仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

24.カフェにて

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「にゃっ、にゃんと! それがあん時の犬獣人の飢狼族だったの!?」

 そう言えばと、先日の出来事を軽いノリで話した俺に、メイリンは蜂蜜色の瞳を見開いて向き直った。

「だったんだよなぁ、俺もかなりビックリした。しかも名前入りの連絡先を貰ったのにファーストネームすら思い出せなくて、助けてもらったのに気まずいしで、結局しどろもどろになりながら貰ったメモは掃討作戦中に無くしたって嘘をついてしまったワケだ」

「まぁ~あの日はイレギュラー続きだったし、帰りは重傷者が優先だったから馬車も一緒ににゃらんかったしにゃ~」

「そうなんだけど……」

 てっきりいつものノリで『ヒュ~、運命の再会じゃ~ん』などと揶揄われることを予想していた俺は、その心から驚いている様なメイリンの珍しい反応に肩透かしを食らう。

「貰ったメモって確か、エドっちが燃やしちゃったんだっけ?」

「そう、まぁ俺も止めなかったからさ」

 俺はメイリンの態度に拍子抜けしつつも頷き分厚いテキストを捲りながら、ほろ苦いアイスコーヒーを一口喉に流し込んだ。


 ここ<カフェ・カエルのねぐら>は、俺とメイリンが最近見つけた路地裏にこじんまりと佇む石造りの古民家カフェだ。
 歴史を刻んだ石壁のアンティークな内装と、人間のマスターからにじみでる穏やかな雰囲気が相まって、なかなかに居心地が良く、主にメイリンの漫画の構想を一緒に練る時などに入り浸っていた。

 流石にギルド内のカフェでハンターの仕事と無関係な絵とかは描けないからな。……いや、描けなくはないがTPO的によろしくないと俺が判断したのだ。

 つーか、半酒場みたいなトコで絵を描くの場違いすぎて普通に恥ずかしいの。俺が。

 そんな訳で俺たちは残暑の熱気から逃れ、涼しい店内のカウンター席の端に並んで陣取り俺はA級ハンター試験の勉強、メイリンは漫画のネームを描いている。因みにネームとは、漫画の下書きの下書きの様なものだ。

 平日の真っ昼間ということもあり俺たち以外のお客さんと言えば、商談か何かの打ち合わせと思われる人影がぽつぽつとある程度で、こういう風景は転生前に生きた世界とよく似ているなと思う。

「っで、シリトの恩人だしとりあえず連絡先を交換したんだけど、あの人もマーナム拠点にしてハンター活動始めたみたいでさ、そんなこんなで一緒に帰りながら話してるうちに今度一緒に依頼受注する事になった」

「にゃ、にゃんとぉぉぉ!? それって、人間トリオちゃん込みだよね?」

 かいつまんで成り行きを話せば、瞳孔をまん丸にしたメイリンが上半身ごと距離を詰めるのでその額を押し返す。
 普段は飄々とした奴なので、こういう反応は割とレアだ。

「あぁ、そうだよ。ルーイさんにシリトとアンラ兄妹が懐いちゃってさ、あっ。あの飢狼族の人の名前、ルーイさんって言うんだけど。しっかし、ハンターやるのに上流階級の共通語まで必要になるとわなぁ……」

 さっきから何故そんなにメイリンのリアクションがデカいのかと、テキストを捲りながら首を傾げつつも俺が答えると、メイリンは拳を握りながらじぃっと俺を見た。

「飢狼族が行くならば、ガチコイ応援隊として私もその依頼、一緒に行かねばにゃるまいに! 良いよね、イオりん!」

「が、がちこい? おっ、おう。別に良いけど」

 どうしてルーイが居るとメイリンが来なきゃならんのかと思う所もあったが、メイリンにシリトたちを紹介出来るのはアリだなと考えた俺は、断る理由も無いしなと頷く。

「ちゅーか、そのルーイとか言う飢狼族の事はエドっちに言ったの?」

「ん? 言ってないよ。だってあいつS級の試験の準備で忙しくなるって言ってたから連絡とってないし、ギルドで見かけても上級ハンターに囲まれてるから軽く挨拶する程度だから」

