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4章 まきしまのちかとし〜かぞくにあおう〜
Side LE - 15 - 31 - かりん -(挿絵あり)
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Side LE - 15 - 31 - かりん -
私の名前はカリーン・チッパイ、17歳、元デボネア帝国の下級貴族で今は新米のハンターをしている。
ユッキィさんにハンターのお仕事を教えてもらってからは薬草採集や簡単な雑用をやって宿泊費や食費を稼いでいるのだが、この暮らしは意外と楽しい。
今までは頑張って稼いだお金や手に入れた食料のほとんどをお嬢・・・あの女に取られていた。
美味しそうな肉を手に入れても私が食べていいのは切れ端や食べ残し・・・我ながらよく我慢していたと思う、もしユッキィさん達に出会っていなかったら今日もあの女に蹴られて殴られて・・・それでも反抗せずに従っていただろう。
怪我をした両腕はまだ痛むが出血は止まったようだ、数日後にはまた医者に行き診察してもらう事になっている、医者が言うには前のように剣を振る事は出来ないらしい。
護身用だと言ってユッキィさんに買って貰った短剣があるのだが・・・これだけだと強い魔物と遭遇した時に戦うのは厳しいかもしれない。
何度か・・・もう少し手加減してくれていたら、・・・あと少し傷が浅かったら・・・そう思ってユッキィさんを恨んだ事もある、だが彼女、それからもう一人の人格であるレイアさんは私の恩人だ、彼女達は他人だし私を助ける理由も義理もない、なのにこんなに良くして貰っている、恨むのは間違いだろう。
「・・・んっ・・・今日も雨かぁ・・・お昼になる前までにお仕事行かないと」
私はいつものように朝食を終えた後で二度寝をしている、実は私は朝が弱いのだ、時間が許す限りお布団の温もりに包まれていたい。
今まではお嬢・・・あの女を起こさなければいけなかったし、魔物を警戒して浅い睡眠しか取れなかった、寝坊などしたらあいつに叩き起こされたし・・・今になって考えたら腹が立ってきたぞ・・・。
借り物だが口座に金があるのも素晴らしい、いずれはユッキィさんに返さないといけないが衣食住の心配が無くなると心が軽くなる。
まだ見習いの石級ハンターだから、報酬が高額な依頼を他のハンターに取られる前に早起きしてギルドに取りに行かなくてもいい。
幸い私は身体能力が高いから他の見習いより質の良い素材が手に入る森の奥まで行く事が出来る、いい素材は買取価格が高いから常時依頼が出ている薬草採取をやっていれば宿代や食費は払えるのだ。
それに今でも弱い魔物や小動物は余裕で狩れている、これから怪我を治してもっと強い魔物が狩れるようになったら借金も少しずつ返していけるだろう。
くぅー
ベッドでゴロゴロしていると腹が鳴った、もう昼前か・・・。
「まずい、いくらなんでも寝過ぎた、まるで働かないダメ人間のようじゃないか!、お昼を食べて森に行こう」
この宿は食事付きだが朝と夜だけだ、昼は無いから市場に行って簡単な食事をしている。
それにしてもこの街は凄い、地下に大規模な街があるのだ!、まだ1階層までしか降りてないが宿や食事ができる店もある、地下には魔導灯が整備されているし店の照明もあってデボネア帝国の夜の街と比べてもとても明るい。
私はカバンを背負い宿を出た、目的地は食料品店や飲食店が並ぶアイアンバウンドと呼ばれている地区だ、この辺りは地下街への出入り口に近いから人も多いし活気がある。
「よぉ、カリンちゃん、いつもの肉串だね?」
