幽霊になった彼女が妊娠した

不思議な爺さん

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幽霊になった彼女が妊娠した

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彼女が死んで、二十一日目の夜。

 「お腹、ちょっと重いかも」

 そう言って、彼女は俺の部屋で横になった。

 幽霊のまま。

 最初は未練だと思っていた。

 事故で即死。
 最後の言葉は「またあとで」。

 その“あとで”が来なかったから、
 帰れないだけだと。

 でも最近、部屋が変だ。

 冷蔵庫の牛乳が減る。
 洗っていない皿が濡れている。
 トイレの水が流れる。

 そして彼女の体は、少しずつ濃くなっている。

 透けていた指先が、今ははっきり見える。

「動いた気がする」

 彼女は腹に手を当てる。

 ドクン。

 ドクン。

 俺の心臓とは違う、もう一つの鼓動。

 冷たい汗が背中を伝う。

「……俺の子、だよな」

 彼女は黙った。

 そして、静かに言う。

「覚えてないの?」

 事故の夜。

 本当に、俺は会社にいたのか?

 通話履歴は消えている。
 彼女の最後のメッセージもない。

 記憶が、そこだけ抜けている。

 それから三日後。

 彼女ははっきりと膨らんだ腹を抱えていた。

 幽霊なのに。

 俺はついに、病院へ行った。

 もちろん一人で。

 精神科だ。

 医者はカルテを見て、妙な顔をした。

「あなたは事故の当事者ですよね」

 意味がわからなかった。

「亡くなったのは、恋人ではなく――」

 医者は言葉を選ぶ。

「あなたです」

 世界が静止する。

 脳裏に、強烈な光。

 ブレーキの音。

 彼女の叫び声。

 俺は、彼女をかばった。

 そして。

 俺が、即死だった。

 彼女は助かった。

 助かったはずだった。

 なのに――

 部屋に戻ると、彼女は泣いていた。

「やっと思い出したんだね」

 腹をさすりながら、微笑む。

「私、生きてるよ」

 その言葉で理解した。

 成仏していないのは、彼女じゃない。

 俺だ。

 俺が、死んでいる。

 彼女は事故のあと、妊娠がわかった。

 でも俺は、その事実を知らないまま死んだ。

 だから俺は、ここに縛られている。

 “父親になる”という未来を、知らないまま。

 彼女は俺にだけ見えていた。

 未練が、俺を形にしていた。

「この子が生まれたら、あなたは行けるよ」

 彼女は優しく言う。

 腹の鼓動が強くなる。

 ドクン。

 ドクン。

 俺は震える手で、彼女の腹に触れた。

 温かい。

 確かな命だ。

 その瞬間、体が透け始める。

「ありがとう」

 彼女が泣きながら笑う。

 視界が白くなる。

 最後に見えたのは、

 彼女の腹を守るように重ねられた両手。

 そして、俺にそっくりな目をした、まだ見えない命。

 成仏しない彼女が妊娠したんじゃない。

 成仏できなかったのは、俺だった。
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