンに選抜されていたメンバーだった。
純もナショナルトレセンには言ったことがあった。
二人は千葉県のチームにいたから試合をする事はあまりなかったが、ナショナルトレセンの時に試合を数試合こなしている。
お互いそれぞれその認識はあったためにコミュニケーションをとることも支障はなかった。
純はその上で、この試合を勝つために、2人と話しをしていた。
1軍の控え室は静かだった。
孫監督は口を開くこともない。
赤石を中心に三騎士で話しあい、後半から加わるメンバーに攻め方を話しただけだった。
これがいつもの光景だった。
東陸堂は孫監督が口を開くことは早々にない。
選手自らが話し合う。
そして、赤石もまた、イメージを実体化する人間だった。
「選手がピッチに戻ってまいりました。まもなく後半が始まります。」
「ピィィ~」
2軍のキックオフで試合が始まった。
キックオフからパスを回すがどこかぎこちない…
どこか攻めるのに恐れをなしているような。
攻めても点がとれない。
どこかそんな雰囲気が漂っていた。
しかし、ボールを回すうちに純はイメージしていた。
そしてなんとなく見えかかるがみえない、そんな靄がかかっているようなイメージ、だが、純はボールを受けた途端に顔を上げた。
そして…
「おっおい純…」
周りが止めるのもつかの間、純は仕掛け出した。
センターサークルからドリブルしだした。
しかし、止めていた周りも純がスタートを切ると同時にスタートをきった。
涼、順人、啓介はいつもそうだった。
純が何かを始める。
これは純の中で何かを見つけたのではないか、そう思わせる何かをいつも持っていた。
純が周りから認められているのはそういったことだろう。
努力を積み上げたものだけが掴み取る周りからの信用。
生まれ持った才能による天才にはない信頼。
だから純がドリブルを仕掛けた事で、周りには、こいつなら何かをできるのではと思わせる。
しかし純にはまだ答えが見えていなかった。
それでも攻めるしかなかった。
なんとなくするパス回しでは何も変わらない。
それを1番理解していた。
「俺は、逃げねぇ」
そう呟いて仕掛けていった。
三騎士赤石がディフェンスに来たが、純のチェンジオブペースは今日1切れていた。
赤石は決してディフェンスができない選手ではない。
キーパー以外ならどこでもこなせるサッカーセンスとポテンシャルを持ち合わせている。
そんな選手が、まだ中学の純のチェンジオブペースに体制を崩された。
しかし赤石もザルのように抜かれるわけにはいかなかった。
「なめられたものだ…」
崩れた体制からも純にくらいつく。
2人の体格は同じ、細っそりしているが締まった体、身長も177cmと至って普通だ。
高校サッカー界における無冠の帝王と呼ばれる赤石 誠一郎。
対抗するのは、中学サッカー界の努力の天才、天堂純。
軍配は赤石に上がると誰もが予想していた。
しかし純のチェンジオブペースはさらにギアを上げた。左横にいる赤石に対して自分の体重を預けた。
赤石は純の体重を引くために、半歩左に体重を引いた瞬間だった。
バランスを崩したようにみえた純がそのままボールを重心ごと右に移動したのだ。
「ダブルタッチ…」
赤石は反テンポ遅れながらもしにくらいつこうとしたが、純の瞬発力は赤石以上だった。
ダブルタッチでかわした直後に前線に向けてドリブルを仕掛けていた。
「啓介っ!!」
純は赤石をかわし啓介にパスを回す。
啓介から順人へとまわり、涼にまわる。
前半の主力と比べれば、サブのメンバーは相手にならなかった。
そしてペナルティエリアにまで攻め立てた。
しかし、ここからが難題だった。
純を含め、誰1人として、吠えた遠藤を攻略するすべを見つけていなかった…
「さて純どおすんだ…」
涼はそおつぶやいた。
純が何か見つけたのではないかと思っていた。
その純にパスをだす。
「純っ!!」
純はパスを受けた。
そしてペナルティエリアの中に切り込んだ。
1軍ディフェンスの庄司と山崎が純に向かうが、前半の海道兄弟と比べたら相手にもならなかった。
「あのガキマジでうめぇ…」
「ボールに触れもできねぇ」
そして気づくとGK遠藤との1対1になっていた。
イメージの中で純はこの展開までは見えていた。
ここから先のもやのかかった部分…
ここが見えていなかった。
しかしここが純のいいところだった。
決して諦めない。
悩んでいても仕方ない。
目の前に立ちはだかる壁を前に、純は、シュートに行かず仕掛けた。
遠藤はまた吠えた。
「こぞおぉぉぉ、どこまで俺をなめてるんだぁぁぁ」
吠えた遠藤がそのまま向かってくる純に飛びかかる。
純はそれを見てチェンジオブペースでタイミングを外すが、外したはずのタイミングが、外し切れていない。
「タイミングが外せねぇ…隙がねぇ…」
焦るのもつかの間、遠藤との距離は縮まる。
しかしその時涼が、「純、後ろから来てるぞっ」
純は涼の言葉でとっさにボールをかかとで浮かせた。
「ヒールリフト」
遠藤は純がヒールリフトをしたのを見た途端、ボールに飛び込んで来た。
だが、これは純がとっさにしたものだったが、純は遠藤が飛び出してくるのがなんとなくわかっていた。
今の遠藤は必ずボールをキャッチしにくる。
それを見越した上で、純のヒールリフトは高く上がっていた。
ボールが遠藤の頭上を越えてくると信じ、遠藤の右側をターンした。
遠藤は純のターンに一瞬目を取られ、体制が崩れそうになったが、ボールは射程距離だった。
手を伸ばす。ボールを取る。後数センチ、取れる…
そう思った瞬間、遠藤は違和感を感じた…
ボールに触れる手前で体が沈む…
「なぜだ…」
遠藤には理解ができなかった。
完璧な飛び出しと、完璧な判断による飛び込み。
しかしボールの軌道が高く、遠藤の方が早く落ちていった。
純はターンをした時に遠藤の足に当たっていた。
いや、わざと当たった。
だから遠藤が純を一瞬見たのだ。
そして遠藤の頭上を越えたボールは無人のゴール前に落ちた…
そして純は無人のゴールへ左足を一閃した。
「ピィィ~」
「ゴォォォォルゥゥゥ~」
「この俺が…この俺が2失点だと…」
遠藤がその場にひざまづく。
そして青峰、伊藤はこの状況に少し動揺していた。
「遠藤が2失点するのなんていつ以来だ」
「去年の代表に呼ばれた時のドイツ戦以来じゃなかったか」
「1年前か…」
そして赤石が、「やれやれ、僕たちの出番はここまでだろうな、本来後半45分のみという話が、今年の特待生にはあの繰り上げで上がって来た世代別の5人がいるからという事での直談判だ。」
「前半のうちにやっぱり点をとっとけばよかったんじゃねーか」
青峰はどこか悔しそうにいったが、赤石に一蹴された。
「それじゃ面白くない。来年入ってくる奴らがどの程度の実力なのか計っておく必要があった。
そして、あの遠藤から2得点を挙げた天堂をはじめ、他の4人も得点に絡むだけのいい仕事をし、結果を残した。
来年のいい収穫ができた。
そしてこの選手権で、遠藤が更に成長し、優勝が見えた。
十分な収穫だ。」
赤石は収穫といった。
その収穫の意味を理解しているものは、赤石本人のみだった。
青峰、伊藤は赤石の言葉をうのみにするしかなかった。
「来年は楽しめそうだ…東陸堂史上初の夏と冬の二冠…この冬も優勝が見えそうだ。」
赤石はそう呟き、不敵に笑った。
孫監督は遠藤、赤石、青峰、伊藤の4人を変えた。
GK田口 翔太3年OMFを1人増やし、李 陳凛3年FW井口 薫、東條力也の4人に入れ替えた。
