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【第2章 蕾~つぼみ~】
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体育館を出たのはいいが、行く場所がない。早々に帰宅すれば、サボったことを母親に叱られるだろう。なけなしの小遣いを、時間つぶしに使うことも出来ないし、サボっているところを誰かに見られたくないから街を避けたい。
家とも街とも違う方へ、目的の無いままひたすら歩く。住宅地を外れると、急に人気の無い場所に当たる。この町は昔、都心の人口増加対策として宅地化されたそうだ。しかし、大きな町になる前に景気が陰り、宅地化は鈍化したらしい。その為、少し歩くとこういった場所がたくさんある。『自然を残す目的で残された緑地』と銘打たれているが、不景気のあおりで管理されなくなり荒れ地のようになっていった。
宅地化で自然が削られ、残った緑地も管理されず荒れた。そうしてこの街の桜は急激に減り、今では見掛けることも無くなった。
そんな荒れた緑地の細道に踏み込むと、街の喧騒と隔離された静かな世界が広がっている。どこか懐かしいような気持ちで奥へ歩みを進める。
緑地の奥、木々の無い開けた場所にでた。そこには、建物が1つ。窓や壁、屋根が特徴的で、この建物が何なのかは一目でわかる。それは古い体育館。地区センターがあるわけでも、学校があるわけでもない荒れた緑地にひっそりと建つ小さな体育館。
入り口は、古く重そうな鉄の扉。それが少し開いていて、近づくと床にシューズが擦れる甲高い音が漏れている。僕は好奇心に誘われるようにそっと中を覗き込む。
中には、たった一面のバドミントンコート。そこで、1人の女性が黙々とフットワークの練習をしている。その足運びやフォームには無駄がなく美しい。まるで本当に対面に相手がいて、試合をしていると錯覚してしまう程の臨場感。
そう、ただ足運びの練習をしてるのではない。相手と実際に打ち合っているイメージを持ち、素振り1つにも何のショットをどこに打っているかの意識を持ったフットワークの練習。
そして、ネット前に浮いたシャトルに向かって女性は飛び付き、相手コートへ押し込むように叩きつける。
「凄い」
僕は、素直に思ったことが、無意識に声に出ていた。ネット前で、肩を上下させて呼吸を調えようとしている女性が、僕の咄嗟の声に気づいたのか急にこちらを向く。
僕は、慌てて扉の陰に隠れる。覗いていたことが、悪いことをしていた様な気になってしまったから。胸がドキドキと高鳴る。それは、覗いていたことがバレてしまったからではない。こっちを向いた女性の可愛らしい顔が、脳裏に焼き付いたから。
足音が近づいてきて、鉄の扉の隙間から女性がひょっこりと顔を出す。
「こんにちは」
不安に反し、優しそうな笑顔の女性。僕は驚きと緊張で言葉が出ない。女性は重い扉に両手を差し込み、「ふん」と力を込めて開ける。
「来てくれてー、ありがぁぁぁっとぅっ!」
そう言いながら、全身を伸ばすように跳ね、敷居を越えて両足で着地する。同時に背筋がピンと伸び、空へ向けて広げるように腕をあげる。
「かわいい…」
素直にそう思った。童顔の可愛らしい顔立ち、全身で表現する動き、澄んだ高い声、それら全てが『かわいい』。しかし、再び無意識に声として漏れてしまった。クラスの女子に「かわいい」なんて言えば、「はっ?キモ」と引かれるだろう。この女性からも引かれてしまうのではないかと、不安になる。
「えっ!?ぼく、かわいい? いやぁぁぁ」
女性はそう言って照れ笑いをする。僕は呆気にとられて再び無言になる。そんな僕の目を、女性は真っ直ぐ見つめてくる。その視線が、少し右にずれ、僕が肩に背負っているラケットバックに向けられる。
女性は、自分の肩を指して言う。
「キミもやるんだ?」
