仙年恋慕

鴨セイロ

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2章

51.月夜にお茶を sideエドヴァルド

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 月明かりが足もとに影を落とすほど、明るい夜だった。

 ようやっと満足した写真が撮れたらしい魔女様――エミリアに解放された俺は、髪などとっくに乾いていたが当初の目的のフラワーガーデンにやって来て、ガゼボに備えられたテーブルセットの椅子にぐったりと座っていた。

 しかしこの庭、間近で見てみれば観賞用の花園と言うよりは実用的な薬草、食用ハーブが所狭しと植えてあり、屋敷の主の意向が透けて見え、なかなかに興味深い。

「先ほどは、エミリア様がご迷惑をおかけしました」

 庭をぼんやりと眺めながら椅子に腰掛けた俺の横では、エミリアから俺の世話を言付かったイリアがお茶を淹れてくれている。
 服装はもちろん、フリフリのエプロンドレスのままだ。

「あと、その、あの……見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした」

 イリアはモゴモゴと言いながら、ティーカップを俺の前にそっと置く。
 礼を言って湯気立つ琥珀の液体を口に含むと、それはほんのりと甘くどこか懐かしいホッとする味だった。

 部屋から飛び出してきた時、イリアは上半身がほとんど脱がされた状態だった。
 そのため、彼女の胸部が俺にはしっかりと見えてしまったんだよな……、年頃の女の子にはさぞショックだったろう。

「あーいや、そこは謝らなくて大丈夫。こちらこそ嫌な思いをさせて申し訳ない。それよりも、普段はどうか知らないが、今は俺たち大人の男がいる訳だし、君はもう少し振る舞いを気を付けた方が良い」

「……はい」

 俺がやんわりとうかつな行動を嗜めると、イリアはシュンとしてしまったが、現にレオンはイリアの事を気に入っているようだし何か間違いがあってからでは遅いのだ。
 大体、さっきの今で俺みたいな男の前に女の子をポンと寄越すなんて、あの魔女様もちょっと危機感が足りない。
 よそ者がこういったデリケートな話に口を出すのは気が乗らないが、ここを去る前に少し魔女様に話しておくべきだろうか……。

 そこまで考えて俺は自嘲する。
 まぁ、この手の大間違いを犯した俺が偉そうに言える立場じゃあないな。


 ……それにしても。


「……」


「……」


 居心地の悪い沈黙に、ガゼボに巻きついた蔦の葉がさわさわと夜風にそよぐ音がやたら耳につく。
 今なら、お茶を嚥下する音すら響いてしまいそうだ。

「えーっと……、それにしてもエミリア女史には、見た目のイメージと実際のギャップに驚かされたよ」

 うなだれたままのイリアに流石に罪悪感が湧いた俺は、少しは場を和ませようと、とりとめない話題を振る。

 諸般の事情もあるので、出来れば彼女とはあまり関わりたくないんだけどな……。

「あっ、はい。師匠は時々楽しくなり過ぎてしまう所もありますが、行倒れかけていた私とセスを保護して下さった優しい方なんですよ」

 そう言ってイリアは遠慮がちに微笑む。

 レオンが騒ぐだけあって、確かにイリアはとても可愛らしい。
 この娘がもう少し育ったら、この微笑みに勘違いする輩がきっとあとを絶たないだろう。

「ほう……、行倒れとは穏やかじゃないな、よければ少し話を聞いても?」

 立ちっぱなしのイリアに俺の向かいの椅子を示したが、イリアは座ることを首を振って固辞し少し考えるようなそぶりを見せた後、ゆっくりと話し始めた。

「私は旅の途中で……、自分のルーツを探しにこの地に来ました」

 ルーツ……か、人間は過去、古代種や獣人より劣る者として扱われていた歴史がある。
 現在でも地方によっては迫害を受けることがあり、貧しい暮らしの中で我が子を手放すものがいる。そう言う手放された者が、自分の故郷を探して旅をする事があると聞いたことがあった。
 イリアもまた、そんな手放された人間の子の一人なのかも知れない。

「この地に来てすぐに寄ってみたアルハト遺跡で、忌み子としてダンジョンに捨てられた幼子がいると耳にして、私は急ぎダンジョンへ向かいました。それでえっと、ダンジョンに入って少しして、私は運よくまだ無傷でいたセスを見つけました」

 しんみりとイリアの声に耳を傾けていた俺は、急な話の展開に思わず眉を跳ね上げる。

「え? 君が、一人で、ダンジョンに?」

「はい」

 こんなにも華奢な少女が、一人でモンスターがはびこるダンジョンに向かうなど、正気の沙汰ではない。
 むしろ一般人ならば種族や性別など関係なく、ダンジョン独特の魔素の濃さに本能的に怖気づいてしまい、一歩も前に進めないこともザラだ。
 もしかしたらイリアは見た目に反して、何かしらの戦闘スキルを持っているのかもしれないが、どう見てもその細い体で腕力は期待出来ないだろうし、魔法もからっきしだとレオンが言っていた……。

