仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

22.山登りと白銀藻草1

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「へー、その視力が段々弱くなるって流行病の薬を作るために、カナトはハンターになったんだ」

「はい。俺の両親は村の薬師で、薬を外部から買うより自分たちで材料を集めて作ったほうが安上がりなんですよ」

 俺が人間の新米ハンタートリオと魔法の修行を定期的に行うようになり、ふた月ほどが経った。

 エドはこの世に数ある試験の中でも、最難関の一つと言われるS級ハンター試験の準備に入り、メイリンは俺の勧めで漫画を描き始めた。
 そんなふうに忙しくしている二人とばかりつるんでいた俺は、自分の試験勉強をしてもなお一人様な時間を持て余していた事もあり、最近では新米ハンタートリオと一緒に依頼をこなす事も増えた。

 そんな訳で、本日は新米ハンタートリオと俺の四人で白銀藻草プラテアルガと言う、カナトが集めている薬の材料の一つでもある高山植物の採取依頼を受注して、マーナムから馬車と徒歩で片道3時間ほどの岩山に登っている途中だ。

「幸い病の進行は非常に緩やかで、村長からは時間はかかって構わないからとにかく無事に帰ってきなさいと、故郷を送り出されました」

 と、カナトは続けた。
 俺が実家から脱出させられた時と、天と地の差である。

 いやほら、アレはもはや夜逃げだったからさ……

「なるほどねぇ、ほい、お茶」

「いただきます」

 脳裏をよぎった過去は置いておき、俺は携帯用のカップをカナトに手渡し持参した水筒からお茶を注いだ。
 注がれるお茶を見つめながらカナトが呟く。

「故郷を出た時は、自分がハンターとしてやっていけるのか不安だったし、役目を全うしないとと気負うばかりで正直、鬱々とした気持ちもありました……」

「うん」

 カナトはお茶を一口飲み「ほぅ」っと穏やかな息を吐く。

「だから、こんなに美しい風景を見ながら、穏やかな気持ちでお茶が飲めるなんて思ってもいませんでした」

 そう言って眼下に広がる森と草原と、青空の向こうの水平線に遠くきらめく海を眺めて目を細める。
 本日は風もなく、日差しもとても穏やかで山登りにはもってこいの日和だった。

 ちなみに、俺とカナトが足をぶらぶらさせて腰かけているのは、地上五百メートル、岩山の断崖絶壁から飛び出した通称長椅子岩と呼ばれる大岩で、絶壁をよじ登って来た登山者にひと時の休息を与えてくれる名所だ。

「こうして今、俺が笑っていられるのはイオリさんに出会えたおかげです。魔法の修行が順調に進んでいるのも、今日みたいに俺たちだけでは不安だった採取依頼に付き合って頂ける事も、本当に感謝しかない」

 そう言って、カナトが眩しそうにこちらを見るので少々気恥ずかしい。

「いや、魔法の修行の仕方はエドに教えてもらった事だし、俺も一緒に魔法の修行ができる相手が見つかって感謝してるんだ。今まで魔法に関しては周りが格上すぎて、教えて貰うのも血反吐覚悟! みたいなとこあったからさ」

 俺は肩をすくめて茶化して返し、二人で笑いあう。

 カナトは黒髪に切れ長の黒い瞳のちょっと取っつきにくそうなクールな見た目に反して、話すと凄くてらいのない気持ちの良い奴で三人組の中では一番俺と馬が合う。同じクラスに居たらきっと友達になってたタイプだ。

