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はじめての。
しおりを挟むあれから、数分か、数十分か。
時間の感覚は不思議と曖昧だった。
クロエとハルは、都市の静かな裏通りを歩いていた。
言葉は少ないけれど、沈黙が気まずくはなかった。
⸻
やがて、小さな公園のベンチで足を止めたクロエが、
ふっと息をつきながら腰を下ろす。
「ねえ、まだ名乗ってなかったわよね」
そう言って、ハルを見上げた。
彼は少し驚いた顔をしたあと、
照れくさそうに首を傾げた。
⸻
「たしかに……名前、聞かれてなかったね」
「聞いてないけど、なんとなく“君は君”だと思ってたから」
クロエは軽く笑い、制服の裾を整えながら言った。
「でも、一応ちゃんと。わたしは――クロエ・リヴェルト。
記録局の検閲官、見習いってとこ。記録の揺れがあった場所に派遣されるのが仕事」
「……なるほど。だから僕を見つけたんだね」
ハルは静かに頷いて、
少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
名前を、聞かれた。
名前を、言ってもいいのかと――初めて思えた。
⸻
「僕は……ハル・シズノ。
存在してるかどうかは、ちょっと微妙だけど……」
「へぇ。いい名前じゃない」
クロエが、少しだけ優しい顔で言った。
「記録には載ってなかったけど、“わたしの中にはもうある”って感じね、ハル」
ハルの目がわずかに見開かれた。
何かが胸の奥で、静かに灯った。
⸻
そして、その名が確かにやり取りされたその瞬間――
彼の記録にはまだ反映されない“感情のログ”が、生まれていた。
⸻
それは都市の記録に残らない。
でも、クロエの中には、もう“ハル・シズノ”という名前が刻まれていた。
たったそれだけで、彼は初めて――
この街で、“ほんの少しだけ息がしやすくなった”気がした。
⸻
存在を証明するって、こういうことだったのかもしれない。
そう思えた、その午後。
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