屋台の前に立って肉串を指差した私に店のおじさんが笑顔で話しかけて来た、おそらくこれで良いのか確認しているのだろう。私はこくりと頷いた。
「はいよ」
チャリン・・・
肉串を受け取りお金を渡す、最初はいくら渡して良いか分からずおじさんを困らせたものだが今は何とか書かれている値札は読み取れるようになった。
「毎度あり」
もきゅもきゅ・・・
さっ・・・
「そうか、美味いか」
私はユッキィさんに作って貰った手のひらサイズのカードをおじさんに見せた。
そこには簡単な単語・・・「私の名前はカリンです」「私は喋る事が出来ません」「これください」「ありがとう」「ごめんなさい」「いくらですか?」「美味しいです」などがエテルナ大陸共通言語で書かれていて、街の人と意思の疎通が出来るのだ。
もきゅもきゅ・・・
「・・・美味しい」
はっ!、本当に美味しくて思わずデボネア帝国語で呟いちゃった、気を付けないとまた失敗する・・・誰にも聞かれてないよね・・・。
少し早い昼食の後、私はマキシマの街の北門を出て森に進んだ。
途中で道が2つに分かれていて右に進むとユッキィさんの家がある「刻を告げる砦」、左に進んでマキシマ橋を渡るとハンター達が狩りをしたり薬草集めをする森がある。
森に入る手前の林には若い見習いハンター達が薬草を採集していて、私はその横を通り更に森の奥に入る。
これ以上進むと見習いハンターでは対処できない魔物が出るだろう、魔物と言っても剣が使えた時なら簡単に殺せた弱い魔物、私にとってはまだ脅威ではないが・・・。
がるるる・・・
早速ツノの生えた小動物が私に襲いかかって来た、正確に首筋を狙って来るのが腹立たしい。
「せいっ!」
ぎゃぅ!
魔物の攻撃を躱し腕を振り抜いて小動物を仕留めた、何度も練習したから外さないようになったぞ。
私の手首には縄が巻き付けてあって、その先には網に入った拳ほどの大きさの石、それが小動物の頭に命中してしばらく痙攣した後息絶えた。
「剣が持てないなら無理に持たなくてもいいのではないか?、縄の先に石でも括り付けて振り回すとか色々とやり方はあるだろう」
そう私に言ったのはユッキィさんだった。
言われた通り仕掛けを作ってこの前一緒に薬草採集に行った時披露したら「上手いじゃないか」って褒めてくれたのだ、それに・・・。
「肘と手首で固定するする剣みたいなやつが作れるかもしれないな、野盗どもが時々使ってる鉤爪みたいなやつ、あれの鉤爪を剣にしたらどうだろう、良い鍛冶屋を知ってるから今度注文しに行くか?」
そう言ってくれた、本当にユッキィさんには感謝しかない、品質の良い薬草が群生する穴場も教えてくれたし私の恩人だ、私より年下に見えるが次からは「ユッキィお姉様」と呼ばせてもらおうかな。
「さて、日も傾いて来たし薬草も良いのが沢山採れた、そろそろ帰ろう」
独り言を呟いて来た道を戻っていると・・・。
「あれ?」
橋を渡った先・・・別れ道に差し掛かると男女2人組がユッキィさんの家の方へ向かっていた。
私と同じ宿屋に宿泊している2人だ、夕食の時によく隣の席になって女性が私に挨拶してくれる・・・こんな時間にどこに行くんだろう?、そう思ったが私はエテルナ大陸の共通語が話せないし、表向きは喋れないという設定になっている。
声をかける事も出来ずに遠くなる2人の背中を見送った。
「ま、ユッキィさんは強いからあの2人が何かしても大丈夫だろう」
私は街に入りギルドの買取り受付で薬草と先程殺した魔物の素材を換金して再びアイアンバウンド地区に向かい、地下1階層に降りた。
ガチャッ・・・
魔導灯の暖かい灯りのついた小さなお店、今は誰も客が居ないようだ、その店に入ると一人の女性が私に声をかけた。
「あら、おかえりカリンちゃん」
「ただいまペトラさん」
デボネア帝国語で言葉を交わしたこの女性はペトラ・ヨウジョスキーさん、今年で61歳になるそうだ。
