とある1日の二人

sino

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4話 過去の咎人 後編

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ー4ー

冬が死に、春が生まれた4月の初旬。張り出された紙に人々が浮き足立つ中、私だけが絶望の底にいた。
財布がない。信じがたい事実が私を襲った。
即座に私は周囲の人に聞いて回った。「財布を知りませんか」と。だが、誰もが「知らない」と返すばかりでなかなか事態が進まない。ただただ焦りが募るばかりであった。
さて、何人に聞いた時だったか。その時も相手の回答は変わらなかった。何度目かも分からぬため息をつき、後ろを振り向いた次の瞬間、強い力が私の肩にかかった。見れば肩がつかまれている。私はその手を辿った。さっきの男がすぐ目の前にいるのがわかった。
「何故、『すみません』の一言もなく去る?君は自分が他人の時間を奪っていることを理解しているのか?」
そしてここで突然の説教である。予想外の出来事に私は当惑した。が、すぐに焦りがこみ上げてきて、私はその手を振り解こうとした。しかし強く握られたその手は私の肩を掴んだまま、離さなかった。
「そのうえだ。人に聞いておいて、感謝の一言すらなく、ため息をつくなど失礼にも程がある。まず、『ありがとう』と言ってだな…」
「おい、何時だと思ってる。そんなことしてる場合か?」
その言葉とともに、男の背後からもう一人の男が現れた。彼はそそくさとその男をいなすと私に向かって振り返った。
「で、そこのお前はどんな財布を落としたんだ?後、どの道を通ってきたかも教えろ。」
彼の問いに出来る限り的確に答えた。私が答え終えると、彼はポケットから携帯を出し、電話を始めた。
しばらくして電話を切ると、彼は私の方に振り返った。
「とりあえず通学路の方は使用人に任せておいた。お前は校内を探してろ。」
「お前」と疑問に思い、横を見ると先程の男がいつのまにか姿を消していた。そんなことを気にする素振りすらなく彼は近くのベンチへ行って腰掛けた。
「あなたは動かないの?」
私がそう聞くと、彼は首をかしげて私に聞いた。
「何故、俺が動くんだ?」
それ以上、何も聞かないことにした。

早速、今日通った道を辿っていく。もちろん、ただ歩くだけではない。植木鉢の裏や排水溝の中も隈なく探し尽くした。
だが、見つからなかった。
私はもう一度、そのルートを探し回った。
だが、見つからなかった。
再度ルートを見直し、より念入りに探した。
だが、見つからなかった。

私はベンチに向かって歩いた。足が鉛のように重かった。
「無かったようだな。」
私は彼の言葉に対してうなづいた。
「こちらもまだ応答はない。もうしばらく待っていろ。」
「いえ、あなたが待つ必要はないわ。式に遅刻させたら申し訳ないもの。」
私の言葉に、しかし彼は不敵に笑った。
「まあ待っていろ。」
正直この言葉に同意したくはなかったが、彼が断固として動こうとしないのを見て、仕方なく私はベンチに座った。

しばらくして、校舎の入り口から人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
やがて人影は、その姿が視認できるまでに近づいた。それは先程、私に説教をしていた男だった。
また説教をしに来たかと思わず身構えた私であったが、彼は私の前に立つと、何を言うでもなくポケットから何かを取り出した。
瞬間、私は驚愕した。
彼の手には、私の財布が握られていたのだ。
「そんな…どこで…?」
私が漏らした疑問に男が答えた。
「落し物として保管されていた。ひどい慌てようだったからね。もしかしたらと思って探したが、まさか本当にあるとは思わなかったよ。」
はっとした。拾得物は確かに盲点だった。
「その割には、たいそう時間がかかったようだな。」
「拾得物を把握している教員がいなかった。そもそも私は今日、初めてこの学校に来たんだ。」
彼らは何やら話していたが、私にはその内容よりも気になることがあった。
「ねえ…なんで…」
「ん?」
私の声が聞こえたのか、男は話を止めた。私はそのまま疑問をぶつけた。
「どうして、財布を探してくれたの?」
言い終えた私の目から、あまりの不安に涙が溢れた。男の返答を聞くのが怖い。だが、男の答えははっきりと私の耳に届いた。
「私は君に礼儀について説教した。ならば私が礼儀正しい行いを君にするのは当たり前だろう。」
その後、男が私に右手を差し出した。次第に滲んでいく視界の中で、それでも私ははっきりとそれを認識した。
「この差し出されたハンカチもあなたの礼儀なのかしら?」
「事前に、式に遅れると教師に言っておいたこともね。」
私は受け取ったハンカチで涙を拭った。なぜか、涙は拭う前よりも増えていた。
「ありがとう…本当にありがとう…」
泣きながら、うわ言のようにそう呟き続けた。
「なんだ、言えるじゃないか。」
その一言とともに、男は笑ったようだ。

ー5ー

「あの後、あなたのことを探して回ったわ。あなたにお礼がしたくてね。」
「自分と付き合うことがお礼か…。それは少々、自信がすぎるんじゃないか?」
「あなたがそう思うなら、そうなんでしょうね。」
肯定されたらどうしようとも思ったが、私の言葉に彼は口を噤んだ。私が椅子の背にもたれかかっても、しばらく何も話さず下を向いていた。壁にかかった時計の針が何百回と音を立てた。
その後、彼はゆっくりと口を開いた。
「何故、私に告白せずに友人を使った?」
私は彼から目を逸らした。
「あなたに好かれていないと思ったわ。それに、あなたが私を無下にしないって信用してた。」
「君は私を人として信用していただけで、私を愛していなかったんじゃないのか。」
彼の返しの言葉が深く私の胸に刺さった。だがそれでも私は、今度は彼の目を見つめて答えた。
「あなたへの無償の信頼が、愛と違うなんて私には思わない。」

私の力強い言葉に彼は動揺の色を見せた。
やがて、何かを考え込むかのように地面や天井に目を向けたところで、ようやく彼は立ち上がった。
「少し考えさせてくれないか。」
彼はただ簡潔にそう言った。そして、そのまま伝票を持って、この場を去った。その少し後、退店を知らせるベルが店内に虚しく響いた。
やがて日が沈み、店員が閉店を知らせるまで私はそこを動けなかった。ただ底の茶黒くなったカップだけが、彼が確かにこの場にいたことを私に伝えた。

私こそが真に過去の咎人であった。咎の報いは受けねばならない。
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