甘い毒の寵愛

柚杏

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「まぁまぁ、皆さん、落ち着きましょう」
 冷静な声で王子との言い合いを止めに入ったのは、最初に食事の始まりを告げた男性だった。
 全員が戦々恐々とする中、一人涼しげな顔でその場を観察していた男性を王子は「叔父上」と呼んだ。
 叔父ということはこの人がハリス公か、と顔をじっくりと確認する。現国王の弟。確かに少し王子と似ている顔付きだ。
 セシルが信頼を置く相手。それだけではなく、王族の誰もが彼の一言で騒ぐのをやめた。
 この中で一番、発言力を持ち合わせているのが彼なのだろう。
 温厚で賢い人。セシルの言う通りなら彼はこの場をどう収めるつもりだろうか。
「ノア王子はまだ若い。恋愛に溺れるのも若さゆえ。手練れの男娼に骨抜きにされるのも致し方のないことです」
 シアンは我が耳を疑った。
(どこが温厚だって?)
 思い切り王子とシアンを卑下した台詞に怒鳴りつけて否定したい衝動をグッと抑えた。
 ここで感情任せになにかを言えば余計、王子の立場を悪くする。
「熱病のようなものです。少し時間が経てば熱も冷めて落ち着くでしょう。皆さんの心痛、よくわかりますがここは若い王子の後学のためにも見守ってあげようではありませんか」
 自分だけが馬鹿にされるなら耐えられる。しょせん、奴隷育ちだ。今までだって侮蔑の目で見られてきたから慣れている。
 けれど、王子が馬鹿にされるのは我慢できない。それも自分をそばに置いたせいで、馬鹿にされるなんて。
 しかし今ここでできることは何もない。悔しくて唇を噛みしめていると王子の額から一筋、汗が流れた。
 ハッとして王族たちを見ると王子の流した汗には気が付かず、シアンを横目で見ながらひそひそとあざ笑っている。
 笑われるくらい平気だ。男娼と言われても痛くもかゆくもない。
 今はそんなことより、確実に毒を含んで冷や汗を流す王子の治療をしなければ。
 このままではこの場で倒れてしまう。いつもより顔色も悪い。震えもだんだん、強くなってきている。
 今までずっと食事の場で弱ったところを見せずにいた王子を、自分が隣にいる今日この時に見せるわけにはいかない。
 これは自分に与えられた試練であり、使命だ。
 そう思うと身体が勝手に動いた。
「王子、わたしは王子に食べさせてほしいのですが、ダメですか?」
 猫なで声で周りなど気にせず王子の腕にそっと手を置いて上目遣いで見つめる。
 男娼だと言うのならそれを演じて見せよう。
 甘えてしな垂れる、誰をも虜にする赤い髪の男娼に。
「ああ、構わない」
 王子は自分用に並べられた器から煮込み料理に入っていた鶏肉をフォークに刺してシアンの口元に運んだ。
 シアンはそれを一口で食べて、すぐに飲み込んだ。毒の味はしないけれどシアンに出された同じ煮込み料理とは明らかに味が違った。毒を入れたせいで味が変わったのだ。
 自分に毒を中和する力があるなら、どんな毒を口に入れても中和できるはず。ならば飲み込んだ方が早く中和できる。
 突然、目の前で食べさせあいをし出した二人をけしからないという目で見る王族たち。その中の何人が焦っているだろう。王子に食べさせるはずの料理をシアンが口にしたのだから。
 これでもし、シアンが体調不良を訴え心配した王子が医師に診せ毒だとわかれば王子の食事に毒が混入されていたことが表沙汰になってしまう。
 今まで王子だけだったからこそ大事にならなかったものが、王子が選んだ妻候補まで巻き込めばどうなるか。
「王子、次は口移しでお願いします」
 ニコリと微笑み、席を立つとシアンは王子の膝の上に座って首に腕を巻き付けた。
「王子に無礼だぞ!!」
 野太い男の大声にそちらを見て、シアンは強気に笑んだ。
