20 / 168
第一話 皐月《花祭りの夜に》
8-3
しおりを挟む
従兄弟の結婚式に家族で出席したとき、俺の支度は一瞬で終わったが、母は大変だとぼやいていた。着付けとヘアセットとメイクで2時間近くかかるという。その工程を、春嵐は鮮やかな手つきでこなしていった。まずは俺の下着をひん剥いてきちんと着せ直し(恥ずかしかった)ドライヤーもヘアアイロンもない中で複雑な形に髪を結い上げ、俺の顔を作り上げていく。眉を描き、アイラインをいれ、白粉をはたき。そして衣装を着つけて、最後に口紅を付ける。
「ほらっ! あたしの技術力の高さ! 見なさい!」
改めて、目の前の鏡台に目をやった。そして、息を呑んだ。
……誰、これ……。
そこにいたのは正直言って、はかなげな、少女めいた美少年だった。目尻や頬は蒸気したようにほのかに染まり、くちびるには形よく紅が差されている。結い上げられた髪も美しく、まるでよくできた人形のようだ。春嵐さんの腕は伊達じゃなかった。
最後に、机の上にあった皐月の花の髪飾りを差して、春嵐は腕を組んで頷いた。
「どーう? 綺麗でしょ? 思わず見とれちゃうでしょ? ウフフあたしってばほんとてんさーい!」
自画自賛したくなるのも納得だ。これが俺だとは。
「おっといけない、もうすぐ刻限よ。早く行かなきゃ!」
春嵐さんは急にきりっとして立ち上がり、扉を開いた。手にはあの白い木靴を持っている。
……やばい。話が変な方向にいっている。俺はもともと彼のふりをするつもりなんかなくて。彼の部屋に衣装を置いて、何食わぬ顔で仕事に戻ろうと思っていたのに。
さっきメイクをしてもらっているときに鶴天佑がやってきて「皐月はいるか」と扉の外から聞かれたが、春嵐さんが「いるわよ!邪魔しないで!」と一喝すると去っていった。すくなくとも、今皐月は化粧中だと思われている。秋櫻は俺を探しているかもしれないけど。
でももう限界だ。このままいけば確実にばれる。鶴天佑にか、うまくいったとしてその先の「お相手」にか。きっとお相手は金満艶福家オヤジに違いない。口臭きつくてビール腹の毛深いオヤジだったらどうしよう。マジで嫌だ……。だけど。
もう一度鏡を見る。見とれるほど美しい少年だ。まさか自分がこんな姿になれるとは。
……そのとき、不意に思ってしまった。
春嵐はまるで魔法使いのように俺を作り上げてくれたし、もしかしてこれなら、なんとかなるかもしれない。
鶴天佑の目をかいくぐり、お相手にたどりついて、何とか夜を越えられれば。その翌朝、俺は衣装を脱ぎ捨てて雪柳に戻る。その頃にはきっと、皐月は遠くへ逃げおおせているだろう。
『腹をくくるしか、ないのにね?』
急に、以前聞いた秋櫻の声が聞えた気がした。ごくりと唾を呑み込む。
……そうだ、ここまできたら腹をくくるしかない。
俺が皐月じゃないとバレたら鶴天佑の立場もなくなるだろうし、皐月への怒りも増大するにちがいない。なんとかするためには、俺が明日の朝まで逃げおおせるほかないのだ。
「こーらっ! 早くって言ってるでしょ! 自分に見とれてるんじゃないわよ! 作ったのはあ・た・し!」
聞こえた声にはっとして、立ちあがる。そして、机の上に置いてあった薄布つきの冠を手に取った。初めて客を取る男妓は、顔を隠さねばならない風習。これで顔を隠しつづけられれば、あるいは。
「いま、行きます」
薄布をつけて立ち上がった。
「ちょっとお、なんで顔を隠すのよ!」
扉の傍で待っていた春嵐が口をとがらせる。
「……ここからさきは、俺……私の顔を見られるのは、お相手だけ、でしょ?」
そう言ってみると、春嵐は口角を上げて笑った。
「ふうん。子どもの癖に言うじゃない。……行くわよ」
歩き出した春嵐の後を追って、俺は歩き出した。
