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アドイック編
27.決勝戦開始
しおりを挟む『さあ、盛り上がって参りました! 本年の「天神武闘祭」も遂に決勝戦!』
丸い武舞台の中心に立つ大闘技場付きの魔道士・セドリックは声を張り上げた。
セドリックは風の魔法を得意としており、自分の声を増幅して闘技場全体に響き渡らせている。この「天神武闘祭」だけでなく、普段行われている戦車レースや円盤投げなどの競技会でも実況解説、試合の運営までもを任される、言わば大闘技場の顔であった。
『では、決勝を戦う2組にご登場願いましょう!』
盛り上がりは、例年よりも小さいようであった。決勝戦だというのに観客の反応が悪いことを、セドリックはひしひしと感じていた。
理由はいくつか思いつくが、あの勇者の作業じみた戦い方がその最大の要因であろう。一回戦、二回戦、準決勝を同じように勝ち上がった彼らのやり方に、先ほどの試合では遂にブーイングが上がった。
それだけでなく、タクトの態度もよくない。ともすれば10代も前半に見える少年の、気負わないといえば聞こえはいいが、どことなくダルそうに見える立ち姿を見て、「勇者として品格に欠けている」という声さえ聞こえてくる。
セドリック自身も、勇者の一瞬で終わる戦い方に、如何に観客を盛り上げるかに苦慮していた。一回戦こそ『さすがは勇者! すさまじい、なんともすさまじい力です!』と煽ってはいたものの、こうも同じ展開ばかりが続くと厳しい。相手にも技を出させてくれよ、と内心では途方に暮れていた。
決勝ぐらいはまともな戦いが観れますように、と半ば祈るような気持ちでセドリックは右手を挙げた。
『まずは東のゲートより入場いたしますは、300年ぶりに降臨せし新たなる勇者、タクトォ、ジィィンノォォォ!』
ゆったりとした、いやうんざりしているようですらある足取りで、タクトが武舞台へ歩みを進めてくる。拍手はまばらだ。引っ込めー、という声すら聞こえる中、貴賓席からの「タクトさま頑張ってー!」という声援がどこか空虚に響いた。
勇者はその少ない声援に応えるでもなく、かといってブーイングにも何の感情もリアクションも示さない。
『アドニス王国に彗星のごとく現れた「ゴッコーズ」の勇者! その力はみなさまご存知の通り、並み居る戦士たちをことごとく一撃でなぎ倒す凄まじいもの! この決勝でも、その奥義が炸裂するのかぁ!?』
しなくていいぞー、というヤジが降ってきたが、タクトはあくびをしている。神経が太いのか眼中にないのか、はたまた別の理由か。セドリックは気を取り直して続ける。
『そんな勇者がパートナーに選んだのが、この戦士ィィ!』
東門から、長身の金髪の剣士が姿を現した。
『「アドイック冒険者ギルド」所属! 魔法剣士カタリナァァ、カァームベルトォォ!』
やはり拍手はまばらだ。そもそも、カタリナ自身は観衆の前で一度も戦闘していない。これまで3試合あったというのに、多くの観客にとっては謎の戦士であった。小さな拍手に応じるように、カタリナは控えめに手を振った。
『勇者が一撃で試合を決めるため、その実力は決勝まできても全くの謎! しかし、資料によりますと、「戦の女神」の信徒ということは判明しております! 女神に選ばれし勇者の剣として、その力を遂に見せるのかぁ!』
楽しちゃってさー、というヤジが聞こえて、カタリナは顔をしかめた。その側で、タクトはぽりぽり頰をかいている。
『えー、これに対しますはぁ!』
セドリックは対面、西のゲートを指す。
『「自由都市」ヤーマディスからの刺客! 「五大聖女」の末裔の力を、この試合でも見せつけるのか! 「紅き稲妻の双剣士」! フィィィオラァァーナッ、ダンッケルゥゥス!』
フィオは優雅な足取りでゲートをくぐり、武舞台へと歩いていく。対照的に大きな歓声が客席から降り注ぐ。その多くは女性で、「フィオラーナ様ー!」とか「こっちを向いてー!」などと男性と誤解しているようであった。
『およそ10年前の「天神武闘祭」! あの時、準決勝まで戦いましたフレデリック・ダンケルスは、このフィオの兄上にあたる人物! 兄のなしえなかった決勝の舞台で、どんな戦いを見せるのか……!』
そしてそれを手助けいたしますは、とセドリックが言った時、西のゲートをやや狭そうに、角のついた兜をかぶった大男が姿を見せた。
『今大会最大のダークホース! 神の悪戯か悪魔の配剤か、フィオラーナ・ダンケルスに見出されしこの巨漢、「アドイック冒険者ギルド所属」! ザァァゴスッ、ガーマァァスッッ!』
途端に起こるブーイング。主に冒険者と、先ほどフィオに黄色い歓声を上げていた女性が、その主な発生源である。
何が「ザゴス、負けろー」だ、「悪人顔は引っ込め」だ。「お前だけは勇者にやられとけ」とはどういう意味だ。
