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第1章
第一話Part1
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日本ではないのだと悟ったのは、入れば一筋縄では出てこられないような高貴なモンスターハウスを思わせる奇妙に歪んだ建物。そして何よりその主と思しき男の独裁的な振る舞いが、ここが日本とは別の倫理とルールに基づいていると感じさせた。
その男の前に膝をつき見上げる形になった私は、これは首を打たれるのではないかと内心恐怖する。そう思わせるほど気迫に満ちた人物を前に、私は黙って男が話し始めるのを待つしかない。男の、その釣り上がった目に逆らわずとも屈指ないよう、真っ直ぐ見つめた。
「お前は夜の国に行き、夜行警察を引き受けろ」
そうして男は言った。
が、何一つとして理解できなかった。その男のいう夜の国も、夜行警察も、全く聞き覚えのない単語だ。唐突な命令を受けても、突然連れてこられただけで内情など何もかもがわからない私が納得し引き受けるわけがなかった。仕方ない引き受けよう、となるわけがないのだ。
「引き受けません。私を元の場所に返してください」
「私の命に従わぬのか」
「ええ」
「本当にそんなことが可能だと思っておるのか」
「ええ」
男は私の頑なな返事ににやりと口角を上げ、いやに楽しげに笑う。心底不快であるそれは、私が引き受けないことを見越しての微笑、いや、嘲笑だった。今のやりとりはただの前説に過ぎない、もはや本題にさえ入っていないような気がした。気持ち悪い、何かおかしい、と思った矢先、男が横に支えていた側近に耳打ちした。
頷いた側近が二人がかりで引きずってきたのは、残酷すぎる結果だった。悪趣味と言うべきか、凄惨な事件というべきか、どちらにしても人として倫理に反する行いの結果が目の前に突き出された。
私が唖然としている間にも徐々に近づいてくるそれは、紛れもない––––––人間。
まるでガラクタのように粗暴に扱われたそれが、いっけん人とは思えず、おそらく目を逸らしたかったのだろう。肉塊が縛られたようにも見えるその子は、大理石に引きずられ、血の跡が付くくらい負傷した女の子だったから。
–––––それも、私がある事件をきっかけに、目をかけていた子『天袮 琳香(あまね りんか)』
「この子を見捨ててまで引き受けないのだな」
悪魔のようだと思った。この子が巻き添えになる必要などないのに……いや、違う、私が引き受けないことを見越して連れてこられたのだ。私がこの子を置いて逃げることができないと、それを分かっていて連れてこられた人質。
私のための人質。
逃さないための、生贄。
私は琳香に駆け寄ろうとするが、手錠から伸びた鎖が突張って無惨にも床に倒れ込む。琳香は意識を失っているのか、こと切れた後のようにピクリとも動かない。
「……わかりました、引き受けます」
「そうか、お前はかなり使い勝手のいい男だと、親父さんから聞いてる」
私はキッと男を睨んだ。その言葉でことのあらましが分かってしまった。手錠をかけられ罪人のような扱いをされているのはいまいち理解できないが、ここに連れてこられる発端となった人物が分かった。
そうだ、私は売られたのだ、あの人に。
私が務める警察庁のトップで警視総監の、父親に。
ここに来る前のことをよく思い出してみると、記憶が途切れる寸前、父親に呼び出されていた。扉からデスクまでやたらと遠いその部屋で父は私にこう言った。
「ちょっと出張に行って来てほしいのだよ」とおおらかに、諭すように言われた。「京太郎なら大丈夫な気がする」
力を持つもの、または人の上に立つものは感覚がズレているのではないかと思う時がある。その時もそうだった。また変なことを言い出したのだな、とばかり思っていたら、これだ。
しかし疑問はあった。私をここに置いておくために無関係な人間の乱暴を父が命じるわけがないのだ。私に対して、若干というか、かなり無理難題を押し付けてくるが、それとこれとはわけが違う。それ以前に、警視総監であるからして人を傷つけるはずがない。その信頼だけは父にあった。