試合はこのまま2軍に軍配があがり、後半15分の純の追加点から更に3点を追加、順人、啓介、涼が1ゴールずつ挙げ波乱の選手権壮行試合で幕を閉じた。
交代後ダウン室に移動する支度をするためにロッカールーム向かった。
「この俺が…この俺がぁぁぁ~」
ロッカールームついた遠藤は怒りが抑えきれなかった。
「ドスンッ」
その怒りをぶつけたくて仕方なかった。
そしてロッカールームの壁を叩いた。
「おい、遠藤。お前が特待生のあの天堂相手に2失点したことなんかどうでもいい事だ。」
赤石が遠藤に冷たい視線を向けながら言う。
「てめぇ、どう言う事だ。」
遠藤は赤石の胸ぐらを掴みかかったが、赤石は至って冷静だった。
冷たく、どこか鋭い視線。
「どお言うことか?これは壮行試合だ。お前はこれまで代表以外の試合本気になっていたか。1年前の壮行試合試合で、1軍エースの榎本にやられた時以来じゃないのか。
そんなお前が、中学生の天堂に吠えた。
頭を冷やせ。
高校の試合でもレベルの高い奴はいる。お前は自惚れていたんだ。」
遠藤は赤石の言葉に反論できなかった。
小学校の頃から日本代表に選ばれ、気づけばJリーグの下部組織で6年サッカーをし、勝つことが当たり前だった。県大会など消化試合でしかなかった。
全てが当たり前だった。
そして日本の同世代には自分に叶うものはいないと言う自信さえあった。
それ故に高校サッカーに本気になれていなかったのだ。
「わかったか自分の愚かさが。冬の選手権は取りに行く。期待してるぞ。」
赤石と青峰、伊藤は遠藤を置いてロッカールームを後にした。
取り残された遠藤は、1人うなだれるしかなかった。
「川田先生に我が東陸堂高校の教員になっていただきたい。もちろんサッカー部専属コーチとしてです。」
川田は山下の言っていることを理解するのに時間がかかった。
そして口を開いた一言目は相変わらず焦りがにじみ出ていた。
「えっと、はっ?、どっどっどう言う事でしょうか。」
山下も流石に呆れていたが、同じ説明をする。
「私が陸堂のコーチと言うのは…」
「私どもは、川田先生の実績、教員であると言う事を考慮した上での判断であり、この特別シートへの招待に至ったのも、1軍監督であり、東陸堂高校総監督である、孫 輪廻監督の意向です。
孫監督は、川田先生が現役だった10年前の東陸堂高校が創立四年目にして、初めて全国への切符を手にした年の準決勝での川田先生の高校との試合での川田先生の活躍の印象をお持ちだったからです。」
川田は思い出していた。
惜しくも延長後半アディショナルタイムで敗れた高校サッカー選手権準決勝を。
その時の相手が現東陸堂高校サッカー部を率いる孫監督の東陸堂高校であった。
川田は、不動のサイドバックと言われてはいたものの、守備範囲の広さは、ペナルティエリアすべをカバーし、攻撃においてはサイドを切り裂き、アシスト、得点を挙げるサイドバックであった。
そんな過去の試合を孫監督が覚えていた事に驚きつつも、川田の中で湧き出ていた何かの正体を理解した気がした。
「川田先生、今すぐとは言いません。お返事をいただけるでしょうか。」
山下の問いに川田は迷っていた。
自分に東陸堂のサッカー部で何ができるのか…と。
それに何より天堂が入学するこの東陸堂で、天堂にサッカーを教える立場になると言う事。
天堂以外の特待生、現在東の空堂でサッカーをする選手に何を自分が教えられるのかと。
「一週間時間をください。」
川田が今できる最大の返事だった。
「わかりました。一週間お待ちいたします。いいお返事をお待ちしております。」
その夜、川田は在籍する中学へ連絡をした。
「えぇ、はい、申し訳ありませんがよろしくお願いします。」
電話を切ると1つの大きな荷物を持ってタクシーに乗り込んだ。
「新横浜駅まで」
川田の向かう先は、生まれ育った埼玉だった。
試合が終わった後、純はロッカールームでシャワーを浴びていた。
「おい、純、お前やっぱりすげーなっ」口を開いたのは涼だった。
「あっ。何がだ?」
「あのヒールリフトだよ。よくあのタイミングであんな芸当ができたもんだ。」
「あー、あんなの簡単だろ」
純は素でこれを言っているように見せた。
「おい、それは嫌味か…」
涼は顔を引きつらせながらツッコんだが、純は「冗談だ」と真顔で言う。
「ほんとこう言う時のこいつはよめねぇ…」と呟いた涼だった。
一方純の中には遠藤との1対1でのとっさにヒールリフトをしたシーンを思い出していた。
「なんであんなな事をとっさに…」
ヒールリフトをする事は毎日ボールを蹴ってきた純にとって何ら難しい事はなかった。
しかし、あれだけ見えてこなかったイメージの中でのもやの中が、遠藤との1対1の時にも見えていなかった。
しかし、結果として得点をできた事、あの感覚が鮮明に純の中には残っていた…
「特待生の選手はちょっとここに残っていてください。それ以外の2軍選手は解散。」
2軍コーチの話を終え、特待生組である純達はロッカールームに残っていた。
コンッコンッと二回ノックの音がした。
山下と一緒に入ってきたのは孫監督だった。
チームジャージに白髪混じりの髪はオールバックにセットされ、銀縁フレームのメガネと言う様相の孫監督は、街中で会ったら少し距離を取りたくなる様相だ。
「特待生の皆さん、お疲れ様でした。突然ではありますが、 本日の試合を参考に、今後の入学までの帯同チームを発表します。」
山下はロッカールームに入って早々にそんな事を切り出した。
純達特待生は表情には出さないものの、各々の中で、この唐突な言葉に戸惑っていた。
ここで1軍か2軍か振り分けられ、入学前から差がつくからだ。
そして何より、現東陸堂サッカー部の1軍に1年はいない。過去に数人はいた。
しかし、その世代ので天才と呼ばれる逸材だった。
「それでは、発表させてもらいます。」
孫監督が初めて口を開いたの。
「1軍昇格の選手は6名、土井、後藤、佐宗、田中、田口、本田以上6名。」
ロッカールームは静まり返った。
各々返事を忘れた。いや口が開かなかった…
誰しもが選ばれると思っていた純の名前がなかった。
そして動揺が見える特待生を前に口を開いたのは山下だった。
「名前を呼ばれたもの、返事はっ」
さっきまでのかしこまった様子は微塵もない山下の物言いに、重たい口を開き特待生は返事をした。
「それでは来週から練習に参加できるものは各々のチームに練習に参加をしてもいい。現在所属チームのコーチと話し合いをした上で、スケジュールを調整し、練習や試合に参加するように。以上。」
孫監督の言葉に一同は返事をした。
「これから東陸堂高校への練習生としての参加申し込み書類、注意事項記載の書類をお渡しします。
何か質問等がある場合は今聞いてください。」
特待生各自が山下から書類を受け取る。
「質問はありませんか。それでは、本日は以上となります。
これからチームに合流するもの、帰宅するもの、必ず体のケアをし、怪我の予防に勤めるように。それでは解散です。お疲れ様でした。」
山下と孫監督はロッカールームを後にした。
そして残された特待生のいるロッカールームには重たい空気が漂っていた。
純は今起きている現実が受け入れ難かった。
「何で俺が、俺だけが選ばれなかったんだ…」
世代別代表でも一目置かれる質問が、純だけが、東陸堂サッカー部の1軍に上がれなかった。
2軍の壮行試合に参加した時点で、2軍には最低でも入れる事は説明をうけていた。
