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第五章【星の名は】
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「おいタマゴ、これ終わるまで帰るな」
相変わらずの上司の言葉が飛んできたが、僕はいつものように言い返す。
「俺、予定あるんで定時で上がるって言いましたよね、それに課長の雑務を俺に押し付けないでください」
そう言って、タイムカードを押してさっさと会社を出る。
駅につくと、急行とすかすかの各駅がいる。時間の余裕はあるが、急行に乗りこむ。
今日は隣町で、久しぶりにユノウとニコに会う。去年は、残業で会えなかったが今年は断ってきた。
居酒屋の個室、ほろ酔いになり三人で楽しく話す。
「それにしても、タマゴ変わったな」
おもむろに言ったニコにうなづきながら、ユノウが続く。
「やっと、弱気の殻から抜け出せたみたいだね、卵だけに。でも、この変わりよう、もしかして、彼女出来たんだろ?」
否定する僕に、ニコが絡む。
「お前もか!?ユノウに続いてお前まで俺を裏切ったのか?」
そこから恋愛の話しになり、ユノウが愚痴をこぼし始めた。
ユノウの彼女は、帰国子女で美人。今まで、さんざんのろけ話しを聞かされた。しかし、同棲を始めて以来、不満が増えているらしい。
彼女の作る料理は美味しいが、洋風のものばかり。ユノウが作る和食を、彼女はナイフとフォークで食べる。最初は気にしていなかったが、いつの間にか『日本食を軽んじられている』と感じてしまった。以来、様々なことが気になるようになってしまった。
裸足は嫌だと、畳の上すらスリッパを履いている。畳で座布団に座ることをいやがり、和室でも椅子を使う。彼女に悪意が無いことは分かっている。だからこそ、文句も言えない。
しばらく聞き役に徹していたが、ユノウの話が途切れたところで口を開く。
「いーじゃんそれくらい。洋食どころか料理も出来ない子なんていっぱいいる。ナイフとフォークどころか、手づかみで食べられるよりいいじゃん?。ドロドロの長靴のまま家に入られるよりスリッパのほうがずっとましだよ?」
言い終えると、ユノウとニコがきょとんとしている。
「どうしたの?」
そう言った僕に、ニコがヘッドロックをかけながら叫ぶ。
「やっぱお前、彼女出来たな? お前も帰国子女か?いや、外国の子だろ? 南アジアとかのエキゾチックな子だろう?羨ましいぞこのやろう」
居酒屋を出ると、ユノウの彼女が、車で迎えに来ていた。気恥ずかしそうに助手席に乗り込むユノウ。その笑顔を見て、二人は大丈夫だと感じた。
帰りに、空腹を感じたのでコンビニに立ち寄る。特に何も考えずに食べ物と飲み物を買った。帰宅し部屋に入ると流れ作業のように電気とテレビをつける。
「流星群の見られるピークは30分後です、都会では見えづらいかもしれないですが、北の方にある明るい星の近くなら見えるかもしれません」
夜のニュース番組、お天気お姉さんがそんな話をしているのを聞きながら、鏡を見る。その横のフックに、赤と青のシマ模様のヘアゴムがかかっていることに気づく。ヘアゴムには星がついている。その星を見た瞬間、頭のなかに何かが駆け巡るのを感じた。
長い髪をくくり、鏡越しに親指をグッと立てる誰か
その誰かを、思い出そうとする。
必死に記憶の奥に手を伸ばす。しかし、その指をするりと抜けて、誰かは記憶の奥へ消える。
僕は家の中を見渡すと、はじかれたように外へ出る。コンビニ袋をテーブルに置くこともせずに。
都会の明るい星空に、わずかな星を見つける。その時、誰かの記憶がまたひとつ頭を駆け巡る。
タンス貯金を全てバナナボートと牛乳に変えてしまった誰か
疲れてる僕を、甘いもので元気づけようとしてくれてたんだよね。
次の星を見つける。誰かの記憶が浮かぶ。
ドロドロになった長靴で家の中を走り回る誰か。
僕が買ってあげた長靴を、あんなに喜んでくれたのにね。怒った僕は、一人で掃除させちゃったね。手伝ってあげればよかった。
