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俺の喉元から耳に。
紅清様の人差し指が、つーっとなぞるように這っていく。
まるで。
ナイフを突きつけられている気分だ。
背筋がぞくりと震えて、冷や汗が止まらなくなった。
――現行犯逮捕。
と告げておきながら。
あくまで甘い声で、紅清様が耳元で囁く。
「画面をつけっぱなしで出て行った俺にも落ち度があるけどさぁ。いくら何でも、お行儀が悪いんじゃないの、玄夜ぁ?」
「…いや、…あ…あの……」
――終わった。
その言葉が、俺の脳内だけでなく、空っぽの体中にぐわんぐわんと反響した。
何か…。
何か言わなくては、と思うのに。
恐怖で喉がキュッと締まって、言葉を発することができない。
こんなことになるなら、潔く身を引いていれば良かったのだ。
そうしていれば、紅清様との美しく甘い記憶を抱いたまま、一生を過ごすことができたかもしれない。
けれど。
主人に悪事の現場を押さえられ、罪人となった今は違う。
綺麗な思い出にする権利を、自らの軽薄な行いで失ってしまったのだ。
主人のプライバシーを侵害するなんて、完全にどうかしていた。
俺はこの後の人生を。
大恩ある紅清様を裏切ってしまった後悔に苛まれながら、泣いて懺悔して終えるだろう。
足がガクガク震えて、今にもへたりこみそうだ。
俺は締まった喉を抉じ開けて、どうにかこうにか言葉を押し出した。
「…あ…あの……俺は……俺は…何てことを……」
「言った通り、俺にも落ち度があるしね。休みの日だから責める気はないよ。ただ、友達だってケンカになるやつだよ、これは。玄夜らしくないマナー違反だね」
「………も、申し訳……ありません」
オフの日の紅清様のパソコン画面を盗み見るなんて、プライバシー侵害以外のなにものでもない。
なんて卑劣で、取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。
最大限の謝罪の言葉と態度を尽くすべきだと、頭ではわかっているのに。
実際には無様にガタガタ震えて、喉が詰まって声も上げられなくなってしまった。
無礼にも震えて押し黙っていると、紅清様がふわりと優しく肩を抱いてくださった。
そして。
柔らかい声音のはずなのに、どこか底が見えない声で言った。
「ほら、座ってごらん。そんなに見たかったの? 好きなだけ見ればいいよ」
今にも倒れ込みそうに膝が震えっぱなしの俺の肩を押して、紅清様が自分の椅子に俺を座らせた。
紅清様の椅子は、ワインレッドの本革レザーの高級品だ。
背もたれが高く肘掛けもゆったりと幅広の作りで、主人の気品と相まってまるで玉座のようだと常々思ってきた。
その椅子に…。
まさか、こんな状況で初めて座らせてもらうとは…。
主人のプライバシーを侵害して咎人となった身で、紅清様が愛用している椅子に座らせて頂くなんて、恐れ多くて余計に冷や汗が出てきた。
まるで。
紅清様の膝の上で叱られているようで、いたたまれなくて消えてしまいたくなる。
目の前のディスプレイには、さっきの金髪の美少年の艶めかしい画像がついたままだ。
紅清様は隠そうともしないどころか、好きなだけ見ればいいよ――とおっしゃって、目の前に画面が来る場所へ誘導されてしまった。
裸に赤い紐を巻きつけ…。
畳の上でくびれた腰を捩り…。
大の字に拘束されて、潤んだ瞳でこちらを眺めている美少年…。
「……………」
主人の秘め事をこっそり盗み見したなんて、やはりどうかしていた。
正気の沙汰ではない。
紅清様が少年の画像をあっさりと目の前で見せてくれたことによって、己の行為がいかに卑しいか突き付けられた。
クビにされて、追い出されて。
一生嫌悪されても仕方がない行為をしてしまった。
俺は紅清様を見上げて、懺悔の言葉を絞り出す。
「……紅清様、……紅清様、…………俺は……なんて許されないことを。………本当に………申し訳………ありません……でした」
「あらあら、泣くことないだろ?」
「……え?」
紅清様の指が、優しく俺の目元を拭ってくれた。
(…俺、泣いてるのか?)
どこまで俺は卑怯なのだろう。
自業自得なのに。
優しい紅清様を泣き落そうとしているみたいだ。
誠心誠意。
心からの謝罪を捧げて。
美しい所作で敬愛する主人に許しを乞いたいのに。
それが理想なのに…。
――現実の自分はどこまでも浅ましくて、醜い。
「……うぅぅ、ごめんなさい。……紅清様の信用を裏切ってしまって、ごめんなさい」
「泣かなくていいよ。俺が玄夜に対して無防備すぎたのが悪かったんだしね。泣かせてごめんね。俺もこれからは気を付けるよ」
「……うぅぅぅぅぅ」
止まれ、止まれ、止まれ!
そう自分を叱りつけても、嗚咽が勝手に漏れて、膝まで涙でぐしょぐしょに濡れた。
俺を信用して、心を許してくださっていたのに。
それを踏み躙った自分の愚かさが許せない。
自己嫌悪に押しつぶされて、呼吸もままならないほど泣いている俺の肩を、紅清様が優しく抱いて言った。
「困ったねぇ。許さないなんて言ってないだろ? 玄夜らしくないマナー違反だとは思うけど、初めてのことでそんなに怒らないよ、俺は」
「……うぅぅ、……本当に………ごめっ、……ごめんな…さい………」
「やれやれ、泣きやまないねぇ。なんか、色々こんがらがって落ち込んじゃってるのかな。――さて、どうしようか。今日はオフだし、俺も上司ぶるつもりはないけど、褒められた行為じゃないからね。優しく慰めるだけっていうのも、玄夜のためにならないかな」
紅清様は少し考えるように目を細め、それから楽し気に口元を緩めた。
「じゃあ、こんなのはどうかな? 俺と玄夜がこれまで通り、仲良く楽しく暮らせるように、一つ罰ゲームをしてわだかまりを消さないか?」
「…へ? …罰ゲーム、ですか?」
まさか。
まだこんな自分をお側においてくださるつもりなのだろうか。
俺の裏切りを断罪もせず、冗談めかした提案で手を差し伸べてくださるなんて…。
信じられない気持ちで紅清様を見上げると、紅清様はデスクの引き出しからセロハンテープの輪を取り出して、俺の目の前に突き付け、びーっと長く引き出した。
「…?」
意味がわからず固まる俺に、紅清様は楽しそうに笑いながら言った。
「そう! 罰ゲーム! ――せっかくのオフの日に、いつまでも落ち込んでいてもつまらないだろう? 俺がされたことだって、まぁ罰ゲームくらいのことだしね。許すとか、許さないとか。ましてや、裏切りなんて大層なことじゃないんだよ。先に俺が罰ゲームをされちゃったから、今度は玄夜が罰ゲームを受ける番ってこと! お互い罰ゲームを受けて、この話はおしまい! 俺たちは予定通り、仲良くお茶を楽しむってわけさ! どうかな?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※サークル『擬人化色劇団』の作品は、色を擬人化した当サークル専属劇団員が演じている設定です。→詳細はサイトへ
【CAST】
表紙:執事役 幹影玄夜(黒)
裏表紙:ご主人様役 朱鷺紅清(赤)
紅清様の人差し指が、つーっとなぞるように這っていく。
まるで。
ナイフを突きつけられている気分だ。
背筋がぞくりと震えて、冷や汗が止まらなくなった。
――現行犯逮捕。
と告げておきながら。
あくまで甘い声で、紅清様が耳元で囁く。
「画面をつけっぱなしで出て行った俺にも落ち度があるけどさぁ。いくら何でも、お行儀が悪いんじゃないの、玄夜ぁ?」
「…いや、…あ…あの……」
――終わった。
その言葉が、俺の脳内だけでなく、空っぽの体中にぐわんぐわんと反響した。
何か…。
何か言わなくては、と思うのに。
恐怖で喉がキュッと締まって、言葉を発することができない。
こんなことになるなら、潔く身を引いていれば良かったのだ。
そうしていれば、紅清様との美しく甘い記憶を抱いたまま、一生を過ごすことができたかもしれない。
けれど。
主人に悪事の現場を押さえられ、罪人となった今は違う。
綺麗な思い出にする権利を、自らの軽薄な行いで失ってしまったのだ。
主人のプライバシーを侵害するなんて、完全にどうかしていた。
俺はこの後の人生を。
大恩ある紅清様を裏切ってしまった後悔に苛まれながら、泣いて懺悔して終えるだろう。
足がガクガク震えて、今にもへたりこみそうだ。
俺は締まった喉を抉じ開けて、どうにかこうにか言葉を押し出した。
「…あ…あの……俺は……俺は…何てことを……」
「言った通り、俺にも落ち度があるしね。休みの日だから責める気はないよ。ただ、友達だってケンカになるやつだよ、これは。玄夜らしくないマナー違反だね」
「………も、申し訳……ありません」
オフの日の紅清様のパソコン画面を盗み見るなんて、プライバシー侵害以外のなにものでもない。
なんて卑劣で、取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。
最大限の謝罪の言葉と態度を尽くすべきだと、頭ではわかっているのに。
実際には無様にガタガタ震えて、喉が詰まって声も上げられなくなってしまった。
無礼にも震えて押し黙っていると、紅清様がふわりと優しく肩を抱いてくださった。
そして。
柔らかい声音のはずなのに、どこか底が見えない声で言った。
「ほら、座ってごらん。そんなに見たかったの? 好きなだけ見ればいいよ」
今にも倒れ込みそうに膝が震えっぱなしの俺の肩を押して、紅清様が自分の椅子に俺を座らせた。
紅清様の椅子は、ワインレッドの本革レザーの高級品だ。
背もたれが高く肘掛けもゆったりと幅広の作りで、主人の気品と相まってまるで玉座のようだと常々思ってきた。
その椅子に…。
まさか、こんな状況で初めて座らせてもらうとは…。
主人のプライバシーを侵害して咎人となった身で、紅清様が愛用している椅子に座らせて頂くなんて、恐れ多くて余計に冷や汗が出てきた。
まるで。
紅清様の膝の上で叱られているようで、いたたまれなくて消えてしまいたくなる。
目の前のディスプレイには、さっきの金髪の美少年の艶めかしい画像がついたままだ。
紅清様は隠そうともしないどころか、好きなだけ見ればいいよ――とおっしゃって、目の前に画面が来る場所へ誘導されてしまった。
裸に赤い紐を巻きつけ…。
畳の上でくびれた腰を捩り…。
大の字に拘束されて、潤んだ瞳でこちらを眺めている美少年…。
「……………」
主人の秘め事をこっそり盗み見したなんて、やはりどうかしていた。
正気の沙汰ではない。
紅清様が少年の画像をあっさりと目の前で見せてくれたことによって、己の行為がいかに卑しいか突き付けられた。
クビにされて、追い出されて。
一生嫌悪されても仕方がない行為をしてしまった。
俺は紅清様を見上げて、懺悔の言葉を絞り出す。
「……紅清様、……紅清様、…………俺は……なんて許されないことを。………本当に………申し訳………ありません……でした」
「あらあら、泣くことないだろ?」
「……え?」
紅清様の指が、優しく俺の目元を拭ってくれた。
(…俺、泣いてるのか?)
どこまで俺は卑怯なのだろう。
自業自得なのに。
優しい紅清様を泣き落そうとしているみたいだ。
誠心誠意。
心からの謝罪を捧げて。
美しい所作で敬愛する主人に許しを乞いたいのに。
それが理想なのに…。
――現実の自分はどこまでも浅ましくて、醜い。
「……うぅぅ、ごめんなさい。……紅清様の信用を裏切ってしまって、ごめんなさい」
「泣かなくていいよ。俺が玄夜に対して無防備すぎたのが悪かったんだしね。泣かせてごめんね。俺もこれからは気を付けるよ」
「……うぅぅぅぅぅ」
止まれ、止まれ、止まれ!
そう自分を叱りつけても、嗚咽が勝手に漏れて、膝まで涙でぐしょぐしょに濡れた。
俺を信用して、心を許してくださっていたのに。
それを踏み躙った自分の愚かさが許せない。
自己嫌悪に押しつぶされて、呼吸もままならないほど泣いている俺の肩を、紅清様が優しく抱いて言った。
「困ったねぇ。許さないなんて言ってないだろ? 玄夜らしくないマナー違反だとは思うけど、初めてのことでそんなに怒らないよ、俺は」
「……うぅぅ、……本当に………ごめっ、……ごめんな…さい………」
「やれやれ、泣きやまないねぇ。なんか、色々こんがらがって落ち込んじゃってるのかな。――さて、どうしようか。今日はオフだし、俺も上司ぶるつもりはないけど、褒められた行為じゃないからね。優しく慰めるだけっていうのも、玄夜のためにならないかな」
紅清様は少し考えるように目を細め、それから楽し気に口元を緩めた。
「じゃあ、こんなのはどうかな? 俺と玄夜がこれまで通り、仲良く楽しく暮らせるように、一つ罰ゲームをしてわだかまりを消さないか?」
「…へ? …罰ゲーム、ですか?」
まさか。
まだこんな自分をお側においてくださるつもりなのだろうか。
俺の裏切りを断罪もせず、冗談めかした提案で手を差し伸べてくださるなんて…。
信じられない気持ちで紅清様を見上げると、紅清様はデスクの引き出しからセロハンテープの輪を取り出して、俺の目の前に突き付け、びーっと長く引き出した。
「…?」
意味がわからず固まる俺に、紅清様は楽しそうに笑いながら言った。
「そう! 罰ゲーム! ――せっかくのオフの日に、いつまでも落ち込んでいてもつまらないだろう? 俺がされたことだって、まぁ罰ゲームくらいのことだしね。許すとか、許さないとか。ましてや、裏切りなんて大層なことじゃないんだよ。先に俺が罰ゲームをされちゃったから、今度は玄夜が罰ゲームを受ける番ってこと! お互い罰ゲームを受けて、この話はおしまい! 俺たちは予定通り、仲良くお茶を楽しむってわけさ! どうかな?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※サークル『擬人化色劇団』の作品は、色を擬人化した当サークル専属劇団員が演じている設定です。→詳細はサイトへ
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表紙:執事役 幹影玄夜(黒)
裏表紙:ご主人様役 朱鷺紅清(赤)
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