特待生の中でも実質今日の1軍との壮行試合に出たメンバーは、来年の入学後、2軍の主力として活躍する機械が与えられるだけの素質のある選手が残っていた。
その中でも頭一つ抜けている純だけが2軍からのスタートとなった。
この現実を誰が予想できただろうか。
特待生7名のうち、純以外の人間は、純こそが1軍に上がるだろうと思っていた。
1軍に入学当初から選ばれるという事の求められるポテンシャルの高さと、高すぎるハードルを超えた人間が少なかったこと。
その狭き門を通過した人間が6人もいた。
しかし、1番可能性のあった純だけが選ばれなかったことに、他の6人は重たい口を開けなかった。
悔しさをひた隠し、純は荷物をまとめ出した時だった。
重たい空気の中、荷物をまとめる純に対して、初めて重たい口を開いたのは、涼であった。
「純、お前なら…」
涼が全てを言い終える前に純が割って入った。
「絶対這い上がってやる。1軍で待ってろ。俺は絶対に…」
涼を始め、他の特待生はそれ以上口を開くことができなかった。
「監督、失礼ながらあれでよかったのでしょうか本当に…」
山下と孫監督がロッカールームを後にした後、総監督室で山下は孫監督に、今回のメンバー選考についての疑問を問いかけた。
「山下君はどう思いますか。確かに天堂純は並みのサッカー選手ではない。
すぐにでも1軍でレギュラーとして使える逸材だ。そのポテンシャル、サッカーセンスは三騎士と呼ばれるうちのトップ人とよりも高いかもしれない。」
「ならなぜ1軍に帯同させないのですか。1軍に帯同し、そこで更なる成長を…」
山下が最後まで言うのを遮り、総監督が口を開いた。
「山下君、君は何故スカウトをしているのですか。」
「わっ私は、東陸堂サッカー部の勝利に貢献できる逸材の発掘をすること。そして、選手の進路としての道筋を開くサポートの提供です…」
「結構。その中で、即戦力になる逸材が7人も来年は、この東陸堂に入ってくることになった。それ以外にもまだ芽を出していない種が沢山入ってくる。
他でもない。山下君の働きによるものだ。
しかしだ、天堂純は天才だ。あの鼓を完璧にかわし、赤石さえもかわした。そして、周りからの信頼。得点に結びつく布石の打ち方、得点感覚、正確なキックとコントロール、それに頭1つ抜けた瞬発力、類い稀ないサッカーセンスの持ち主である事は間違いない。
ただかけているものはやはりある。
もう一皮向けた彼なら間違いなく、赤石誠一郎ですら越える。
その為に2軍にしたのだ。」
山下はまだ答えが見えていなかった。
「監督どう言う事で…」
「まだわからないのか。天堂純の天才たるゆえんは。」
ここで初めて自分の動揺と孫監督の言っている意味を理解した。
「努力の天才…」
山下がそう呟いた。
「そう言う事だ。私は、彼がどうやって苦痛の状況から這い上がるのがを見てみたいのだよ。
そして、一皮も二皮も向けた彼が、一体どうなるのかを。
この東陸堂高校サッカー部にどんな影響を及ぼすのかを。
あの遠藤を吠えさせ、吠えた遠藤から点を取った人間はこれまでにいない。
遠藤自身相当追い込まれただろう。
自身の自惚れに気づき、そしてこの選手権で結果を残してくれるだろう。
中学3年生の天堂が、たった90分のうちでの壮行試合で残していったものは大きいが、私は見てみたいのだ。努力の天才天堂純の更なる成長を。」
山下の疑念ははれた。
そして、孫監督もまた、自分の言葉で再確認をしていた。
「次は浦和、浦和です。車内にお忘れ…」
車内アナウンスが流れ、川田は浦和駅で電車を降り、タクシーに乗り込んだ。
タクシーで数十分の所に川田の実家があったが、行くあては違っていた。
同じさいたま市にあるJクラブの本拠地グラウンドに向かった。
そお、ここは、川田が中学の時に所属していたJクラブ下部組織のホームタウンだった。
川田は地域のサッカー少年団からこの下部組織チームに入団し、中学にはそのまま上がった。
高校のユースにも声をかけてもらっていたが、高校サッカーでのサッカー人生を選択し、ユースへの入団を断ったのだった。
そして今回の訪問は、東陸堂専属コーチについて、恩師に相談しに来たからだった。
「おぉ、来たか」
グラウンドでプレーする選手を見つめながら、背後から近づいていた川田の存在に気づき声をかけてきたのは、さいたま市にあるJリーグクラブjr.ユース監督、桜庭 武だ。
体格は熊男、色黒の肌にがっちりした体格、サングラスをしている。
「お久しぶりです監督。」
「あぁ、いきなり電話が来て、神妙そうに話してるから心配したぞ。どうかしたのか。」
「あっいや実は、今日、今赴任している中学校の生徒のサッカーの試合を見に行って来たんです。」
川田はなかなか切り出せなかった。
このjr.ユースと言う自分の古巣とは言えど、自分がコーチになる資格はあるのか、どうしたらいいのか、その答えのヒントを見つけに来た目的以外に、もう一つあった。
「ほぉ、それで、勝ったのか。なんの試合だったんだ。」
淡々と川田に聞く。
「そっそれが、神奈川県県の今年のインターハイベスト4で冬の選手権に出てくる、東陸堂高校の1軍、2軍の壮行試合なんです…」
尻すぼみに声が小さくなる川田を見て、どこか懐かしむような顔をしていた。
「ほぉ、毎年恒例の特待生のセレクションを兼ねた壮行試合か。
結果は、例年通りに、1軍の大勝かな?」
桜庭の言葉には、壮行試合の結果を毎年知っているような口ぶりだった。
知っているのかもしれない。強豪クラブの監督であり、選手が入学したりしていれば自ずと情報ははいる。
そんな事を考えながらも川田は重い口が開かなかった。
「どおしたんだ。相変わらずなんかあると話せなくなるなお前は。
お前の生徒が、東陸堂の壮行試合試合に出たって事は、あの東陸堂で2軍入りを果たしてるって事だろ。
お前はなんて顔をしてるんだ。」
どこかからかうように笑っていた。
ようやく重たい口を開きだした川田は、純について話しだした。
「おっしゃる通りです。2軍入りは確実、そう言われていました。
しかし、僕は2年の時からその選手の担任をしていました。
勉強はしない、体育は手を抜く、でもテストだけは点がいい。不思議なやつでした。
進路指導一つまともに出来ず、私も、流石にこのままではと、1か月くらい前に、その生徒と話をしたんです。
そしたら、東陸堂に行くと言いだした。
理由は、勉強しなくても適当に部活をしとけば卒業できるからと。」
「なるほど、スポーツ少年らしい発言だな」
桜庭はにこやかに言う。
「しかし、私は、今日東陸堂での試合を見るまで、その選手がサッカーをしている事を知らなかったのです。それどころか、中学サッカー界の世代別代表であり、その中でも頭一つ抜けている選手だったという事。
その事実を知ったのは、進路指導の2週間後に、東陸堂のスカウト部長からの電話があったからでした。
全てがわからなかった。
何がどう言う事なのか。
電話の先で話している東陸堂のスカウト部長と名乗る女と、不思議なくらい学校生活に無気力な生徒が行きたいと言っていた学校から推薦の電話…
何がどうなっているんだ…と。」
桜庭は、川田がここに来た意味をなんとなく察した。
実は、桜庭の元に、東陸堂から一本の電話があったのだ。
電話の相手は、孫 輪廻だった。
桜庭と孫監督は、学生時代のライバルであり、チームメイトだった。
電話では、懐かし話をしながらも、川田についての電話だった。
