仙年恋慕

鴨セイロ

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2章

59.フリフリのワンピース

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 屋敷の住人だけの和やかな夕食が終わると、俺はテキパキと食後の片付けと朝食の仕込みを終わらせ、エミリア師匠の自室へと息巻いて乗り込んだ。

「エミリア師匠! さっきのエドをおびき出したって話、一体どう言う事ですか!?」

 品の良い調度品でととのえられた室内に、凄みの欠片も無いソプラノの怒声が響く。
 しかしエミリア師匠は待っていましたとばかりに、入室と同時に食って掛かった俺の両手をガシッと握りしめ、目をキラキラさせて口を開いた。

「イリアちゃん待っていたのよ~! わたくしも事前の素行調査で人物像やハンターとしての裁量などは把握していましたからね! それほど心配はしていなかったけれど、エド君があーんなにハンサムなエルフさんで、わたくしまでドギマギしちゃいました!」

「っど、どぎま?」

 エミリア師匠は上機嫌に早口で言い切ると、呆気にとられる俺に構わず赤ベコみたいにえぇ、えぇと何度も頷く。

「ほら、ハンターもS級辺りになるとお仕事に差し障らないように顔写真とか表も裏も検索に乗らなくなるでしょう。だからエド君って一体どんなお顔の男の子なのかしらって、気になってしまって、わたくしったら昨夜はあまり眠れなかったのよ」

「どうしてエドの容姿が気になって、エミリア師匠が睡眠不足になるんですか?」

 キャッキャウフフと一人で盛り上がるエミリア師匠の勢いに、飲まれている感は否めなかったが、俺は仕方なく用意してきた何故何どうしてとは違う質問をした。

「だって、エド君がうちのイリアちゃんにふさわしい人物か気になるじゃない」

 当たり前の事でしょう? とでも言うように彼女は微笑む。

「ふさわしいって何が?」

 問い返しながら、掴まれたままの己の両手をぐいーと引っ張って奪還を試みる俺に、その体幹を見せつけるかの如くエミリア師匠は一ミリもぶれることなく続ける。

「だってー、イリアちゃん、エド君の事が好きなのでしょう?」

「っ!?」

 突然のエミリア師匠の言葉に、俺はビシリと固まった。

 えっ、って言うか、この人今なんて言った? 

「えぇえぇ、素行調査の報告が上がって来た時点で、彼がとっても優秀なハンターで、人間に対しても差別的な感情がないと分かりましたし、さほど心配はしていませんでした。けれど、やっぱり可愛いうちのイリアちゃんと並ぶならソレなりの見た目も備わっててほしいと、わたくし切に思っていたの。あまり大きな声じゃ言えないけれど、エルフと言っても残念な方もいらっしゃるから……ね」

 釣り上げられた魚のように口をパクパクさせ、二の句をつげないでいる俺の両手を、目の前の美人は左右にぶーんぶーんと揺らしながらウフフと可愛らしく笑う。

「でも~! あーんなハンサムさんが好きだ何て、イリアちゃんってば意外と面食いなのねぇ。あっでも、わたくし二人はすっごくお似合いだと思うわ! 騎士と可憐な乙女って感じ! 最近エルドラドで流行ってる“白銀藻草プラテアルガの物語”のモデルになった原作のお話の二人みたいじゃない? 流行ってる方は、何故か乙女役が美少年になっているのだけれど、アレはアレで有りよねぇ……あら、イリアちゃん? 起きてるイリアちゃーん?」

 先のエミリア師匠の言葉に思考停止していた俺は、ハッと息を吹き返した。

「ちょっま、待って下さい! 好きって!? 誰が!? 誰を?? あと、さっきからサラっと言ってる素行調査って何!? 師匠ってばエドに何したんですか!!」

 俺は動揺から上ずる声でキャンキャン捲し立てながら、先程から拘束されたままの両の手を全身を使って引っ張るが、美女の白魚の手のどこにこんな力が? と言いたくなるくらいビクともしない。