星を見つける、また思い出す。
薬局の店員や警察ともめている誰か。
「お金と命、どっちが大事なんだ」
って叫んでたよね。風邪をひいた僕の為に。
そうだよね、本当におかしいのは、僕たち人間だよね。
都会のまばらな夜空に、もっと思い出したくて、必死に星を探して走り回る。次の星を見つける。
何かを頬張る誰か
口の端からこぼしながら、なにかを飲む誰か
その満面の笑顔が愛おしかった
あと1つ、あと1つ星を見つければ、誰かの顔を、誰かの名前を、誰かの全てを思い出せる気がするのに、見つからない。
息も絶え絶えになり、ひっそりとした公園で立ち止まる。
思い出したいのに、思い出せそうなのに、思い出さなきゃいけないはずなのに、思い出せない。
その時、公園に人影を感じた。
「全然、流星群見えないね」
「あっち、明るい星の近くなら見えるらしいよ」
流星群を見るために出歩く人。その会話につられるように、夜空を見上げる。
そこには、ひときわ輝く青い星が一つ。その星を見た瞬間に溢れだす。頭のなかに溢れ出す。
初めて愛した誰か
一緒に笑った誰か
ずっと見守っていきたい誰か
初めて の、誰か
その、誰かの全てが頭のなかに溢れ出す。
『・・・は、16万才だぞぉ』
『名前はね・・・ 和名はね・・・』
天体のことなんて全然知らないけど、あの星は知っている。そう、あの星は…
「すふあ」
そう呟いたとき、誰かの声が聴こえた気がした。
「思い出してくれて、ありがとぅなぁ」
いや、違う。
気がしたんじゃない。聞こえた。間違いなく聞こえた。
このかわいらしい声は、すふあ。
僕は、声の方を振り向く。
そこには、満面の笑顔で可愛らしい、すふあ。
「牛乳とバナナボート買ってきてくれたのかぁ? ありがとうなぁ」
再会よりも、コンビニ袋の中の牛乳とバナナボートに喜んでいるかのようなすふあを、僕は咄嗟に抱き締める。
「ぎゅっひょん!?」
驚いたのか、すふあは意味のわからない言葉を洩らしたが、すぐに僕の背中に腕を回し、優しく抱き返してくれた。
相変わらずの上司の言葉が飛んできたが、僕はいつものように言い返す。
「俺、予定あるんで定時で上がるって言いましたよね、それに課長の雑務を俺に押し付けないでください」
そう言って、タイムカードを押してさっさと会社を出る。
駅につくと、急行とすかすかの各駅がいる。時間の余裕はあるが、急行に乗りこむ。
今日は隣町で、久しぶりにユノウとニコに会う。去年は、残業で会えなかったが今年は断ってきた。
居酒屋の個室、ほろ酔いになり三人で楽しく話す。
「それにしても、タマゴ変わったな」
おもむろに言ったニコにうなづきながら、ユノウが続く。
「やっと、弱気の殻から抜け出せたみたいだね、卵だけに。でも、この変わりよう、もしかして、彼女出来たんだろ?」
否定する僕に、ニコが絡む。
「お前もか!?ユノウに続いてお前まで俺を裏切ったのか?」
そこから恋愛の話しになり、ユノウが愚痴をこぼし始めた。
ユノウの彼女は、帰国子女で美人。今まで、さんざんのろけ話しを聞かされた。しかし、同棲を始めて以来、不満が増えているらしい。
彼女の作る料理は美味しいが、洋風のものばかり。ユノウが作る和食を、彼女はナイフとフォークで食べる。最初は気にしていなかったが、いつの間にか『日本食を軽んじられている』と感じてしまった。以来、様々なことが気になるようになってしまった。
裸足は嫌だと、畳の上すらスリッパを履いている。畳で座布団に座ることをいやがり、和室でも椅子を使う。彼女に悪意が無いことは分かっている。だからこそ、文句も言えない。
しばらく聞き役に徹していたが、ユノウの話が途切れたところで口を開く。
「いーじゃんそれくらい。洋食どころか料理も出来ない子なんていっぱいいる。ナイフとフォークどころか、手づかみで食べられるよりいいじゃん?。ドロドロの長靴のまま家に入られるよりスリッパのほうがずっとましだよ?」
言い終えると、ユノウとニコがきょとんとしている。
「どうしたの?」
そう言った僕に、ニコがヘッドロックをかけながら叫ぶ。
「やっぱお前、彼女出来たな? お前も帰国子女か?いや、外国の子だろ? 南アジアとかのエキゾチックな子だろう?羨ましいぞこのやろう」
居酒屋を出ると、ユノウの彼女が、車で迎えに来ていた。気恥ずかしそうに助手席に乗り込むユノウ。その笑顔を見て、二人は大丈夫だと感じた。
帰りに、空腹を感じたのでコンビニに立ち寄る。特に何も考えずに食べ物と飲み物を買った。帰宅し部屋に入ると流れ作業のように電気とテレビをつける。
「流星群の見られるピークは30分後です、都会では見えづらいかもしれないですが、北の方にある明るい星の近くなら見えるかもしれません」
夜のニュース番組、お天気お姉さんがそんな話をしているのを聞きながら、鏡を見る。その横のフックに、赤と青のシマ模様のヘアゴムがかかっていることに気づく。ヘアゴムには星がついている。その星を見た瞬間、頭のなかに何かが駆け巡るのを感じた。
長い髪をくくり、鏡越しに親指をグッと立てる誰か
その誰かを、思い出そうとする。
必死に記憶の奥に手を伸ばす。しかし、その指をするりと抜けて、誰かは記憶の奥へ消える。
僕は家の中を見渡すと、はじかれたように外へ出る。コンビニ袋をテーブルに置くこともせずに。
都会の明るい星空に、わずかな星を見つける。その時、誰かの記憶がまたひとつ頭を駆け巡る。
タンス貯金を全てバナナボートと牛乳に変えてしまった誰か
疲れてる僕を、甘いもので元気づけようとしてくれてたんだよね。
次の星を見つける。誰かの記憶が浮かぶ。
ドロドロになった長靴で家の中を走り回る誰か。
僕が買ってあげた長靴を、あんなに喜んでくれたのにね。怒った僕は、一人で掃除させちゃったね。手伝ってあげればよかった。
星を見つける、また思い出す。
薬局の店員や警察ともめている誰か。
「お金と命、どっちが大事なんだ」
って叫んでたよね。風邪をひいた僕の為に。
そうだよね、本当におかしいのは、僕たち人間だよね。
都会のまばらな夜空に、もっと思い出したくて、必死に星を探して走り回る。次の星を見つける。
何かを頬張る誰か
口の端からこぼしながら、なにかを飲む誰か
その満面の笑顔が愛おしかった
あと1つ、あと1つ星を見つければ、誰かの顔を、誰かの名前を、誰かの全てを思い出せる気がするのに、見つからない。
息も絶え絶えになり、ひっそりとした公園で立ち止まる。
思い出したいのに、思い出せそうなのに、思い出さなきゃいけないはずなのに、思い出せない。
その時、公園に人影を感じた。
「全然、流星群見えないね」
「あっち、明るい星の近くなら見えるらしいよ」
流星群を見るために出歩く人。その会話につられるように、夜空を見上げる。
そこには、ひときわ輝く青い星が一つ。その星を見た瞬間に溢れだす。頭のなかに溢れ出す。
初めて愛した誰か
一緒に笑った誰か
ずっと見守っていきたい誰か
初めて の、誰か
その、誰かの全てが頭のなかに溢れ出す。
『・・・は、16万才だぞぉ』
『名前はね・・・ 和名はね・・・』
天体のことなんて全然知らないけど、あの星は知っている。そう、あの星は…
「すふあ」
そう呟いたとき、誰かの声が聴こえた気がした。
「思い出してくれて、ありがとぅなぁ」
いや、違う。
気がしたんじゃない。聞こえた。間違いなく聞こえた。
このかわいらしい声は、すふあ。
僕は、声の方を振り向く。
そこには、満面の笑顔で可愛らしい、すふあ。
「牛乳とバナナボート買ってきてくれたのかぁ? ありがとうなぁ」
再会よりも、コンビニ袋の中の牛乳とバナナボートに喜んでいるかのようなすふあを、僕は咄嗟に抱き締める。
「ぎゅっひょん!?」
驚いたのか、すふあは意味のわからない言葉を洩らしたが、すぐに僕の背中に腕を回し、優しく抱き返してくれた。
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