不死の流儀

胤継

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プロローグ

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男は殺人鬼だった。
殺人鬼というのは些か語弊があるかもしれない。
男が殺すのは何も人だけではない。
人間という存在は、気色か悪いからという理由で虫を殺すこともあれば、空腹を満たすために仕方がないという理由で動植物を殺す。
害を及ぼすからという理由でも動物を殺し、親の勝手な理由で胎の内に宿る我が子をも殺す。 
そこにどんな事情や理由があったとしても結果はどれも一緒だ。殺生。
その結果に何ら差異は生じないし、同情など生まれてはならない。
何故なら殺生はどんな事情や理由があったとしても如何なる時でも殺す側の勝手な行為だと男は理解している。
けれど人は殺生という行為に善悪を織り交ぜてしまう。
善悪など人の狭窄な視点での一つの見方でしかないのに。
立場が違えば、善悪は容易に覆る。
社会体系が確立している現代において普遍の善悪の判断基準はあっても、不変の善悪は存在しないと男は考えている。
故に、男は人が虫を殺すように簡素且つ自分本位で自分勝手、至って自己中心的な理由で人も人ならざる者も殺す。
人間は男にとって同種でも同族でもなかった。
人は心理的傾向として同種、若しくは密接な関係を構築している種の死に対して絶大な忌避感を持つ。
それは己に死の可能性を連想させるからだ。死を身近に感じるからだ。
故に人間にとって己から色々な意味で遠い位置に存在する命を軽く捉え、近い位置に存在する命を重く捉える。
故に同種の命はとても重い。
それは社会的にも言えることだ。見ず知らずの誰かの命より身近の知人の命の方が大切だし関心がある。
更に言えば、命の危険に直面した時身近の知人の命より自分の命の方が大切だ。自分というのは世界の軸であり、中心だからだ。たった一つしか存在しないということ最も実感できる存在だからだ。
その点を考慮した所でやはり男にはあらゆる命に大した重みを感じることができないでいた。
想像力の欠如なのか、人格が破綻しているのか。それは断定できないし否定もできないところなのだが、そうなった理由について一つだけ前述の心理傾向から参考にできたものがあった。
同種の命が最も尊く、同種の死を最も忌避する。
男にはその同種と呼べる存在がいなかった。 
別に殺生に何の忌避感を持たない人間は人間ではないという思考や視点によって千差万別となってしまうような曖昧なものではない。
人ではない人外なる者。人という枠から大いに外れた者。
比喩ではなく、『化物』の類の内にいるのが男の正体だった。
故に、人間は自分とは違う他の存在でしかない。
そして、『化物』という蔑称には相応しいように男は人智を超えた特性を宿していた。
『不死』。詰まる所、男にとって命とはたった一つしない唯一無二の大切なものという認識がない。
だからこそ、自分の命に重さを感じられない。
自分の命でさえも軽いと評する男が、他の命に価値を見出せるはずがなかった。

                                               *

現在逅暦721年。今から七百年と少し前のある時。時代で言えば西暦に入って二千年と少しが経った頃だろう。何の前触れもなく、いや、何らかの前触れはあったのかもしれないが、その前触れに人が気付くことが出来ず、後の歴史に刻まれるとこになる災害が起こる。
人智を超えた存在『魔族』の突如の出現『邂逅』によって、それまでの常識や均衡が一気に崩れ去った。
魔族の出現は未知なる力『魔力』や人という種が積み重ねてきた知識が如何に狭量だったかを知らしめる未踏の『知識』を齎した。突如として出現した人智を超えた存在に人は世界の覇者という座を奪われ、弱者へと成り下がった。邂逅初期は凄惨を極め、殺戮、略奪の末、元の人口の六割が削られた。
有史以来人が発展させて来た科学技術は魔の力に屈した。
銃火器にせよ刀剣にせよ兵器にせよ、所詮対人間用であり、人智を超えた存在である魔族を相手取るのはとてもではないが荷が重かった。
人間以上の敵を想定していない。今まで人間以上の存在なんていなかったのだから。現れてもいない架空の存在を視野に入れることなんてするはずがない。
けれど、かつて人が我が物顔で闊歩していた世界は今や魔族が跳梁跋扈している。
賢者曰く、『魔力とは、存在自体に宿る生命エネルギーの総量から身体の生命維持に必要な生命エネルギーを差し引いた余剰分のエネルギーである』
賢者曰く、『魔術とは、無秩序に放散させるだけの魔力に形と意味を与え、世界に干渉する術である』
賢者曰く『魔法とは世界の理にさえも干渉し、改変してしまう神の御業である』
今、人は魔族と同じ魔の力を持って、漸く物語の登場人物に舞い戻った。

                                                *

男は大罪人だった。
遥か古の世界で繁栄していた世界の創造主にして生命の主人たる『神々』に対して殺戮の限りを尽くし、喰らい尽くし、滅亡させた災害『神々の黄昏』の張本人。
終わりの象徴。あらゆるものに終わりを齎す災禍の兆し。
破壊の化身。触れるもの全てを無に帰す破滅の権現。
吟遊詩人は
『かつて神々に向けられた彼の矛先は遂に我らへと向けられた。我らは彼の瞋恚に触れてしまった。彼の真紅の瞳は我らの死を見据え、彼の足音は我らに死の覚悟を迫り、彼の言葉は我らを死へと追い遣る。彼、世界に終焉を齎す者なり。』
と詠った。
そして後に男はこう呼ばれる。『終焉』ラグナロクと。



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