 自分が常識を逸脱した話をしている事に気が付いていないのだろう、イリアはゆっくりと話し続ける。

「そこまでは良かったのですが、いざダンジョンを脱出という時に、私が……、トラップのようなモノに引っ掛かってしまいまして……」

 イリアはそこまで語ると、何かを思い出したかのように疲れた顔になり、ガクっと肩を落とす。

「それが元で、身動きが取れずセスと共に森で行き倒れている所を、エミリア様が見つけ助けて下さったのです」

「……、……くっ。ふははっ」

 そこまで聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。

「驚いた! 君は見かけによらず結構な無茶をするタイプなんだな!」

 ふんわりとした砂糖菓子のような少女だと思っていたら、相当にお転婆なお嬢さんのようだ。

「わ、笑わないでください! 自分でも考えなしだったなーと反省はしています。ですが、あの時は一刻の猶予もないって慌ててしまったんです!」

「いや、すまん。揶揄ったつもりは無いんだ。ただ、何だかこの屋敷の女性には驚かされてばっかりだなと思って」

 イリアは耳を赤くしながら、俺の空になったティーカップにお茶を注いでくれる。

「むしろ、君の行動は褒められるべきだ。まぁ、褒めてあげられるのは君もセスも無事だったから……、ではあるけれど」

「自分でも承知しております。当時はそれはもう、エミリア様に耳にタコができるくらいお説教をいただきましたし」

 はぁーっとため息を付くその横顔に、編み込んでまとめられた栗色の、そのおくれ毛がかかるのを微笑ましく見とめながら、俺は久しぶりに自分が笑い声を立てた事に気が付く。


 瞳や髪の色だけでなく、少々向こう見ずでお人好し……その心根もイオを想わせるなんて本当にイリアは厄介だ。

 ……いや、違うな。

 厄介なのは彼女ではなく、彼女にイオを重ねてしまう自分自身か……。


「それにしても忌み子とは、時代錯誤にもほどがあるな」

 新しく注がれたお茶と共に、溢れそうな感情を嚥下して俺は小難しい顔を作る。

「はい、私も話を聞いた時は信じられませんでしたがエミリア様のお話では、土着信仰が根強い人里離れた農村などでは、ダンジョンに忌み子を落とすことで、地霊に豊穣を願うことがあるそうで」

 忌み子とは、大きな魔力容量を持って生まれた人間の子供の昔の呼び名だ。今では差別用語にあたる。
 こういった大きな魔力容量を持って生まれた子供は、魔力のコントロールが未熟なため幼少期に周囲を巻き込む事故を起こす危険性があり、時には近しい者の命すら危うくする。
 そのため、現在ではそう言った子供の知識や情報が共有されて、両親が育てることが困難な場合は国が保護する決まりになっている。
 しかし、途上国や人里離れた地域では、いまだ悪しき風習が執り行われているのが現状だ。

「生贄なんぞ地霊は喜ばないんだがな」

 エルフの血を引く自分には精霊や妖精の声を聞くことができるが、彼らが人間の子供の命を欲しがることなどまずない。そんなモノを欲しがるとしたらそれは精霊の皮を被った闇寄りの使者――魔族だろう。
 ちなみに、魔族とは一般的なモンスターとは出自が違い、精神体のみで活動し、生あるものに害をなすことで活力を得るかなり危険な種族だ。

「あの、そろそろ夜も更けてきましたしお部屋に戻られては?」

 思考に耽っていると、イリアに部屋に戻るよう促される。

「あぁ、そうだな。こんな時間まで付き合わせて悪かった。片付けは手伝うよ」

 俺は立ち上がるとティーセットの乗った銀のトレイを持つ。
 イリアは恐縮しつつも素直に俺に手伝われた。

「そういえばセスは仕方ないにしても、君は旅の途中だったんだろ? 魔女様に命を救われたとはいえ、ずっとこの屋敷にいることも無いんじゃ無いか?」

 屋敷に戻りながら、暗に暮らしていた場所に帰らなくて大丈夫なのかと問うと、イリアは何故か困惑したように俺を見上げる。

「いや、深い意味は無いんだ。話したくなければそれで良いんだけど、君はあの気位の高いと言われている獅子族のレオンがぞっこんになるくらい可愛らしいし、待ち人の一人もいないというのは不思議な気がしてしまってね」

 少しおどけて見せると、イリアは瞳をさまよわせてから小さく口を開く。

「元々、私には両親はいませんし、育ての親にはとっくに家を出されました。確かに腰を据えていた家はありましたが、今更急いで帰る事も無いので」

「なるほど」

 両親がおらず、ルーツを探していると言っていたからこの娘は天涯孤独なのかもしれない。
 話しているうちに気が緩み、不用意な事を聞いてしまったなと反省をしていると、イリアはポツリと付け足す。

「友達……は一応いたけど、多分、私の事なんか忘れちゃったと思うし」

 つぶやいて少し膨れたようなその顔に、俺はピンと来るモノを感じる。

「その友人は、君がここに居る事を?」

 イリアはキュッと唇を噛み小さく首を振る。
 その様子から、俺は何かしら訳アリなのだろうと確信した。

「……ふむ、君に話させてばかりで申し訳ないから言うが、俺は君と逆の立場でね、街から出て行って戻らない友人をずっと探してる」

「えっ」

 俺の言葉にイリアは噛んでいた唇をひらく。

「依頼を最小限に受けながらずっと探しているんだが……、これがなかなか見つけられなくてね、ここ何年かは家にもろくに帰らずにあちこち探し回ってる」

「ずっと、探して? え、帰ってない?」

「そう、おかげで髪なんか適当に小刀で切ってる始末さ」

「うえぇっ!?」

 そう言ってニヤリと笑って見せれば、イリアは声を上げ目を見開いて驚く。
 どうやらこういった反応の方が彼女の素なのであろう。メイドの様なかしこまった振る舞いをされるより、こちらの方がずっといい。

「だからもし、可能ならば手紙の一つでもその友人に送ってあげて欲しいと思ってしまってね。俺はもうずっとあいつの安否を心配して生きてるから、どうにも他人事ではなくて」

 話が重くならぬ様につとめて明るく振る舞うが、それは紛れもない俺の本心だった。
 イリアが俺の話しをどう受け止めたかは流石に分からなかったが、途方にくれた様な顔をした後に小さく頷いてくれたのが、思いのほか嬉しかった。
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