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はじまり
第一話 はじまり
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神楽小路君彦は、教室の出入り口の前で、ただ黙って先ほどまで自分が座っていた席を眺めていた。
上下揃いの落ち着いた群青色のジャケットとパンツ。足元は、汚れも傷もない磨き上げられた革靴と大人びた印象だ。
反対に、シャツはピンク地に花が描かれたサイケデリックで目の痛くなるデザインである。
そして、何より目を引くのは、亜麻色の長い巻き髪である。胸元近くまで螺旋階段のように続いている。
毎朝コテで巻いているのではない。これは天然パーマである。天然パーマが奇跡を起こし、あたかも手の込んだ美しい巻き髪を作り上げているのだ。
彼が神に愛されているのは髪だけではない。一八〇センチを超える長身、二重ながら鋭い眼、凛々しい眉。少女漫画の登場人物とでもいえよう、彼の姿は入学式から多くの人々の視線を奪っていた。
(俺としたことが、机の上にペンケースを忘れてしまうとは)
顎に手を添え、うなだれている姿さえも画になる。横を通り過ぎる学生たちも思わず二度見する。
(先程まで座っていたところには、女子、しかもグループ四人。固まって座っている)
グループの中心にポツンと置かれている神楽小路の黒革の細長いペンケース。
「誰のペンケースだろうね?」「授業後に忘れ物で届けたほうがいいかな?」「もしかしたら取りに来るんじゃないの?」という会話が聞こえてくる。
スマートに「これは俺のです」と言って取りに行けばいいのだが、声が出せないどころか、この場に接着されたかのごとく、動くことが出来なかった。
(授業が始まり、二週間。こんなささいなことでつまずくとは)
腕時計を見る。次の授業まで五分を切っていた。
(仕方ない。売店で新しく筆記具を買うか)
背を向けて退室しようとした時、神楽小路の横を一人の女性が通り過ぎた。
春らしい明るい白色の、襟がレースのブラウス。キャメルのフレアスカートの裾が歩くたびに揺れる。
栗色のボブヘアは、前下がりでゆるくウェーブがかかっていて、かわいらしい印象をもたせる。
神楽小路はその女性の行方を目で追う。女性は神楽小路の座っていた席の方へと歩いていくと、グループの人々に声をかけた。
(あのグループの仲間か)
すると、ペンケースを受け取っているではないか。
「それは俺のだが?」と声をかけるべく歩き始めると、女性はこちらに引き返してきたため、足を止めた。
女性は神楽小路の姿を見つけると、ニコッと笑って駆けてきた。
「これ、神楽小路くんのだよね?」
「そうだが」
目の前に立たれると、女性は思ったよりも長身で、あまり見下ろさずとも目線があった。
「やっぱりそうだよね! よかった。次、英語でしょ? 急がないと遅れるよ」
そう言って、ペンケースを手渡すと走り出した。
神楽小路はペンケースを握りしめ、彼女の後ろを早足でついていき、英語の授業が行われる教室へ。
英語の授業は一回生時の必修科目で、学部ごとに曜日と時間が決められており、座席も出席番号順となっている。席に着くと、チャイムが鳴った。
「ギリギリ間に合ったね」
その声は横からかけられた。
先程の女性が横の席で教科書やノートを広げていた。
呼びかけに答えるよりも先に英語担当の教師が教卓の前に立つ。
出席確認の点呼が始まり、そこで横の席の女性が「佐野真綾」という名前であることを知った。
上下揃いの落ち着いた群青色のジャケットとパンツ。足元は、汚れも傷もない磨き上げられた革靴と大人びた印象だ。
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顎に手を添え、うなだれている姿さえも画になる。横を通り過ぎる学生たちも思わず二度見する。
(先程まで座っていたところには、女子、しかもグループ四人。固まって座っている)
グループの中心にポツンと置かれている神楽小路の黒革の細長いペンケース。
「誰のペンケースだろうね?」「授業後に忘れ物で届けたほうがいいかな?」「もしかしたら取りに来るんじゃないの?」という会話が聞こえてくる。
スマートに「これは俺のです」と言って取りに行けばいいのだが、声が出せないどころか、この場に接着されたかのごとく、動くことが出来なかった。
(授業が始まり、二週間。こんなささいなことでつまずくとは)
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背を向けて退室しようとした時、神楽小路の横を一人の女性が通り過ぎた。
春らしい明るい白色の、襟がレースのブラウス。キャメルのフレアスカートの裾が歩くたびに揺れる。
栗色のボブヘアは、前下がりでゆるくウェーブがかかっていて、かわいらしい印象をもたせる。
神楽小路はその女性の行方を目で追う。女性は神楽小路の座っていた席の方へと歩いていくと、グループの人々に声をかけた。
(あのグループの仲間か)
すると、ペンケースを受け取っているではないか。
「それは俺のだが?」と声をかけるべく歩き始めると、女性はこちらに引き返してきたため、足を止めた。
女性は神楽小路の姿を見つけると、ニコッと笑って駆けてきた。
「これ、神楽小路くんのだよね?」
「そうだが」
目の前に立たれると、女性は思ったよりも長身で、あまり見下ろさずとも目線があった。
「やっぱりそうだよね! よかった。次、英語でしょ? 急がないと遅れるよ」
そう言って、ペンケースを手渡すと走り出した。
神楽小路はペンケースを握りしめ、彼女の後ろを早足でついていき、英語の授業が行われる教室へ。
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