英傑の黄昏【Dawn of the blue war】※異世界転生

屋代湊

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第0章 地下牢獄騒擾事件

第2話 召集

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ミラリロ・バッケニア上等兵は懊悩おうのうしていた。
レガロ帝国陸軍の第二営舎、その狭い一室で膝に頭を埋めている。部屋には最低限の調度品以外、住人の為人ひととなりを示すものが何もなかった。玄関を入ると、左手にバスルームが、右手にクローゼットがあり、奥に進むと寝室兼リビングとなる。一台のベッドは白い掛け布団が乱雑に剥がされており、シーツは寝姿をそのまま皺として印刷している。ベッドの対面の壁には立体映写によるテレビジョンがあるが、今は沈黙していた。

「ミラリロ、あなたはどうしてそう意志薄弱なのかしら」

自問の声は切実であった。頭蓋の輪郭に添うように短く切り整えられた髪は、空の群青を水で溶いたような淡い色。その鮮やかな色合は、違法薬物の精製に用いられる鉱物でもって染められたことを意味している。左耳の辺りだけ短く刈り込まれており、その部分を覆うはずの髪は耳にかけている。一方、右側頭部の髪は少しだけ長く、左右で非対称となっている。

ミラリロは体を前後に揺らしながら、なおも自責に耐えるようにうめく。

「だからあれだけ注意喚起したじゃない。なぜ自分で自分を制御できないの」

おそらく自分でセットしたと思われる髪を、無造作に手で掴んで引っ張る。すでに抜けた髪が床に力なく散らばっており、その狂気の程が窺える。徐々に体の揺れは大きくなり、しまいには旋毛を床につけるようにして蹲まる。
外光の差し込まない部屋で、電気すら点けずミラリロは小さな体を誰かに懺悔するように丸めている。時刻は昼の少し前だった。朝の訓練後、汗に湿った服を着替えて一通り身嗜みを整え終えたその折に、目についた体重計に乗ってしまったのが全ての元凶だった。

ミラリロは愕然として、そして今の状況に至った。

「死にたいわ。消えたいわ」と、まるで呪詛のように繰り返し、その言葉でもって自分を痛めつけながら癒していた、その時だった。
耳の裏に付けられた、小さな水晶の欠片が稟と鳴る。丁度ピアスを反対向きにはめたような、軍で用いられている通信機器。それと同時に、部屋の壁全体に渡って、青い光が幾条も奔る。まるでそれは流星のように、壁の表面をほとばしっては次々に消えていく。

『ミラリロ・バッケニア上等兵。任務。執行官筆頭はエチカ・ミーニア少尉。任務内容は…………。』

無機質な声が情報を羅列する。その一つ一つを吟味する余裕が、今のミラリロにはまるで無かった。

「エチカ少尉からの召集……。ああ、なんて頓馬とんまなミラリロ」

ミラリロは虚ろな表情で自分の首に両手を重ね、そのまま絞るように力を込める。青筋の浮いた手の甲が込めた力に震え出したとき、また耳の傍で声がする。

『ミラリロ上等兵。何してる』

まだ声変わりしていないような、高い少年の声が、居丈高に命令する。

「エチカ少尉。ミラリロはもうここで散華さんげすると決めたんです」

『どうせまた体重が増えたとかそんな些末なことだろう?散華なんて言葉を勿体ぶって使うな。懲罰になるぞ』

溜息の混じった少尉の声が、ミラリロの焦燥を掻きむしる。エチカ少尉は女心が分からないんだわ、と失望とともに途方もない孤独感に苛まれた。

「これから死ぬ者に懲罰も何もありません。それとも死体に鞭打つことを少尉は希望されるんですか?」

エチカ少尉の舌打ちのような、嘆息のような音が漏れ聞こえる。

「面倒くさい女だって、今、そう思いましたね。耐えられないわ、そんなこと。全部やり直させてください、最初から」

ミラリロは苦しくなる自分の呼吸に、確かな存在の充溢を感じていた。エチカ少尉の注意を惹きつけている、そのことが苦しみにもまして心を落ち着かせる。
頬が紅潮するミラリロ。えくぼを浮かべて彼女は破顔していた。
垂れる涎は、あたかも大地の歓喜のごとく、瑞々しい柑橘の果汁となってミラリロの豊満な胸へと滴る。

『面倒くさいな。……じゃあ今晩、今晩だ。君の好きなあの帝都の店、奢ってやる。それでどうだ』

「…………フルコース?」

『君、嫌に最後だけ発音が明瞭だったな。まあ良い。二言は無い』

 ミラリロは乱れた髪もそのままに軍服に着替え、部屋を駆け出て、廊下の端の紗幕しゃまくに躊躇なく飛び込んだ。そこは兵卒が用いる転送装置。巨大なホールも卵型の機械もなく、ただ視界を埋め尽くす濃い靄だけが充満している空間。
減速もせずに身を投げ出したミラリロの体は、もうすでに溶かされたようにそこにはなかった。


【用語】
※立体映写テレビジョン
電気信号の送受信によるテレビジョンの普及とともに、ウーシア技術の応用による通信技術も並行して発展した。帝国主要施設、軍内部、都市中心部では両者は混合して使用されている。ウーシアによる通信の優位性は、伝達可能な情報量の多さと、空中に浮遊するように映写することができる点、電波を必要としないため、あらゆる場所で安定的に放送できる点などである。人の転移と同様、映像も常時転移という形で表示されている。
その基幹技術に関しては、帝国軍が全てのオーソリティを所持しており、放送会社ですらその技術の末端すら知り得ていない。
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