 そう、最近はエドと会話らしい会話もしていない。

 夏が始まる前に試験の準備があると言われ、それまで三日とあけず連絡を取っていた事が嘘のように距離が出来てしまった。
 まぁ俺自身も初めてできた人間ハンターの仲間達と修行したり、あちこち採取に出たりしていて気がついたら夏が終わろうとしていたのだが。……と、言うのは体面で。
 エドも試験前に実績点数を稼いでおきたいはずだから、俺に構ってる暇など無いだろうと言う遠慮もあって、こちらからの連絡は意識して控えていたのだ。
 そして、当のエドからは連絡の一つも無いからおのずと距離が空く。

 正直、ちょっと寂しい……なと、思わなくもない。

「……はぁ」

「イオりんさぁ、勉強苦手なら別に無理にA級目指さなくても良いんじゃない? 今だって生活が苦しいとかは無いんでしょ?」

 思わずため息を漏らすと、試験勉強がそんなに辛いのならとメイリンに心配されてしまう。

「あっ、いや面倒だけど本当は勉強ってそこまで嫌いじゃないつーか、まぁエドとかに比べたら出来は全然だけどさ」

 俺は苦笑しつつ、氷が解けて薄くなったアイスコーヒーをストローでゆっくりとかき混ぜながら、一度目に生きた世界の事を思い出す。
 転生前の俺は人並みに勉強をして、そこそこ名の通った大学に現役合格し、お祝いに父親から通学用のちょっとお高いロードバイクを買ってもらったりなんかしたものだ。
 まぁ、入学して直ぐに死んじゃったから全然乗れなかったんだけどな……。
 そう言えば高三の冬休みに取った車の免許も無駄になってしまったから、両親には不要だった出費をさせてしまって今更ながら申し訳ない。

「あ~分かるかも~、確かにエドっちの前では自信あるとか言いにくいかも~。アイツお勉強とーっても得意だし、知識を頭に詰め込むのが趣味みたいなトコあるから」

 よそ事から思考を戻す俺に、メイリンは「エドっちって常に何かしら勉強してるらしいけど、他に趣味無いんかぁ? って思うんだよね~」と続け、心底分からんと言う顔をするので思わず笑ってしまった。俺もそう思う。

「俺はマーナムに来てすぐに、メイやエドに出会って面倒を見てもらったおかげで、最短でB級になれたから怪我や事故で変な借金も作らなかったし、確かに今のB級のままでも十分稼げてはいるんだけどさ……」

「確かにイオりんが今のままB級だと、S級になったエドっちと一緒に受けられる依頼なんて殆どなくなって寂しいもんね~」

「うん。だからせめて準上級のA級に……って、いやいや別に寂しい何て一言も言ってないし! それにメイだって何だかんだ言ってA級ハンターだし? 俺がB級のせいで受注できない依頼とか、あったからな訳なので!」

 先程ほんの少しだけよぎった胸の内を見透かされた様な気がして動揺する俺に、メイリンは目を三日月のように細くしてニヤリと笑う。

「もぉ~、イオりんってば~トマトみたいに赤くなっていじらしあざとめ~、エドっちが聞いたらめっちゃ喜んじゃうや~つ~」

「はいはい、言ってろ!」

 メイリンのこの手の揶揄いに慣れている俺は、捨て鉢気味に言ったその勢いで、メイリンのネームノートを彼女の手元から引っ張り出し目を通す。

「と言うか、今日の主要目的はこっちだろ!」

「そうでした~」

 そう、本日の最重要課題は、俺がファン女子さん達の危ない妄想被害から我が身の保身の為、メイリンにファン女子さん達が自由に二次創作が出来る原作漫画を描くようにそそのか――勧めた件の、その漫画制作の進行状況の定期チェックなのである! 長い!
 であるのに、ルーイさんの件からすっかり話が逸れてしまっていたのだ。

