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大魔女リルルと妖精王

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 朝目覚めると、マル国王は既に部屋を出て、エル殿下は書物で調べ物をしていた。

 うわっ!寝坊したかな?
 僕は大慌てで支度して、転がる様にエル殿下の前に駆け寄った。

「お、おはようございます。
 申し訳ありません!
 寝過ごしたようで……。」
「おはよう。
 いやいや巴、全くもって寝過ごしてはいませんよ。
 今はまだ朝の五時ですから。
 ま、マルはゲッツ大臣に見つからないようにしないといけないので、早めに戻りましたが。
 私は早起きのついでに、気になっていたものを調べていまして。
 そうだ巴、この本の絵をスマホに撮って置いて下さい。」

 エル殿下はそう言うと、持っていた本を広げて見せてくれた。
 本には図柄の様な紋様が数点描かれていた。
 とりあえず、エル殿下の言うがままにスマホに収めた。

「これ、何ですか?
 文字の様な……。」
「それが、わからないのですよ。
 古いもので。
 しかも古の魔法使いの本ですから、読めない箇所もちらほら。
 ビビリア様に尋ねたら、大魔女リルルでしたら読めるのではと。
 彼女の故郷近くの古い文字だと。」
「何となくはわからないのですか?」
「そうですね。
 ここに描かれてる人物。
 王様の様な。
 この人物はおそらく……人間では無いと。」
「え?
 どう見ても人間じゃないですか?
 あ、魔法使いやキマイラですか。」
「いいえ……おそらく違うでしょう。
 そこら辺を早期確認したいところ何ですが、まさかアレクの様に大魔女リルルを呼びつける訳にも行きません。
 ギリギリですが、時を待つしか無さそうです。」
「ああ、そうですね。」

 確か昨夜そんな事をマル国王と話してたっけ。
 タイミング良くないな。

「何かが、頭の隅でコソコソしてるんですよ。
 ん……、物を隠すには物の中、木を隠すには森の中……。
 キメラ……禁書……、マルを好きなラクロア。」
「ええ?何ですかそれ。」
「あ、ああ。
 十中八九、ラクロアはマルの事が好きなんでしょうね。
 昨日の話しで、それだけはハッキリしました。
 牢獄でテンションが上がっていたのも、マルとの面会が長引くのも、全てそれで説明がついてしまいます。」
「殺人鬼が王様の事好きって……絵面凄くないですか?」
「いやいや、好きになるのに深い理由は要りませんよ。
 むしろ、勘違いこそ恋の醍醐味と言うじゃないですか。」
「そんな簡単な話しじゃ……。」

 僕がツッコもうとすると、エル殿下は何かを思いついたらしい。
 頷きながら、僕の方に向き直った。
 
「キメラ……そうか、ザフィアはキメラだから禁書のコピーを手に入れられたんだ。
 そうか……なるほど。」
「エル殿下、何かわかったんですか?」
「ええ。
 キメラでなければならないのなら、キメラを作ればいいんですよ。」
「キメラを作る?」
「私はどうやら思い違いをしていた様です。
 てっきり己はキメラだから、その存在を嫌っていると勝手に思い込んでいましたが……。
 そうとは限らないじゃないか。
 自分に都合の良いキメラを作り出せばいいのだから。
 彼女は禁書のコピーをしまう器をキメラにしたはずです。」
「ええっ?
 その考えぶっ飛んでますよ。
 それに、ラクロアはやっぱり関係ないって事になるじゃないですか。」
「いや、まだ何かその先にあるはずです。
 まずは、彼女が禁書を安全に、しかも他に気が付かれる事なく隠せるには、どう考えてもキメラを作った方が効率がいいのです。
 別にラクロアがキメラと言う訳ではないのは十分に理解してます。
 そこ……。
 大魔女リルルがくれば、もう少し進展するのですが……。」
「禁書のコピーの場所さえわかれば、安泰なのに。
 難しいですね。
 魔法が絡むと余計にややこしい。」
「そうですね。
 だから多分、目に見えてる物が全てではないのだと思います。
 目の前にあるのに、私に見えてない物……答えはきっと意外と目の前にあるんですよ。」
「あの……ザフィアは何故こんな事件を起こしたんですか?
 キマイラってことでやっぱり……。」
「……そうですね。
 食事まで時間がありますから、話しましょう。
 その前にお茶を淹れて貰えると嬉しいのですが。」
「あ、はい。
 只今、ローズティーを。」