「ちょっとー! 何、二人で良い雰囲気になってるんスか! イオリさーん、カナトは俺のなので誘惑しないで下さーい!」

 足元からシリトの声が聞こえる。やっと追い付いて来たようだ。

「や、俺はお前のじゃないし」

「ヒッドォ! 俺はお前を追って村を出たのにぃ!」

 カナトのつれない返事にシリトが大袈裟に嘆く。これも見慣れてきたやり取りだ。

「まったく、そのお兄ちゃんのお守りを任された私の苦労も知って欲しいところですぅ」

 シリトの後方からアンラの声も聞こえる。彼女もしっかりこの断崖絶壁登山に付いて来れたようだ。
 ハンターの道を選べるだけの肉体的スペックがあるとは言え、人間の女性にこの登山はかなり厳しいはずなのだから大したものである。

「やっと来たな、ここで少し休憩したら直ぐ山登り再開だぞ」

「ひぇ~、あとどれくらいっスか~?」

 俺は長椅子岩に手をかけたシリトを引っ張り上げる。

「この長椅子岩まででちょうど半分、あともう一回同じだけ登ります。アンラは大丈夫か?」

「はい! ここまで登る間に岩山登りのコツを掴んだ気がするので、この先はもう少し早く登れると思います!」

 続いてアンラを引っ張り上げれば、シリトよりもよっぽど元気そうにしていた。

「ん、アンラは女の子なのに凄いな」

「へへっ、イオリさんに褒められちゃった」

 褒めるとアンラは無邪気に喜び実に可愛らしい。俺もこんな妹が欲しかったものだ。

「ぐぬぅ、どーせ俺は根性無しですよーだ!」

「シリト」

 拗ねるシリトをカナトがやんわりと窘める。

「あはは、シリトだってちゃんと付いて来れただろ? 頑張った頑張った」

 二人のやり取りに笑いながら、へたり込んでいるシリトの蜜柑色の頭を撫でれば、照れ隠しでそっぽを向いてしまう。
 シリトはカナトの事が大好きらしく、俺がカナトと仲良くしていると焼きもちを焼いてご機嫌斜めになるのだが、こうして褒められるのは嬉しいらしい。何とも可愛い奴である。

 俺が仙人と言う人間の枠を外れた人間である事と、実年齢を新米ハンタートリオに公開してから、三人は俺に対し一貫して目上の者に接する態度を取るようになった。俺としては砕けた口調で話してもらって構わなかったんだけど、カナトとアンラがそこは頑として譲らなかったのだ。
 ちなみに三人の年齢は、カナトが十八歳でシリトが十七、アンラは十六との事だ。
 俺は二十二で外見の成長が止まっているんだけど、カナトと並んで立つと身長は同じくらいなのに、雰囲気のせいかカナトの方がちょっと落ち着いて見え少しだけ複雑な気持ちになったが、カラーリングのせいと言うことにした。

「さて、十分休んだ事だし山登り再開と行きますかね」

 シリトとアンラを十分に休憩させた後、俺たちは再び白銀藻草を目指して岩山の絶壁をせっせとよじ登った。


 ***


 俺たちは長椅子岩からさらに絶壁をよじ登り、岩壁が裂けて出来た谷間にたどり着いた。
 谷間は大人が二、三人並んで歩ける幅で、岩山の奥へと続く。
 岩の壁に挟まれた空は細く、昼間だろうと薄暗い。

「この先、足もと玉っこい砂利だから気をつけてなー」

「はい」

「「はーい」」

 カナトは勿論、シリトもアンラもその顔には余裕が見てとれた。
 ひと休みしてから、再び俺たちは進む。

 この谷間の道はその昔、山頂から流れる渓流の終着点で、その川の水は絶壁から空に落ちて天空の滝と呼ばれる風景を作っていたらしい。
 しかし、近年この岩山の頂上に住み着いた氷の金糸雀イエロアーリーと呼ばれる、氷属性の鳥達の冷気によって上流の水源が凍結された今、川は枯れかつての川底は俺たちみたいのに道がわりにされている。

 元川底の道は進み登るほどに狭くなり、やがて大岩と大岩に挟まれた、大人が一人がやっと通れる程度の隙間に到達する。
 閉所や虫がダメな奴等は口を揃えて『絶対無理!』と泣き言を叫ぶらしいこの大岩の隙間にぐいぐい体を捻じ込んで進んでいくと、街にある劇場のホールほどの周囲を岩に囲まれたすり鉢状の広場に出た。

