石川家シリーズ

Lucky

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年末年始・後編(一日~四日)

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元旦(一日)


「あ・・明けましておめでとうございます!」

自分の声で、頭がガンガンする。完璧に二日酔いや・・・。

「何やあんた、酒臭いな」

一応チビらの手前ということもあってか、お袋が小声で俺に囁きかけて来た。

「昨日の酒がまだちょっと残ってるみたいで・・・」

「子供らもおるのに、ええ歳してほどほど言うのがわからんのかいな」

「・・・すんません」



若干噛みながらもどうにか新年の挨拶を終えた俺の後を、親父以下ひと言ずつ続く。

「今年一年、みんな元気で居らなあかんで」

「寛子さん、今年も宜しうにね。柾彦と子供らのこと頼みますよ」

「はい!お義父さん、お義母さん、今年も宜しくお願いいたします」

「おじいちゃん!おばあちゃん!パパ!ママ!今年のぼくの目標は、早寝早起きです!」

「ゆかは、えっとぉ・・・ママに、おしりたたかれんようにする・・・ですっ!」

各々挨拶が終ったら、いよいよ裕太待望のお年玉や。

俺と寛子で一袋、親父とお袋で一袋、計二袋のお年玉を手にした裕太の、今年一番の笑顔を見た。

お金の価値を裕太ほどまだ知らんゆかは、お兄ちゃんと同じように貰うことが嬉しいんやな。


「裕太、ゆか、お年玉仕舞って来なさい。御節おせちとお雑煮、頂きましょ」

「はい!ママ」

「はぁい!ママ」

雑煮か・・・たぶん、餅の数聞いて来るな。

家の餅は丸餅の小ぶりのものを使う。普通のよりひと回り小さいので食べやすい。

ほんでも食べたないねんなけどな・・・はっきり言うて、吐きそうや。


「パパ、お雑煮のお餅何個食べる?」

「・・・一個」

「お義母さーん、柾彦さん一個や言うてます。お義父さんが三個、
お義母さんと私が五個、裕太が三個、ゆかが二個ですね」

「何や、柾彦、食べる言うてんの?二日酔いの時はたいがい食べへんから、
いらん思てあの子の分用意してへんやんか。正月早々、世話焼かす子やな」

勝手に決めんなや。餅一個増えただけやんけ、自分は五個も食うくせに。

こうなったら意地でも食うたる。

そやけど寛子も五個とは、知らんかった・・・。


雑煮はすまし仕立て。御節は三段お重。

正月料理を楽しみながら、話が弾む。・・・昨日の紅白の。

「な、お父さん。白組が勝ちましたやろ」

「お義母さん!何や言っても福山青春ふくやまあおはるの〝どす恋〟が、勝利のポイントやったと思いますよ!」

「福山君も良かったけど、今年は山嵐やまあらしのパフォーマンスが神掛かってたわよ!寛子さん!」

「紅組も良かったけどなぁ・・・。天丼てんどんよしみは、美空メジロの再来くらいに歌上手かったで」


・・・きっちり見てやがる。


最初から紅白を見るべく、俺を酔い潰して寝かす魂胆やったんや。

三対三。あまりにも相手が悪すぎた。

極めつけはお袋。

昔はコタツで寝転んでTVなど見ようものなら、だらしない言うて物差しで叩き回っとったのに・・・。


―柾彦、枕持って来たったで。横になるんやったら、横になりや。TVぐらい横になってゆっくり見たらええんやから―


有り得ん優しさにコロッと騙された。

TV見るどころか、ついええ調子で横になって気がついたら元旦の朝や。

それもコタツに俺ひとり・・・。


「そや、あんた途中で起こしたったのに、そのまま朝までコタツで寝て子供らに示し付けへんやないの。
ほんまに、だらしない」

お袋は雑煮の餅をバクバク食いながら、横目で俺を睨んだ。

もはや反論する気力もない。

面白いほど雑煮の餅を伸ばしては食うお袋の顔が、やたらクローズアップされた。

我が親ながら、ごっつい顔やな・・・。ああ・・・その顔で思い出したわ。


―柾彦!起き!あんただけやで、蕎麦食べてへんの!蕎麦食べんと年越されへんで!柾彦!!起きんかいな!!―


