夕凪にきらめく花

やっさん@ゆっくり小説系Vtuber

文字の大きさ
3 / 8

【第2章 蕾~つぼみ~】

しおりを挟む
 体育館を出たのはいいが、行く場所がない。早々に帰宅すれば、サボったことを母親に叱られるだろう。なけなしの小遣いを、時間つぶしに使うことも出来ないし、サボっているところを誰かに見られたくないから街を避けたい。

 家とも街とも違う方へ、目的の無いままひたすら歩く。住宅地を外れると、急に人気ひとけの無い場所に当たる。この町は昔、都心の人口増加対策として宅地化されたそうだ。しかし、大きな町になる前に景気が陰り、宅地化は鈍化したらしい。その為、少し歩くとこういった場所がたくさんある。『自然を残す目的で残された緑地』と銘打たれているが、不景気のあおりで管理されなくなり荒れ地のようになっていった。

 宅地化で自然が削られ、残った緑地も管理されず荒れた。そうしてこの街の桜は急激に減り、今では見掛けることも無くなった。

 そんな荒れた緑地の細道に踏み込むと、街の喧騒と隔離された静かな世界が広がっている。どこか懐かしいような気持ちで奥へ歩みを進める。

 緑地の奥、木々の無い開けた場所にでた。そこには、建物が1つ。窓や壁、屋根が特徴的で、この建物が何なのかは一目でわかる。それは古い体育館。地区センターがあるわけでも、学校があるわけでもない荒れた緑地にひっそりと建つ小さな体育館。

 入り口は、古く重そうな鉄の扉。それが少し開いていて、近づくと床にシューズが擦れる甲高い音が漏れている。僕は好奇心に誘われるようにそっと中を覗き込む。

 中には、たった一面のバドミントンコート。そこで、1人の女性が黙々とフットワークの練習をしている。その足運びやフォームには無駄がなく美しい。まるで本当に対面に相手がいて、試合をしていると錯覚してしまう程の臨場感。

 そう、ただ足運びの練習をしてるのではない。相手と実際に打ち合っているイメージを持ち、素振り1つにも何のショットをどこに打っているかの意識を持ったフットワークの練習。

 そして、ネット前に浮いたシャトルに向かって女性は飛び付き、相手コートへ押し込むように叩きつける。

 「凄い」
 僕は、素直に思ったことが、無意識に声に出ていた。ネット前で、肩を上下させて呼吸を調えようとしている女性が、僕の咄嗟の声に気づいたのか急にこちらを向く。

 僕は、慌てて扉の陰に隠れる。覗いていたことが、悪いことをしていた様な気になってしまったから。胸がドキドキと高鳴る。それは、覗いていたことがバレてしまったからではない。こっちを向いた女性の可愛らしい顔が、脳裏に焼き付いたから。

 足音が近づいてきて、鉄の扉の隙間から女性がひょっこりと顔を出す。

 「こんにちは」

 不安に反し、優しそうな笑顔の女性。僕は驚きと緊張で言葉が出ない。女性は重い扉に両手を差し込み、「ふん」と力を込めて開ける。

 「来てくれてー、ありがぁぁぁっとぅっ!」

 そう言いながら、全身を伸ばすように跳ね、敷居を越えて両足で着地する。同時に背筋がピンと伸び、空へ向けて広げるように腕をあげる。

 「かわいい…」
 素直にそう思った。童顔の可愛らしい顔立ち、全身で表現する動き、澄んだ高い声、それら全てが『かわいい』。しかし、再び無意識に声として漏れてしまった。クラスの女子に「かわいい」なんて言えば、「はっ?キモ」と引かれるだろう。この女性からも引かれてしまうのではないかと、不安になる。

 「えっ!?ぼく、かわいい? いやぁぁぁ」

 女性はそう言って照れ笑いをする。僕は呆気にとられて再び無言になる。そんな僕の目を、女性は真っ直ぐ見つめてくる。その視線が、少し右にずれ、僕が肩に背負っているラケットバックに向けられる。

 女性は、自分の肩を指して言う。
 「キミもやるんだ?」
 同時に、ラケットを振る仕草をする。
 嬉しそうに言うその言葉に、僕はやっとハッキリ言葉が出た。
 「はい、僕もバドやります」

 反射的そう答えた僕も、笑顔になっていることに自分で気付いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

処理中です...