「ほぁ~、まるで桃源郷のようですね!」

「久しぶりに来たけど、これは凄いな」

 アンラの感嘆の声に頷きながら、俺もその光景に目を奪われる。
 俺たちの目の前には、温かな光をまとった白銀の世界が広がっていた。

 白銀藻草プラテアルガはその名の通り、葉も茎も花も全てが白銀に輝く高山植物だ。
 広場には何百何千と風に揺れる白銀藻草が陽の光を弾いて柔らかく煌めき、前に訪れた時よりもその密度を増していた。もはやこれは群生の域に達していると言えだろう。

「さてと、見とれるのはこれくらいにして、ちゃっちゃと刈り取りますかね」

 言いながら俺は背中から背嚢はいのうを下ろして、中から折りたたみ式の鎌を取り出し、納品レベルに達した白銀藻草を手際よく刈り取っていく。
 俺の膝ほどまで立派に育った白銀藻草の中には、乳白色のまろく輝く堅果が付いている株もあり、これが巷では岩山の真珠と呼ばれ世の女性たちから愛され宝飾品等に使われたりしている。
 白銀藻草は、美しいだけでなく薬の原料にもなるため常に需要があり採取依頼は絶えないのだ。

「こんな標高千メートル程度の場所に希少な白銀藻草が群生しているなんて、話には聞いてはいたけど夢みたいだ」

 鎌を片手にカナトが呟く。

「あぁホントに凄いよな、本来この山では自生する条件は揃っていないのに、氷の金糸雀の発する氷属性の気と岩山の龍脈の相性が良かったらしくて、白銀藻草が育つのに丁度良い環境になったそうだ」

 その白銀藻草の種も氷の金糸雀の排泄物に含まれて運ばれてきたというのだから、氷の金糸雀様様という話だ。まぁこの辺は全てエドの受け売りだ。

「ギルドへ納品分は俺が刈りとるから三人は薬に使う分を集めると良いぞ。あと、必要以上に白銀藻草を踏み荒らさないよーに! ここ、マーナムの人間ハンターにとって割りの良い収入源なんだからな」

 前半は俺の近くで白銀藻草を刈り取るカナトとアンラに、後半ははしゃいで携帯端末で写真を撮っていたら俺たちの目の前ですっ転んだシリトに向ける。

「確かに、道中で凶暴なモンスターに遭遇するリスクも低いし、採取依頼はあんま獣人さんも古代種さん受注しないから穴場っスよね!」

「お金に困ったらココに来ると良いという事ですね!」

「そう言う事だ、でも途中の森だって絶壁だって人間ハンターにとっちゃ立派な危険ゾーンなんだ。油断禁物だぞ」

 転げたままのシリトと、今後の生活費事情に希望を持ったアンラに頷きつつ、一応は先輩ハンターらしい事も付け加えると「「はーい」」と、声をハモらせて兄妹は返事をした。

「と言うか、シリトはもうちょっと落ち着け」

 カナトがシリトを叱りながら引っ張り起こす。

 何だかんだ言って仲良しなんだよなぁとその様子を俺がニコニコして見ていると、それに気づいたカナトが「茶化さないでください」と、ぶすくれる。

 短い付き合いで分かったことだが、どうやら村長から薬の材料を集めるように任命されたのはご両親が薬師のカナトで、シリトはそんなカナトを追いかけて村を出て、アンラはシリトを心配した次期村長である彼ら兄妹の父親に頼まれて二人を追ってきたそうだ。
 っで、カナトの様子を見てる限りでは、シリトの一方的な片想いという感じではない様だが……まぁ俺が口出しをする事では無いだろうと結論付けて、俺はせっせと白銀藻草を刈る事に集中した。

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