さよならの続編

軌跡

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第一章 “始”

第一話「死んで、それから」

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 ずっと一緒にいられたら、と思っていた。
 これから先、高校を卒業して、大人になって、多分それぞれが自分だけの未来を描きながら、生きていくんだろうけれど。多分その最中に僕らは何度もすれ違い、衝突するんだろうけれど。
 それでも出来うる限り、一緒の未来を描いていきたいと思っていた。
 “ずっと”は無理かもしれない。別れはやっぱり訪れるかもしれない。
 でも、出来ることなら、二人が手を差し伸べてくれる限り、僕が自分からその手を離すことだけはしたくないんだ。したくないんだよ。やっぱり、僕の我儘だけど。
 でも、我儘の融通が効くのは子供の内だけなんだって、誰よりも僕自身がわかっている。だから、


 一緒にいられる現在いまを大事にしようと、そう決めたんだ。
 いつか離れる日が来た時に、笑って「またね」と言えるように。


(じゃあ、)

「一緒にいられなくなったことが、僕の未練だったのかな」

 離れるその時が来るまで一緒にいたい。一緒の未来を描きたい。
 それが僕の我儘で成り立っていることは従順承知だったけれど、その想いの強さで僕が〈こっち〉に留まってしまっているというなら、それはもう、我儘という言葉だけでは片付けられないだろう。
「なんだよそれ。そんじゃお前、ずっと〈あっち〉に行けねえじゃん」
 僕の独白にも似た独り言に、すぐ側に立っている幼なじみが、困ったように笑いながら返事をした。
 ―確かに、それもそうだ。
「…うん、でも、それもいいんじゃないかな。別に」
「いいわけねえだろ。何すっとぼけたこと言ってんだお前は」
 ぺしっと祭が僕の頭をはたく。痛みはない。はたかれたように見えただろうけれど―実際、はたかれたことに変わりはないのだけれど。
 僕の体は、もう祭にしか触れられなくなってしまっていて。
 その祭ですら、いつかは僕に触れられなくなることを、僕は知っていて。
 それがまるで呪いのように、徐々に僕を蝕んでいく。
 僕はいずれ、誰にも視覚してもらえない、触れることも、触れられることさえ、叶わなくなってしまうから。
 僕はもう、〈ここ〉にいてはいけないモノだから。
「…だって、〈あっち〉は独りだよ。僕、もう独りは嫌だ。僕は…祭や青子達と、ずっと一緒に、」
「じゃあ、俺も一緒にいってやる」
 祭の発言に驚くことはしなかった。それは、この幼なじみが冗談を言っているとわかっているから―などではなく、むしろその逆で、こんな風なことを平気で言える奴だと知っているからだ。そして今でも、祭が罪悪感に苛まれていることを、僕自身がわかっているから。
 僕が逆の立場でも、きっと今の祭と同じことを言っただろう。
 良く出来た幼なじみは、気づけばいつも僕を軸にして生きている。
 それは嫌だな、と思った。一緒にはいたいけれど、祭を〈あっち〉に連れて行きたくはない。それをしてしまったら、僕が何の為にこういう結果を迎えたのか、またわからなくなってしまう。
「俺の命くらい、お前にやるよ。静」
 恐れてはいなかった。祭の表情は、悲しいくらいに優しかった。


「…だから、さっさと成仏して楽になれよ、バーカ」


 それができたら、苦労はしていないんだけどね。



***



 死んだ後、人間は死ぬほんの少し前の出来事が、一時的に記憶から飛んでしまうらしいことを、弱冠十八歳という若さで赤崎は知った。できることなら知りたくなんぞなかっただろうが、いくら嘆いたところで知る前の自分にはもう戻れない。

