甘い毒の寵愛

柚杏

文字の大きさ
8 / 23

しおりを挟む
「初代国王の時代、この国には赤い髪の一族がいた。その一族は不思議な体質をしていた。どんな強い毒も無効化する力を持っていたのだ」
「毒を……?」
 そんな一族がいたこともきっと誰も知らない。初代国王の妻が赤い髪だったことも。
 その一族が本当にいたなら、もしかしたら遠い先祖なのかもとシアンは少しだけ胸を高鳴らせた。
 身内など一人もいないシアンには、そんな古いおとぎ話のようなことでも嬉しく感じてしまう。
「ここまで話してもわからないか?」
「えっ、えっと……ご先祖さまだったらうれしいなーってくらいしか……」
 素直な感想を述べると王子もセシルも深いため息をついて呆れた顔でシアンを眺めた。
「なっ……なんでそんな目で見るんだよっ! いいじゃん、別に! オレ、血の繋がった家族とかいないんだからちょっとくらい夢見たって!」
 初代国王の妻が先祖だなんて本気で思ってはいないけれど、少しくらい血の繋がったなにかがあるかもと想像するくらいは自由にさせてほしい。もし本当に先祖だったなら子孫が奴隷だなんてあり得ないのだから、ただのおとぎ話だというくらいちゃんとわかっている。
「あ、でもだったら王族にも赤い髪の一族の血が混ざってるってこと?」
「いや、その初代国王の妻は建国してすぐに亡くなったと文献には記されている。二人の間には子供もいなかった。初代国王は妻の死後、しばらくして再婚し子を残した。それが今のこの王族だ。赤い髪の一族がどうなったかは文献には記されていないからわからない」
「そっか……」
 せっかく同じ血族かもしれないと期待した先祖は子供を産むことなく死んでしまっていた。他の一族もどうなったかわからないということは、散り散りになった一族の誰かが自分の先祖の可能性がある。
 それを確かめる術は何もないけれど、ただの奴隷でしかなかったシアンにはそれだけでも自分の存在に小さな光を見出すことができた。
「あ、で、結局オレはなにをしたらいいんだ?」
 王子とセシルはまたため息をついた。セシルはとうとう頭まで抱えてしまった。
「おまえは俺がなんの考えもなく手付きにしたと思っているのか?」
「え、違うのか? その文献とやらの一族と同じ髪が珍しくて手込めにされたのかと……」
 この王子は初代国王に憧れを抱いていて、その妻と同じ赤い髪の人間を横に置いてまねしたかったんだな、と王子の話を聞いて結論づけていたシアンはそれが違うとわかりいよいよ自分がここに呼ばれた理由がわからなくなって首を傾げた。
「自分をそんなに卑下するな。俺には奴隷も赤い髪も同じ国の民だ」
 自分の存在をまるごと肯定されたみたいでシアンは目を大きく見開いた。
 今までこんなふうに言ってくれる人はいなかった。奴隷はどれだけ必死に働いても一生奴隷。何も生み出さないし、何も残せない。
 存在自体、人間とはみなされていない。
 それでもなんとか生きてきた。奴隷なりに意地があったし、最初から全てを諦めたくなかった。
 真面目に頑張っていれば、どんな酷い目にあってもいつか報われるのではないかと心の隅でずっと思っていた。
 王子に陵辱されても、途中から自分の意思で足を開いて受け入れても、人前で貪るような口付けをされても。
 だけど、ほんの少しだけ心が折れる時がある。この心が何も感じないくらい傷付いて粉々になったらどれだけ楽だろうかと。
「じゃあ、なんで……?」
 だから少しだけ、淡い期待をしてしまった。
 もしかしたら自分はこの王子になんの見返りもなく求められたのではないかと。
 そんなわけないのに。「俺を助けるため」に呼んだと言っていたのに。
「説明した通り、赤い髪の一族には毒を無効化する力があった。もしその一族がまだ生きているのならその力も引き継いでいるのではないかと、セシルは文献を読んでそう推測した。俺の身体も限界が来ている。藁をも掴む思いで赤い髪の一族の生き残りがいないか、誰にもバレないように捜してようやくおまえを見つけたんだ」
 綺麗な赤だと彼は言った。昨夜、ベッドの上で。
 それだけでシアンの心は絆されていた。目立って仕方ない、お荷物なこの赤い髪を褒めてくれた唯一の人だから。
「赤い髪の一族の体液だ」
「たい……えき?」
「唾液、汗、涙……精液。おまえから出る全ての液体が毒を中和させる」
 そこまで説明されてようやくシアンはこの城に連れてこられた理由を理解した。
(そりゃそうか……)
 これで納得した。
 そんな利用方法がなければ奴隷を相手になんてしない。
(おかしいと思ったんだ)
 奴隷も赤い髪も同じ国の民だと言っているけれどしょせん、王族にはわからない。奴隷として生きている者たちの苦しみなんか。
「オレは、王子が食事をするたびにその体液とやらで、毒を中和すればいいのか?」
「ああ」
 体液を摂取するのに一番簡単な方法が口付け。だから王子は事情を知るセシルの前でも平気でシアンに口付けをしたのだ。
 そこに愛情なんてものはない。それはただの治療だった。
「口付けはわかるけど……なんでオレを抱いたんだ……? それって必要なのか?」
 唾液だけでは足りないから精液を、というのなら身体まで繋げる必要はない。口付けだって他にもやり方があるのではないか。
「必要があるから抱いた」
「……そうか」
 そう言われてしまうと何とも言えない。
 そこにシアンの同意はいらない。シアンが嫌だと言っても王子はシアンを使って毒を中和する。そしてそのためならば奴隷だろうと赤い髪であろうと抱くのだ。
 ――王子が、シアンのことを何とも思っていなくても。
 それなら、髪の色を褒めたりしないでほしかった。
 優しい手つきで触れてほしくなかった。
 香や香油など使わずに無理やり抱いて、痛めつけてくれた方がマシだった。
 少しでもそこに優しさや甘さを感じてしまい、淡い期待を抱いてしまったから、そんな丁寧な扱いに慣れていないシアンはたった一晩の睦言で王子に心を許してしまった。
 誰にも入らせたことのない奥まで王子の侵入を許して、人の肌の温もりを知ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

交際0日婚の溺愛事情

江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。 だから緩やかに終わりを探して生きていた。 ──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。 誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。 そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。 ■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。 ■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...