アイアンバウンド地区から地下の1階層に降りた場所で小さな雑貨とアクセサリーの店を構えている、私とペトラさんが出会ったのはハンターの仕事を始めて4日目、いつもの屋台で昼食の肉串を食べている時・・・。
「お嬢ちゃん、デボネア帝国の貴族だろ」
そう耳元で囁かれたのだ、デボネア帝国語で!。
私が美味しかった肉串の感想を呟いていたのを聞かれたか・・・、慌てて護身用の短剣を抜き、身構えた私に優しく微笑み、路地裏に手招きした。
私の素性がバレた、このままあの女性を放ってはおけない、私は手招きする女性に従い路地裏へ向かった、すぐにでも殺せるよう呼吸を整え、ナイフを懐に隠して・・・。
「初めましてお嬢ちゃん、私はペトラ、貴方と同じ元デボネア帝国人だ、貴族ではないが国から逃げてこの土地にやって来た、言葉が分からず苦労しているように見えるね、良ければ力になるよ」
簡単に初対面の人間を信じるほど私は能天気ではない、だがこの大陸の言葉が分からず困っているのは確かだ・・・向こうからそう言ってくれてるのだ、利用できるなら都合がいいな・・・。
そんな下衆な事を考えてしまったあの時の私を殴りたい。
後から知ったがペトラさんは本当に善意で私に声をかけてくれたのだ。
自分が若い頃、息子と一緒に逃げて辿り着いたこの大陸で言葉が分からずとても苦労した、私の困っている姿を見て昔の自分と重なり他人事に思えなかった、だから何か自分にできる事はないだろうか・・・と。
路地裏で話を聞き、彼女の善意は本物のようだと思いつつもまだ信用出来ずに居た私は何も答えなかった。
するとペトラさんは一瞬寂しそうな表情をした後、私に自分の店の場所を教え、困った事があれば遠慮なく頼りなさい・・・そう言ってくれたのだ。
困っている事・・・実はある、この街はマキシマ川の豊かな水に恵まれている、だから大半の人達はとても安く開放されている共同浴場を使って身体を洗う、もちろん今宿泊している宿にも風呂は無い、客は近くの共同浴場を利用するのだ。
だが私は首輪と身体の刻印を見られる訳にはいかない、今までは森の中に入って川で身体を洗い洗濯もしていたのだが最近は寒くなってきた、冷水で身体を洗うのはもう限界だ・・・。
一般の家に風呂などあるわけがないと思いつつ、お湯を使って身体を洗える場所に困っている・・・そう打ち明けたら何と彼女の家には風呂があった。
普段は彼女も広くて清潔な共同浴場を使っているのだが、購入した中古の店舗に元々風呂が付いていたそうだ。
もうあの屋敷でお嬢・・・クソ女と暮らしていた時のような臭くて汚い身体で過ごすのは無理だ、借り物だが魔法使い風の可愛い洋服、薬草を売った金で買った肌触りのいい下着、とてもいい香りの石鹸も持っている、足りないのは人の目を気にせず身体を洗える場所だ。
自分の欲望に負けた私は彼女の好意に甘え、仕事が終わった後風呂を借りる事にした。
ペトラさんの事は話しているうちに少しずつ分かってきた。
デボネア帝国で飲食店を営む平民の夫婦の間に生まれた2人の娘のうちの妹で、容姿が美しかった事から上級貴族の当主に目を付けられ半ば誘拐される形でメイドとして貴族の屋敷で働く事になった。
間もなく妊娠し男の子が生まれた、幸い当主の子として認知されたが母子共に本妻からは酷い扱いを受け父親である当主からも放置された。
息子はデボネア帝国貴族の義務である刻印を5歳の時に左頬に受け、泣き叫びながら屋敷に戻って来た、このままでは10歳で左腕に、15歳で首輪を嵌められ背中にも刻印を受ける、息子可愛さに密かに国を出る準備をした。
息子が10歳になる直前、計画を実行してエテルナ大陸に渡った、逃げ出したものの、言葉は分からず職も無い自分は男に身体を売ったり、労働者向けの飯場で力仕事をして僅かな金を稼ぎ息子を育て上げた。
愛する息子との貧しくもささやかな生活は幸せだった、手先の器用さを活かして始めたアクセサリーの販売が評判になりようやく安定した生活の目処が立ったし、アクセサリーを買ってくれた男性と仲良くなり生まれて初めて恋もした。
だが息子は幸せだとは思っていなかったようだ。
成長して15歳になった息子はある日突然姿を消した、母親宛の手紙を残して・・・。
「お袋が俺を連れてこの大陸に逃げなければ俺は飢える事はなかったし惨めな生活もしなくてよかった、肩身は狭かっただろうが上級貴族として面白おかしく暮らせた筈だった、俺は俺の力で自由に暮らす、今まで育ててくれた事だけは感謝するぜ、もう二度と会う事はないだろう」
息子からの手紙を読み絶望した、必死に探したが息子は見つからなかった、生きる希望も目的も無くしたが弱い自分は死ぬ事も出来なかった。
今まで暮らしていた街を出て大陸中をあてもなく転々とした、そんな生活にも疲れ果てこの辺境の地を終の住処として選んだ。
「・・・ペトラさんかわいそう・・・ぐすっ・・・」
彼女の話を聞いた私は涙が溢れて止まらなかった、そして自分の境遇についても話し始めた・・・両親から疎まれていた事、上級貴族に売られてそこのお嬢様に奴隷のような扱いを受けていた事・・・。
「辛かったねぇ・・・、でもよく頑張った、偉いよ」
そう言って頭を撫でてくれたペトラさんの胸に顔を埋めて幼い子供のように声を上げて泣いた。
それから私は毎日お風呂を借りに仕事が終わるとペトラさんのお店兼住居に向かった、彼女は決してお金を受け取ろうとしない、代わりのお礼はハンター仕事のついでに森で集めた魔物の骨や魔石・・・綺麗なアクセサリーの素材になるのだ!、それから狩った鳥や魚も時々持って行った。
「じゃぁ帰るね、ペトラさんおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
ガチャ・・・
「ふぅ・・・今日も疲れた、今夜の宿のお食事美味しかったな」
宿に戻り、服を脱いでベッドに横になった、夕食の時にいつも一緒になるあの男女2人組・・・今夜は居なかった。
明日からペトラさんが私にエテルナ大陸共通語を教えてくれる事になっている、その教材として彼女が若い頃勉強に使ったメモをもらった。
日常会話の基本が書いてあり、その下にデボネア帝国語で訳と発音が書かれている、これを作るの苦労しただろうな・・・そう思えるくらい分厚いメモは丁寧に分かりやすくまとめられていた。
一緒に暮らさないか・・・ペトラさんはそう言ってくれているがそこまで迷惑はかけられない、それに私は身体の中に魔石がある化け物だ・・・そんな魔物と一緒に暮らして良い事など何も無い・・・私は一人で生きていくんだ・・・。
ペトラさんと話をして今まで不思議に思っていた謎が一つ解けた。
あの屋敷に住んでいた頃、ハンターが何人か尋ねて来たが剣で脅して追い返していた、だからこの街でハンターとして活動していると絡まれたり、報復されたりするんじゃないか・・・そんな心配をしていたが誰も私に危害を加えない。
「あぁ・・・それはカリンちゃんが魔女様の弟子と仲良く買い物をしていたからだよ、あれを見てカリンちゃんにちょっかいをかける奴が居たらそれは馬鹿か街の事情を知らない余所者だ、街の人達は皆カリンちゃんの事を魔女様の関係者だと思っているからね」
魔女様の弟子やカリンちゃんに下手な事をするとこの街に居られなくなるよ・・・そう笑いながらペトラさんが教えてくれた、なるほど、私は知らない間に街の重要人物の関係者だと思われていたのか・・・。
「魔女様かぁ・・・今度ユッキィさんに聞いてみようかな」