桜庭の中で、孫監督が川田のことを聞いて来た理由がその時はわからなかった。
しかし、もしかしたら、不運なプレー中の事故による怪我で選手生命を奪われた川田を引き抜こうとしたのではないかと。
「それで、何が何だか分からなくなりながらも、その生徒の試合を見せてもらえないかとお願いしたところ、今日の壮行試合に招待されました。
そこで見た学校での生徒との違い、本来の生徒の姿に、ものすごく驚かされた。そして、鳥肌が治らないのと同時に、僕の中でふつふつと湧き上がるものがあった。
超高校級のハイレベルな選手の集まる東陸堂のサッカー部。
毎年毎年優勝候補と騒がれ、過去一度も優勝した事のないチーム。
しかし、私が今日目にしたものは、間違い無く高校生の試合ではなかった。
むしろそこに中学生が混じってサッカーをしている光景とは思えない試合が繰り広げられていました。」
「それで、結果は。」
桜庭は毎年1軍が大勝をしているのを知っていた。
東陸堂のサッカー部の層の厚さは、高校サッカー界ではトップレベルであったからだ。
しかし、川田からの意外な発言に、さすがの桜庭も度肝を抜かれる。
「5対1で2軍の勝利です。」
「なんだって。あの東陸堂の1軍が負けたのか。無冠の帝王とうたわれる赤石をはじめとした三騎士に、鉄壁のボランチ鼓、最強の砦遠藤 豪、その他にも強者が揃う東陸堂から5点を挙げたと言うのか…」
「ただ、東陸堂のフルメンバーを揃えていたのは後半15分までです。
前半は、1対1、後半に入って三騎士と遠藤以外が交代し、1点を取り、それと同時に三騎士と遠藤も交代していきました。
そして、交代した1軍から、他の特待生が3点を挙げ、5対1の大勝となりました。
ちなみに、前半と後半スタートのゴールは、私の生徒でした。」
桜庭は東陸堂の1軍フルメンバーから点を挙げた選手が気になった。
「いったいお前の生徒とは誰なんだ…」
「桜庭さんならご存知かもしれません。
天堂 純です。そしてその他の特待生は、世代別代表、ナショナルトレセンに選ばれているような生徒、計7名が壮行試合に参加していました。」
桜庭は天堂 純という名前を聞いて、全ての話に納得した。
そしてその周りの特待生である世代別代表の選手も想像はついた。
「努力の天才天堂 純…」
「桜庭さんなんか言いました…?」
「あっいや、なにも。
ただ、全てが納得ついたよ。
まさかあの天堂 純がお前の生徒だったとはな。
何かお前との縁を感じるな。」
「えぇ…それで本題はここからで…」
川田が全てを話す前に桜庭が割って入った。
「孫に引き抜かれたのか?」
川田はびっくりした。桜庭の口調に確信は感じられなかったが、どこか見透かされているようであった。
「なっなぜそれを…それに桜庭さんは孫監督のことを知ってらっしゃるのですか。」
「知ってるも何にも、孫は学生時代のライバルであって、チームメイトだよ。
実はこの間、お前について知りたがって電話をかけてきた。
なぜサッカーを辞め、教員をしているお前のことを知りたがっていたのか不思議だったが、謎が解けたよ。」
川田はあの孫監督と恩師が知り合いだったことに驚きを隠せなかったが、その一方で、この人と孫監督が並んだらおっかねぇ…などと考え、顔を引きつらせていた。
「いったいどんなチームだったんだ…」
と呟いたのが桜庭に聞こえていたようで、「どういう意味だ」と突っ込まれたが、川田はあっいやそのと慌てふためくだけだった。
「冗談はさておき、それで、お前は俺に何を聞きにきた。」
本題に入った。
「あっいや、それで、私なんかが、なぜ呼ばれたのかと、私なんかに務まるのかと…」
「川田、お前はもぉ決まってるんじゃないのか。」
「えっ?」
「なぜ呼ばれたか、についてはお前の過去の実績を俺に聞いてきた時点で、お前を評価してのことだろう。
お前に務まるかは、お前のこれからの頑張り次第だ。
そして、お前はその努力と言うものを、血の滲むような日々をおの元でずっとやってきて、高校サッカーに挑戦しに行った。
不運なあの試合での出来事はあったものの、お前は1人、地元を離れ、高校サッカーで活躍した。
全国への挑戦はできなかったが、唯一、県予選敗退チームから、全日本高校選抜にも選ばれ、MVPを取った。
お前もまた、努力によって生まれた天才だ。
そんなお前にコーチが務まらないとは思わない。
東陸堂に集まる選手は、確かに超高校級、天才と呼ばれる奴らばかりだ。
しかし、あそこに努力を積み上げ、才能、センスすらを積み上げ成長してきた人間は少ないだろう。
だからこそ、お前はまた、コーチとして学び、成長するための努力をするだろう。
そして、お前は自分に務まるかと言う迷いを持ってる。
それがお前の答えだ。」
桜庭の言葉に、自分のこれまでの人生を思い返した…
「俺は何を迷っていたんだろうか…
こんな事、現役の時に比べれば…」
桜庭は不敵に笑った。
「少しは晴れたようだな。その方がお前らしい。天堂 純がお前の生徒なら、お前は来年、コーチとして背中で見せてやれ。そして、奴を日本一のプレーヤーにしてやれ。」
川田は、悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなった。
そして吹っ切れたように桜庭に挨拶をし、神奈川へと帰るために駅へ向かったのだが…
「あー終電がなーいーっっっ」
駅について気づいたのだ。
しかし、桜庭と話し、実家でも悩んでることを打ち明けようと、次の日を休みにしていたことに気づいた。
「あっ実家に帰るんだった…」
川田は、タクシーを拾い、実家に帰って行った。
桜庭は、川田が帰ったあと、孫に電話をかけた。
「あっ俺だ。川田が来たぞ。」
「あぁそおか、それで、何を話したんだ。」
「奴がウジウジしてたから、喝を入れただけだ。」
ハッハッハッと乾いた笑いをしながら、孫は、「あの負けず嫌いの努力の天才が悩んでいたのか。」
「奴も、あの時からサッカーから離れ、どこか自分を忘れていたんだろう。」
「そぉか。彼はうちに来てくれそうか。」
「わからん、本人が決めることだ、しかし今年の壮行試合は、大波乱があったみたいだな。どうしたものか、今年は、あの天堂が入るみたいだな。」
「あぁ知っていたのか。努力の天才天堂純、そしてサッカー界から姿を消した、努力の天才、そして不動のサイドバックと呼ばれた川田 知之、その2人の天才がこの東陸堂にどんな影響を及ぼすか楽しみだよ。」
「お前らしいな。で、天堂は今日付で1軍か?」
「そのことだが、天堂だけ2軍からだ。」
「なんだって。まさかお前…」
桜庭は驚きを隠せなかった。
今の日本中学サッカー界で間違いなくトップを争えるレベルの天堂を2軍にしたと言うのだ。
「努力の天才が、さらなる成長をするのではないか、と思ってね。私はそれを見てみたいのだ。」
孫の言い分に桜庭はやはりどこか腑に落ちなかった。
しかし、高校サッカーの名将と呼ばれる孫 輪廻と言う男が思いつきでこのような事をするとは思わなかった。
「そうか。俺も楽しみにしているよ。」
そう言って、電話切った。
その頃純は家にいた。
今日の悔しさを滲ませ、野心をみなぎらせていた。
「絶対に1軍に上がってやる…」
東陸堂での純の新しいサッカー人生がスタートする瞬間だった…
~ここまで読んでくださった方へ~
ここからが純の新しいサッカー人生のスタートとなります。
そして、純の担任である川田の過去ここで明かさせてもらいました!
