4 / 9
思ってたのと違う鑑定スキル。
しおりを挟む食事を終えたあと、執事のグレイが「ご案内いたします」と優しく声をかけてくれた。
大人の足取りをあえてゆっくりと落とし、五歳児の歩幅に合わせて歩いてくれる。
グレイの背中は大きく、安心感のある存在だが、今日ばかりは緊張が胸の奥を締めつけていた。
廊下の空気は、朝の光が差し込んでいるはずなのに、いつもより静かで重く感じる。
絨毯の上を小さな足で踏みしめながら、俺は心の中で何度も深呼吸を繰り返していた。
執務室の前に着くと、グレイが一度膝を折るようにしゃがみ、「大丈夫ですよ」と小さく囁く。
その仕草に、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
コンコン、とグレイがノックをする。
「レイン様をお連れしました」
「入れ」と父のグラードの低い声。
グレイがそっと扉を開けてくれる。
その手の動きはどこまでも丁寧で、俺の歩みに合わせて一歩後ろをゆっくりついてきてくれる。
その細やかな気遣いが、今の自分には妙にありがたかった。
部屋の中は、磨かれた木の床に重厚な書棚、窓から差す光が机の上に淡く広がっている。
グラードは革張りの椅子に座り、横には長兄のオレファンと次兄のシェザン。
グレイも部屋の隅で控えたままだ。
机の上には、拳ほどの大きさの石。
その一つが、この後の緊張とざわめきを呼び込むことになる。
「レイン、座りなさない」
「はい」
言われて、シェザンの横へと腰を下ろす。
小さなお尻が座面に沈んだ。
俺が座ったところでグラードがこちらを見つめたまま、低い声で問いかけてきた。
「レイン、この石を見てみろ。何かわかるか?」
俺は恐る恐る机の上の石に目を向けた。
(……ただの石、だよな?)
つい口から漏れる。
「石、だよね」
その言葉に、兄たちとグレイの表情がふっと緩んだ。
思わず自分でもホッとしたのが伝わる。
ここで『鑑定』を試したくなり、意識を向ける。
《鉄鉱石/用途:鉄の材料》
(これが鉄鉱石か。前世でも本物を見たことなかったな)
ポツリと言葉が零れ出た。
「これが鉄鉱石かぁ……」
言った瞬間、ピンと張り詰めた空気が戻ってくる。
沈黙が広がり、父がゆっくりと息を吸い込んで吐く。
「レイン。なぜそれが鉄鉱石だと分かる?」
俺は口をつぐんだ。
「……本で見たのか?」
オレファンが言う。
だが、すぐにグレイが補足した。
「いえ、オレファン様。レイン様はまだ絵本しか――文字もようやく習い始めたところでございます」
「では、なぜわかるんだ?」とシェザンも戸惑いを隠せない。
ぐっと詰まりそうになる。
(……これは、まさかやらかしたパターンか?)
石は大丈夫で、鉄鉱石だとダメってこと?なんで?
