仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

36.落とし物を探しに2

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 薬草が自生しているエリアを抜けた俺たちは、赤や黄色の落ち葉をガサガサと踏みながら森の中を進む。

「っで、結局イオリさんはどっちが好きなんスか? ルーイさん? それもとやっぱりエドさん?」

 道中の話題は相変わらず恋バナだ。
 自分は話したのだからイオリさんも話してくれますよね? と言わんばかりのシリトの追及を、俺はのらりくらりと躱しながら、森の中でひっそりと水をたたえる目的の池を目指して歩いている。

「いや、だからルーイは知り合ったばかりだし、俺とエドはそーいうんじゃないと言うか……」

 先程からこうやって名前を口にしてしまう度に、あいつのハンサム顔が俺の脳裏にチラついて、見慣れたはずのあの顔が妙にキラキラと頭の中で再生されるのは、一体どういう仕掛けなのか……。
 俺は目をギュッと閉じて天を仰ぐ。

「あーもー、絶対無いって思ってたんだけどなぁ!」

「およ?」

「だから、さっきシリトが言ってた意識してる時点でってやつ、めちゃくちゃ身に覚えがあり過ぎまして」

 これ以上隠しても、そのうちボロが出るだろうと悟った俺はがっくりと肩を落としてとうとう白状した。

「えっえっ、本当っスか!? つまりそれはどっちです? エドさん? ルーイさん?」

 ガシッと後ろから腕を組んできたシリトがずいずいーっと俺に詰め寄る。
 こういう所、本当にシリトとアンラはよく似ているんだよなぁ。

「それはまぁ……エドですが、も~さ~、何年も友達やってたのに何で今更って、過去の自分あんな距離感でよくまぁ平気だったなって、本気で訳が分からん」

 自問しながら段々と丸くなる俺の背を、シリトが不器用そうな手つきで撫でる。

「イオリさん、誰かを好きになるタイミングなんて人それぞれっスよ」

 背を撫でる手つきとは対照的な落ち着いたその声音に、俺はいままでシリトが積み重ねて来た片想いの時間を感じた。
 こんな落ち着かない気持ちを一人でずっと抱え続けるなんて、一体どれほどの想いがあれば出来るのか……しかし俺はその先を想像する事はしない。

「いやまぁ……それは、そうかもしれないけど、俺は、別にエドに伝える気とか無いから」

 そう、俺にはそんな気は一つも無いのだ。

「うぇぇぇ!! 何でぇぇぇ!? イオリさんとエドさん仲良しなんだから絶対告った方がモガッフ」

「し、し~~~っ、シリト声大きいっ」

 森に響き渡り過ぎるシリトの声に焦った俺は、掴まれていない方の手でシリトの口をサッと塞ぎ、シリトが頷くのを確認してから手を離す。
 周囲に危険な気配は無いとはいえ、森の中で無駄に騒ぐのは獣やモンスターを呼び寄せる事になるのでよろしく無い。
 念のため周りを見回し耳を澄ませ、何の気配の接近も無い事を確認して、ホッと息をついてから俺は続ける。

「あのなぁシリト、エドは異性愛者……つまり女の人が好きなの、だから同じ男から好かれても困るだけつーか」

 何度エドが女の子とデートしている姿を見て来たことかと思いながら、俺はため息をつく。

「そんなの好きになったら関係ないっスよ! 今の時代、性別にこだわるなんて辺境部族や一昔前の流行りを引きずった長生き種族の貴族くらいのもんです!」

 元気いっぱいな声で話すシリトの口を、再び塞ぐためそっと手を構えたところで、シリトは俺からサッと身を翻した。
 そのまま拳法家のようなポーズで、じりじりと俺との距離を測るシリトにやれやれと苦笑しながら、朽ちかけた倒木をまたぐと、視線の先に先日四人で幻想光虫ルシアクトを見た池が見えて来た。

