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第一章 再び動き出す季節

第七話 再び動き出す季節7

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 退勤後、ダダにアタシの最寄り駅を教え、電車に乗ってもらう。「駅に着いたらメッセージを送るように」と指示して、アタシはバイクで駅まで向かう。
 その間、ずっと心臓はバクバクと激しく動き、今にも弾けそうな音をしていた。これからダダと一緒に働き、アタシの家で生活するなんて。急にいろんなことが起こりすぎて、頭の中でも処理できていない。今日一日で世界が一変しすぎてる。もしかしたら、ずっとこれは現実のことじゃないんじゃないかと疑ってしまう。駅に行って、いなかったらどうしよう。全部幻覚だったら……。
 スマホを確認するより先に、改札口から出て来たダダがアタシを見つけて手を振った。
「駅からの道覚えて一人で行き来してよ」
「うん」
 頷いてるけど、大丈夫なのかな。高校時代もそうだったけど、輪にかけてぼんやり度が加速してる気もする。アタシの家は駅からそんなに離れてないけど、心配だ。あとで住所送って地図アプリで表示できるようにしてもらおう。
「で、曲がったらここの三階」
 四階建ての小さなマンション。一人暮らしを想定しての広さだから、シングルベッド置いてるだけでも結構狭い。昼間はベランダへ出るための大きな窓だけで光を担っている。人なんて滅多に呼ばないから、掃除そこそこにしかしてないわ……汚れてなきゃいいけど。片付けるの忘れて床に置きっぱなしのカバンや服を壁側によけて道を作る。
「……キムキムの匂いがする」
「えっ、ちょっ、それってクサいってこと?」
「ううん。落ち着く」
 アタシ、香水つけてないんだけどな。あ、タバコか。でも家では吸ってない。それに高校時代……、あの頃はお母さんが吸ってたか。アタシもたまにくすねて吸ったことある。その匂いが制服にうつってたかもなー。
 ダダは荷物を置くと早速座椅子に腰掛け、ぼーっと部屋を眺めている。ダダが家にいる。学生時代、放課後の美術準備室以外で会ったことはない。その上、七年空白があっての今。この状況が不思議で仕方ない。アタシが「家に来なよ」って言ったけど、言ったけどさぁ……。そう思いながらスマホの時計を見る。もう夜七時をまわっている。
「ダダ」
「んー?」
「ご飯食べる……よね?」
「うん、食べる」
 ダダも人間だからご飯食べるに決まってんのに、なんか変な訊き方しちゃった。にしても、どーしよ。冷蔵庫を開ける。たいしたモン入ってないな。今から買いに行く? でも、買いに行くほどでも……これで出来るのは……。
「チャーハンでもいい?」
「うん」
 キャベツ、にんじん、たまねぎ。半端に残っていた野菜たちを適当に小さく切り刻む。フライパンに油をひき、賞味期限ギリギリのソーセージを投入。焦げ目がついたら、野菜を入れ、溶き卵を混ぜ込んだ冷ご飯をドーンと入れる。醤油、塩コショウ、味の素で味を調整。
「はい、どうぞ」
 ダダの前に置くとスプーンを掴み、チャーハンをすくい、人より少し小さい口に運んだ。
「おいしい」
 と呟いたあとは、黙々と食べはじめた。口に合ったならよかった。
 スプーンを動かす腕も、床に伸ばしている足も、どこを見ても細いし、骨ばっている。顔も青白いし、不健康が服着て歩いてる感じ。高校の時はここまでじゃなかったのに。
「あ、ダダ、口の端にご飯粒ついてる」
「とって」
「なんでアタシが」
「とってー」
 ティッシュを取って、口まわりを拭いてやる。もう一生会えないと思ってた人の体温に触れている。重たい前髪に隠れている目と視線がぶつかり、潤んでる瞳がアタシを映す。
「キムキム、どしたの」
「え?」
「オレのこと、見てるから」
「えっ、あっ……あー……ダダだなーって」
「うん。オレだよ?」
 ここから話を広げたり、変えたりしたらいいのかわかんなくなって、ティッシュを捨てて、チャーハンを再び食べ始める。ダダは不思議そうに小首をかしげつつ、彼もまた食事に戻る。
「ごちそうさまでした」
 ダダは手を合わせる。米粒一つ残さず、平らげていた。
「ねぇ、オレ、ここでしばらくお世話になるけど、お礼に何したらいい?」
「別にいいよ。その辺で寝転んでたら」
「なんでもするよ?」
 そう言いながら顔を近づけてくる。距離を急に詰めてくるから、思わず後ずさる。なんでもと言われても……。
「そんじゃあ……皿洗って」
「それでいいの?」
「皿洗いって超面倒じゃん。手も荒れるしさ」
「そう?」
 立ち上がり、シンクに向かうと皿を洗いはじめた。なんかじっと座って待ってるのも居心地悪くて、アタシはその後ろに立つ。
「これ以上、ほんとに何もしなくていいの?」
「やってほしいことあったら、その都度言う。てか、なんでそんなに訊くの?」
「助けてもらったら、ちゃんとお礼はしろっておばあちゃんが言ってたから」
「そういうことね。なら、しばらくダダに皿洗いお願いするわー。その代わりっていうのも変だけど、ここにいる間は自分の家だと思っていいよ」
「ありがと、キムキム」
 皿洗いが終わったのを見計らい、冷凍庫を開ける。
「アイス食べる?」
「食べる」
 こないだスーパー行った時、その日があまりにも暑くてたまらなかったから、つい買ってしまったミルクバーがちょうど二本残っていた。ベッドを背もたれにして並んで座って食べる。
「昔、ダダとアイス食べたことあったよね」
「うん。キムキムが突然アイス持って来たことあった」
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