そんな事を考えながら、疲れた身体は深い眠りに落ちていった。
カリーン・チッパイさん(帽子)
カリーン・チッパイさん(帽子+マフラー)
私の名前はカリーン・チッパイ、17歳、元デボネア帝国の下級貴族で今は新米のハンターをしている。
ユッキィさんにハンターのお仕事を教えてもらってからは薬草採集や簡単な雑用をやって宿泊費や食費を稼いでいるのだが、この暮らしは意外と楽しい。
今までは頑張って稼いだお金や手に入れた食料のほとんどをお嬢・・・あの女に取られていた。
美味しそうな肉を手に入れても私が食べていいのは切れ端や食べ残し・・・我ながらよく我慢していたと思う、もしユッキィさん達に出会っていなかったら今日もあの女に蹴られて殴られて・・・それでも反抗せずに従っていただろう。
怪我をした両腕はまだ痛むが出血は止まったようだ、数日後にはまた医者に行き診察してもらう事になっている、医者が言うには前のように剣を振る事は出来ないらしい。
護身用だと言ってユッキィさんに買って貰った短剣があるのだが・・・これだけだと強い魔物と遭遇した時に戦うのは厳しいかもしれない。
何度か・・・もう少し手加減してくれていたら、・・・あと少し傷が浅かったら・・・そう思ってユッキィさんを恨んだ事もある、だが彼女、それからもう一人の人格であるレイアさんは私の恩人だ、彼女達は他人だし私を助ける理由も義理もない、なのにこんなに良くして貰っている、恨むのは間違いだろう。
「・・・んっ・・・今日も雨かぁ・・・お昼になる前までにお仕事行かないと」
私はいつものように朝食を終えた後で二度寝をしている、実は私は朝が弱いのだ、時間が許す限りお布団の温もりに包まれていたい。
今まではお嬢・・・あの女を起こさなければいけなかったし、魔物を警戒して浅い睡眠しか取れなかった、寝坊などしたらあいつに叩き起こされたし・・・今になって考えたら腹が立ってきたぞ・・・。
借り物だが口座に金があるのも素晴らしい、いずれはユッキィさんに返さないといけないが衣食住の心配が無くなると心が軽くなる。
まだ見習いの石級ハンターだから、報酬が高額な依頼を他のハンターに取られる前に早起きしてギルドに取りに行かなくてもいい。
幸い私は身体能力が高いから他の見習いより質の良い素材が手に入る森の奥まで行く事が出来る、いい素材は買取価格が高いから常時依頼が出ている薬草採取をやっていれば宿代や食費は払えるのだ。
それに今でも弱い魔物や小動物は余裕で狩れている、これから怪我を治してもっと強い魔物が狩れるようになったら借金も少しずつ返していけるだろう。
くぅー
ベッドでゴロゴロしていると腹が鳴った、もう昼前か・・・。
「まずい、いくらなんでも寝過ぎた、まるで働かないダメ人間のようじゃないか!、お昼を食べて森に行こう」
この宿は食事付きだが朝と夜だけだ、昼は無いから市場に行って簡単な食事をしている。
それにしてもこの街は凄い、地下に大規模な街があるのだ!、まだ1階層までしか降りてないが宿や食事ができる店もある、地下には魔導灯が整備されているし店の照明もあってデボネア帝国の夜の街と比べてもとても明るい。
私はカバンを背負い宿を出た、目的地は食料品店や飲食店が並ぶアイアンバウンドと呼ばれている地区だ、この辺りは地下街への出入り口に近いから人も多いし活気がある。
「よぉ、カリンちゃん、いつもの肉串だね?」
屋台の前に立って肉串を指差した私に店のおじさんが笑顔で話しかけて来た、おそらくこれで良いのか確認しているのだろう。私はこくりと頷いた。
「はいよ」
チャリン・・・
肉串を受け取りお金を渡す、最初はいくら渡して良いか分からずおじさんを困らせたものだが今は何とか書かれている値札は読み取れるようになった。