「俺とエドが出会った時にさ、ひと悶着あって暫くエドのお気に入り? みたいな感じでフォローしてもらってたんだよ。っで、それがきっかけで友達にもなって、だからはたから見たら良い感じなのかもしれないけど、実際はここの所、少し距離置かれてるくらいの仲でして」

 ははっと、笑いながら何でも無い風を装ってみたが、シリトはちょっと驚いた表情をしたかと思うと、徐々に困惑の色を浮かべた。

「それって?」

 パキリと小枝を、カサリと枯れ草を踏みしめながら俺はしばらく無言で歩き、その少し後ろをシリトが同じく無言で続く。

「嫌われてはいないと思うんだけど」

 俺は無意識に握り込んだ右の手の中で、エドが貸してくれた水の加護の紋が浮かんだ爪を親指の腹で撫でる。
 水の加護を貸してくれたあの日、シリトたちとギルドの扉を出る直前に振り返った俺が見たのは、兎獣人の女性に笑顔を向けるエドだった。

「……もしかして、俺の無自覚の好意みたいのがばれてたのかな? それで流石に困るって距離置かれたかな? とか考えてしまう訳でして」

 ギルドマスターから聞いた、エドは試験の準備など万全なのに俺に対して忙しいフリをしている。と言う話から、シリトが来るまで俺なりにエドの態度の理由を考えてみたのだ。

「いや、それは考えすぎの様な気がするっス」

「じゃあ、何で避けられてると思う?」

 俺は即答したシリトに振り返り尋ねる。
 思ったよりいじけた声が出てしまったが、シリトは俺の些細な変化には気が付かないでいてくれたようで「うーん」っと頭を傾げた。

「うーん。何でかな~、本当に避けてるのかな~? 何か深い意味でもあるんスかねぇ」

「ははっ、やっぱ分かんないよなー、俺もさっぱり。まぁだがしかし、とりあえず今は今やるべき事をやるぞ!」

 話しているうちに俺たちは森を抜け、池のほとりに出ていた。
 この池、大きさは二十五メートルプール程のどちらかと言えば小さな池なのだが、池の中心に向かって水底が崖の様になっていて、中心部は水深二十メートル以上あるんじゃないかと言われている。言われていると言う曖昧さの理由は、池の水が人体に有害な毒を含む水質のため、わざわざ危険を冒してまで確認しようとする者が居ないからだ。

「とりあえず、前回と同じように池の周りを一周してみようか」

「はいっス!」

 毒池のほとりは基本的にあまり草木が生えないため、ちょっとした小道の様になっている。
 しかしどんな環境下でも適応できる生物はいるもので、池の中には一、二種類の小魚と、もう少し暖かい季節の水際には如何にも我こそは毒草である。っと言った禍々しい外見の草花や、その草を食む虫たちが生息していた。
 先日ここに来た時は幻想光虫の産卵シーズンで、彼らが異性を誘いあう風情ある光の祭典が開催されていたが、冬を目前にした今はもう虫たちは居ない。
 ちなみに幻想光虫は、かぶと虫の様な外見をしたやたら明るい蛍だと思ってくれて間違いない。

「でもイオリさん、あの兎獣人の女の人は気を付けた方が良いっスよ。可愛い顔してやる事えげつないタイプと見ました」

 拾った棒切れで草や落ち葉を払いつつ、首飾りを探していたシリトが苦々しい顔をする。

「あぁ、今朝は俺のためにありがとな。正直、ちょっと感動した」

「俺はイオリさんが慣れ過ぎててちょっと泣きそうだったっスよ! あーゆー、お門違いのやっかみはもっと怒らないと駄目っス!」

 道中の馬車で俺が誤魔化し半分に『エド関係です』と、言っただけであの兎獣人の行動理由を把握したシリトは棒切れを振り回しながら、俺の代わりとばかりにプリプリと怒る。
 俺はエド関係の女性に『彼の時間を取らないで!』的な苦情をいただく事が多く、今朝以上の実力行使の経験もありそこそこ慣れているが、シリトには少々衝撃と言うか憤りが大きかったようだった。