 コポコポとお茶を注ぎ、ソファーに腰を下ろすエル殿下に差し出した。
 エル殿下の正面に僕は腰を下ろした。

「どんな世界にも、私利私欲や権力を欲する研究者はいるもので、魔法使いの中にもそういうたぐいの集団がいたんです。
 そして、あらゆる研究を繰り返した結果、ザフィアは産まれました。
 しかし、その姿は歪で妖魔の様な羽根だらけの頭、コウモリの様な羽根。
 骨と皮だけの身体。
 人の世界では拒絶される理由は数えるほど。
 魔法使いの世界でもその姿を、まともに扱う者はいなかった。
 そして、大魔女リルルにより法整備が進められた結果、キマイラ作りは規制され、公にキマイラ魔女を作る者はいなくなりました。」
「世界に一人……孤独だったのですね。」
「ええ、しかも彼女には親や血縁関係が存在しない。
 この世の異物だったのです。
 そして、禁書のコピーをなんらかの手段で手に入れ、自分を生み出した村を焼き払い、生き残った者は獣や妖魔の餌にしたり。
 それは見るも無残な状況下でした。
 ま、私はこの時は自分の飼い慣らす魔法動物達が、危険を察知して暴れ出した為に、頭を強打して昏睡状態で事件を目の当たりにする事はなかったのですが。」
「こ、昏睡状態!
 だ、大丈夫……って大丈夫だから、ここにいるのか。」
「ええ、マルも相当動揺していたみたいで、兵士を総動員してザフィア討伐に向かったそうです。
 あ、そのせいでラクロアの事件が思いの外広がってしまったのは申し訳ないとは思っています。」
「あ……。
 そういえば。
 ちょっと失礼かとは思いますが……その。
 アル国王のエル殿下への愛情は多少ならずも行き過ぎな気がしますが、何か原因でもあるんですか?」
「ん……それは。
 私は幼少期から王位継承権を持たなくてね。
 マルはある程度になるまで私と言う兄がいた事すら知らされていなかったのです。
 兄の私の存在を知った後も、私達は離されて生活させられていました。
 帝王学を学ばなければならないマルには私は、邪魔な存在だったのだろうと思いますよ。」
「え……何でですか……それ。
 同じ子供なのに?
 しかも先に生まれたのに、どうして……どうしてそんな事……子供に出来るんですか!」

 思わず、声を荒げてしまった。
 同じ子供として生を受けたはずなのに……なのに、エル殿下は誰を恨む事なく、誰にも優しい。
 切なくて、苦しくて、僕は胸の前で拳を握り締めたり

「ありがとう。
 巴は本当に優しくて良い子ですね。
 けれど、覚えておいて下さい。
 私は今現在、とても幸せなんですよ。」

 エル殿下は満面の笑みで僕に答えた。
 そうか、マル国王のあの異常なブラコンにもなんだか納得してしまった。
 本当は兄弟仲良く育って行きたかったのに、大人の都合で引き裂かれていた二人。
 これを聞いたら、昨晩の事もなんだか愛おしく思えてきた。
 やっと王位を継ぐ代わりに、甘えられる関係に戻れた二人。
 大人なのにってちょっと引いていた僕は恥ずかしくなった。
 大人だから甘えるの変とか、子供じゃないんだからとか、当たり前なんて……なんてクソみたいな定義なんだ。
 大事なのはそんな事じゃない。
 今、彼らはやっと心を通わせる事が出来たんだ。
 何を恥ずかしい事なんてあろうか。
 美しい兄弟愛じゃないか。
 僕はエル殿下とマル国王を改めて尊敬した。

 しばらくして、朝食の準備が出来たので、エル殿下と僕はダイニングルームへと向かった。
 執事の僕は後ろでエル殿下の食事を立って見ていなければならない。
 僕の食事はそのあと、使用人の食堂で食べる事になるだろう。
 大魔女リルル様はやはりまだ来ていなかった。
 来賓扱いだから、そう早くはお見えにならないのだろうけど。
 ビビリア様にリルル様の仲介して来て貰うのも、確証がない事なので無理強いは出来ないと、エル殿下は諦めていた。
 時間が足りない……。
 僕が焦ってもどうにもならないんだけど、珍しくエル殿下からもそんな、気迫を感じていた。

