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【第6章 花吹雪~はなふぶき~】
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部活を終えると、いつもの緑地へ走る。その時、誰かに見られている気がした。今日も、空花さんは笑顔を全身で表現しながら迎えてくれた。最近は基礎練習が多かったが、今日は試合をする。
「今日は本気で行くからねー」
そんなことを言いながらコートに入った空花さんは、いつになくご機嫌。しかし、楽しそうな表情とは裏腹にそのショットは的確で、僕はコートを隅々まで走りまわる。
けど…
空花さんの体勢は右、ラケットの面も右、しかし・・・。クルリと面の向きが変わる。見えた、フェイントだ。予測して動くのをギリギリまで我慢して空花さんをよく見た僕は、放たれたシャトルへ即座に飛びつく。
フェイントショットをカウンターで捉えられた空花さんは、予想外の出来事に悲鳴の様な声をあげ、足が動かず尻もちをつく。その後ろ、コートの隅にシャトルが落ちた。
ゲームセット
勝った、僕は勝った。喜びを噛みしめていると、ドタバタと足音が近づいてくる。そして…
「凄い試合を、ありがぁぁぁっとぅっ!」
空花さんは、僕に向かって飛びついてきた。慌ててラケットを放り、全身で受け止める。
まるで、オリンピック優勝ダブルスペアのような抱擁。僕の勝利を、自分のことのように喜んでくれている。しかし僕は勝利の喜び以上に、スポーツウェア越しに感じる柔らかくて温かいものが密着していることに意識がかたよる。
抱擁と勝利の興奮を心の中に押し込みながら、コートを出ていつも通りアドバイスをお願いする。しかし、空花さんは僕に背を向けたまま、呟くように言った。
「ぼくには、これ以上教えられることなんて、無いかな」
その瞬間、僕の胸がトクンと跳ねる。
「これからは、部活の仲間と一緒に強くなっていけるはずだよ」
トクントクン、苦しいほど胸が脈打つ。
「だからね、ぼくとのバドミントンは卒業だよ」
そう言って振り返った空花さんは、満面の笑顔。でも、瞳が濡れていることを僕は見逃さなかった。
ドックンドックンドックン。呼吸が出来ない程、胸が締め付けられる。
なぜ一度勝っただけで卒業なのか。それに、このままだと後悔する気がした。僕は、胸を締め付ける鎖を振りほどくように大きく息を吸う。そして、弱い心を自らの意思で奮い立たせて言葉にする。
「卒業なんてイヤだ。卒業なんていらない。これからも一緒に練習したいよ。これからは、僕が空花さんの練習相手になるよ。だから、これからも一緒に強くなろうよ。だって、僕は…」
言葉が途切れる。勢いに任せて言いそうになったことを、自ら止めてしまった。胸が高鳴り、顔が燃え上がるように熱い。でも、今を逃せば二度と言えない気がする。僕は再び大きく空気を吸う。
「僕は、空花さんのこと、す…ング」
言いかけた僕の唇を、空花さんの細くて白い人差し指が塞ぐ。
僕の唇が閉じて止まると、人差し指が離れる。
離れる指の代わりに、ゆっくり近づく。
空花さんの顔がゆっくり近づく。
瞳を閉じた空花さんの唇がゆっくり近づく。
慌てて目を閉じる僕の唇に、しっとりとした柔らかくて温かな何かが降れる。続いて甘い香りがする。シャンプーだろうか、春の花のように、春の果実のように優しい香り。
そして、瞳を閉じた空花さんの顔がゆっくりと離れていく。頬を真っ赤に染めた空花さんが、ゆっくりと瞳を開き、ゆっくりと話し始める。
「今、きっと凄い勇気を振り絞って言おうとしてくれたよね。ごめん、ぼくは、気持ちに応えられない」
しばしの沈黙、何秒か、何分か、限りなく短く、限りなく長い沈黙。そんな止まったような時間を、空花さんが優しく動かす。
「その勇気、他の向けなきゃいけない相手、いるよね?」
言い終えた空花さんは、再び僕に背を向けて、もう何も言うことはなかった。
何かが僕の頭の中にまとわりつく。恋愛どころか告白すらしたことのない僕が、
好きな女性と抱擁し
好きな女性の膨らみを感じ
好きな女性と唇を交わし
好きな女性に気持ちを伝えかけて
そして
好きな女性にフラれた。
そう、頭にまとわりつくものは、失恋という辛さ、失恋という悲しさ、失恋の切なさ、初めて知る気持ち。
そんな時に、なんて言っていいのか、どうやってこの場を去ればいいのかわからない。ただ、どうしても言いたかった言葉を残し、体育館を出る。
「もも、ありがとう」
やっと名前で呼ぶことが出来た。それが、別れの瞬間だと言うのは悲しい。体育館を振り返ることなく、緑地の細道に向かう。その時、思わぬ人に会った。そこには、咲良と依留。
意外な出会いに、思わず聞いてしまう。
「なんでここに?もしかして、ももに?」
すると、咲良は少し怒ったような表情で言った。
「なんで じゃないわよ。毎日部活の後いなくなるんだもん。気になってたから今日は追いかけてきたの。それにしても、まさかここにいるとは意外だったよー。久しぶりだなぁ、もも」
言い終えた咲良は、嬉しそうな表情になり目を細めている。依留は、僕が秘密特訓してるのだろうと思い、参加しようと思ってついてきたそうだ。
異様な雰囲気に、必死に言葉を探して絞り出す。
「それにしても、咲良も知ってたんだね、もも」
僕の質問に、咲良は呆れたような表情で答えた。
「何言ってんの? ここ教えたの私じゃん。忘れたの?」
そう言われて振り返ると、見覚えのある景色が広がっている。緑地の中には小さな体育館…、ではなく、枝いっぱいに桃色の花を咲かせた木が立っている。
僕は、思わず驚きの声を上げる。その時、暖かな春風が吹きつけた。風は僕を走り抜け、枝を揺らす。そしてピタリと風が止む。その時、頭上に広がった光景に、僕は言葉を失った。僕だけじゃない、三人で言葉を失った。
「きれい…」
咲良が呟いた短い言葉。それ以上の表現なんて、それ以上の言葉なんて、無い。
風が花びらを舞い上げ、西の山間に沈みかけた夕陽が花びらを柔らかく照らす。そして風が走るのを止めた刹那、それはまるで、『夕凪にきらめく桜』のよう。言葉には出来ない、幻想的な光景。
「約束、叶ったね」
隣にいる咲良がそう呟くと、10年前の記憶が蘇る。
『あのね、夕凪にきらめく桜を見ると、願いが叶うんだって。だからね、ここに苗を植えよう。大きくなったら、また見に来ようね。約束だよ』
10年前の、咲良との約束。
この町にはもう、桜が咲かない。だから、私たちが植えよう。そう言った咲良と一緒に苗を植えた。
ホームセンターに桜の苗を買いに行った時、桜は子供が買える値段では無い。しかも育てるのが難しく、すぐ枯れてしまうことを店員が教えてくれた。代りに、桜の様な花を咲かせるという桃の苗を勧めてくれた。それが、『もも助』という品種の苗。
10年前を思い出した刹那、代わりに何かが記憶から薄れていく。忘れないようにと手を伸ばして掴もうとしても、舞い散る花びらの様に、指と指の間からすり抜けてしまう。それはまるで、寝起きに夢を思い出そうとすればするほど、夢が霧になって薄れていくかのように。
その時、忘れかけている誰かの声が聴こえた気がした。
『思い出してくれてぇ、ありがぁぁぁっとぅっ』
ついさっきまで一緒にいた誰か
とっても可愛い年上の誰か
僕を変えてくれた誰か
初めての気持ちを抱いた誰か
約束を守らせてくれた誰か
そんな愛おしい誰かの声が、聴こえた気がした。
「今日は本気で行くからねー」
そんなことを言いながらコートに入った空花さんは、いつになくご機嫌。しかし、楽しそうな表情とは裏腹にそのショットは的確で、僕はコートを隅々まで走りまわる。
けど…
空花さんの体勢は右、ラケットの面も右、しかし・・・。クルリと面の向きが変わる。見えた、フェイントだ。予測して動くのをギリギリまで我慢して空花さんをよく見た僕は、放たれたシャトルへ即座に飛びつく。
フェイントショットをカウンターで捉えられた空花さんは、予想外の出来事に悲鳴の様な声をあげ、足が動かず尻もちをつく。その後ろ、コートの隅にシャトルが落ちた。
ゲームセット
勝った、僕は勝った。喜びを噛みしめていると、ドタバタと足音が近づいてくる。そして…
「凄い試合を、ありがぁぁぁっとぅっ!」
空花さんは、僕に向かって飛びついてきた。慌ててラケットを放り、全身で受け止める。
まるで、オリンピック優勝ダブルスペアのような抱擁。僕の勝利を、自分のことのように喜んでくれている。しかし僕は勝利の喜び以上に、スポーツウェア越しに感じる柔らかくて温かいものが密着していることに意識がかたよる。
抱擁と勝利の興奮を心の中に押し込みながら、コートを出ていつも通りアドバイスをお願いする。しかし、空花さんは僕に背を向けたまま、呟くように言った。
「ぼくには、これ以上教えられることなんて、無いかな」
その瞬間、僕の胸がトクンと跳ねる。
「これからは、部活の仲間と一緒に強くなっていけるはずだよ」
トクントクン、苦しいほど胸が脈打つ。
「だからね、ぼくとのバドミントンは卒業だよ」
そう言って振り返った空花さんは、満面の笑顔。でも、瞳が濡れていることを僕は見逃さなかった。
ドックンドックンドックン。呼吸が出来ない程、胸が締め付けられる。
なぜ一度勝っただけで卒業なのか。それに、このままだと後悔する気がした。僕は、胸を締め付ける鎖を振りほどくように大きく息を吸う。そして、弱い心を自らの意思で奮い立たせて言葉にする。
