甘い毒の寵愛

柚杏

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 扉が開かれる。瞬間、飛んでくる痛いほどの視線の数々。好意的な視線は一つも感じられない。
 それは王子に向けてもそうだった。
 王子とシアンに交互に視線を投げては、皮肉めいた笑みを浮かべる王族たちの面々。
 二十人ほどいる王族たちは既に自分たちの席に腰を掛けている。
 中へ進むと後方で扉が閉まる音がした。
 長方形のテーブルには湯気のたった料理が所狭しと並べられているのに、空気は酷くひんやりとしていて鳥肌が立った。
 たくさんの視線を浴びながら王子に促されて部屋の一番奥、上座の席に並べられた二つの肘掛け椅子のうちの一つに座らされる。王子もすぐにその隣に座り、給仕がグラスに飲み物を注ぎにやってきた。
 王族たちの視線も痛くて気になったけれど、それよりも目の前に並んだ食器と数々の料理に目がいった。
 セシルに学んだ通りにやれば間違いはない。わからなくなったら王子のまねをしておけばなんとかなる。
(焦るな。焦るな)
 何度も唱えて、息を吐く。
 隣に座る王子を見ると怖いくらいに無表情で、寒い部屋が余計冷えたように感じた。
 王子の前に並ぶ料理は、他の王族たちと同じものであって同じではない。この中にはもう毒が仕込まれているのだろう。
 誰かがそれぞれの目を盗み、毒を入れて素知らぬ顔をしている。
 ここは小さな戦場だ。一人対その他全員の。
 こんなところに一人で毎食、毒が入っているとわかっているのに――。
 テーブルの下で見えないように拳を作った。
 親のいないシアンにとって家族や親類というものは温かくて優しい場所だと思っていた。いつも笑いあいながら食卓を囲むものだと。
 少なくとも第二王子が毒で倒れる前まではでそうであったのだと苦しい心のよすがにする。
「さぁ、みんな揃ったみたいですね、食事にしましょう」
 立ち上がった中年の男性がグラスを片手に言うと、シアンに向けられていた視線は料理へと移った。
 緊張で喉がカラカラだったシアンはグラスをとって水を飲み干した。
 おなかは空いているのに、喉の奥が詰まったようで給仕が取り分けてくれた大皿料理になかなか手をつける気にならなかった。
 そんなシアンをよそに王族たちは囁き声で食事をしながら会話している。
 王子に至っては平然な顔で次々に料理を口に運んでいた。そこには毒が入っているのに、ためらいもせずに。
 強い人だ。そして物凄く負けず嫌いな人だ。
 だからこそ昨夜見せた弱さがシアンの胸を締め付ける。
 王子としての彼は強く正しい存在でなければならない。その一方でノアという一人の存在は臆病で死ぬことを怖がる、普通の人間なのだ。
 テーブルに並べられたナイフとフォークをおもむろに手にして、取り分けられた料理をさらに小さく切る。セシルに教わった通りに、丁寧に綺麗に。
 小刻みに手が震えていたけれど、絶対に誰にも悟られないように強めにナイフを握った。
 優雅に、誰かを誘惑するみたいに口に運ぶようにとセシルは言っていた。優雅はわかるけれど、誘惑の意味がわからずに何度もやり直しをした。
 結局、練習では誘惑の意味を理解できずに一度もセシルからの合格はもらえなかった。
 けれど今は理解できる。このたくさんの王族たちの食べ方を見ていたらなんとなくだが理解できた。
 全員の視線を感じる。マナーの悪さを非難しようと目くじらを立てているのが。
 そんな意地悪なヤツは全員、料理ろ一緒に食ってやる。
 口の中に料理を入れる瞬間、わざとゆっくり王族たちを見回した。舐め回すように、けれどしっとりと艶やかで少し気怠げな雰囲気を醸し出して。
 これがセシルの言う誘惑かどうか、正解はわからないが王族たちはシアンから目を逸らせなくなっていた。
 一口食べて咀嚼している間も、なるべく口の中でゆっくりと味わった。飲み込む際も焦らすように飲み込んだ。
 正しいマナーなど知らない。これが自分のやり方だ。
 料理の味なんて感じなかったけれど、牽制にはなった。
 囁き声でザワザワしだした食卓で、真ん中あたりに座っていた女性がコホンと咳払いとした。
「それで……ノア王子。そちらの方を紹介してくださらない?」
 セシルより少し年上だろうか。唇に引いた赤い紅が似合っていなくて、思わずそこに目がいった。
「これは失礼しました。この者は私の妻として娶る予定のシアンです」
 この発言に王族たちはさらにざわついた。
 そんな紹介の仕方をするとは思っていなかったシアンも食べていた野菜を吐き出しそうになるくらい驚いた。
「妻って……正気でおっしゃってるのかしら」
 違う席から今度はやけに派手に着飾った中年の女性が慌てて訊ねた。
「正気ですよ、問題でも?」
 挑発するように口元に笑みを浮かべる王子を、ハラハラしながら見ていると小さく肩が震えていた。
 王族たちに怯えて震えているようには見えない。その目は強い光を宿したまま、全員を睨んでいる。
「問題だらけだ!! そいつは男だろう!?」
 恰幅のいい男が耐えきれないといったふうに叫んだ。
「そんなどこの馬の骨かもわからない男を娶るだと!? 王子はこの国を潰すつもりか!!」
 言っていることはもっともだとシアンも思わず頷きそうになった。
「世継ぎのことならどうとでもなります」
「ならないから言っているんだ!」
 王子がどうしてそこまで妻というものにこだわるのか、シアンも疑問だった。
 ただ単に、この場を混乱させて黒幕を炙り出す作戦ならばいくらでも話を合わせられるが、王子は会ったその日からシアンに妻になれと言っていた。
 その真意を訊く機会はいくらでもあったのに、訊けなかったのはその答えがシアンの望むものと違ったらと臆病になってしまったからだ。
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