「毎度あり」
もきゅもきゅ・・・
さっ・・・
「そうか、美味いか」
私はユッキィさんに作って貰った手のひらサイズのカードをおじさんに見せた。
そこには簡単な単語・・・「私の名前はカリンです」「私は喋る事が出来ません」「これください」「ありがとう」「ごめんなさい」「いくらですか?」「美味しいです」などがエテルナ大陸共通言語で書かれていて、街の人と意思の疎通が出来るのだ。
もきゅもきゅ・・・
「・・・美味しい」
はっ!、本当に美味しくて思わずデボネア帝国語で呟いちゃった、気を付けないとまた失敗する・・・誰にも聞かれてないよね・・・。
少し早い昼食の後、私はマキシマの街の北門を出て森に進んだ。
途中で道が2つに分かれていて右に進むとユッキィさんの家がある「刻を告げる砦」、左に進んでマキシマ橋を渡るとハンター達が狩りをしたり薬草集めをする森がある。
森に入る手前の林には若い見習いハンター達が薬草を採集していて、私はその横を通り更に森の奥に入る。
これ以上進むと見習いハンターでは対処できない魔物が出るだろう、魔物と言っても剣が使えた時なら簡単に殺せた弱い魔物、私にとってはまだ脅威ではないが・・・。
がるるる・・・
早速ツノの生えた小動物が私に襲いかかって来た、正確に首筋を狙って来るのが腹立たしい。
「せいっ!」
ぎゃぅ!
魔物の攻撃を躱し腕を振り抜いて小動物を仕留めた、何度も練習したから外さないようになったぞ。
私の手首には縄が巻き付けてあって、その先には網に入った拳ほどの大きさの石、それが小動物の頭に命中してしばらく痙攣した後息絶えた。
「剣が持てないなら無理に持たなくてもいいのではないか?、縄の先に石でも括り付けて振り回すとか色々とやり方はあるだろう」
そう私に言ったのはユッキィさんだった。
言われた通り仕掛けを作ってこの前一緒に薬草採集に行った時披露したら「上手いじゃないか」って褒めてくれたのだ、それに・・・。
「肘と手首で固定するする剣みたいなやつが作れるかもしれないな、野盗どもが時々使ってる鉤爪みたいなやつ、あれの鉤爪を剣にしたらどうだろう、良い鍛冶屋を知ってるから今度注文しに行くか?」
そう言ってくれた、本当にユッキィさんには感謝しかない、品質の良い薬草が群生する穴場も教えてくれたし私の恩人だ、私より年下に見えるが次からは「ユッキィお姉様」と呼ばせてもらおうかな。
「さて、日も傾いて来たし薬草も良いのが沢山採れた、そろそろ帰ろう」
独り言を呟いて来た道を戻っていると・・・。
「あれ?」
橋を渡った先・・・別れ道に差し掛かると男女2人組がユッキィさんの家の方へ向かっていた。
私と同じ宿屋に宿泊している2人だ、夕食の時によく隣の席になって女性が私に挨拶してくれる・・・こんな時間にどこに行くんだろう?、そう思ったが私はエテルナ大陸の共通語が話せないし、表向きは喋れないという設定になっている。
声をかける事も出来ずに遠くなる2人の背中を見送った。
「ま、ユッキィさんは強いからあの2人が何かしても大丈夫だろう」
私は街に入りギルドの買取り受付で薬草と先程殺した魔物の素材を換金して再びアイアンバウンド地区に向かい、地下1階層に降りた。
ガチャッ・・・
魔導灯の暖かい灯りのついた小さなお店、今は誰も客が居ないようだ、その店に入ると一人の女性が私に声をかけた。
「あら、おかえりカリンちゃん」
「ただいまペトラさん」
デボネア帝国語で言葉を交わしたこの女性はペトラ・ヨウジョスキーさん、今年で61歳になるそうだ。
アイアンバウンド地区から地下の1階層に降りた場所で小さな雑貨とアクセサリーの店を構えている、私とペトラさんが出会ったのはハンターの仕事を始めて4日目、いつもの屋台で昼食の肉串を食べている時・・・。