「卒業なんてイヤだ。卒業なんていらない。これからも一緒に練習したいよ。これからは、僕が空花さんの練習相手になるよ。だから、これからも一緒に強くなろうよ。だって、僕は…」
言葉が途切れる。勢いに任せて言いそうになったことを、自ら止めてしまった。胸が高鳴り、顔が燃え上がるように熱い。でも、今を逃せば二度と言えない気がする。僕は再び大きく空気を吸う。
「僕は、空花さんのこと、す…ング」
言いかけた僕の唇を、空花さんの細くて白い人差し指が塞ぐ。
僕の唇が閉じて止まると、人差し指が離れる。
離れる指の代わりに、ゆっくり近づく。
空花さんの顔がゆっくり近づく。
瞳を閉じた空花さんの唇がゆっくり近づく。
慌てて目を閉じる僕の唇に、しっとりとした柔らかくて温かな何かが降れる。続いて甘い香りがする。シャンプーだろうか、春の花のように、春の果実のように優しい香り。
そして、瞳を閉じた空花さんの顔がゆっくりと離れていく。頬を真っ赤に染めた空花さんが、ゆっくりと瞳を開き、ゆっくりと話し始める。
「今、きっと凄い勇気を振り絞って言おうとしてくれたよね。ごめん、ぼくは、気持ちに応えられない」
しばしの沈黙、何秒か、何分か、限りなく短く、限りなく長い沈黙。そんな止まったような時間を、空花さんが優しく動かす。
「その勇気、他の向けなきゃいけない相手、いるよね?」
言い終えた空花さんは、再び僕に背を向けて、もう何も言うことはなかった。
何かが僕の頭の中にまとわりつく。恋愛どころか告白すらしたことのない僕が、
好きな女性と抱擁し
好きな女性の膨らみを感じ
好きな女性と唇を交わし
好きな女性に気持ちを伝えかけて
そして
好きな女性にフラれた。
そう、頭にまとわりつくものは、失恋という辛さ、失恋という悲しさ、失恋の切なさ、初めて知る気持ち。
そんな時に、なんて言っていいのか、どうやってこの場を去ればいいのかわからない。ただ、どうしても言いたかった言葉を残し、体育館を出る。
「もも、ありがとう」
やっと名前で呼ぶことが出来た。それが、別れの瞬間だと言うのは悲しい。体育館を振り返ることなく、緑地の細道に向かう。その時、思わぬ人に会った。そこには、咲良と依留。
意外な出会いに、思わず聞いてしまう。
「なんでここに?もしかして、ももに?」
すると、咲良は少し怒ったような表情で言った。
「なんで じゃないわよ。毎日部活の後いなくなるんだもん。気になってたから今日は追いかけてきたの。それにしても、まさかここにいるとは意外だったよー。久しぶりだなぁ、もも」
言い終えた咲良は、嬉しそうな表情になり目を細めている。依留は、僕が秘密特訓してるのだろうと思い、参加しようと思ってついてきたそうだ。
異様な雰囲気に、必死に言葉を探して絞り出す。
「それにしても、咲良も知ってたんだね、もも」
僕の質問に、咲良は呆れたような表情で答えた。
「何言ってんの? ここ教えたの私じゃん。忘れたの?」
そう言われて振り返ると、見覚えのある景色が広がっている。緑地の中には小さな体育館…、ではなく、枝いっぱいに桃色の花を咲かせた木が立っている。
僕は、思わず驚きの声を上げる。その時、暖かな春風が吹きつけた。風は僕を走り抜け、枝を揺らす。そしてピタリと風が止む。その時、頭上に広がった光景に、僕は言葉を失った。僕だけじゃない、三人で言葉を失った。
「きれい…」
咲良が呟いた短い言葉。それ以上の表現なんて、それ以上の言葉なんて、無い。
風が花びらを舞い上げ、西の山間に沈みかけた夕陽が花びらを柔らかく照らす。そして風が走るのを止めた刹那、それはまるで、『夕凪にきらめく桜』のよう。言葉には出来ない、幻想的な光景。
「約束、叶ったね」
隣にいる咲良がそう呟くと、10年前の記憶が蘇る。
『あのね、夕凪にきらめく桜を見ると、願いが叶うんだって。だからね、ここに苗を植えよう。大きくなったら、また見に来ようね。約束だよ』
10年前の、咲良との約束。
この町にはもう、桜が咲かない。だから、私たちが植えよう。そう言った咲良と一緒に苗を植えた。
ホームセンターに桜の苗を買いに行った時、桜は子供が買える値段では無い。しかも育てるのが難しく、すぐ枯れてしまうことを店員が教えてくれた。代りに、桜の様な花を咲かせるという桃の苗を勧めてくれた。それが、『もも助』という品種の苗。
10年前を思い出した刹那、代わりに何かが記憶から薄れていく。忘れないようにと手を伸ばして掴もうとしても、舞い散る花びらの様に、指と指の間からすり抜けてしまう。それはまるで、寝起きに夢を思い出そうとすればするほど、夢が霧になって薄れていくかのように。
その時、忘れかけている誰かの声が聴こえた気がした。
『思い出してくれてぇ、ありがぁぁぁっとぅっ』
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