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王の対面・前編(天霧北都視点)
しおりを挟む本当に大丈夫だろうか、と不安になる。
『大丈夫だよ。ほとんどのことは私がやるし、君は見てるだけで良いからさ』
あの、ある意味衝撃的な出来事から数日後。
この世界の、原因となった神様をとりあえず一発殴ってきたらしい不知火さん――いや、真南はそう言った。
「本当に、魔王は来る気なんですかね? 敵陣に単身で乗り込むようなものですよ?」
仲間の魔導師ことアイリスが、不安そうに言う。
「別に良いじゃねぇか。どうせこっちで何が起きようと魔王の自業自得だし、もし、こっちでうっかり倒したところで、いくら魔族といえど、すぐにどうにか出来る訳がない」
ふん、と相変わらず魔王を退治する機会を狙い、諦めていないのか、ヴィドルは真南が城へ来たときが最高の好機だと思っているらしい。
「仮にも単身で神をぶん殴りに行った魔王を退治、ねぇ……」
旅の間もその傍観者っぷりを崩さなかったテオは、ヴィドルに現実を突きつける。
「それがどうした。好機は好機。今度こそ、魔王を倒す」
ヴィドルが、真南が話してくれたことを信じている様子はない。
「あの魔王は、前にも勇者たちに話したと言っていました。なのに、そのことを我々は知らなかった。ヴィドルを見てると、彼のような王族に消されたのが妥当だと思えてきますね」
「リリアナまで……」
神官のリリアナが呟く。
「でも、結局魔王は私たちに説明だけして、攻撃も何もしてこなかった。他の魔族も、好戦的な奴ら以外は何もしてこなかった」
リリアナが魔王の元へと辿り着くまでの経緯を思い出したのか、そう話す。
「まあ、どちらにせよ伝えないと駄目だよね。――魔王が陛下に会いたがってる、と」
そう、今回の謁見は、それに尽きる。
いくら異母妹からの頼みとはいえ、普通はそんなこと陛下にさせるわけにはいかないし、対面して話すなんて望みが通るはずもない。
『大丈夫だよ。王同士の話し合いだし。だから、約束を取り付けてきてくれないかな?』
おにーちゃん、と最後に付け加えられてしまえば、普段の彼女のギャップもそうだが、何とも不安に駆られてしまう。
「よし、行くか」
軽く深呼吸をし、ある程度、気持ちを落ち着ければ、扉の両隣を守る騎士たちに促され、謁見の間へと入っていくのだった。
☆★☆
「――なるほど、そう来たか」
俺たちの報告を聞き、国王はただその一言だけを言って、目を伏せる。
「父上! 今すぐ対策を!! これは魔王を退治できる好機なのです! 何もしない手はありません!!」
「そうです、陛下! 殿下の仰る通りです!」
ヴィドルが声を上げれば、それに同調する騎士たちからも声を上げる。
が、陛下は特に気にした様子もなく、その口を開いた。
「なぁ、勇者よ」
「はい」
「お前から見て、魔王とはどんな人物で、どんな存在なんだ?」
どんな、か。
「どんな、と聞かれましても、困りますね」
いきなりこの世界に喚ばれて、知識を得て。旅をして、魔王の元に着いたかと思えば、相手は級友にして実は異母妹という真南だったのだから、戸惑うしかない。
しかも、抱いていた学校でのイメージを容赦なく破壊してきた。
「この世界に来るまでの関係性を問われれば、本当にただの級友だったんですが、こちらに来てからは思わぬ事実を突きつけられましたからね。なので、その問いに関しては、少々返答に困ります」
「そうか」
それ以上、陛下が何を言うでもなく、その場は静まり返る。
正直言って、この人何考えてるか分からないから、苦手なんだよな。
「っ、来る……!」
俺が持たされていた転移用(目印なんだとか)の魔石が輝く。
魔石の周囲を渦を巻くように包む光の粒子の中から現れたのは、予想通りというか、約束の時間ぴったりというべきか。
「よっと」
あの城で会ったときと何一つ変わらない、黒系統一色の装束。
着地と同時に、ふわりと彼女の長い髪が揺れる。
「うん、割と上手くいって良かった」
吐き気もなければ、服もそんなに崩れてないし、と今自分が敵陣に来たというのに、それを感じてないような言い回しである。
だが、この場はそうはいかない。
俺たちの話を聞いていたとはいえ、いきなりのことに騎士たちが動けるはずもなく、彼らが動こうとするよりも先に陛下がその口を開く。
「君が……」
「お初に御目にかかります、国王陛下。当代魔王、不知火真南と申します。此度は、このような場を設けていただき、感謝いたします」
そう告げながら、真南は綺麗に頭を下げると、にっこりと微笑んだ。
ほとんど一方的だけどな、という突っ込みをしたいところではあるが、当たり前というべきか、何やらピリピリしているので止めておく。
「う、うむ。わざわざ出向いてもらって済まないな」
「いえ、お気になさらず。むしろ、この方が貴方がたの心情を察するに、不意打ちなどを気にする必要はほとんど無いので、楽なのではありませんか?」
「だが……いや、そなたは違うであろう。そなたから見れば、我らは敵なのだから」
そこが、俺も一番気掛かりだった。
しかも、従者一人も無しとか、馬鹿なのかと問い詰めたいぐらいだ。
「……そうですね。それなりの準備は出来たでしょうし、時間は与えたつもりです」
この場が一気に殺気立つ。
俺たち以外(ヴィドルは除く)の殺気はすべて、真南へと向いている。
「貴様――」
「でも、少しばかり言い方は悪くなりますが、一言言わせてもらいますとですね。貴方がたは少々、私のことを見くびりすぎてはいませんかね? その程度で、私が簡単に殺られるとでもお思いで?」
ヴィドルが口を挟もうとするが、させないとばかりの彼女のその一言で、その場を支配していた殺気という気が、一瞬にして恐怖心へと変わる。
「私とて『魔王』という地位を任された身。ですが、貴方も王であるのなら、分かるのではないのですか? その座に就いた者としての地位や名誉だけではない、責務を全うしなくてはならないことを」
――ああ、彼女は。
俺の知る『不知火真南』という少女は、もう一国の王なんだな、と思う。
「私はこれでも一国の『王』なので、貴方と対等な者として扱ってもらわなければ困ります。私は貴方の部下とかではないのだから」
「っ、」
何を以て、そう判断したのかは分からないが、馬鹿にされてイラついているのだけは分かる。
「……まあ、同じ地位であるはずのに、見下されたりするのは、確かに気分が悪いですよね」
アイリスが小声でそう告げる。
そっか、同じ『王』であるはずなのに、何となく陛下に下に見られたって感じたのか。
だが、その間にも真南の話は続いていく。
「そして何より、私は我が魔国に住まう魔族のために、その『王』としての務めを果たしに来たまで。もし、そちらがそのことに武力で以て対抗してくるというのであれば、こちらとしても反撃や対処せざるを得ませんし、もしもの時はご了承くださるとありがたいです」
放たれる気は元には戻ったけれど、空気は相変わらずそのままで、言葉の端々から、真南の本気が伝わってくる。
いくら魔王の長期不在に慣れているとは言え、今後の魔国のためには、やはり真南の存在は絶対に必要となってくるはずだ。
となれば、戦闘を回避するための最良の策として、何としても真南を生きて返さなければならない。もし、それが叶わなければ――それこそ戦争は不可避だろう。
「そう、か」
陛下が何とか絞り出すかのようにして、声を出す。
「いや、済まぬな。みんな『魔王』が来ると聞いて、張り詰めておったのでな。もし、それで気分を害されたのだとすれば、申し訳ないことをした」
「こちらへのご心配とお気遣い、ありがとうございます。陛下。ですが、ご心配なく。これでも国内から敵視されることも何度かあるので、こういうことには慣れています」
「……内乱や反政府組織みたいなものがあると?」
そんな陛下の問いに、真南は別の意味での爆弾を落とした。
「いえ、私が人間であるために、魔族の王である『魔王』が何故『人間』なのかと、その理由が分からないからこそ、彼らは騒ぎ立て、ただ文句を言ってるだけです」
「人間!?」
「……また、ばっさりと言うのだな」
「事実なので、仕方がありません」
あ、邪魔が入った。
と、思ったけど、陛下と真南はそのまま話して……はいないな。陛下、頭抱えてるし。
「それで……どうかしたか。騎士団長」
らしくもない、と話を振られた騎士団長がすぐさま口を開く。
「いえ、すみません。陛下。魔王が人間と聞いて、つい取り乱しました」
「いや、その疑問は尤もだ。魔王殿――は、おかしいな。どうしたものか……」
「真南で構いませんよ? まあ、無理にとは言いませんし、言いやすい呼び方してもらえれば結構なので」
呼び方一つに見兼ねた真南が、そう口を挟む。
「では、改めてマナ殿。そなたは人間だと言った。その理由を説明してもらえないか?」
「説明も何も、私は間違いなく勇者の血縁者ですからね」
異母兄妹と言えど、父親とちゃんと血が繋がっているのなら、間違いなく『兄妹』と言える――そんな風に言われてる気がする。
「もちろん、貴方がたが知っての通り、勇者も人間ではありますし、その血縁者である私も当然、魔族ではなく、人間ではあります」
「ほら、この通り」と、真南が髪を軽く掻き揚げ、耳を見せる。
まあ、魔族はエルフほどではないものの耳が尖っているから、真南が人間であることを示すには良いことなのかもしれないのだが――正直、首を差し出してるようにも見えるから、気を付けてほしいものである。
「……貴殿が魔族で無いのは分かった。だが、何故なおさら、『魔王』などしているのだ」
そんな陛下の問いに、何を思ったのか。真南はどこからか椅子を取り出すと、そこに腰掛ける。
「貴様、何をして――!」
「少々、話が長くなりそうな気がしましたから、腰を据えさせていただきました」
それと、と真南は告げる。
「私は一国の王だと告げたはずです。国王のとっさの言葉ならともかく、一騎士が他国の王相手に『貴様』は失礼ではありませんか? こちらは戦いに来ているのではなく、話し合いに来ているというのに。もし、この場に居るのが私ではなく、好戦的な魔王であれば、すぐさま殺されているところですよ?」
ああ、ほとんど正論だから、否定できないな。
真南も好戦的な連中を完全に制御しきれないって言ってたし。
「いや、確かにその通りだな。マナ殿、我が国の騎士が失礼した」
「私相手でこれでは、いつか他の国の王相手に失礼な態度を取りかねませんからね。抜き打ちで反応を見ることをお勧めしますよ」
「ああ、そうした方が良さそうだな……」
陛下が頭痛そうにしている。
まさか、別方向からの頭痛の種が増えるとは思わなかったんだろうなぁ。
「それでは、陛下。先程の質問に答えましょう」
そして、真南は口を開く。
「貴方がたが、我が異母兄を『勇者』として、この世界に召喚したからですよ」
それは、彼女の口から告げられる、この世界の『真実』の始まり――
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