「お嬢ちゃん、デボネア帝国の貴族だろ」
そう耳元で囁かれたのだ、デボネア帝国語で!。
私が美味しかった肉串の感想を呟いていたのを聞かれたか・・・、慌てて護身用の短剣を抜き、身構えた私に優しく微笑み、路地裏に手招きした。
私の素性がバレた、このままあの女性を放ってはおけない、私は手招きする女性に従い路地裏へ向かった、すぐにでも殺せるよう呼吸を整え、ナイフを懐に隠して・・・。
「初めましてお嬢ちゃん、私はペトラ、貴方と同じ元デボネア帝国人だ、貴族ではないが国から逃げてこの土地にやって来た、言葉が分からず苦労しているように見えるね、良ければ力になるよ」
簡単に初対面の人間を信じるほど私は能天気ではない、だがこの大陸の言葉が分からず困っているのは確かだ・・・向こうからそう言ってくれてるのだ、利用できるなら都合がいいな・・・。
そんな下衆な事を考えてしまったあの時の私を殴りたい。
後から知ったがペトラさんは本当に善意で私に声をかけてくれたのだ。
自分が若い頃、息子と一緒に逃げて辿り着いたこの大陸で言葉が分からずとても苦労した、私の困っている姿を見て昔の自分と重なり他人事に思えなかった、だから何か自分にできる事はないだろうか・・・と。
路地裏で話を聞き、彼女の善意は本物のようだと思いつつもまだ信用出来ずに居た私は何も答えなかった。
するとペトラさんは一瞬寂しそうな表情をした後、私に自分の店の場所を教え、困った事があれば遠慮なく頼りなさい・・・そう言ってくれたのだ。
困っている事・・・実はある、この街はマキシマ川の豊かな水に恵まれている、だから大半の人達はとても安く開放されている共同浴場を使って身体を洗う、もちろん今宿泊している宿にも風呂は無い、客は近くの共同浴場を利用するのだ。
だが私は首輪と身体の刻印を見られる訳にはいかない、今までは森の中に入って川で身体を洗い洗濯もしていたのだが最近は寒くなってきた、冷水で身体を洗うのはもう限界だ・・・。
一般の家に風呂などあるわけがないと思いつつ、お湯を使って身体を洗える場所に困っている・・・そう打ち明けたら何と彼女の家には風呂があった。
普段は彼女も広くて清潔な共同浴場を使っているのだが、購入した中古の店舗に元々風呂が付いていたそうだ。
もうあの屋敷でお嬢・・・クソ女と暮らしていた時のような臭くて汚い身体で過ごすのは無理だ、借り物だが魔法使い風の可愛い洋服、薬草を売った金で買った肌触りのいい下着、とてもいい香りの石鹸も持っている、足りないのは人の目を気にせず身体を洗える場所だ。
自分の欲望に負けた私は彼女の好意に甘え、仕事が終わった後風呂を借りる事にした。
ペトラさんの事は話しているうちに少しずつ分かってきた。
デボネア帝国で飲食店を営む平民の夫婦の間に生まれた2人の娘のうちの妹で、容姿が美しかった事から上級貴族の当主に目を付けられ半ば誘拐される形でメイドとして貴族の屋敷で働く事になった。
間もなく妊娠し男の子が生まれた、幸い当主の子として認知されたが母子共に本妻からは酷い扱いを受け父親である当主からも放置された。
息子はデボネア帝国貴族の義務である刻印を5歳の時に左頬に受け、泣き叫びながら屋敷に戻って来た、このままでは10歳で左腕に、15歳で首輪を嵌められ背中にも刻印を受ける、息子可愛さに密かに国を出る準備をした。
息子が10歳になる直前、計画を実行してエテルナ大陸に渡った、逃げ出したものの、言葉は分からず職も無い自分は男に身体を売ったり、労働者向けの飯場で力仕事をして僅かな金を稼ぎ息子を育て上げた。
愛する息子との貧しくもささやかな生活は幸せだった、手先の器用さを活かして始めたアクセサリーの販売が評判になりようやく安定した生活の目処が立ったし、アクセサリーを買ってくれた男性と仲良くなり生まれて初めて恋もした。