「無礼とは、なんのことでしょう? わたしは世間知らずですのでなにが無礼なのかわかりません。教えていただけませんか?」
 言いながらフォークで鶏肉を刺し、王子の口元に運ぶ。
 王子がそれを口に含んで、少し噛んでからシアンに口移しする。
 素早く飲み込むと、まだ口の中に鶏肉があるように見せかけながら深く口付けて唾液を王子に吸わせる。
 端から見れば恋人同士が口付けをしているだけに見えるその行為。
「王子、戯れもほどほどにされてはいかがですか」
 ハリス公が静かに、しかし低く怒気を込めながら言った。
「無礼ですよ、王子は今、わたしと食事中。それにただの熱病ではありませんか。見守ってやるのが御尊老の役目では?」
 王子を守るためなら何も怖くなかった。
 毒からしか守れないけれど、ここで今すぐ治療のための口付けができるのならセシルが信頼を置くハリス公でも関係ない。
 王子の命を守るためにここに来て、心にそっと温もりを住まわせたのだ。今ここで何もできなければいる意味がない。
 口付けを再開して、王子の震えが止まるまでそれを続けた。誰がなんと言おうと、呆れた表情をしようとどうでも良かった。
 王族全員を敵にしても怖くない。
 怖いのは王子が毒で死んでしまうことだ――。
「このままその男娼に好き勝手させるのであれば、王位継承について考え直さなければなりませんな」
 馬鹿馬鹿しいと次々に席を立って部屋をあとにしようとする王族たちにわざと聞こえるようにハリス公は声を張った。
 全員がピタリと足を止め、王子とハリス公を見やる。
 治療が終わって顔色の戻った王子がシアンを膝に乗せたまま真面目な顔をして、王族たち全員を見回し、最後にハリス公を見据えた。
「叔父上、私を王位継承候補から外すと言うのですか?」
「外すなど、私の権限ではできかねます。しかし、皆が王子に不満を抱けばそうなってもおかしくはありませんよ。どうか王位継承者として賢明であられるように」
「賢明、とは? 人を恋い慕うことは賢明ではないと?」
「そうではありません。そのような身分の卑しい者を娶るような愚行はなされますなと言いたいのです」
 しんとした空気に二人の声だけが響く。
 張り詰めて今にもはち切れそうな糸の上を歩いている気分で王子の膝の上で卑しい男娼の真似事をし続けるシアンは、平気な顔で王子にしなだれかかる。
「しかもその者は男。どうやっても子は成せないのです。誰が認めるというのですか。王家の血を絶やすおつもりか。それならばどうか継承の権利を放棄なさってからにして頂きたい」
 空気がさらに張り詰める。王位の継承の権利、その言葉が出るたびに。
「さて……私が継承権を放棄したとして誰が次期国王になると? まだ幼い弟二人ですか? それはさすがに無理でしょう、なんせまだ一歳の子と乳飲み子。だとするとその次の候補は……」
 一体何人、国王には子供がいるんだと呆れてしまったが、いつ誰が暗殺されたり病気で伏せるかわからない。子供は多い方が国王としては安心なのかもしれない。
「ああ、叔父上になりますね」
 含み笑いでハリス公を見た王子に、ニヤリと口角を上げて答えないハリス公。
「ですが、私は放棄などしませんよ。どんな妨害があろうと必ず次の王になってみせます」
 言い切ったところで王子はシアンを抱き上げて席を立った。突然、立ち上がるので落ちそうになりながらもなんとか平然な顔を崩さずに王子にしがみついた。
「そろそろ失礼します。シアンがもう飽きたようなので」
 踵を返して早足でその場を去る王子。その肩越しからシアンはハリス公と目が合った。
 ハリス公は怪しげな笑みを浮かべたままシアンを見ていた。すぐに視線を逸らしたシアンとは対照的に、部屋を出るまでの間いつまでもハリス公の視線はシアンを追っていた。

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