「だってぇ……イリアちゃん、エド君の事が好きでしょう」

 それは先程と同じセリフではあったが、今度は問うていではなく確信が込められていて、俺の心拍数がドッドッドッと駆け上がる。

「ちょっ、なっ! すすすす、すきだなんで誰が言いました? 言って無いですぅぅぅ! エドはただの友達だしぃ、俺はただ、ただの友達でした!」

 我ながらきょうびの小学生だって、もっとしっかり取り繕うだろう慌てぶりでそっぽを向くが、エミリア師匠は握ったままの俺の両手を優しく引き、その花のかんばせを、俺の目の前でほころばせて更に追い打ちをかける。

「エド君が結婚するのに、お祝いが言えないって泣いてたのはだあれ?」

 美女の微笑みの有無を言わせない圧が……圧が怖い。

「それは、あの、言葉の綾と言うか。 てか俺、泣いてなかったですよ!」

 俺は上ずる声を無理に上げるが、確かにちょっと涙目だった記憶がある。

「まぁそうね、でもうるうるの涙目だったわ。それにイリアちゃんってば何かにつけて、エドがこう言ってた、エドがあぁ言ってた、これはエドが教えてくれた事だけど~って嬉しそうにしてるじゃない。あの笑顔を見たら……ねぇ、ウフフ」

「ぐぬっ……」

 その件についてはちょっぴり自覚がある。自分でも気を付けなきゃと思うのに、ついエドの名が口をついてしまうのだ。でもそれはマーナムに居た頃に散々面倒を見てもらった名残のようなモノで、俺は、そんな未練がましくなんか……ない。

 俺が居心地悪くモゴモゴしていると、エミリア師匠は心底微笑ましいと言わんばかりの顔で見つめてくるものだから、俺の頬は羞恥でカッカッと熱を持つ。

「でも、あの、だとしても八年も会ってなかったんですよ! だからもう揶揄わないでください!」

 つまりエミリア師匠は俺がここに来て間もない頃、後ろ暗い経歴はないと素性を語った際に、マーナムを出るきっかけになった話と、ポロッと零してしまった自覚した瞬間に終わっていた失恋話を、今更掘り返してきたのだ。
 マーナムのハンター仲間でハーフエルフ、通称エド。これだけの情報があれば確かに特定は容易だろうが……。

「もぉぉぉぉ! そんな真っ赤になって! うちのイリアちゃんなんて分かりやすくて可愛いの!!」

 エミリア師匠は掴んでいた俺の両手を離す代わりに、今度はむぎゅむぎゅと俺を抱きしめる。

 と言うか今の俺、外見は完全に女の子だけど一応精神は成人男性と言うことを忘れないでほしい。まぁ、女体化しているせいか何なのか分からんが、こんなに綺麗な女性に抱きしめられても何がどうとか全くない無いんだけどさ。

「師匠、苦しいですってば! と言いますか、S級のハンターを四人も派遣するなんて国家レベルの事案にエミリア師匠が優秀な魔導具の研究者だとしても、一般人に派遣されるS級のハンターを指名なんてっ」

「出来るはずがないのに!」 と俺が言い切る前に、エミリア師匠は俺を解放してニコリと胡散臭く微笑む。

「そこはそれ、やりようはあるのよ」

「うわぁ」

 やはり人間、長生きすると一筋縄ではいかなくなるんだな……

 ニコニコと目の前で笑みを浮かべるこの美女が、おん歳二百数歳の魔女様なのだと言うことを、思い出す俺なのであった。


 ***


 俺のやや引きを察したのか、エミリア師匠は可愛らしい咳ばらいを一つして少し真面目なトーンで、改めて口を開いた。

「コホン。……あのね、わたくしだって可愛いイリアちゃんを何処にも出したくはないのよ。でも、こうでもしないとあなた、ご家族にもお友達にも連絡の一つも出さないでしょう」

「そ、それは」

「えぇえぇ、わたくしも分かっているのよ。今のあなたは。だから無暗に心配はかけたくないと言うことでしょう」

「……」

 サラリと痛いところを突かれて俺は押し黙った。
 そう、今の俺は、この体は

「でもそれだって、今回のアルハトのダンジョンの件で絶対ではなくなった。それは分かっているわよね?」

「はい」

 俺は無意識にスカートをぎゅっと握る。

「あなたには仙人としての長い命があるからと、わたくしも今までは貴方の意思を尊重してのん気に構えて居ましたが、このような事態になってしまうなら……、もっと早くご家族やお友達に連絡をお取りなさいと言うべきでした。……本当に、ごめんなさい」