次の第3章からは、もう少し砕けた部分と、それぞれのキャラクターのキャラを固めようと思います。
楽しみにお待ち頂けると嬉しいです( ´∀`)
連載は1週間ぐらいのスパンで出来るよう努めますのでお願いします。
お気に入りや感想もお願いします(^ω^)
「後半がまもなく開始いたします。皆さま、後半もとくとお楽しみくださいませ。
ここで、1軍の選手交代をお知らせいたします。
CB海道リア2年に変わって庄司 悠人2年
CB海道 ロア2年に変わって山崎 健斗2年、LSB田中 穣3年に変わって西 陸3年、RSB中野 睦3年に変わって吉田 力2年、DMF鼓 幹太2年に変わって井上 貴2年義、OMF重永 駿介3年に変わって神田 はじめ2年、OMF谷川 大3年に変わって橘田 弘人2年以上7名の選手の入れ替えとなります。
続きまして2軍の選手の交代をお知らせします。
GK若林 健2年に変わって土井 守特待生、CB赤木 四郎3年に変わって後藤 優特待生以上2名の選手の入れ替えとなります。
後半開始まで今しばらくお待ちください。」
純はハーフタイム中もイメージトレーニングをしていた。
どうしたら遠藤から点を取れるか…
しかし答えは見つからなかった。
見つからないまま後半に進むことは初めてだった。
イメージが実体化できるようになってからは、だ。
そして2軍のメンバーは7人全員がピッチに立つ事になる。
後半から入る二人は日本代表の下のカテゴリー、ナショナルトレセンに選抜されていたメンバーだった。
純もナショナルトレセンには言ったことがあった。
二人は千葉県のチームにいたから試合をする事はあまりなかったが、ナショナルトレセンの時に試合を数試合こなしている。
お互いそれぞれその認識はあったためにコミュニケーションをとることも支障はなかった。
純はその上で、この試合を勝つために、2人と話しをしていた。
1軍の控え室は静かだった。
孫監督は口を開くこともない。
赤石を中心に三騎士で話しあい、後半から加わるメンバーに攻め方を話しただけだった。
これがいつもの光景だった。
東陸堂は孫監督が口を開くことは早々にない。
選手自らが話し合う。
そして、赤石もまた、イメージを実体化する人間だった。
「選手がピッチに戻ってまいりました。まもなく後半が始まります。」
「ピィィ~」
2軍のキックオフで試合が始まった。
キックオフからパスを回すがどこかぎこちない…
どこか攻めるのに恐れをなしているような。
攻めても点がとれない。
どこかそんな雰囲気が漂っていた。
しかし、ボールを回すうちに純はイメージしていた。
そしてなんとなく見えかかるがみえない、そんな靄がかかっているようなイメージ、だが、純はボールを受けた途端に顔を上げた。
そして…
「おっおい純…」
周りが止めるのもつかの間、純は仕掛け出した。
センターサークルからドリブルしだした。
しかし、止めていた周りも純がスタートを切ると同時にスタートをきった。
涼、順人、啓介はいつもそうだった。
純が何かを始める。
これは純の中で何かを見つけたのではないか、そう思わせる何かをいつも持っていた。
純が周りから認められているのはそういったことだろう。
努力を積み上げたものだけが掴み取る周りからの信用。
生まれ持った才能による天才にはない信頼。
だから純がドリブルを仕掛けた事で、周りには、こいつなら何かをできるのではと思わせる。
しかし純にはまだ答えが見えていなかった。
それでも攻めるしかなかった。
なんとなくするパス回しでは何も変わらない。
それを1番理解していた。
「俺は、逃げねぇ」
そう呟いて仕掛けていった。
三騎士赤石がディフェンスに来たが、純のチェンジオブペースは今日1切れていた。
赤石は決してディフェンスができない選手ではない。
キーパー以外ならどこでもこなせるサッカーセンスとポテンシャルを持ち合わせている。
そんな選手が、まだ中学の純のチェンジオブペースに体制を崩された。
しかし赤石もザルのように抜かれるわけにはいかなかった。
「なめられたものだ…」
崩れた体制からも純にくらいつく。
2人の体格は同じ、細っそりしているが締まった体、身長も177cmと至って普通だ。
高校サッカー界における無冠の帝王と呼ばれる赤石 誠一郎。
対抗するのは、中学サッカー界の努力の天才、天堂純。
軍配は赤石に上がると誰もが予想していた。
しかし純のチェンジオブペースはさらにギアを上げた。左横にいる赤石に対して自分の体重を預けた。
赤石は純の体重を引くために、半歩左に体重を引いた瞬間だった。
バランスを崩したようにみえた純がそのままボールを重心ごと右に移動したのだ。
「ダブルタッチ…」
赤石は反テンポ遅れながらもしにくらいつこうとしたが、純の瞬発力は赤石以上だった。
ダブルタッチでかわした直後に前線に向けてドリブルを仕掛けていた。
「啓介っ!!」
純は赤石をかわし啓介にパスを回す。
啓介から順人へとまわり、涼にまわる。
前半の主力と比べれば、サブのメンバーは相手にならなかった。
そしてペナルティエリアにまで攻め立てた。
しかし、ここからが難題だった。
純を含め、誰1人として、吠えた遠藤を攻略するすべを見つけていなかった…
「さて純どおすんだ…」
涼はそおつぶやいた。
純が何か見つけたのではないかと思っていた。
その純にパスをだす。
「純っ!!」
純はパスを受けた。
そしてペナルティエリアの中に切り込んだ。
1軍ディフェンスの庄司と山崎が純に向かうが、前半の海道兄弟と比べたら相手にもならなかった。
「あのガキマジでうめぇ…」
「ボールに触れもできねぇ」
そして気づくとGK遠藤との1対1になっていた。
イメージの中で純はこの展開までは見えていた。
ここから先のもやのかかった部分…
ここが見えていなかった。
しかしここが純のいいところだった。
決して諦めない。
悩んでいても仕方ない。
目の前に立ちはだかる壁を前に、純は、シュートに行かず仕掛けた。
遠藤はまた吠えた。
「こぞおぉぉぉ、どこまで俺をなめてるんだぁぁぁ」
吠えた遠藤がそのまま向かってくる純に飛びかかる。
純はそれを見てチェンジオブペースでタイミングを外すが、外したはずのタイミングが、外し切れていない。
「タイミングが外せねぇ…隙がねぇ…」
焦るのもつかの間、遠藤との距離は縮まる。
しかしその時涼が、「純、後ろから来てるぞっ」
純は涼の言葉でとっさにボールをかかとで浮かせた。
「ヒールリフト」
遠藤は純がヒールリフトをしたのを見た途端、ボールに飛び込んで来た。
だが、これは純がとっさにしたものだったが、純は遠藤が飛び出してくるのがなんとなくわかっていた。
今の遠藤は必ずボールをキャッチしにくる。
それを見越した上で、純のヒールリフトは高く上がっていた。
ボールが遠藤の頭上を越えてくると信じ、遠藤の右側をターンした。
遠藤は純のターンに一瞬目を取られ、体制が崩れそうになったが、ボールは射程距離だった。
手を伸ばす。ボールを取る。後数センチ、取れる…
そう思った瞬間、遠藤は違和感を感じた…
ボールに触れる手前で体が沈む…
「なぜだ…」
遠藤には理解ができなかった。
完璧な飛び出しと、完璧な判断による飛び込み。
しかしボールの軌道が高く、遠藤の方が早く落ちていった。
純はターンをした時に遠藤の足に当たっていた。
いや、わざと当たった。
だから遠藤が純を一瞬見たのだ。
そして遠藤の頭上を越えたボールは無人のゴール前に落ちた…
そして純は無人のゴールへ左足を一閃した。
「ピィィ~」
「ゴォォォォルゥゥゥ~」
「この俺が…この俺が2失点だと…」
遠藤がその場にひざまづく。
そして青峰、伊藤はこの状況に少し動揺していた。
「遠藤が2失点するのなんていつ以来だ」
「去年の代表に呼ばれた時のドイツ戦以来じゃなかったか」
「1年前か…」