 ダイニングルームでの朝食はエル殿下、マル国王、そしてビビリア様の三人が着席した。

「おはよう二人とも。
 本日は、キマイラ魔女ザフィアの処刑だ。
 公開処刑など、あまりいい風習ではないが民衆の大半が望んでいる事もあり、粛々と執り行う事になっている。
 二人は来賓席にて大魔女リルルと共に、密やかに警戒しつつ、彼女の最期を見届けて欲しい。」
「おはようございます。
 マル国王陛下。
 来賓席まで用意して頂き感謝しております。
 魔法監察庁からも手練れの者が、警備にあたると報告が上がっています。
 安心して、本日の処刑を粛々と行える事をお約束致します。」
「ビビリア殿もリルル殿と久々の再会であろう。
 処刑終了後はお二人でごゆるりと過ごされるように、客間を一つセッティングさせておきます。
 兄さんも慌てて帰宅せずに、今晩も泊まって行ってください。」

 テーブルの向こう側でにこやかにマル国王はビビリアに挨拶した。
 でも、どう見ても、もう一泊なの強要にしか見えないな……ははは。

「おはようマル。
 これから、ラクロアの面会ですか?」
「ええ、
 その前に処刑場や観覧席の警備のチェックや、流れの確認作業を終えてからですが。
 見物に来た民衆に、何か起こっては面目丸潰れになりますので、そこは徹底したいと思ってるんです。」
「そうですね。
 では私はそろそろ到着するであろう大魔女リルル様へご挨拶する準備をビビリア嬢と。
 私もお会いしたのは数回のみですので、不手際があっては失礼になりますから。」
「エルよ、其方はいつでも失礼極まりないぞ。
 いい加減自覚が必要じゃ。
 とはいえ、リルル様も今回は多少の緊張下にあるはず。
 お前の話術で和ませて貰うとしよう。
 この処刑は、魔法使い達には影響力がありすぎる。
 世の流れが乱れるやも知れん。
 いざという時、リルル様が対応出来る場を作るのも我らの仕事じや。」

 ビビリア様はエル殿下にそう言って、気を引き締めるように促したけど、本当はビビリア様の表情の方が緊張で強張ってるのが、手に取るようにわかった。
 もやもやした心境で一晩過ごしたビビリア様の顔色はあまり良いものではない。
 こういう時、有能な執事なら最良の対応をするのだろうか。
 僕はまだ無能すぎて、何をしていいやわからず、視線を天に向けた。

 食事を終えて、エル殿下とビビリア様は二人きりで話しがしたいと中庭に出て行った。
 僕は一旦、従業員専用の食堂へとゲッツ大臣に案内され軽く朝食を摂ってから、二人を追うように中庭の端ままで行き、話が終わるのを遠目で見ていた。

 しばらくして、柱にもたれかかってウトウトしそうになった時、花の香りがふわりと僕の鼻をかすめた。

「こんにちは。
 ビビリアはどこにいるか
 其方はご存じでしょうか?」
「ふぁっ!あ、はい。
 あちらに、ビビリア様と……あ。」

 まるで神か大天使のような白くてキラキラした柔らかいワンピースの、髪も肌も白く細い女性が後ろに立っていた。

「はじめまして……ですね。
 私はリルル。
 執事の方ですね。」
「あ、はい。
 は、初めまして。
 巴とお呼び下さい。」
「とも……え。
 巴とは異国の名ですね。
 響きが柔らかで美しい。
 そして凛とした強さも感じます。
 其方はそういう人なのであろう。」
「あ、今お二人を呼んできます。
 エル殿下とビビリア様はいま中庭中央でお話ししてるので。」

 僕はそそくさとリルル様に頭を下げて、二人を呼びに小走りで向かった。

「やはり……ビビリア嬢もまた。」
「ああ、そうじゃ。
 ってか、ずっと前から疑っていたろうに。
 全く、空気を読み過ぎじゃ。
 だから、その危険度は我が一番よく知っておる。
 リルルとて、我をお前の側に置いたのもそれが理由であろう。
 一番安全な場所だとな。」
「それは、光栄ですね。
 しかしながら、自分で自分を悪く言う訳ではありませんが、多少の難点がありますから、ビビリア嬢には気を引き締めて頂かないと。」
「わかっておるわ。
 難点だらけだぞお主は!
 わざと危ない橋ばかり渡おって。
 どれだけ我がヒヤヒヤしてると……。」
「あの……お話の途中失礼致します。
 ビビリア様、エル殿下。
 リルル様があちらにおいでです。」

 僕は恐る恐る、二人の会話に割って入った。

「来ましたか。
 ありがとう巴。
 ビビリア様行きましょう。」
「うむ、挨拶せねばなるまい。」

 二人は僕の脇を抜けて、リルル様の元へ向かった。
 僕も追い越さない程度の速さで、早歩きをしてついて行った。

 三人をとりあえず、ガッツ大臣から教えられていた客間に案内して、お茶の支度をそそくさと準備した。

 にしても、リルル様ってなんか白すぎて透けそうなくらいの人だ。
 仕草もまさに優雅で上品だ。
 ストレートの白髪も光を反射して、七色へと変化していて、この世のものではない気がした。