無理やり引き摺り起こされて、蕎麦食べさされたんや。


・・・後で寛子に、来年から餅は三個までにしとけて言うといたろ。




雑煮と御節の後は、近所の寺に初詣でに出掛ける。

・・・親父たちだけで行って来てくれへんかな。俺、留守番でええねんけどな。

「柾彦、早よ用意しいや」

「パパ!早よ行こうや!ぼく、おみくじしたいねん!」

やっぱり、そういうわけにはいかんな・・・。

仕方ない、お参りが終ったらチビらは親父たちに任せて、俺はどっかで休憩しとこ。


「ほんならお義母さん、あそこの出店のカステラうて来ますね」

「人多いから、無理せんでええのよ。晩の仕度は気にせんで、ようお参りして来てね」

「・・・・・・おかん、行かんのか?」

「わしと母さんは明け方に済ませて来たよってな。柾彦は寛子さんと子供らと、ゆっくり行っといで」


くそったれ!!何でこんな時だけ、別行動するんや!!




はぁ、はぁ・・・ぜぇ・・・息がっ!近所の寺いうても、電車で10分。

そこからさらに歩いて15分、急勾配の坂の上にある。

「パパ!ゆかだけ、肩車ずるいやんか!ぼくも!」

アホ抜かせ・・・。どんな思いで、ゆか担いでる思うてんねん。

「ずるない!裕太もゆかくらいの時は肩車したったやろ!順番や!
・・・こら、ゆか!頭の上でほたえたら危ないやろ!」


「なぁ、パパ。お義父さんもお義母さんも、何も暗がりの寒いときに行かんでも私らと一緒でええのにね。
私に気ぃ遣こうてくれてはるんやねぇ」

寛子には、親父たちの気遣いと映っているようやった。

それやったら、それでええけど・・・。

・・・そやな。そう思う方が、幸せでおれるやんな。


人混みを掻き分けやっと辿り着いた境内で、俺と寛子、裕太とゆか、家族揃って家内安泰の祈願をする。


パンッ!パンッ!


大きく打つ柏手に、祈願成就を込めて。







正月(二日~四日)


元旦の翌日は、親戚近所の年始廻り。迎えたり訪問したり。

二日は、元旦より忙しい。

裕太もここぞとばかりに、お年玉獲得に余念がない。たぶん一年で一番ええ子やろな。

晩は隣近所誘い合わせて、鍋を囲む。

いずれ親父たちの家で暮らすようになるので、寛子やチビらのためにも特に隣近所の付き合いは懇意にしておかんとあかん。

親父のところで正月を過ごすことは、普段あまり意識せえへんところにも気付かされることが多い。



三日は親父たちも一緒に、デパートに行く。

裕太はさっそく貰ったお年玉でおもちゃの品定めをしていた。

ゆかはまだ無理やから、寛子が一緒に選んでやる。

「ママ。ゆかな、お人形さんとおままごとセットと、二つほしい」

「二つはあかんよ。お金足らへんでしょ」

「おばあちゃ~ん。ゆか、おかねたりひんねんて・・・」

「おばあちゃん出してあげてもええけど、ほしたらどっちか一つはおばあちゃんのになるから、
ゆかのお家には持って帰られへんで?な、二つ買うても同じやろ」

言い方は優しいけど、言うてることはやっぱりお袋やな。

まっ、お袋やったらほんまに渡しよらんやろ。

ゆか、あきらめ。お前のおばあちゃんは、そんな甘ないで。


裕太はどうせゲームやろと思っていたら、意外なものを買っていた。

「裕太、それ、何や?」

「パパ、これ知らんの。ベイブレードや」

「ベイブレード?」

「コマやんか。欲しかったん、三個とも買えてん!」

ベイブレードは色や種類も様々で値段も一個千円前後と手頃なこともあり、裕太でもお年玉の範囲内で充分数を買うことが出来たようやった。


プラスチック仕様で丸型、紐を引いて回す。

相手のコマを弾き飛ばしたりする、遊び方の基本は昔のコマと同じらしい。


「時代やな・・・」

親父の呟きが聞えた。




その晩、裕太とベイブレードをする。

知らんかったいうても所詮子供のおもちゃや、裕太の見よう見真似で簡単に出来た。

が、対戦となるとこれがけっこう難しい。・・・裕太に勝てん。

何べんやっても、弾き飛ばされる。何でや!?