 にゃはは~と笑うメイリンをしり目に、俺は前回見せてもらったページまでを読み飛ばしノートを開くと、すぐに違和感に気付いた。が、とりあえず新たに描き進められたページを全て読む。
 視線を感じつつ読み終わると、タイミングを計ったかのようにメイリンの頼んだアイスティの氷がカランと涼しげな音を立てた。

「んー、メイの漫画さ途中から顔漫画になってるの、どうにかなんない?」

 俺が単刀直入に突っ込むと、自分でも何か言われるぞと思っていたらしいメイリンは、行儀悪くカウンターにあごを乗せる。

「にゃ~ん、それやっぱダメ?」

「だめっつーか、戦ってるのに顔のアップばっかりだし台詞で『俺の必殺技を避けるとは』って説明しちゃったら漫画の意味ないよね? むしろダサい。必殺技ならドーンとページ見開きで表現した方がさ、この騎士の人の強さとか凄さ? そこから感じ取れるカッコ良さとかが伝わると俺は思うんだけど」

「うぅっ、イオりん可愛い顔してツッコミ厳しめ~」

 カウンターに顔面を沈めたメイリンにノートを返しながら俺は続ける。

「でも言わなかったら言わなかったで、ちゃんと見てよぉ~って怒るじゃん? あと成人過ぎた男に可愛いはやめろ地味に凹む」

 しかし、前回チェック入れたページまでは引き絵のコマもしっかりあったのに、今回確認した分では顔の良さで戦いが進行する顔面バトル漫画になってしまった。恐らく、メイリンの中のイケメンの顔を描きたい欲が前に出過ぎてしまったのだろうが、ネームの段階でチェック入れる事にしていてホント良かった。清書してからじゃ直すのも大変だからな。

「うーん、そうだな。顔以外の部分……例えば仕草とか、装備品の一つ取ったってそのキャラをカッコよく魅せる要素の一つになると思うんだが」

 テーブルでごめん寝を決めたままの猫娘に話しかけながら俺の脳裏には、エドが戦闘に入る時にグローブを嵌めた手をギュッと握る仕草が映っていた。

 あーゆー何気ない仕草って、カッコイイと思うんだけどなぁ。

「あー、確かに筋肉が程よくついたイケメンと、可愛いイケメンと、ゴリマッチョなイケメンと色々いた方が目が楽しいかも?」

 メイリンは何やらブツブツと独り言をつぶやきながら、もったりと顔を上げた。
 微妙に俺の言いたかった事とは外れている気はしたが、本人が何か閃いたのならソレに越したことはない。

「そうそう。とにかくメイは画力は高いんだから、イケメンを引き立たせるための背景やカメラワーク? みたいのをもうちょっと考えれば、もっと良い作品になるんじゃないか?」

「ふむ~……。うん、がんばる!」

 俺のあまり役に立たないアドバイスでも、メイリンは良い方に自己解釈してくれたようで何やらメモを取り始めた。

「話自体は無難にどこの国の吟遊詩人も歌ってる物語をベースにしたのが良かったな、元々知ってる話だから馴染みやすいし、そこにメイリンのやたら上手い絵が乗ると、それだけで俺なんかはワクワクする」