同時に、ラケットを振る仕草をする。
嬉しそうに言うその言葉に、僕はやっとハッキリ言葉が出た。
「はい、僕もバドやります」
反射的そう答えた僕も、笑顔になっていることに自分で気付いた。
家とも街とも違う方へ、目的の無いままひたすら歩く。住宅地を外れると、急に人気の無い場所に当たる。この町は昔、都心の人口増加対策として宅地化されたそうだ。しかし、大きな町になる前に景気が陰り、宅地化は鈍化したらしい。その為、少し歩くとこういった場所がたくさんある。『自然を残す目的で残された緑地』と銘打たれているが、不景気のあおりで管理されなくなり荒れ地のようになっていった。
宅地化で自然が削られ、残った緑地も管理されず荒れた。そうしてこの街の桜は急激に減り、今では見掛けることも無くなった。
そんな荒れた緑地の細道に踏み込むと、街の喧騒と隔離された静かな世界が広がっている。どこか懐かしいような気持ちで奥へ歩みを進める。
緑地の奥、木々の無い開けた場所にでた。そこには、建物が1つ。窓や壁、屋根が特徴的で、この建物が何なのかは一目でわかる。それは古い体育館。地区センターがあるわけでも、学校があるわけでもない荒れた緑地にひっそりと建つ小さな体育館。
入り口は、古く重そうな鉄の扉。それが少し開いていて、近づくと床にシューズが擦れる甲高い音が漏れている。僕は好奇心に誘われるようにそっと中を覗き込む。
中には、たった一面のバドミントンコート。そこで、1人の女性が黙々とフットワークの練習をしている。その足運びやフォームには無駄がなく美しい。まるで本当に対面に相手がいて、試合をしていると錯覚してしまう程の臨場感。
そう、ただ足運びの練習をしてるのではない。相手と実際に打ち合っているイメージを持ち、素振り1つにも何のショットをどこに打っているかの意識を持ったフットワークの練習。
そして、ネット前に浮いたシャトルに向かって女性は飛び付き、相手コートへ押し込むように叩きつける。
「凄い」
僕は、素直に思ったことが、無意識に声に出ていた。ネット前で、肩を上下させて呼吸を調えようとしている女性が、僕の咄嗟の声に気づいたのか急にこちらを向く。
僕は、慌てて扉の陰に隠れる。覗いていたことが、悪いことをしていた様な気になってしまったから。胸がドキドキと高鳴る。それは、覗いていたことがバレてしまったからではない。こっちを向いた女性の可愛らしい顔が、脳裏に焼き付いたから。
足音が近づいてきて、鉄の扉の隙間から女性がひょっこりと顔を出す。
「こんにちは」
不安に反し、優しそうな笑顔の女性。僕は驚きと緊張で言葉が出ない。女性は重い扉に両手を差し込み、「ふん」と力を込めて開ける。
「来てくれてー、ありがぁぁぁっとぅっ!」
そう言いながら、全身を伸ばすように跳ね、敷居を越えて両足で着地する。同時に背筋がピンと伸び、空へ向けて広げるように腕をあげる。
「かわいい…」
素直にそう思った。童顔の可愛らしい顔立ち、全身で表現する動き、澄んだ高い声、それら全てが『かわいい』。しかし、再び無意識に声として漏れてしまった。クラスの女子に「かわいい」なんて言えば、「はっ?キモ」と引かれるだろう。この女性からも引かれてしまうのではないかと、不安になる。
「えっ!?ぼく、かわいい? いやぁぁぁ」
女性はそう言って照れ笑いをする。僕は呆気にとられて再び無言になる。そんな僕の目を、女性は真っ直ぐ見つめてくる。その視線が、少し右にずれ、僕が肩に背負っているラケットバックに向けられる。
女性は、自分の肩を指して言う。
「キミもやるんだ?」
同時に、ラケットを振る仕草をする。
嬉しそうに言うその言葉に、僕はやっとハッキリ言葉が出た。
「はい、僕もバドやります」
反射的そう答えた僕も、笑顔になっていることに自分で気付いた。
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