 話の流れ的に、いつまでも身内に連絡をしない事を咎められるのかなと思っていた俺は、いきなりエミリア師匠に悲し気に頭を下げられて面食らってしまった。

「い、や! エミリア師匠がそんな顔する必要は無いですよ!? 転がり込んできた俺の意思を尊重して、呪いを解く方法をいっしょに模索してくれたことに俺は感謝しかしていません」

 俺はションボリと下がってしまった顔を上げてもらいたくて感謝を伝える。

 そう、このファンタジーな世界でも女体化の呪いはかなり珍しい現象だそうで、俺とエミリア師匠は様々な解呪の実験と失敗を繰り返していた。そんな日々を繰り返しているうちにいつの間にか八年もの歳月が流れ、助けた幼子はそろそろ反抗期と言う齢まで成長していたのだった。

「大体、こんな古代魔導具の呪いなんか貰っちゃった俺のミスだし、人間の俺がこんな珍しい呪いを公表して解呪方法を求めたトコで下手な研究機関に回されたらモルモットにされかねなかったし、とりあえずアルハトのダンジョンの飽和魔素解消現象が解決すればまたしばらくは俺も生きられま――」

「そこでエド君です!」

 それまで顔を下げていたエミリア師匠が、俺の言葉を遮ってパッと顔を上げ――は?

「だって彼、S級ハンターの中でもずば抜けて優秀な魔導の才を持っているのよ! それにエルフの血を引いている……魔導に携わる者として正直に言えば生まれでの差はちょっぴり悔しいですが、彼らエルフ族の魔導技術なら古代の呪いに関する知識もあるのかもしれないのです。故に、イリアちゃんがそんな彼を落として味方につければっ!」

「いやいやいや、確かにエドはS級ハンターである前に優秀な魔導士でもあるけど、落とすって」

 拳をぐぐぐーっ握り、斜め上を見つめるエミリア師匠に俺は胡乱な視線を送る。

「それにイリアちゃん言ってたじゃない。エド君は異性愛者だって、今のイリアちゃんは可愛い女の子なのだから勝機じゃなくて?」

 おそらくエミリア師匠は、素行調査とやらでエドの優秀さを垣間見たのだろう。
 しかしエドの得意とする魔法は精霊魔術や治療系で、そのレパートリーに呪術は無かったはずだ。それに――

「はは、それこそ無理ですって。 あいつの好みは師匠みたいな大人っぽい女性なんですよ。いくら俺が女の子になってもこの薄っぺらいナリじゃあ問題外なんです」

 乾いた笑いと自嘲が零れる。
 そりゃ俺だって恋心を自覚した時はそんな事も思ったさ、あの兎獣人サティ―リアと腕を組むエドを見て、もしも俺が女の子でエドの彼女だったらって……。
 っで、何の因果かこうして女の子になってしまった訳だが、全然あいつ好みの姿では無かったので、世の中はそう上手くいかないのだなーと思ったものである。

「うーん、わたくしはそんな事ないと思うのだけれど……アラ、少しお洋服のサイズが大きかったかしら?」

 ため息をつく俺に、エミリア師匠はどこからか取り出したフリフリのワンピースを俺にあて小首をかしげる。

「もぉー! 今は服なんかどうでも良いですってば! 兎にも角にも俺とエドの事はほっといて下さいね!」

「うぅん、やっぱりおかしいわ。フルオーダーで作って頂いたのに、お胸のサイズが合って無い気がするの。イリアちゃん少し痩せた?」

 キャンキャン騒ぐ俺の事などお構いなしで、エミリア師匠はデリケートな事を聞くものだから、思わず地団駄を踏んでしまう。

「きぃー! どーせ俺は貧乳ですよ! つーか、そもそもエドは既婚者ですよ!」

 なんか話が変な方向に転がりそうだったが、まともな恋愛経験ゼロの俺に、既婚者の篭絡なんぞどだい無理な話なのである。

「あっ、その話なんだけど、エド君って本当に結婚しているの?」

「へ? そりゃ当たり前じゃないですか」

「だからこの話は終了なんです」と俺は鼻を鳴らす。

「うーん。いえね、流石にS級と言うか上級職だけあって、そこまでの個人情報は手に入らなかったのだけれど、どうにも彼ってばここ数年、殆どマーナムには帰っていなかったらしいの」

