手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

魔女との対決その2

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始業式中、落ち着かなかった。
魔女との決戦を控えて、心中は穏やかではなかった。
4組の列にいる田宮真朝に視線を落とす。
僕は…君の為に…魔女と…戦うんだ。
彼女がそんな事を知る訳がなかったが、そう思うだけで、ほんの少し勇気が湧いた。
清水先生が僕の横で小さく呟くように言った。
「…武本。これだけは言っておく。
これからは、お前が田宮に近づくのを阻止する。覚悟しておけ。」
「清水先生…。」
清水先生は清水先生のやり方で田宮真朝を助けようとしてる…。
でも、僕には僕のやり方がある…!

始業式が終わり、3組の教室を出た。
流石に朝の一件があった為か、葉月は近寄ってこない。
僕は足早に職員室に荷物を置くと、生徒会室に向かった。

コンコン。
生徒会室のドアをノックすると、待ってましたとばかりに田宮美月が現れた。
「あんた1人ね。早く入って。
他人に見られたくないでしょ。」
相変わらず、外面とのギャップがすごい。
僕を室内へ入れると、田宮美月はいきなり鍵をかけた。
ガチャ

「な!」
「聞かれたくないのよ。
先生だってそうでしょ。」
開襟シャツのブラウスのボタンを二つ開けて、胸の谷間をあらわにし、僕の腕を掴んだ。
「真朝がそんなに気になるの?」
「辞めろ!腕を離せ!僕にはそんなつもりは一切ない!」
思い切り、腕を振り払った。
「へぇ~~。
先生、婚約したって聞いたけど…。
やっぱり~~あははは。」
「文化祭のポスターの話しだ!!」
田宮美月の表情が一気に変わった。
「…!まさか真朝が話したの?」
「違う。彼女は何も話してない。
去年の夏休み…偶然、旧理科室で制作してるのを見た。」
「去年の事まで知ってるんだふ~~ん。」
「何故、お前が彼女を利用してる!姉妹だろ!」
「勘違いしないで!利用してあげてるのよ。
価値のない人間に利用価値を与えてあげてるのよ!」
「何だと!?」
「あは~~ん。
おかしいとは思ってたけど…武本先生は真朝が好きなんだ。
あははは。バッカみたい。」
「…お前よりは…好きだ。」

「そう。だったら、契約しない?」
「何の契約だ?」
「あと、半年だけ待ってよ。
私が卒業するから。」
「半年間黙ってろと?冗談だろ。」
「真剣よ。その代わり、半年後は先生が真朝をどうにでもしていいわよ。」
「どうにでもだと?」
「ええ。強姦しようが、はらませようが、愛人にしようが好きにして。
真朝には文句言わせないから安心して。」
僕は耳を疑った。
実の姉の台詞とは思えなかった。
「ふ…ふざけるな!!お前!
今、何言ってるか判ってるのか!?」
「先生の望みを叶えてあげるって言ってるのよ。
それが、嫌なら仕方ないわ。
先生が私のお願いを聞いてくれないなら…。」
「聞く訳ないだろ!」
「真朝を、不良共に襲わせるわ!」
「な!お前!!」
「大丈夫。警察沙汰にはさせないから。
真朝は私を裏切らないから。
黙ってヤラれるわ。」
腕組み、女王さながらの態度で言い放った。
恐ろしい言葉を高笑いしながら話す。
僕は拳をギュツと握った。
「脅迫するのか?」
「脅迫?交渉よ。交渉。
真朝が大事なんでしょう。武本先生は。」
「…お前が、男だったらブン殴ってるぞ!」
「怖いわ…。じゃぁ、先生は黙っててくれるわよね。」
流し目で、勝ち誇った表情が余計感に触る。

「くっ。彼女には、ヘタに手をだすな。それが条件だ。」
ダメだ勝てない!この魔女は強すぎる!
僕は自分の無能さと悔しさでいっぱいだった。
「交渉成立!武本先生、あなた、私が酷い姉だと思ってるでしょう。
でもね。あの女よりはマシよ。
母親よりは私、真朝を必要としてあげてるから。」
「え…?」
母親…?そういえば、清水先生が以前似たような事を…。
「これに懲りて、私達姉妹には近づかないでね。
婚約だってしてるんでしょ。
幸せ壊す為に、真朝の事…婚約者に話す事も出来るのよ。」
「最低の女だな。お前。」
「お褒めの言葉として頂くわ。
先生、真朝が欲しくなったら言って下さいね。
条件しだいでは協力しますから。あははは。」
悪魔の囁きならぬ、魔女の囁きだった。
こんな歪んだ家族に囲まれていたのか…彼女が…死を望む理由の欠けらを僕は、この手に掴んでいた。

結局、僕は魔女に大敗して解決すら出来ないまま、職員室の自分の席に着いた。
「はぁあ。」
物凄く疲れた。魔女に全てのエネルギーを吸い取られた気分だ。
田宮美月をこれ以上攻めるのは危険だ。
彼女の身に危険が及ぶ。
清水先生が恐れているものが少し判ったし、慎重ならざるを得ない案件だという事も。
…でも、だからと言って黙って見てるなんて!
くそっ。想像以上に強敵の魔女に、勝てるアイテムすら僕は持っていない。
イバラの檻に閉じ込められた彼女を助けたいのに…。
歯がゆくて、情けなくて、僕は机の上で頭を抱えた。

……彼女を抱きしめたい。
…彼女が…もし、僕を受け入れてくれるのなら僕は…全てを投げ打って…彼女を連れ去っても構わないのに……。
…彼女の…心が…欲しくてたまらない…。



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