 ふわふわと宙を浮く赤崎は、道路の真ん中で血だらけになって横たわっている自分の体を見下ろした。
(…どうして、)
 自分は今ここにいるというのに、自分の体が道路の真ん中に転がっているのだろう。赤崎は首を傾げる。というか、何故自分は空を飛んでいるのか。
 幼なじみの緑間が、必死に血だらけの赤崎の体を揺すっている。その顔は蒼く、涙でぐしゃぐしゃに濡れている。そこで赤崎は、ひとりでに「あ、」と声を上げた。
「静…!おい、静…っ目、開けろよ!嘘だろ、なあ!こんなところで…勝手にひとりで、いってんじゃねえ…!目開けろ!バカ静!」
(ああ、そっか)
 赤崎は、自分の両手をまじまじと見やる。
「僕は…死んだんだっけ」
 まだかろうじてあの体は生を繋いでいるかもしれないが、その体から離れた幽体離脱状態の自分が今ここにいるのだ、おそらくもう直息絶えるのだろう。
 自分が死んだというのに、赤崎にはあまり現実味がなかった。何故か他人事のように思えてしまうのだ。
 自分は確かに、死んだというのに。
「死ぬな…死ぬなよ…頼むから、目を開けてくれ…っなんで、よりにもよって・・・・・・・こんな日に・・・・・…静!」
 よりにもよってこんな日に。
(わかっている…わかっているよ、祭)
 今日は―七月七日。記憶違いでなければ、今日は赤崎の誕生日である。本当に、幼なじみの言う通り、“よりにもよってこんな日に”であった。
(いや…こんな日だからこそ、か)
 赤崎は薄く笑った。今日は確かに、本来ならば祝福されるべき赤崎の誕生日だ。だがそれと同時に、最も赤崎の誕生日を祝福するべき存在である母親から、その生を否定された日でもある。そう思うと、ある種の必然性のようなものを赤崎は感じた。
 まあ、実際は―母親では、なかったのかもしれないけれど。
 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。おそらく救急車とパトカーが来たのだろう。
(ああでも、救急車はもう要らないかな)
 なんて、そんなことを思いながら、赤崎は担架で運ばれていく自分の体を眺めていた。
 猛スピードで走っていく救急車を見送り、とりあえず赤崎は溜息をつく。
「さて…これからどうしようか」
 一応救急車を追いかけようかとも思ったのだが、どうやら死んだ赤崎の体に、幽体である赤崎は一定の範囲以上近づく事ができないらしかった。体に戻ろうとしても、まるでそれを拒絶するかのように、赤崎のことを弾き返すのである。自分の体に、宿主である自分が拒絶されるなど、なんともまあちぐはぐであった。
 本格的にお化け化してしまった赤崎は、これからどうするべきか面倒ではあるものの、一応考えてみる。そもそも今の自分をお化けと認識していいのかすら怪しいものであったが、まあその辺のことはとりあえず置いておこう。
 というか、そもそも何故自分は幽霊になんてなってしまったのか―いや、まあそれはわかっている。赤崎が車に轢かれたからだ。緑間を庇って。
(そう、それはわかっている)
 赤崎は夢を見たのだ。七月七日の午前一時くらいから七月七日の午前七時―いつものように緑間からの電話で起こされるまでの、その時間に。
 学校が終わり、いつものように一緒に帰っている下校の最中、突然車が飛び出してくる。呆気に取られた赤崎を庇い、緑間が車に轢かれてしまう夢だ。まさに今の逆パターンである。
 たかが夢。いつもの赤崎ならば、そう片付けていてもおかしくはなかっただろう。
 されど夢。それはひどく鮮明で、怖いくらいに現実味を帯びた夢であった。嫌な予感しかしなかったのだ。
 だから赤崎は、その夢が現実になる要素を作らないために、夢の内容を変えた。学校に着いてすぐ赤崎は、「今日は一人で帰る」と緑間に言ったのだ。
 ところが緑間は、赤崎のそれを「ダメだ」の一言で一蹴したのである。そして、「今日だけは一緒に帰らないと」と、必要にそれを要求してきた。緑間が赤崎に対し何かを強く求めたり、赤崎の意見を突っぱねたりする事は、そうそうあることではなく、また赤崎も、緑間がダメだと言ったらある程度のことは諦めるのが常であった。
 それでも赤崎は、退くことができなかった。あれがただの夢だとは、どうしても思えなかったから。
 結局最後までお互い折れることはしなかった。赤崎は赤崎で強情だったし、緑間も緑間で強情だった。それは次第に口論へと発展し、最終的には喧嘩になった。勿論殴り合いなどではなく。
 喧嘩は、緑間の吐き捨てるような「勝手にしろ」という言葉で幕を閉じた。去っていく緑間の後姿が寂しげに見えて、赤崎の良心は少しだけ痛んだ。
 幼少期はさておき、最近は喧嘩などほとんどしたことはなかったし、あんな風に自分の感情を露わにした幼なじみを、赤崎は久しぶりに見た。
 今日が僕の誕生日で、“特別な日”だったから。
 だから祭は僕をひとりにさせたくなくて、あんなに躍起になっていたのかもしれない―と、赤崎はそう思った。それでもひとりで帰路に着いた。
 