「エドさんは知ってるっスか? イオリさんがエドさんの女性関係で嫌がらせされてること」

「んー。知らないんじゃん?」

 シリトの問いに俺はとぼけたが、この件はエドには伝えないで欲しいとメイリンやマイロさんに根回ししていた。
 だってもし、苦情なんか言ってエドが彼女さんたちを優先したら……俺はきっと面白くない。

 ……ん? と言うか、今思うとこれってただの焼き餅だったんじゃないか?
 あぁっ、穴を掘って埋まりたい! 願わくばどうかメイリンにもマイロさんにも諸々がバレていません様にっ!

「あの、俺にはよく分かんないっスけど、エドさんには言った方が良いと思うっス」

 俺が我ながらバカバカしい祈りを何者かに捧げていると、遠慮がちにシリトが口を開いた。

「うん、まぁそれが正論なんだけどさ、でもほら彼女たちとは別れたみたいだし、噂の通りあいつが本命見つけたならああ言うのも、あと少しの我慢だと思うからさ……、嫌なモン見せてシリトには本当にゴメンだけど」

 もの言いたげなシリトに、それ以上は言ってくれるなと俺は笑いかける。
 ……そうだ、あの万年女遊び男はとうとう本命を見つけたとか、そんな噂が立っているのだ。

「イオリさん、まだそうって決まった訳じゃないっスよ」

 シリトは俺の顔を見てしゅんとしてしまう。

「シリトがそんな顔しなくて良いんだよ。言った通り、俺はエドとどうこうなりたい訳じゃないから」

 まぁどうこうも何も、男の俺はエドの彼女さん達と同じ土俵にすら上がれないし、仮に俺が女だったとしても、噂が本当ならエドにはもう本命がいるわけで……。
 ならばせめて一人の友人として、俺は彼の幸せを祝福するのが妥当なのであろう。

 そんな風に俺がひっそりと結論づけた、その時だ。

 ――チカッ

 俺の数歩前を歩いていたシリトの足元に、日差しを受けた何かが光った。

「あっあ゛っー!! シリト、そこ、足元で光ってるやつ!」

「およ?」

 突然騒ぎ出した俺をポカンと見つめるシリトに構わず、俺は声を張る。

「違うそっちじゃなくて逆逆逆~! 逆の足! 黄色の落ち葉の下で何か光った!」

 今しがた何かが光を弾いた辺りを指さしながら伝えると、シリトはゆっくりしゃがみ俺が指さす黄色の落ち葉をそっとめくる。

「っはぁぁぁ!! これこれこれ~! イオリさん、俺の首飾りちゃんっス!!」

 そう言ったシリトの足元には、赤い織紐と黒い石で組まれた首飾りがキラキラと日の光を受けて輝いていた。

「ははっ、大事な首飾りが見つかって良かったな!」

 良かった良かったと首飾りに頬ずりしながら涙目で喜ぶシリトに、思わず笑みがこぼれる。
 この時の俺は探し物が見つかった安堵と達成感で相当に気が緩んでいて、だから、直前までソレの接近に気が付けなかった。

「はい、イオリさんのおかげで――イオリさんっ! 後ろっ」

 目の前の喜色満面だったシリトの顔が、瞬時に恐怖の色に取って代わる。
 俺はその変化を見ながら『どんな時でもイレギュラーがある』と言ったいつかのエドの声を聴いた気がした。

「避けてっ!」

「ッガ」

 シリトの悲鳴のような声と同時に、背に何者かが伸し掛かった衝撃と、鋭い痛みが肩に走る。

「うぐっ、だっ、打神鞭だしんべん応えよ!」

 そのまま獲物を引きずり倒そうとする背後のモノにあらがいながら、俺は打神鞭の刀身を抜き放った。
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