 エミリア師匠はワンピースを小脇に挟み、あいた手の人差し指を頬に当て「新婚さんでそんな事ってあるのかしら」と続けた。

「……え、それはどういう」

 いや、確かに俺はエドから結婚の話を直接は聞いてないんだよな。
 でもあの彼女が途切れた事ないどころか、常に数人と並行して付き合ってたエドが女の子全員と別れたなら、そりゃもう身を固めるしか結論は無いと言うか……ん。

「あっれ? アイツ、全員と別れて結局、誰を選んだんだ?」

 今まですでに終わった事と意識して思考しなかったが、改めて考えてみればとても不思議な――


「はーい! すきありー!!」


「へ? って、ぎゃぁぁぁぁ!! 何するんですかこの変態!!」

 いつの間にか人の後ろに回り込んでいたエミリア師匠の掛け声とともに、背中からジィーーーー!! っと、ファスナー(この世界にも存在した)が景気よく下ろされる音と、素肌に外気の触れる感覚に俺はきたない悲鳴を上げた。

「何って、イリアちゃんはこれからおめかししてエド君にお茶を持っていくのよ? 念のために下着も可愛いのにしましょうね! エイッ」

 エミリア師匠は掛け声とともに、俺の胸抑え……所謂ブラジャーだ。のホックをパチンと外した。

「に゛ゃー!! だから脱がすのやめーい!!」

 俺は突然露わになった……いや、露わにされた己の胸元を抑えて振り返ると、美女がフワッフワのフリッフリの見るからに盛り過ぎのワンピースを、その両手で掲げていた。

「わたくし、この日の為に色々仕入れたの! だから遠慮しなくていいのよイリアちゃん!」

「遠慮なんかしてません! それにその過剰なフリフリのソレ、ただの師匠の趣味じゃないですか! しかもピンクは嫌だって、俺、前に言いましたよね!」

「ほほほ、このお洋服はピンクはピンクでも抑えめローズピンクなのでセーフなのです!」

「謎理論展開しないで下さい! おもっくそアウトだわ!!」

 ドタンバタン、ギャイギャイと俺と師匠は殆ど取っ組み合いの勢いで、フリフリワンピを着る着ないの攻防を始める。
 俺やセスを保護してくれた事には感謝するが、エミリア師匠の少女趣味に毎度付き合わされる中身成人男性の気持ちにもなってくれと言うモノである。
 呪われて女の子になってしまったあげく、フリッフリのフワッフワのワンピースと可愛い下着で男時代の友達にお茶くみってどんな罰ゲームなんだよ!

「しっ、しょぉぉぉ! やめてくださいぃぃぃ!」

 ずり落ちたワンピースに足をもつれさせながら、俺は部屋の中を逃げ惑う。

「やーんっ! イリアちゃんってば逃げちゃダメー! 大人しくしなさーい!」

 ここは一時撤退して、体勢を立てなおそう。

 俺はまるで暴漢にでも襲われた女の子の様に……いや実際そんなようなものだが、乱れた服もそのままに全力で入って来たばかりのドアに向かって逃げを打った。
 華奢なくせに腕力がすごいエミリア師匠の腕を、女の子になっても失われなかった自慢の身軽さを生かしかいくぐり、先ほど入って来たばかりのドアを開け放つ。


 ――バンッ!!


 勢いよくドアを開いた瞬間、俺の目の前に生成りのシャツが目に入った。
 と同時に、ふわりとした湯上り独特の石鹸の良い匂いが鼻をかすめ、誘われるように視線を上げて――後悔した。

「ヒェッ」

 持ち上げた視線の先には、この八年間忘れることが出来なかった空色に金が差すその特徴的な瞳が、明らかに困惑と気まずさを漂わせて俺を見おろしていたのだった。
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