「もぉっ!パパ、弱いな!弱すぎて勝負になれへん。
おじいちゃん、さっきから説明書ばっかり読んでるけど、ぼくが教えたるで」

調子に乗りくさって・・・。

俺たちの対戦を、説明書を読みながら観戦していた親父は、裕太に促されるままに腰を上げた。

「そうか、ほな、相手してもらおか」

「親父、わかるんかいな。いきなり対戦は無理やで、子供のおもちゃ言うても案外難しい・・・」

「お前は黙って見とき。さ、裕太しよか。おじいちゃんの、これ貸してな」

「いきなり対戦でええのん。何ぼおじいちゃんやから言うても、手加減はせえへんで」

「ああ、ええで。ほんまに裕太もパパの子やな」

俺の子に決まってるやんか。

どういう意味やねん・・・と聞くまでもなく、親父の言葉は瞬く間に立証された。


カチーンッ!


一発で裕太のベイブレードが弾き飛ばされた。

「・・・今のん、ぼくの失敗や!!」


カチッ!カチッ!カチーンッ!

「嘘ッ!ちょっと待って!もっかいや!!」


カンッ!!

親父、強ッ!!

「おじいちゃん!したことあるんやんか!めちゃくちゃ強いやんか!!」

「いいや、初めてやで。相手のコマを弾き飛ばそうと思うたら、回転の勢いも大事やけど角度が大切なんや。
説明書通りに動かせたら、基本は昔のコマと同じやな」

そう言えば親父、コマ回し強かったもんなぁ。俺なんか一度も勝たれへんかった。

「おじいちゃん!ぼく、教えたるとかえらそうなこと言うて、ごめんなさい!」

「裕太、形や機能が違っても、コマの基本は同じなんやで。そこをよう考えて練習してみ。絶対強うなるから」

「ありがとう!おじいちゃん!ぼく、頑張って練習する!絶対おじいちゃんに勝つんや!」

負けず嫌いの裕太が、負けてありがとうか・・・。

俺は親父にコマで勝つより、その辺のところを勝ちたい。


「さすがやな、親父」

尊敬の気持ちが、自然と口をついて出た。

「どう言うことないわ、所詮子供のおもちゃやしな。まあ、お前には難しいようやけど」


けんもほろろとは、このことか・・・。




正月休み最終日。

大荷物を抱えて、昼過ぎに我が家へ帰る。

明日から会社か・・・。

あっと言う間なんはわかりきってたことやけど、既にヘトヘトなんはどうしたことや。

せめて後半日、もう何もすることはないな。

リビングでTVを見ながら横に・・・

「パパッ!ベイブレード、練習するで!」

「パパぁ!おままごとする!」

チビらがおった・・・。

「パパ、明日から仕事やねん。ちょっとゆっくりしとかんとな。裕太ひとりで練習出来るやろ」

「え~っ、おじいちゃんの家でゆっくりしたやんか」

この認識の差は、埋まることはないんやろな・・・。


「パパ、おままごとぉ!お兄ちゃん、いやや言うてあそんでくれへん」

そら、そやろ。俺かて、いやや。

「昨日はゆか、誰とおままごとしたんや」

「おばあちゃん!」

「ほんなら、今日はママとしたらどうや」

「ママ、電話中やで」

俺の誘導を、バッサリ裕太が遮断する。

「ママおはなし中やから、パパにあそんでもらいなさいって言うたもん」

目をダイニングに向けると、椅子に座って話し込んでいる寛子の姿が見えた。

「・・・そうやね。ええっ!ほんま!?お母さん、良かったね。
私も柾彦さんのところで、ええお正月させてもらったわ。ゆっくり出来たしね・・・うん、うん・・・」

長電話の寛子の声が心地よく俺の耳に届いたのは、その声が嬉しげに弾んでいたからかも知れん。


「パパは忙しいんや!ゆかと遊んでるヒマなんかないねん!
ぼくと特訓せなあかんねや!あっち行け!」

「うわあぁ~ん!パパぁ!お兄ちゃんが、あっちいけって言うたぁ~!!」

「パパ!ゆか、すぐ嘘泣きする!そんなん、あかんやんなぁ!
ぼくいじめてへんで!なぁ!パパぁ!!」



俺の正月休み、ゆっくり出来たかどうかはともかく、

今年もええ正月休みやったことだけは間違いない。






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