だが息子は幸せだとは思っていなかったようだ。
成長して15歳になった息子はある日突然姿を消した、母親宛の手紙を残して・・・。
「お袋が俺を連れてこの大陸に逃げなければ俺は飢える事はなかったし惨めな生活もしなくてよかった、肩身は狭かっただろうが上級貴族として面白おかしく暮らせた筈だった、俺は俺の力で自由に暮らす、今まで育ててくれた事だけは感謝するぜ、もう二度と会う事はないだろう」
息子からの手紙を読み絶望した、必死に探したが息子は見つからなかった、生きる希望も目的も無くしたが弱い自分は死ぬ事も出来なかった。
今まで暮らしていた街を出て大陸中をあてもなく転々とした、そんな生活にも疲れ果てこの辺境の地を終の住処として選んだ。
「・・・ペトラさんかわいそう・・・ぐすっ・・・」
彼女の話を聞いた私は涙が溢れて止まらなかった、そして自分の境遇についても話し始めた・・・両親から疎まれていた事、上級貴族に売られてそこのお嬢様に奴隷のような扱いを受けていた事・・・。
「辛かったねぇ・・・、でもよく頑張った、偉いよ」
そう言って頭を撫でてくれたペトラさんの胸に顔を埋めて幼い子供のように声を上げて泣いた。
それから私は毎日お風呂を借りに仕事が終わるとペトラさんのお店兼住居に向かった、彼女は決してお金を受け取ろうとしない、代わりのお礼はハンター仕事のついでに森で集めた魔物の骨や魔石・・・綺麗なアクセサリーの素材になるのだ!、それから狩った鳥や魚も時々持って行った。
「じゃぁ帰るね、ペトラさんおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
ガチャ・・・
「ふぅ・・・今日も疲れた、今夜の宿のお食事美味しかったな」
宿に戻り、服を脱いでベッドに横になった、夕食の時にいつも一緒になるあの男女2人組・・・今夜は居なかった。
明日からペトラさんが私にエテルナ大陸共通語を教えてくれる事になっている、その教材として彼女が若い頃勉強に使ったメモをもらった。
日常会話の基本が書いてあり、その下にデボネア帝国語で訳と発音が書かれている、これを作るの苦労しただろうな・・・そう思えるくらい分厚いメモは丁寧に分かりやすくまとめられていた。
一緒に暮らさないか・・・ペトラさんはそう言ってくれているがそこまで迷惑はかけられない、それに私は身体の中に魔石がある化け物だ・・・そんな魔物と一緒に暮らして良い事など何も無い・・・私は一人で生きていくんだ・・・。
ペトラさんと話をして今まで不思議に思っていた謎が一つ解けた。
あの屋敷に住んでいた頃、ハンターが何人か尋ねて来たが剣で脅して追い返していた、だからこの街でハンターとして活動していると絡まれたり、報復されたりするんじゃないか・・・そんな心配をしていたが誰も私に危害を加えない。
「あぁ・・・それはカリンちゃんが魔女様の弟子と仲良く買い物をしていたからだよ、あれを見てカリンちゃんにちょっかいをかける奴が居たらそれは馬鹿か街の事情を知らない余所者だ、街の人達は皆カリンちゃんの事を魔女様の関係者だと思っているからね」
魔女様の弟子やカリンちゃんに下手な事をするとこの街に居られなくなるよ・・・そう笑いながらペトラさんが教えてくれた、なるほど、私は知らない間に街の重要人物の関係者だと思われていたのか・・・。
「魔女様かぁ・・・今度ユッキィさんに聞いてみようかな」
そんな事を考えながら、疲れた身体は深い眠りに落ちていった。
カリーン・チッパイさん(帽子)
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