ということはつまり、多かれ少なかれこのつり目の男の独断で琳香は連れてこられたと考える方が自然である。行きと同じ車に乗せられた私は、実に不愉快な思いをしながらそんなことを考えていた。
––––––まだ太陽が真上にあった。
その男の前に膝をつき見上げる形になった私は、これは首を打たれるのではないかと内心恐怖する。そう思わせるほど気迫に満ちた人物を前に、私は黙って男が話し始めるのを待つしかない。男の、その釣り上がった目に逆らわずとも屈指ないよう、真っ直ぐ見つめた。
「お前は夜の国に行き、夜行警察を引き受けろ」
そうして男は言った。
が、何一つとして理解できなかった。その男のいう夜の国も、夜行警察も、全く聞き覚えのない単語だ。唐突な命令を受けても、突然連れてこられただけで内情など何もかもがわからない私が納得し引き受けるわけがなかった。仕方ない引き受けよう、となるわけがないのだ。
「引き受けません。私を元の場所に返してください」
「私の命に従わぬのか」
「ええ」
「本当にそんなことが可能だと思っておるのか」
「ええ」
男は私の頑なな返事ににやりと口角を上げ、いやに楽しげに笑う。心底不快であるそれは、私が引き受けないことを見越しての微笑、いや、嘲笑だった。今のやりとりはただの前説に過ぎない、もはや本題にさえ入っていないような気がした。気持ち悪い、何かおかしい、と思った矢先、男が横に支えていた側近に耳打ちした。
頷いた側近が二人がかりで引きずってきたのは、残酷すぎる結果だった。悪趣味と言うべきか、凄惨な事件というべきか、どちらにしても人として倫理に反する行いの結果が目の前に突き出された。
私が唖然としている間にも徐々に近づいてくるそれは、紛れもない––––––人間。
まるでガラクタのように粗暴に扱われたそれが、いっけん人とは思えず、おそらく目を逸らしたかったのだろう。肉塊が縛られたようにも見えるその子は、大理石に引きずられ、血の跡が付くくらい負傷した女の子だったから。
–––––それも、私がある事件をきっかけに、目をかけていた子『天袮 琳香(あまね りんか)』
「この子を見捨ててまで引き受けないのだな」
悪魔のようだと思った。この子が巻き添えになる必要などないのに……いや、違う、私が引き受けないことを見越して連れてこられたのだ。私がこの子を置いて逃げることができないと、それを分かっていて連れてこられた人質。
私のための人質。
逃さないための、生贄。
私は琳香に駆け寄ろうとするが、手錠から伸びた鎖が突張って無惨にも床に倒れ込む。琳香は意識を失っているのか、こと切れた後のようにピクリとも動かない。
「……わかりました、引き受けます」
「そうか、お前はかなり使い勝手のいい男だと、親父さんから聞いてる」
私はキッと男を睨んだ。その言葉でことのあらましが分かってしまった。手錠をかけられ罪人のような扱いをされているのはいまいち理解できないが、ここに連れてこられる発端となった人物が分かった。
そうだ、私は売られたのだ、あの人に。
私が務める警察庁のトップで警視総監の、父親に。
ここに来る前のことをよく思い出してみると、記憶が途切れる寸前、父親に呼び出されていた。扉からデスクまでやたらと遠いその部屋で父は私にこう言った。
「ちょっと出張に行って来てほしいのだよ」とおおらかに、諭すように言われた。「京太郎なら大丈夫な気がする」
力を持つもの、または人の上に立つものは感覚がズレているのではないかと思う時がある。その時もそうだった。また変なことを言い出したのだな、とばかり思っていたら、これだ。
しかし疑問はあった。私をここに置いておくために無関係な人間の乱暴を父が命じるわけがないのだ。私に対して、若干というか、かなり無理難題を押し付けてくるが、それとこれとはわけが違う。それ以前に、警視総監であるからして人を傷つけるはずがない。その信頼だけは父にあった。
ということはつまり、多かれ少なかれこのつり目の男の独断で琳香は連れてこられたと考える方が自然である。行きと同じ車に乗せられた私は、実に不愉快な思いをしながらそんなことを考えていた。
––––––まだ太陽が真上にあった。
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