思わずグラードと目が合う。
真剣なまなざしに、身体がかちりと固まる。
「父上……?」
「レイン、この石のことを分かる範囲で話してごらん」
(わからないって答えるのはマズいよな……もう、誤魔化せないよな、鉄鉱石って言っちゃったし。ここは腹をくくるしかないか)
「鉄鉱石です。鉄の材料になります」
そう答えると、グラードの表情が一層険しくなる。
オレファンもシェザンも、そしてグレイまでも気まずそうな顔をしている。
グラードが静かに息をつくと、少しだけ表情を緩めた。
「……レイン。お前が『鑑定』のスキルを持っていることは、もう分かった」
その言葉に、シェザンが割って入る。
「なんで、レインがスキル持ってんだよ!しかも『鑑定』なんて!選別式もやってねぇのに!」
「黙れ、シェザン」
オレファンが低く遮る。
「兄貴もそう思うだろ?! だから黙れと言っている。父上が話しているんだ」
「……チッ、分かったよ」
シェザンが不満そうに椅子に座り直す。
グラードがしばし黙り、机の上で指を組む。
「この世界では、スキルは八歳の選別式で明らかになるのが常だ。ひとりにつき、ひとつ。多くてもゼロかひとつ。もともと体に宿っているが、それを確認するのが選別式。選別式の前に分かることなど滅多にないが、全くないわけではない」
(選別式ってのがこの世界の常識なのか。選別式前に発動は驚きってわけか……でもそれだけじゃなくて、なんだか重い空気だ)
オレファンがグラードに小声で言う。
「スキルが五歳で発動するのは珍しいですが、まさか『鑑定』とは……」
「ああ。他のスキルであれば、もっと喜べたのだが……『鑑定』は……」
グラードはわずかに視線を落とし、続ける。
「スキルはその人の生き方を大きく左右する。職業に合ったスキルなら大いに役に立つ。
だが、『鑑定』は……見れば分かることしかわからない。
この鉄鉱石も石と言う者もいれば、鉄鉱石だとわかる者もいる。
お前は『鑑定』スキルで鉄鉱石とわかるが、スキルがない人でも鉄鉱石だと分かる。……私の言ってることがわかるか?」
グラードの言葉が静かに落ちる。
その声は怒りでも失望でもなく、ただ事実だけを告げるものだった。
(……なるほどな)
俺は思わず、昔科捜研で上司に「基本を見落とすな」と言われたときのことを思い出す。
どんなに最新技術があっても、現場の誰もが気付く証拠しか見抜けないなら、“特別な力”とは言えない。そういうものなんだろう。
(この世界の“鑑定”は、あくまで“見れば分かることしかわからない”スキル。特別な真実を暴く力じゃない。誰もが知る情報を、ちょっと手早く知れるだけ――)
目の前の鉄鉱石だって、現実世界でも理科好きな子ならすぐに見抜けただろう。
つまり、俺が便利だと思っている『鑑定』は、この世界の人間から見れば、他のスキルほど役に立たない=評価されにくい、という理由も分かる。
(なるほど。ハズレ扱いか。俺には便利に思えるけど、そういうことか)
自分の力の意味を、ひとつ大人の目線で静かに受け止める。
そのうえで、胸の奥にわだかまる気持ちが、少しだけ整理された気がした。
「このことは、屋敷の者たちに口外しないように。グレイ、伝えてくれ」
「承知しました」とグレイ。
「レイン、お前がスキルを使うなとは言わないが、家族以外の前で『鑑定』については話さないこと」
「……わかりました」
肩を落とした自分に、シェザンが明るい声をかける。
「スキルは残念だったかもしれないけど、こんなに小さくてスキル使えるなんてすごいよな。さすが俺の弟!」
思わず小さく笑いそうになった。
グレイもそっと微笑む。
静かな執務室に、ほんの少しの安堵と、まだ消えない不安が静かに漂っていた。
0
あなたにおすすめの小説
家族と魔法と異世界ライフ!〜お父さん、転生したら無職だったよ〜
三瀬夕
ファンタジー
「俺は加藤陽介、36歳。普通のサラリーマンだ。日本のある町で、家族5人、慎ましく暮らしている。どこにでいる一般家庭…のはずだったんだけど……ある朝、玄関を開けたら、そこは異世界だった。一体、何が起きたんだ?転生?転移?てか、タイトル何これ?誰が考えたの?」
「えー、可愛いし、いいじゃん!ぴったりじゃない?私は楽しいし」
「あなたはね、魔導師だもん。異世界満喫できるじゃん。俺の職業が何か言える?」
「………無職」
「サブタイトルで傷、えぐらないでよ」
「だって、哀愁すごかったから。それに、私のことだけだと、寂しいし…」
「あれ?理沙が考えてくれたの?」
「そうだよ、一生懸命考えました」
「ありがとな……気持ちは嬉しいんだけど、タイトルで俺のキャリア終わっちゃってる気がするんだよな」
「陽介の分まで、私が頑張るね」
「いや、絶対、“職業”を手に入れてみせる」
突然、異世界に放り込まれた加藤家。
これから先、一体、何が待ち受けているのか。
無職になっちゃったお父さんとその家族が織りなす、異世界コメディー?
愛する妻、まだ幼い子どもたち…みんなの笑顔を守れるのは俺しかいない。
──家族は俺が、守る!
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる