【1】胃の中の君彦【完結】

羊夜千尋

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転機

第四話 転機2

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(さて、今日は何にするか)
 授業が終わり、神楽小路は食堂にいた。
 
 喜志芸術大学には食事処が六店舗ある。
 その中でも人の出入りが多いのが二店舗。
 大学入ってすぐ、事務部局がある棟の一階にある「第一食堂」。長テーブルが所狭しと並べられており、六店舗の中で価格が一番安い。
 もう一か所は、大学の奥にある総合体育館という、体育館はもちろん、書店やコンビニなどが入っている巨大な建物の二階フロアになる「第二食堂」である。こちらは後から出来たこともあってか、天井が高く、開放感がある。近くに座席数の多い教室がたくさん入る教室棟があるため、こちらの方が人口密度は高い。
 この二店舗はそれぞれ「一食」と「二食」という愛称で親しまれている。メニューの多さと安さから大半の生徒はそのどちらかをメインに使っている。

 四月はみな、やる気に満ち満ち、真面目に登校する学生が多いため、昼食時は満席である。昼休憩開始とともに走り、場所を取らなければならない。
 一番広い二食もこの時期はすぐに人が溢れかえり、コンクリートうちっぱなしの廊下や、建物前の芝生に座り、食べている姿も見られる。
 しかし、ゴールデンウィークを過ぎれば、やる気の度合いをふるいにかけられ、半分ほどの学生が来なくなる。そうして、食堂のテーブル席を使えるようになり、ゆっくり食べられるようになる。

 神楽小路も例外ではなく、四月はサンドイッチなど持ち運びできるものを買って、休憩明けの三時限目の授業が行われる教室で食べていた。
 二食の方を覗くと、席に余裕があったため使ってみようと、今こうして二食の食券機横のメニューボードを睨みつけていた。
(空腹というほどでもないが、何も食べないと授業の間に腹が空く。仕方ないとはいえ、何か食べねばならん)
 
 腕を組み、今にも獣のごとくうなり始めそうな顔の神楽小路に、
「神楽小路くんはどれにするの?」
 弾けるような明るい声で訊いたのは、佐野真綾であった。突然の呼びかけにびっくりし、身体をびくっと震わせたが、佐野の顔を確認することもなく、返答することもなく、悩み続ける。
「わたし、今日初めて大学の食堂使うの。ほら、ずっと、満席で使えなかったから」
「……」
「やっぱりここは王道のカレーかな? 一番安いうどんかなぁ。日替わり定食もいいよね」
「……」
「あ、丼ものもいいな。ミニサイズ安いけど、いっぱい食べたいからなぁ」
 神楽小路は食券機へ向かうと、小銭を入れ、「カレー」のボタンを押した。トレイを手にカレーのカウンターで食券を差し出す。そのあとを大慌てで佐野が追いかけてきた。
「わたしもカレーにしたよ」
「……」
 カレーを受け取り、給水機でプラスチックコップに水を注ぎ、窓際の二人掛けの席に座る。長い髪をゴムで一つの束にまとめていると、佐野が目の前の席にカレーを置いた。
「おい、佐野真綾」
「わ! 名前、フルネームで覚えてくれてるの? うれしいなぁ」
「なぜ俺についてくる」
「食券機のところに神楽小路くんがいたから一緒にご飯食べれたらなぁって」
「俺は一緒に食べてもいいとは言ってない。まだ席も多く空いている。移動したらどうだ」
「まぁまぁまぁ。わたしが一緒に食べたいだけだから気にしないで」
 何を言ってもダメな気がしてきた神楽小路は大きくため息をついた。
「勝手にしろ」
「じゃあ、勝手にここで食事させてもらうね。いただきまーす」
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