 もうすぐ、夢の中で緑間が交通事故に遭った交差点にさしかかる。だが夢の中とは違い、赤崎は一人だ。緑間はいない。これであの夢は杞憂に終わった―そう、赤崎は思っていた。思っていたのに。
『行くな!静!渡っちゃダメだ!』
 とっくに帰ったと思っていた緑間が、すぐ後ろを追いかけてきていたのだ。
『祭…!?なんで』
『いいから!絶対渡んなよ!そこから一歩も動くんじゃねえ!』
 彼が何を言いたいのか、赤崎には皆目検討がつかなかった。というか、それはこっちの台詞だった。
『馬鹿!来るな、祭!』
 嫌な予感がする。丸っきり夢の通りではないにしろ、このタイミングで緑間がこの場に現れたことに、赤崎はひどく狼狽していた。ダメだ、ダメだ、このままじゃ、祭が。赤崎の頭にはそれしかなかった。
 そうこうしている間に一台の車が、ハンドル操作を誤ったのか道路から飛び出し、信号待ちの赤崎に向かって猛進してきた。
(な…っ)
 赤崎は動けない。夢の中でもそうだった。
 赤崎は動けない。ならば、夢の中で何故赤崎は助かったのか―そう、幼なじみが庇ったからだ。緑間が赤崎を突き飛ばし、彼が赤崎の代わりに事故に遭った。
 赤崎は動けない。だが、動かなければ緑間が来る。そして緑間が赤崎を庇う。
(ダメだ…それだけは絶対に…!)
 赤崎は思いきり唇を噛む。そして、動かない体に叱咤し、赤崎は車と衝突する寸前でギリギリそれを避けた。あと数秒判断が遅かったら、おそらく間に合っていなかっただろう。赤崎はぺたんとその場に座り込んだ。
 息を荒げた緑間がすぐ傍まで来ていて、赤崎のことを力いっぱい怒った。赤崎はただ苦笑いをして、それを聞いていた。
 若干の誤差はあったものの、夢は終わった―そのはずだった。
 信号が青になり、二人は道路を渡った。勿論いつものように、二人一緒に―だ。
 それこそが、赤崎の夢の真実だとは知らずに。
(…あれ)
 そういえば、夢の中で緑間を引き摺ったあの車と、今しがた飛び出してきた車は―違うものではなかったか?
(夢の中で、祭を轢いたのは)
 信号を無視して、勢いよく曲がってきた車が飛び出した。赤い車だった。
 体が動いたのは、おそらく反射などではなく―正真正銘、赤崎の意思だ。
 緑間の体を突き飛ばし、歩道側へと追いやる。
 幼なじみの顔は、見ないようにした。
 そして僕は―


(車に轢かれて…そう、死んだ)
 夢は終わったのだ。違った結末を迎えて。
 そこまでは思い出した。自分が今肉体を持たない“幽霊”になっている理由も、頭では理解している。だが、問題はそこではない。

 どうして幽霊になってまで現世に留まっているのか―それが今、赤崎が最も考えるべき優先事項だろう。
 
「人っていうのは、死んだら天国か地獄にいくんじゃないのか…」
 幼稚な発想ではあるものの、あながちその考えは間違いでもないのだろう。というか、現世に留まる方がよっぽど間違っている。
 しかしどうしたものか―幽霊の赤崎は、彼の意思とは関係なしに、天国やら地獄やらにいくつもりはなさそうだった。困ったものである。
 霊が現世に留まってしまうのには理由がある。そのほとんどが“やり残したことへの後悔”や、“未練”に当てはまり、そしてそれが事実であるということを、赤崎はよく知っている。想いが強ければ強いほど、霊が成仏できなくなることも、成仏できないまま彷徨い続け、自分が何であったのかさえ忘れてしまうということも、最終的には悪霊になりかねないということも。
 幽霊の類を毎日のように見かけていた赤崎は、そういう未練を残して成仏できずにいる霊を、何度も見てきた。
(…ということは)
「今、現在進行形で現世に留まっている僕も、そのパターンに当てはまるのかな…」
 未練なんて、あんな望まれない人生の中に、僕は未練なんてものを置いてきたとでも言うのだろうか。死ぬ時はぽっくり逝くだとばかり思っていたのに、なんだかとても、らしくない。
(僕の、未練)
 それって一体、なんだろう。
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