「ほらっ! あたしの技術力の高さ! 見なさい!」
改めて、目の前の鏡台に目をやった。そして、息を呑んだ。
……誰、これ……。
そこにいたのは正直言って、はかなげな、少女めいた美少年だった。目尻や頬は蒸気したようにほのかに染まり、くちびるには形よく紅が差されている。結い上げられた髪も美しく、まるでよくできた人形のようだ。春嵐さんの腕は伊達じゃなかった。
最後に、机の上にあった皐月の花の髪飾りを差して、春嵐は腕を組んで頷いた。
「どーう? 綺麗でしょ? 思わず見とれちゃうでしょ? ウフフあたしってばほんとてんさーい!」
自画自賛したくなるのも納得だ。これが俺だとは。
「おっといけない、もうすぐ刻限よ。早く行かなきゃ!」
春嵐さんは急にきりっとして立ち上がり、扉を開いた。手にはあの白い木靴を持っている。
……やばい。話が変な方向にいっている。俺はもともと彼のふりをするつもりなんかなくて。彼の部屋に衣装を置いて、何食わぬ顔で仕事に戻ろうと思っていたのに。
さっきメイクをしてもらっているときに鶴天佑がやってきて「皐月はいるか」と扉の外から聞かれたが、春嵐さんが「いるわよ!邪魔しないで!」と一喝すると去っていった。すくなくとも、今皐月は化粧中だと思われている。秋櫻は俺を探しているかもしれないけど。
でももう限界だ。このままいけば確実にばれる。鶴天佑にか、うまくいったとしてその先の「お相手」にか。きっとお相手は金満艶福家オヤジに違いない。口臭きつくてビール腹の毛深いオヤジだったらどうしよう。マジで嫌だ……。だけど。
もう一度鏡を見る。見とれるほど美しい少年だ。まさか自分がこんな姿になれるとは。
……そのとき、不意に思ってしまった。
春嵐はまるで魔法使いのように俺を作り上げてくれたし、もしかしてこれなら、なんとかなるかもしれない。
鶴天佑の目をかいくぐり、お相手にたどりついて、何とか夜を越えられれば。その翌朝、俺は衣装を脱ぎ捨てて雪柳に戻る。その頃にはきっと、皐月は遠くへ逃げおおせているだろう。
『腹をくくるしか、ないのにね?』
急に、以前聞いた秋櫻の声が聞えた気がした。ごくりと唾を呑み込む。
……そうだ、ここまできたら腹をくくるしかない。
俺が皐月じゃないとバレたら鶴天佑の立場もなくなるだろうし、皐月への怒りも増大するにちがいない。なんとかするためには、俺が明日の朝まで逃げおおせるほかないのだ。
「こーらっ! 早くって言ってるでしょ! 自分に見とれてるんじゃないわよ! 作ったのはあ・た・し!」
聞こえた声にはっとして、立ちあがる。そして、机の上に置いてあった薄布つきの冠を手に取った。初めて客を取る男妓は、顔を隠さねばならない風習。これで顔を隠しつづけられれば、あるいは。
「いま、行きます」
薄布をつけて立ち上がった。
「ちょっとお、なんで顔を隠すのよ!」
扉の傍で待っていた春嵐が口をとがらせる。
「……ここからさきは、俺……私の顔を見られるのは、お相手だけ、でしょ?」
そう言ってみると、春嵐は口角を上げて笑った。
「ふうん。子どもの癖に言うじゃない。……行くわよ」
歩き出した春嵐の後を追って、俺は歩き出した。
22
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。
うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!!
高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。
ムーン様にも投稿してます。
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる