手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子の我慢2

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救いだったのは、今日が金曜日だったって事だ。
土曜日は特別授業があるものの、
日曜…月曜入試…火曜日入試採点で生徒は3連休…。
その3日間は彼女と顔を合わせなくて済むといえば済むんだ。

3連休…金井先生と2人で過すのかなぁ…。
月曜火曜は、生徒自体、校内立ち入り禁止だ。
シカトするには…最適な休み……。
でも…金井先生にしてみれは、バレンタインデーに向けての準備が着々と進められる。
僕というジャマもいない…。

僕の方が胸が苦しいよ…。
彼女よりも、もっともっと…ずっとずっと…好きなんだから。
基本、ヤキモチ妬きだし…。
それに…俺だって教師の前に男なんだよ。
今まで我慢してきたのに…これ以上の我慢って。
くそっ!何なんだ!

1人で机の上で悶絶する僕を清水先生が、出席簿で叩いた。
バシッ!
「マジ、溜まってんじゃねーかよ。
まだ、時間あるしトイレで抜いて来い!」
「職員室で何てこと言うんですか?あんた!
下品にも程があるって!」
「下品だろ~が何だろうが、欲求不満の状態で生徒の前に立つ方が非常識だっての!」
「うっ…。」
すげぇ痛いところを突かれた。
しょうがないじゃないか!
我慢すれって言われてんだ!
こっちには、こっちの事情ってもんがあるんだよ!
くそっ!泣きそうだよ!まったく!

職員室の険悪なムードの中に耐えきれず、僕は職員室を出て廊下を歩いた。

どん!
あ、何かぶつかった。
「痛いのよ~!武ちゃんヒドい~~!
前見て歩いてちょ!」
「あ…すまん。すまん。」
なんてタイミングで牧田に会うんだ!!
「…おはようちゃん…んん?」
「あ、おはよう。じゃあな!」
早く立ち去りたかった。
視線を逸らし、横を擦り抜けようとした。
グッ!
「何、逃げるのよ~!怪しすぎでしょ。」
「何でベルトを掴むんだよ!」
牧田は両手で僕の後ろからベルトを鷲掴みしていた。
「ちっこいんだから仕方ないでしょ!」
「ズボンが下がったら、どーすんだよ!」
「パンツくらい別に見ても気になんないよ!
ノーパンなの?武ちゃん!」
「誰がノーパンだ!この!」
牧田の手を何とか引き剥がした。

「アンテナがびんびん来てんのよー!
何隠してんの!」
「隠してねぇよ!」
この妖怪恋愛アンテナは厄介だな!もう!
「ニセ学者先生と真朝が昨日デートしたんよ!
知ってんの!?ね~ねぇ~!」
知ってるよ!知ってたから、久瀬と話す事になって、今この我慢状態なんだよ。
「声がでけぇ!その件は後だ!」
「じゃあ、放課後か昼休みにちゃんと説明してちょー!銀子ちゃんには聞く権利あると思うのよ!」
「ぐっ!」
確かに…牧田には数々の借りがある。
仕方ないか。
これ以上ジャマされるくらいなら…。

「昼休み、飯食ったら1人で生徒指導室に来い!ワザと服装派手にして。」
僕は牧田に耳打ちした。
牧田はこういう時、怪しまれずに呼べるから便利だよな。
「ぐふふ。1人でっていやらしい~~!」
なんて目でこいつは!
「死んでも、お前に手は出さねーから安心しろよ!」
「武ちゃんはいつも銀子ちゃんに冷たいの!
ひどすぎ~~!」
牧田はふざけながら廊下の角に消えて行った。

「はああ。疲れた。」
しかし、疲れたおかげで、少し楽になった気がした。
我慢する事に気負ってちゃダメなんだなぁ。
これじゃ、田宮じゃなくて、僕の方が恋愛初心者だ。

「おはようございます。武本先生。」
廊下でうな垂れる僕の背後で、あまり聞きたくない声が聞こえて来た。
「金井先生…おはようございます。」
お~!眩しいくらいに、にこやかな笑顔!
言わずとも昨日の楽しさが伝わって来やがる!
くそっ!
「おや、武本先生?顏が引きっつてますよ。」
「そうですね。
金井先生はいいですね。
楽しそうで。」
僕は嫌味半分で言ってみた。
「ああ、昨日の事、知ってるんですね。
楽しかったですよ。
真朝君の初めての遊園地。」
ワザワザ【初めての】をつけんなよ!
わかってるんだよ!ンな事はぁ!

「ホームルーム始まるので、これで失礼します。」
金井先生と長々と話すとボロが出そうだ。
「待って下さい。
お話ししたいのはその件ではなく、魔女の件なんです。」
僕は職員室へと戻るつもりだった足を止めた。
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