口ばっかりのクソ共が、決勝に来たんだから応援ぐらいしやがれ。ザゴスは内心の怒りを咆哮に変え、「オラァァッ!」と右拳を振り上げ威嚇した。
『えー、毎度地元とは思えない程の大ブーイングでありますが、この戦士ザゴス、これまでの全試合で献身的な盾ぶりを見せ、何とフィオ・ダンケルスに一筋の傷も負わせないという戦いを見せています!』
セドリックは精一杯のフォローを入れた。
客受けの悪い勇者と知名度の低い女剣士。それに対するのが別の街のギルドのエースと、この街の冒険者一の嫌われ者とあっては、盛り上がらないのは必定か。
それでも「アゲて」いかねばならない。それがセドリックの仕事だからだ。
『果たしてこの巨大な盾を、「ゴッコーズ」が貫くのか! はたまた秘めた実力を魔法剣士が見せ、巨人の進撃を止めるのか! あるいは「紅き稲妻」がその剣技の冴えを勇者に見せつけるのか!』
両組とも武舞台へ! セドリックの声に応えて、タクトとカタリナ、ザゴスとフィオが舞台上に上がる。
「オラァ! 決勝に来てやったぜクソガキがぁ!」
ザゴスは開口一番そう言ったが、タクトの視線はフィオに注がれている。
「あんたが強いんだね」
「おい、無視してんじゃねぇぞ!」
隣でがなるザゴスをフィオは手で制した。
「どうだろうな。ザゴスの力が大きいさ」
「そういう傷があるのは、絶対強いやつだ……」
つぶやくように言って、今度はカタリナを見上げる。カタリナもまた、フィオを一直線に見据えている。
「勝てるんだよね、ホントに」
「お任せを。ですので……」
「わかってる。決着つくまで手は出さない」
お、とザゴスは言って口元を歪める。
「こいつはチャンスだな。クソガキは『超光星剣』を使わねぇつもりらしい」
「そのようだ。ならば……」
フィオはカタリナに視線を返す。バチリ、と何かが弾けたようなにらみ合いに、近くにいたセドリックもビクリとなる。
「フィオラーナ・ダンケルス! 長きに渡る先祖の、『戦の女神』の信徒たちの恨み、この舞台で貴様を倒し、晴らしてくれる!」
「いいだろう。ボクなりの答えを示そう」
両者の醸す空気に気圧されたのか、セドリックは咳払いをして居住まいを正すと「両者とも、よろしいですね」と見比べる。
『では、「天神武闘祭」決勝戦……』
その声が響き渡ると、ざわめいていた大闘技場は一時、静寂に包まれた。
『いざ、尋常にぃ!』
セドリックは武舞台の真ん中から大きく場外ぎりぎりへ飛び退る。それを合図に、フィオは双剣の柄に手をかけ、ザゴスは斧を抜き放つ。一方のカタリナも剣を抜いて、タクトは得物も手にせず数歩後ろに下がった。
『始めぇぇぇ!!』
高らかにセドリックが宣言したのと同時に、カタリナは剣を振り上げ、フィオに殺到する。
だが、フィオの姿は不意にカタリナの視界から消えた。
「な……!?」
高い金属音と共に、カタリナの剣を受け止めたのはザゴスだった。
「退け、ザゴス殿! さっきのやり取りを聞いていただろう!」
「悪ぃなカタリナ、お前の相手は俺だ!」
一方のフィオは雷の強化魔法で加速し、タクトに斬りかかっていた。
「え!?」
「覚悟、雷鳥閃!」
突き出された雷を帯びた刃は、丸腰で驚くタクトの体に触れる直前で止まった。
「これが、ザゴスの言っていた……!」
「『星雲障壁』。びっくりしたけど、オレに攻撃は当たらないよ」
タクトは突きつけられた刃に怯まずに、自分の剣を抜こうとする。フィオは瞬時に側面に回って、再び「雷鳥閃」を繰り出す。
「もう、鬱陶しいな!」
タクトは剣から手を離す。再び刃は「星雲障壁」に阻まれている。
「……っくそ!」
カタリナは体格と腕力に勝るザゴスの斧をなんとか振りほどき、飛びすさって間合いを取った。
「卑怯だぞ、フィオラーナ・ダンケルス! わたしとの勝負ではなかったのか!」
「ボクは答えを出すと言っただけだ! 戦ってやるとは一言も言ってないぞ!」
タクトの後ろに回り込みながら、フィオは怒鳴り返した。
「そして、これがボクの答えだカタリナ! 先祖のことは先祖のこと、とやかく言ってくる輩をいちいち相手にはせん!」
フィオは三度目の「雷鳥閃」を放った。タクトは「星雲障壁」で受け止めず、急加速して後ろに下がり、それをかわした。「ゴッコーズ」の一つ、「流星転舞」である。
「逃がさん!」
距離を取ろうとしたタクトに、フィオは雷の加速で追いすがる。
「なんだよ、クソッ!」
タクトは明らかに苛立っていた。思わぬ勇者の苦戦に、客席は大いにわいている。
「ダンケルスめ……、世迷言を!」
歓声の中、カタリナはタクトの援護に回ろうとするが……。
「悪いな、カタリナ! テメェの相手はこの俺だぜぇ!」
ザゴスが文字通り大きな壁となって立ち塞がる。
フィオ対タクト、ザゴス対カタリナ。武舞台上の攻防は完全に二つに分かれた。
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