「にゃっはー! そう言われると照れますにゃぁ~」

「メイリンお姉さん、その動き不気味だし他のお客さんに迷惑だからやめて」

 俺が褒めるとメイリンはグネグネと上半身を揺らして喜ぶが、美人だからギリギリセーフなだけで割と気持ち悪い。
 カフェのマスターが笑ってくれてるのが救いだ。

「喜びの舞いに不気味とは失礼な! あっ、そう言えば会った頃に話してたイオりんのお姉さんって連絡取れない? 私、一度お話をしてみたいんだけどにゃ~なんて」

 マイペースな猫獣人は俺の小言を無視して、姉貴の話題を振る。
 出会った頃にチラッと話した事を覚えていたらしいが、俺は返答に困ってしまう。

「あー、あの。姉貴には、もう会えないつーか」

 俺の姉貴は、転生前の世界にいるから連絡の取りようがないんだよなぁ。
 ついついポロッと『前の世界は~』等と言ってしまう事はあったけど、俺が転生者である事は養父から口外しない様に言われていた事もあり、エドにもメイリンにも話していないのだ。

「にゃっ!? ごめん、私ったらデリカシーの無い。そうよね、イオりんみたいな仙人じゃない普通の人間って、私たちよりずっと寿命が短いから……」

「いや、会えれば今頃はそこそこのご年齢になってるかなーみたいな感じなんだけど……」

「はわわ」

 俺がどう説明すべきか言い淀んでいると、俺の台詞から姉貴が故人だと勘違いしたらしいメイリンは猫耳と尻尾をシュンと下げる。

「えーっと、この件はそんな気にしなくて良いと言いますか、えーっと……そ、そう言えば、キャラのビジュアルは出来たのか?」

「あ。そうだった、主人公とヒロインは描けたよ!」

 勘違いを訂正するのもややこしいため、俺が空気を変えるべく話題を振ると、メイリンはピョコンと耳を立てて洒落た鞄からもう一冊のノートを取り出しページを開いて見せてくれた。しかし――

「こっこれは――」

 そこに描かれたモノに俺は言葉を失う。

「どうかにゃ~?」

「っい……いやいやいや、上手いけどね! 本当にビックリするくらい華のある絵だと思うけど「どうかにゃ~?」も何も、ヒロインさ、女の子から男になってるぞ!?」

「てへ☆」

 思わず早口になる俺にメイリンは可愛らしくてへペロ☆を披露するが、そんなんで誤魔化される俺ではない。

「おまっ! コレまんま、この前書き直し要請した俺がモデルの油絵の変更後の姿じゃん!!」

 そう、メイリンのキャラクターデザインによって可憐なヒロインは男に変更され、そのビジュアルは何となく俺に似ている金髪碧眼になっていたのだ。

「お前って奴は目を離すと直ぐこれだ……」

「いや~、直せってイオりんに言われた時は悲しみに暮れたけど、修正後の金髪碧眼元イオりん絵をずっと見てたらコレはコレで良きかな~って、気に入っちゃってさ~はっはっはっ」

 力なく項垂れる俺に陽気な笑い声が降り注ぐ。

「はっはっはって、気に入っても良いけどヒロインなんだぞ? せめて女の子にしろよ……。つか、ネームのざっくりした絵の感じではちゃんと女の子で、騎士にお姫様抱っことかされてるのに? アレもこの俺もどきの男になるのか??」

 今回参考にした原作はかなり古い物語で、古代種の騎士と普通の人間の女の子を中心に、様々な問題を背負った人々が織りなす群像劇だ。最初の打ち合わせの段階では、主人公の騎士と女の子を中心にしつつ、周りの人々をイケメンにする予定だったのだが……。

「うーん、やっぱ主役二人が男の子の方がメイちゃんが描いてて楽しいし、恋愛に性別とかあんま関係ないし?」

「ぐぬ」

 そう言い切ったメイリンが、それはそれはいい笑顔だったので俺は口をつぐむしかなかった。
 確かに、確かにこの世界はそういう世界だ。それは分かる。
 しかし、しかしだぞ。自分に似た男がヒロインの漫画って、これってファン女子さんの如何わしい視線からの保身どころの問題では無いのではなかろうか?

「もしかして、俺は盛大に墓穴を掘った……のか?」

 俺は氷が完全に溶けて薄くなったアイスコーヒーを啜りながら、杞憂であれと祈らずにはいられなかった。

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