甘い毒の寵愛

柚杏

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 王子に抱きかかえられたまま部屋に戻るとベッドにそっと下ろされた。
 そしてそのまま王子もベッドに寝転がり一つため息をついてから、クスクスと笑い出した。
「おまえさ、度胸ありすぎだな」
 寝そべったままこちらを向いた王子は笑いが止まらないようで、シアンは緊張していたことが馬鹿らしくなって思い切り伸びをした。
「じょーだんじゃないよ、ホント。オレ、かなり頑張ったよ?」
 我ながら演技が上手いと自分で自分を褒めてあげたい。
「まさか、あそこまでやるとは」
「必死だったんだよ! あんた、今にも倒れそうだったし、不自然にならないように治療しなきゃって」
「熱烈な口付けだったけど?」
 子供のような笑顔を向けられてシアンの頬は赤くなった。
 王子はきっと気が付いているのだ。自分が王子に好意を抱いていることを。
 だけどこの気持ちは声に出してはいけない。あくまでも毒を治療するためだけの存在でいなければ。
「悪かったな、男娼なんて屈辱だっただろう」
 不意に、優しい眼差しを向けてくるから胸が苦しくなる。そんな眼差しをされると気持ちが言葉になって口から出てきそうだ。
「別に……もともと、奴隷だし。侮辱されるのは慣れてる。オレよりも王子が男狂いに見られたんじゃないか?」
「そこは狙い通りだ。おまえは気が付いていないだろうけど、あの時の叔父上とのやり取りに何人が足を止めて目を光らせたと思う?」
「そんなの見てる余裕なかったよ」
 治療するためにどうにかしようと必死で周りの王族まで気にしていられなかった。
「おまえの顔を見るために王族のほとんどが顔を出したからな。唆されているのが何人いるかの見当はついた」
「ホントに?」
「まぁ、証拠がないから何もできないけどな。牽制にはなったはずだ。これからは毎回、食事に同行してもらうことになる」
「ええ!? いやだよ!」
 あんな殺伐とした空気の中に毎食放り込まれるなんて、想像しただけで胃が痛くなる。
「って言ってもオレの役目だから、仕方ないか。そのために呼ばれたんだし」
 毎回、王族のあの痛い視線を受けながら食事をするのは辛いが王子のためならなにでもやると決めたのだ。
「……そうだな。そうだったな……」
 綺麗に結われたシアンの髪を解いて頭を撫でる王子は、少し寂しそうに笑った。
 なんでそんな顔をするのかと問いたかったけれど、なんとなく聞けなかった。
「あ、そういえば」
 話題を変えるためにわざと明るい声をあげてみる。王子はもう寂しい目をしていなかった。
「ハリス公ってセシルから聞いてた感じと違うんだけど、一体なんであんなに敵対心むき出しなわけ?」
 困ったことがあったらハリス公を頼れと言われていたが、あれは完全にシアンを邪魔者として見ていた。あんな態度をとられたら頼ることなどできない。
「叔父上は、悪い人ではないんだ。長男だという理由だけで王になった父にずっと虐げられていた。それも側室が産んだ子だからという理由だけで。けど、叔父上は努力して今の地位にいる。だから王族同士の軋轢には人一倍敏感で、悪い種は早めに摘もうと常に目を光らせている」
「だからってあんな言い方、王子を馬鹿にしすぎじゃない?」
「俺たち兄弟は正妃の子供だし仲もいいからな。叔父上は面白くないんだよ。生い立ちを思えば仕方ないことさ」
 それでもあのハリス公の王子を見る目は異常な気がする。王子は気が付いていないのかもしれないが、あの目は奴隷で働いていた頃によく見た目だ。
 今まで奴隷として仕えてきた主人や、奴隷を侮蔑している人間。そんな人間の目は表では優しく見えているのに、その奥には冷徹なものが潜んでいる。
 ハリス公の目も、それと同じだった。
 それが生い立ちからくるものなのか、シアンに向けられた敵意なのか。もしくは両方かもしれない。
「今、あの人はおまえに溺れて身を破滅しそうになっている俺を見極めている。もし俺が愚王にでもなったら許さないだろう」
「それもさ、フリだってわかってるんじゃないかなぁ?」
「なんでそう思う?」
「なんとなく……そんな目をしてたから」
 わけなんてない。ただの勘でしかない。または奴隷の時の記憶がそう思わせているのかもしれない。
 王子やセシルはハリス公の生い立ちに同情しているのだ。ハリス公が国のためと思って発言していると信じている。
「叔父上は王位なんて狙ってないさ。父とも王と家臣としての一定の距離を保っている。それに俺の下にも弟が二人いるんだ。叔父上が玉座につきたいと思っているならこの弟たちをどうにかしなければならない」
「でも弟ってまだ小さいんだろ? そんな小さい子、どうにでもなるんじゃ?」
 まだ一歳と、乳飲み子なんて毒を使えばあっという間に死んでしまう。毒を使わなくても簡単に始末できる。
 もちろん、その前にノア王子がいる。
「やけに叔父上を目の敵にするな。そんなに男娼扱いされたのが嫌だったか?」
 心配したのか王子が髪を撫でてくれた。くしゃくしゃになった前髪の隙間から王子が覗き込んでくる。
「別に大丈夫だってば」
「そうか?」
「そうだよ……」
 血の繋がりのある者同士の無条件の信頼感。それを逆手にとられないように自分が気をつけなければとシアンは気を引き締めた。

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