そして赤石が、「やれやれ、僕たちの出番はここまでだろうな、本来後半45分のみという話が、今年の特待生にはあの繰り上げで上がって来た世代別の5人がいるからという事での直談判だ。」
「前半のうちにやっぱり点をとっとけばよかったんじゃねーか」
青峰はどこか悔しそうにいったが、赤石に一蹴された。
「それじゃ面白くない。来年入ってくる奴らがどの程度の実力なのか計っておく必要があった。
そして、あの遠藤から2得点を挙げた天堂をはじめ、他の4人も得点に絡むだけのいい仕事をし、結果を残した。
来年のいい収穫ができた。
そしてこの選手権で、遠藤が更に成長し、優勝が見えた。
十分な収穫だ。」
赤石は収穫といった。
その収穫の意味を理解しているものは、赤石本人のみだった。
青峰、伊藤は赤石の言葉をうのみにするしかなかった。
「来年は楽しめそうだ…東陸堂史上初の夏と冬の二冠…この冬も優勝が見えそうだ。」
赤石はそう呟き、不敵に笑った。
孫監督は遠藤、赤石、青峰、伊藤の4人を変えた。
GK田口 翔太3年OMFを1人増やし、李 陳凛3年FW井口 薫、東條力也の4人に入れ替えた。
試合はこのまま2軍に軍配があがり、後半15分の純の追加点から更に3点を追加、順人、啓介、涼が1ゴールずつ挙げ波乱の選手権壮行試合で幕を閉じた。
交代後ダウン室に移動する支度をするためにロッカールーム向かった。
「この俺が…この俺がぁぁぁ~」
ロッカールームついた遠藤は怒りが抑えきれなかった。
「ドスンッ」
その怒りをぶつけたくて仕方なかった。
そしてロッカールームの壁を叩いた。
「おい、遠藤。お前が特待生のあの天堂相手に2失点したことなんかどうでもいい事だ。」
赤石が遠藤に冷たい視線を向けながら言う。
「てめぇ、どう言う事だ。」
遠藤は赤石の胸ぐらを掴みかかったが、赤石は至って冷静だった。
冷たく、どこか鋭い視線。
「どお言うことか?これは壮行試合だ。お前はこれまで代表以外の試合本気になっていたか。1年前の壮行試合試合で、1軍エースの榎本にやられた時以来じゃないのか。
そんなお前が、中学生の天堂に吠えた。
頭を冷やせ。
高校の試合でもレベルの高い奴はいる。お前は自惚れていたんだ。」
遠藤は赤石の言葉に反論できなかった。
小学校の頃から日本代表に選ばれ、気づけばJリーグの下部組織で6年サッカーをし、勝つことが当たり前だった。県大会など消化試合でしかなかった。
全てが当たり前だった。
そして日本の同世代には自分に叶うものはいないと言う自信さえあった。
それ故に高校サッカーに本気になれていなかったのだ。
「わかったか自分の愚かさが。冬の選手権は取りに行く。期待してるぞ。」
赤石と青峰、伊藤は遠藤を置いてロッカールームを後にした。
取り残された遠藤は、1人うなだれるしかなかった。
「川田先生に我が東陸堂高校の教員になっていただきたい。もちろんサッカー部専属コーチとしてです。」
川田は山下の言っていることを理解するのに時間がかかった。
そして口を開いた一言目は相変わらず焦りがにじみ出ていた。
「えっと、はっ?、どっどっどう言う事でしょうか。」
山下も流石に呆れていたが、同じ説明をする。
「私が陸堂のコーチと言うのは…」
「私どもは、川田先生の実績、教員であると言う事を考慮した上での判断であり、この特別シートへの招待に至ったのも、1軍監督であり、東陸堂高校総監督である、孫 輪廻監督の意向です。
孫監督は、川田先生が現役だった10年前の東陸堂高校が創立四年目にして、初めて全国への切符を手にした年の準決勝での川田先生の高校との試合での川田先生の活躍の印象をお持ちだったからです。」
川田は思い出していた。
惜しくも延長後半アディショナルタイムで敗れた高校サッカー選手権準決勝を。
その時の相手が現東陸堂高校サッカー部を率いる孫監督の東陸堂高校であった。
川田は、不動のサイドバックと言われてはいたものの、守備範囲の広さは、ペナルティエリアすべをカバーし、攻撃においてはサイドを切り裂き、アシスト、得点を挙げるサイドバックであった。
そんな過去の試合を孫監督が覚えていた事に驚きつつも、川田の中で湧き出ていた何かの正体を理解した気がした。
「川田先生、今すぐとは言いません。お返事をいただけるでしょうか。」
山下の問いに川田は迷っていた。
自分に東陸堂のサッカー部で何ができるのか…と。
それに何より天堂が入学するこの東陸堂で、天堂にサッカーを教える立場になると言う事。
天堂以外の特待生、現在東の空堂でサッカーをする選手に何を自分が教えられるのかと。
「一週間時間をください。」
川田が今できる最大の返事だった。
「わかりました。一週間お待ちいたします。いいお返事をお待ちしております。」
その夜、川田は在籍する中学へ連絡をした。
「えぇ、はい、申し訳ありませんがよろしくお願いします。」
電話を切ると1つの大きな荷物を持ってタクシーに乗り込んだ。
「新横浜駅まで」
川田の向かう先は、生まれ育った埼玉だった。
試合が終わった後、純はロッカールームでシャワーを浴びていた。
「おい、純、お前やっぱりすげーなっ」口を開いたのは涼だった。
「あっ。何がだ?」
「あのヒールリフトだよ。よくあのタイミングであんな芸当ができたもんだ。」
「あー、あんなの簡単だろ」
純は素でこれを言っているように見せた。
「おい、それは嫌味か…」
涼は顔を引きつらせながらツッコんだが、純は「冗談だ」と真顔で言う。
「ほんとこう言う時のこいつはよめねぇ…」と呟いた涼だった。
一方純の中には遠藤との1対1でのとっさにヒールリフトをしたシーンを思い出していた。
「なんであんなな事をとっさに…」
ヒールリフトをする事は毎日ボールを蹴ってきた純にとって何ら難しい事はなかった。
しかし、あれだけ見えてこなかったイメージの中でのもやの中が、遠藤との1対1の時にも見えていなかった。
しかし、結果として得点をできた事、あの感覚が鮮明に純の中には残っていた…
「特待生の選手はちょっとここに残っていてください。それ以外の2軍選手は解散。」
2軍コーチの話を終え、特待生組である純達はロッカールームに残っていた。
コンッコンッと二回ノックの音がした。
山下と一緒に入ってきたのは孫監督だった。
チームジャージに白髪混じりの髪はオールバックにセットされ、銀縁フレームのメガネと言う様相の孫監督は、街中で会ったら少し距離を取りたくなる様相だ。
「特待生の皆さん、お疲れ様でした。突然ではありますが、 本日の試合を参考に、今後の入学までの帯同チームを発表します。」
山下はロッカールームに入って早々にそんな事を切り出した。
純達特待生は表情には出さないものの、各々の中で、この唐突な言葉に戸惑っていた。
ここで1軍か2軍か振り分けられ、入学前から差がつくからだ。
そして何より、現東陸堂サッカー部の1軍に1年はいない。過去に数人はいた。
しかし、その世代ので天才と呼ばれる逸材だった。
「それでは、発表させてもらいます。」
孫監督が初めて口を開いたの。
「1軍昇格の選手は6名、土井、後藤、佐宗、田中、田口、本田以上6名。」
ロッカールームは静まり返った。
各々返事を忘れた。いや口が開かなかった…
誰しもが選ばれると思っていた純の名前がなかった。
そして動揺が見える特待生を前に口を開いたのは山下だった。
「名前を呼ばれたもの、返事はっ」
さっきまでのかしこまった様子は微塵もない山下の物言いに、重たい口を開き特待生は返事をした。
「それでは来週から練習に参加できるものは各々のチームに練習に参加をしてもいい。現在所属チームのコーチと話し合いをした上で、スケジュールを調整し、練習や試合に参加するように。以上。」
孫監督の言葉に一同は返事をした。
「これから東陸堂高校への練習生としての参加申し込み書類、注意事項記載の書類をお渡しします。
何か質問等がある場合は今聞いてください。」
特待生各自が山下から書類を受け取る。
「質問はありませんか。それでは、本日は以上となります。