「聞きたい事ですか?」
「ええ、実は……巴、朝の写真をリルル様へ見せてください。」
「あ、はい。
 只今。」

 僕は慌てて、スマホの写真をリルル様に見せた。

「これは……古い書物から得た物ですね。
 何故今更これを?」
「確証がないと何とも言えませんが、これは今回の事件に関係あるはずなのです。
 お答え辛いかも知れませんが、これは妖精王ですね。」
「……はい。
 とはいえ、妖精王は既に代替わりもしていますし、それに……弱体化が進み、人里には一切顔を出さないと聞いています。」
「わかりました。
 では、もう一つ、この写真の図柄。
 これは、入れ墨?もしくは遺伝性の証?」
「……、それは……。
 封印の印……ではないかと。
 古、魔法使い妖精、魔獣に関してはなるべく人間を避けて生活していました。
 しかしながら、興味に負ける者も少なからずいたのです。
 ですから、最低限ですが己の力を制御して人里に紛れ込むように、自ら能力の封印を課したのだと……。
 ……エル殿下。
 貴方は何をお考えですか?
 知りたい事はある程度はお答えしますよ。」
「はは、すいません、大魔女リルル様に遠回しに聞く必要ありませんでしたね。
 率直にいいます。
 妖精王と人間の間に、子供は宿るものでしょうか?」
「…………。」

 え、僕は耳を疑った。
 妖精王と人間のハーフ?

「残念ですが、その確率は非常に少ないと思います。
 かつて妖精王が人間と恋仲になった話しは数知れずですが、子供を宿す確率は少なく、また宿したとしても誕生まで行った話しは聞いた事がありません。
 産まれる前に死んでしまうのが殆どです。
 妖精王のエネルギーに耐えられる肉体を持って産まれるには、やはり妖精王としての肉体の器が必要だと思われます。」
「そうですか……最後にもう一つ。
 妖精王は弱体化してると……。
 つまり、今後の子孫を増やす事もままならない程ですか?」
「ええ、今は大樹の中で密やかにお休みなさってると聞いてます。
 今の代で妖精王も消えてしまうやも知れません。」
「ありがとうございました。
 とても、役立つ話しをして頂き感謝しております。」

 妖精王の事なんで聞いたんだ?
 ハーフが産まれないのに。
 モヤモヤが頭の中に渦巻いた。
 けれど、そんな僕とは反対にエル殿下は何かの確証を得たように、笑みを浮かべてハーブティーをひと口飲んだ。

「それでは、ビビリア様とごゆっくり。
 昼食を早めにお出しして、公開処刑参加への御準備をするように使用人達に伝えてあります。
 すみませんが、私は色々と所要があるので失礼させて頂きます。」

 エル殿下は僕についてくるように視線を促して、席を立った。
 僕は残る二人に一礼をして、別の使用人に後を任せてエル殿下の後をついて客間を出た。

 今頃、マル国王はラクロアと話してる最中だ。
 昼食後に公開処刑が行われる。
 外は嫌味なほど晴れている。
 人間って自分の死を覚悟した時ってどんな気持ちになるんだろう……。


「さて、おそらく今現在は器のキメラは役割を終えてるはず……。
 禁書のコピーは目的地へと既に着いてるはず。
 ザフィアが余裕な点がそこにある。
 けれど、処刑まで何も起こらない……。
 ん……予想外の事が起きてる……。
 まずはザフィアの計画の整理をして、その後、その計画に生じた異変……そこを推察せねばなりませんね。」

 エル殿下はぶつぶつ言いながら自室の中をぐるぐると歩き回っていた。
 物事で悩んだ時は、身体を動かしながらが効率が良いのだとか。
 僕には何が何だかわからない。

 まず、ザフィアは禁書のコピーを持ち出し、それを別のキメラの体内に隠した、それをどこかへ移した事で目的が達成。
 だけど処刑は通常通り行われる。
 何のために、禁書のコピーを隠したんだ?
 どうせ処刑されるのに。
 僕なら牢獄から逃げるために何かするかもしれないけど……そうじゃないのかな。
 エル殿下に釣られて考え事をしていくと、あっという間に時間が過ぎて、昼食の時間が来てしまった。
 昼食後は公開処刑……。
 何か起こるのだろうか。
 
 
 

 
 
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