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記録されなかった朝
しおりを挟む空は今日も、正確すぎる青だった。
都市全体に張り巡らされた光学センサーが、天候の濃淡を調整している。
気温は22.3度。湿度は48%。空気中の花粉値も、全ログを通してコントロール済み。
セントラル・クロニクル――それは、完璧な秩序によって維持される記録都市。
だが、その秩序のどこにも、ハル・シズノの名は存在していなかった。
⸻
「……ああ、またか。」
寝起きのだるさを背負いながら、ハルは手元の端末を起動する。
ログイン画面に表示されたのは、今日も変わらぬ赤い表示。
《エラー:該当する個人IDが存在しません》
指を動かしても、画面は更新されない。
それはもう、驚きでもなんでもなかった。
ただ、そういう朝が“今日も続いている”だけ。
⸻
食事を用意し、着替えを済ませ、靴を履いて外へ出る。
オートロックの扉が閉まる音が、都市の生活音に溶け込んで消えた。
街はいつもと変わらない。
誰もが決められた時間に起き、決められた道を通り、決められた日常を繰り返している。
そのすべてが、“記録”によって管理されている。
そんな中を、ハルは存在していない者として歩く。
⸻
すれ違う人々は、誰一人として彼を視界に入れない。
ぶつかりそうになってもよけられない。
道を譲ってもらえることも、声をかけられることもない。
いや、声をかけても返ってこない。
「おはよう――」
いつものように、前を歩く学生に声をかけてみる。
返事は、ない。
⸻
彼がそこに“いる”ことを、この都市は誰ひとりとして気づいていない。
それはもう、何年も前から続いていたこと。
初めて気づいたときは、怖かった。悲しかった。
でも今は、慣れてしまった。ただ、静かに“そこにいる”。
その日々を、ハルは生きている――
ただし、“記録されないまま”で。
⸻
次第に、人の流れが通学路に集まりはじめる。
都市の中央にそびえる巨大な記録塔――ログタワーを横目に、
学生たちは今日という日を“記録される人生”として歩んでいく。
だがその群れの中にいて、
唯一「記録されないまま」歩く影が、ひとつだけ。
それが、ハル・シズノだった。
⸻
彼はまだ知らない。
この日が、今までと“ほんの少しだけ違う日”になることを。
きっかけは――
誰かと“目が合う”という、たったそれだけのこと。
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