これからチームに合流するもの、帰宅するもの、必ず体のケアをし、怪我の予防に勤めるように。それでは解散です。お疲れ様でした。」
山下と孫監督はロッカールームを後にした。
そして残された特待生のいるロッカールームには重たい空気が漂っていた。
純は今起きている現実が受け入れ難かった。
「何で俺が、俺だけが選ばれなかったんだ…」
世代別代表でも一目置かれる質問が、純だけが、東陸堂サッカー部の1軍に上がれなかった。
2軍の壮行試合に参加した時点で、2軍には最低でも入れる事は説明をうけていた。
特待生の中でも実質今日の1軍との壮行試合に出たメンバーは、来年の入学後、2軍の主力として活躍する機械が与えられるだけの素質のある選手が残っていた。
その中でも頭一つ抜けている純だけが2軍からのスタートとなった。
この現実を誰が予想できただろうか。
特待生7名のうち、純以外の人間は、純こそが1軍に上がるだろうと思っていた。
1軍に入学当初から選ばれるという事の求められるポテンシャルの高さと、高すぎるハードルを超えた人間が少なかったこと。
その狭き門を通過した人間が6人もいた。
しかし、1番可能性のあった純だけが選ばれなかったことに、他の6人は重たい口を開けなかった。
悔しさをひた隠し、純は荷物をまとめ出した時だった。
重たい空気の中、荷物をまとめる純に対して、初めて重たい口を開いたのは、涼であった。
「純、お前なら…」
涼が全てを言い終える前に純が割って入った。
「絶対這い上がってやる。1軍で待ってろ。俺は絶対に…」
涼を始め、他の特待生はそれ以上口を開くことができなかった。
「監督、失礼ながらあれでよかったのでしょうか本当に…」
山下と孫監督がロッカールームを後にした後、総監督室で山下は孫監督に、今回のメンバー選考についての疑問を問いかけた。
「山下君はどう思いますか。確かに天堂純は並みのサッカー選手ではない。
すぐにでも1軍でレギュラーとして使える逸材だ。そのポテンシャル、サッカーセンスは三騎士と呼ばれるうちのトップ人とよりも高いかもしれない。」
「ならなぜ1軍に帯同させないのですか。1軍に帯同し、そこで更なる成長を…」
山下が最後まで言うのを遮り、総監督が口を開いた。
「山下君、君は何故スカウトをしているのですか。」
「わっ私は、東陸堂サッカー部の勝利に貢献できる逸材の発掘をすること。そして、選手の進路としての道筋を開くサポートの提供です…」
「結構。その中で、即戦力になる逸材が7人も来年は、この東陸堂に入ってくることになった。それ以外にもまだ芽を出していない種が沢山入ってくる。
他でもない。山下君の働きによるものだ。
しかしだ、天堂純は天才だ。あの鼓を完璧にかわし、赤石さえもかわした。そして、周りからの信頼。得点に結びつく布石の打ち方、得点感覚、正確なキックとコントロール、それに頭1つ抜けた瞬発力、類い稀ないサッカーセンスの持ち主である事は間違いない。
ただかけているものはやはりある。
もう一皮向けた彼なら間違いなく、赤石誠一郎ですら越える。
その為に2軍にしたのだ。」
山下はまだ答えが見えていなかった。
「監督どう言う事で…」
「まだわからないのか。天堂純の天才たるゆえんは。」
ここで初めて自分の動揺と孫監督の言っている意味を理解した。
「努力の天才…」
山下がそう呟いた。
「そう言う事だ。私は、彼がどうやって苦痛の状況から這い上がるのがを見てみたいのだよ。
そして、一皮も二皮も向けた彼が、一体どうなるのかを。
この東陸堂高校サッカー部にどんな影響を及ぼすのかを。
あの遠藤を吠えさせ、吠えた遠藤から点を取った人間はこれまでにいない。
遠藤自身相当追い込まれただろう。
自身の自惚れに気づき、そしてこの選手権で結果を残してくれるだろう。
中学3年生の天堂が、たった90分のうちでの壮行試合で残していったものは大きいが、私は見てみたいのだ。努力の天才天堂純の更なる成長を。」
山下の疑念ははれた。
そして、孫監督もまた、自分の言葉で再確認をしていた。
「次は浦和、浦和です。車内にお忘れ…」
車内アナウンスが流れ、川田は浦和駅で電車を降り、タクシーに乗り込んだ。
タクシーで数十分の所に川田の実家があったが、行くあては違っていた。
同じさいたま市にあるJクラブの本拠地グラウンドに向かった。
そお、ここは、川田が中学の時に所属していたJクラブ下部組織のホームタウンだった。
川田は地域のサッカー少年団からこの下部組織チームに入団し、中学にはそのまま上がった。
高校のユースにも声をかけてもらっていたが、高校サッカーでのサッカー人生を選択し、ユースへの入団を断ったのだった。
そして今回の訪問は、東陸堂専属コーチについて、恩師に相談しに来たからだった。
「おぉ、来たか」
グラウンドでプレーする選手を見つめながら、背後から近づいていた川田の存在に気づき声をかけてきたのは、さいたま市にあるJリーグクラブjr.ユース監督、桜庭 武だ。
体格は熊男、色黒の肌にがっちりした体格、サングラスをしている。
「お久しぶりです監督。」
「あぁ、いきなり電話が来て、神妙そうに話してるから心配したぞ。どうかしたのか。」
「あっいや実は、今日、今赴任している中学校の生徒のサッカーの試合を見に行って来たんです。」
川田はなかなか切り出せなかった。
このjr.ユースと言う自分の古巣とは言えど、自分がコーチになる資格はあるのか、どうしたらいいのか、その答えのヒントを見つけに来た目的以外に、もう一つあった。
「ほぉ、それで、勝ったのか。なんの試合だったんだ。」
淡々と川田に聞く。
「そっそれが、神奈川県県の今年のインターハイベスト4で冬の選手権に出てくる、東陸堂高校の1軍、2軍の壮行試合なんです…」
尻すぼみに声が小さくなる川田を見て、どこか懐かしむような顔をしていた。
「ほぉ、毎年恒例の特待生のセレクションを兼ねた壮行試合か。
結果は、例年通りに、1軍の大勝かな?」
桜庭の言葉には、壮行試合の結果を毎年知っているような口ぶりだった。
知っているのかもしれない。強豪クラブの監督であり、選手が入学したりしていれば自ずと情報ははいる。
そんな事を考えながらも川田は重い口が開かなかった。
「どおしたんだ。相変わらずなんかあると話せなくなるなお前は。
お前の生徒が、東陸堂の壮行試合試合に出たって事は、あの東陸堂で2軍入りを果たしてるって事だろ。
お前はなんて顔をしてるんだ。」
どこかからかうように笑っていた。
ようやく重たい口を開きだした川田は、純について話しだした。
「おっしゃる通りです。2軍入りは確実、そう言われていました。
しかし、僕は2年の時からその選手の担任をしていました。
勉強はしない、体育は手を抜く、でもテストだけは点がいい。不思議なやつでした。
進路指導一つまともに出来ず、私も、流石にこのままではと、1か月くらい前に、その生徒と話をしたんです。
そしたら、東陸堂に行くと言いだした。
理由は、勉強しなくても適当に部活をしとけば卒業できるからと。」
「なるほど、スポーツ少年らしい発言だな」
桜庭はにこやかに言う。
「しかし、私は、今日東陸堂での試合を見るまで、その選手がサッカーをしている事を知らなかったのです。それどころか、中学サッカー界の世代別代表であり、その中でも頭一つ抜けている選手だったという事。
その事実を知ったのは、進路指導の2週間後に、東陸堂のスカウト部長からの電話があったからでした。
全てがわからなかった。
何がどう言う事なのか。
電話の先で話している東陸堂のスカウト部長と名乗る女と、不思議なくらい学校生活に無気力な生徒が行きたいと言っていた学校から推薦の電話…
何がどうなっているんだ…と。」
桜庭は、川田がここに来た意味をなんとなく察した。
実は、桜庭の元に、東陸堂から一本の電話があったのだ。
電話の相手は、孫 輪廻だった。
桜庭と孫監督は、学生時代のライバルであり、チームメイトだった。
