アンレコーデットワールド

文字の大きさ
3 / 3
rewrite1

はじめての。

しおりを挟む


あれから、数分か、数十分か。
時間の感覚は不思議と曖昧だった。

クロエとハルは、都市の静かな裏通りを歩いていた。
言葉は少ないけれど、沈黙が気まずくはなかった。



やがて、小さな公園のベンチで足を止めたクロエが、
ふっと息をつきながら腰を下ろす。

「ねえ、まだ名乗ってなかったわよね」

そう言って、ハルを見上げた。

彼は少し驚いた顔をしたあと、
照れくさそうに首を傾げた。



「たしかに……名前、聞かれてなかったね」

「聞いてないけど、なんとなく“君は君”だと思ってたから」

クロエは軽く笑い、制服の裾を整えながら言った。

「でも、一応ちゃんと。わたしは――クロエ・リヴェルト。
記録局の検閲官、見習いってとこ。記録の揺れがあった場所に派遣されるのが仕事」

「……なるほど。だから僕を見つけたんだね」

ハルは静かに頷いて、
少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。

名前を、聞かれた。
名前を、言ってもいいのかと――初めて思えた。



「僕は……ハル・シズノ。
存在してるかどうかは、ちょっと微妙だけど……」

「へぇ。いい名前じゃない」

クロエが、少しだけ優しい顔で言った。

「記録には載ってなかったけど、“わたしの中にはもうある”って感じね、ハル」

ハルの目がわずかに見開かれた。
何かが胸の奥で、静かに灯った。



そして、その名が確かにやり取りされたその瞬間――

彼の記録にはまだ反映されない“感情のログ”が、生まれていた。



それは都市の記録に残らない。
でも、クロエの中には、もう“ハル・シズノ”という名前が刻まれていた。

たったそれだけで、彼は初めて――
この街で、“ほんの少しだけ息がしやすくなった”気がした。



存在を証明するって、こういうことだったのかもしれない。

そう思えた、その午後。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...