電話では、懐かし話をしながらも、川田についての電話だった。
桜庭の中で、孫監督が川田のことを聞いて来た理由がその時はわからなかった。
しかし、もしかしたら、不運なプレー中の事故による怪我で選手生命を奪われた川田を引き抜こうとしたのではないかと。
「それで、何が何だか分からなくなりながらも、その生徒の試合を見せてもらえないかとお願いしたところ、今日の壮行試合に招待されました。
そこで見た学校での生徒との違い、本来の生徒の姿に、ものすごく驚かされた。そして、鳥肌が治らないのと同時に、僕の中でふつふつと湧き上がるものがあった。
超高校級のハイレベルな選手の集まる東陸堂のサッカー部。
毎年毎年優勝候補と騒がれ、過去一度も優勝した事のないチーム。
しかし、私が今日目にしたものは、間違い無く高校生の試合ではなかった。
むしろそこに中学生が混じってサッカーをしている光景とは思えない試合が繰り広げられていました。」
「それで、結果は。」
桜庭は毎年1軍が大勝をしているのを知っていた。
東陸堂のサッカー部の層の厚さは、高校サッカー界ではトップレベルであったからだ。
しかし、川田からの意外な発言に、さすがの桜庭も度肝を抜かれる。
「5対1で2軍の勝利です。」
「なんだって。あの東陸堂の1軍が負けたのか。無冠の帝王とうたわれる赤石をはじめとした三騎士に、鉄壁のボランチ鼓、最強の砦遠藤 豪、その他にも強者が揃う東陸堂から5点を挙げたと言うのか…」
「ただ、東陸堂のフルメンバーを揃えていたのは後半15分までです。
前半は、1対1、後半に入って三騎士と遠藤以外が交代し、1点を取り、それと同時に三騎士と遠藤も交代していきました。
そして、交代した1軍から、他の特待生が3点を挙げ、5対1の大勝となりました。
ちなみに、前半と後半スタートのゴールは、私の生徒でした。」
桜庭は東陸堂の1軍フルメンバーから点を挙げた選手が気になった。
「いったいお前の生徒とは誰なんだ…」
「桜庭さんならご存知かもしれません。
天堂 純です。そしてその他の特待生は、世代別代表、ナショナルトレセンに選ばれているような生徒、計7名が壮行試合に参加していました。」
桜庭は天堂 純という名前を聞いて、全ての話に納得した。
そしてその周りの特待生である世代別代表の選手も想像はついた。
「努力の天才天堂 純…」
「桜庭さんなんか言いました…?」
「あっいや、なにも。
ただ、全てが納得ついたよ。
まさかあの天堂 純がお前の生徒だったとはな。
何かお前との縁を感じるな。」
「えぇ…それで本題はここからで…」
川田が全てを話す前に桜庭が割って入った。
「孫に引き抜かれたのか?」
川田はびっくりした。桜庭の口調に確信は感じられなかったが、どこか見透かされているようであった。
「なっなぜそれを…それに桜庭さんは孫監督のことを知ってらっしゃるのですか。」
「知ってるも何にも、孫は学生時代のライバルであって、チームメイトだよ。
実はこの間、お前について知りたがって電話をかけてきた。
なぜサッカーを辞め、教員をしているお前のことを知りたがっていたのか不思議だったが、謎が解けたよ。」
川田はあの孫監督と恩師が知り合いだったことに驚きを隠せなかったが、その一方で、この人と孫監督が並んだらおっかねぇ…などと考え、顔を引きつらせていた。
「いったいどんなチームだったんだ…」
と呟いたのが桜庭に聞こえていたようで、「どういう意味だ」と突っ込まれたが、川田はあっいやそのと慌てふためくだけだった。
「冗談はさておき、それで、お前は俺に何を聞きにきた。」
本題に入った。
「あっいや、それで、私なんかが、なぜ呼ばれたのかと、私なんかに務まるのかと…」
「川田、お前はもぉ決まってるんじゃないのか。」
「えっ?」
「なぜ呼ばれたか、についてはお前の過去の実績を俺に聞いてきた時点で、お前を評価してのことだろう。
お前に務まるかは、お前のこれからの頑張り次第だ。
そして、お前はその努力と言うものを、血の滲むような日々をおの元でずっとやってきて、高校サッカーに挑戦しに行った。
不運なあの試合での出来事はあったものの、お前は1人、地元を離れ、高校サッカーで活躍した。
全国への挑戦はできなかったが、唯一、県予選敗退チームから、全日本高校選抜にも選ばれ、MVPを取った。
お前もまた、努力によって生まれた天才だ。
そんなお前にコーチが務まらないとは思わない。
東陸堂に集まる選手は、確かに超高校級、天才と呼ばれる奴らばかりだ。
しかし、あそこに努力を積み上げ、才能、センスすらを積み上げ成長してきた人間は少ないだろう。
だからこそ、お前はまた、コーチとして学び、成長するための努力をするだろう。
そして、お前は自分に務まるかと言う迷いを持ってる。
それがお前の答えだ。」
桜庭の言葉に、自分のこれまでの人生を思い返した…
「俺は何を迷っていたんだろうか…
こんな事、現役の時に比べれば…」
桜庭は不敵に笑った。
「少しは晴れたようだな。その方がお前らしい。天堂 純がお前の生徒なら、お前は来年、コーチとして背中で見せてやれ。そして、奴を日本一のプレーヤーにしてやれ。」
川田は、悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなった。
そして吹っ切れたように桜庭に挨拶をし、神奈川へと帰るために駅へ向かったのだが…
「あー終電がなーいーっっっ」
駅について気づいたのだ。
しかし、桜庭と話し、実家でも悩んでることを打ち明けようと、次の日を休みにしていたことに気づいた。
「あっ実家に帰るんだった…」
川田は、タクシーを拾い、実家に帰って行った。
桜庭は、川田が帰ったあと、孫に電話をかけた。
「あっ俺だ。川田が来たぞ。」
「あぁそおか、それで、何を話したんだ。」
「奴がウジウジしてたから、喝を入れただけだ。」
ハッハッハッと乾いた笑いをしながら、孫は、「あの負けず嫌いの努力の天才が悩んでいたのか。」
「奴も、あの時からサッカーから離れ、どこか自分を忘れていたんだろう。」
「そぉか。彼はうちに来てくれそうか。」
「わからん、本人が決めることだ、しかし今年の壮行試合は、大波乱があったみたいだな。どうしたものか、今年は、あの天堂が入るみたいだな。」
「あぁ知っていたのか。努力の天才天堂純、そしてサッカー界から姿を消した、努力の天才、そして不動のサイドバックと呼ばれた川田 知之、その2人の天才がこの東陸堂にどんな影響を及ぼすか楽しみだよ。」
「お前らしいな。で、天堂は今日付で1軍か?」
「そのことだが、天堂だけ2軍からだ。」
「なんだって。まさかお前…」
桜庭は驚きを隠せなかった。
今の日本中学サッカー界で間違いなくトップを争えるレベルの天堂を2軍にしたと言うのだ。
「努力の天才が、さらなる成長をするのではないか、と思ってね。私はそれを見てみたいのだ。」
孫の言い分に桜庭はやはりどこか腑に落ちなかった。
しかし、高校サッカーの名将と呼ばれる孫 輪廻と言う男が思いつきでこのような事をするとは思わなかった。
「そうか。俺も楽しみにしているよ。」
そう言って、電話切った。
その頃純は家にいた。
今日の悔しさを滲ませ、野心をみなぎらせていた。
「絶対に1軍に上がってやる…」
東陸堂での純の新しいサッカー人生がスタートする瞬間だった…
~ここまで読んでくださった方へ~
ここからが純の新しいサッカー人生のスタートとなります。
そして、純の担任である川田の過去ここで明かさせてもらいました!
次の第3章からは、もう少し砕けた部分と、それぞれのキャラクターのキャラを固めようと思います。
楽しみにお待ち頂けると嬉しいです( ´∀`)
連載は1週間ぐらいのスパンで出来るよう努めますのでお願いします。
お気に入りや感想もお願いします(^ω^)
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